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朝起きても痛みは残っていて、アンメルツを塗った。
軽くお腹におにぎりを詰め、アキとスーは部屋をでる。
嘉手納のロータリーでバスを降り、スーが近所の人に聞き込みをはじめた。
実際、このロータリーは不思議な形をしている。
ヨーロッパ育ちのアキの目にはごく自然に見える、スーにしても同じであろう。
が、本土の人には少しばかり異様な物体に見えるはずだ。
アメリカ人、欧州人には合理的なロータリーが嘉手納で受け入れられているとしたら、やはり、ここは日本ではない。
スーは次々に道沿いの店舗に入って話を聞きメモを取る。
アキは隣でその様子を見ている。
やることがなかったので、時折、話に相槌を入れた。
スーは精力的に聞き込みを続けている。
「もう、少しだから待って。ここが終わると、像の檻と残波岬に行こうね」
二人は読谷村・像の檻前でバスを降りて、コンビ二でサンドイッチとオレンジ・ジュースを買い、店の前で立ってお昼にしている。
そこで、男の人に声を掛けられた。
40前じゃないかな?
沖縄の人といより、本土の人のような顔つきをした、なかなかハンサムな人だった。
「どこ行くの?」
「像の檻と残波岬」
アキはスーの顔を見越して応えた。
「車に乗りな連れて行ってやるよ、像の檻はすぐそこだから」
二人は目を見合わせて、その人の白いワゴンの後部座席に乗り込んだ。
人の車に乗る、知らない人を信用しないアキとスーにしては珍しく、沖縄に来てはじめてのこと。
この人なら信用できるわ、互いにテレパシーが走った。
ワゴンはそこから緩い短い坂を上り、ほんの20秒で像の檻は左手に建っていた。
「ここだよ」
その言葉にアキとスーはワゴンのドアを開け、後部座席から足を踏みだしていた。
『楚辺通信隊敷地の境界線、基地司令官の命令により、許可なき者の立ち入りを禁じます』
スーは歩き出していた。
『ストップ』
『ストップ!』
英語で2度そう言われて、スーは立ち止まった。
スーは無視するように突き進む。
『ストップ』
『ストップ!』
ようやく、スーは門の前で立ち止まり、しばし像の檻を見渡していた。
『ストップ』
『ストップ!』
スーはふりむき、車に戻ってくる。
アキは車の前に立ちその光景をじっと見ていた、彼女の立ち振るまいと米兵の表情と金網に覆われた像の檻を。
スーが後部座席に乗り込み、あとからアキも続いた。
男の人は、車を発進させた。
「これから残波岬に行く?」
「お願いします」
「よーし、近くだからね。
本土から来たの?
ねえ、おねえさんはアメリカ人?」
「スコットランド人です。
わたしはスーザンといいます。
本土で教師をやっています。
彼女は教え子です。
沖縄の歴史と文化、それと米軍基地に興味を持って沖縄にやって来ました」
「スーザンさんか、いい度胸しているね。
あいつら、何もしないんだ。怖がらなくてもいい。
出来ないことになっている。
だから、黙って見ていた。
わたしはこの近くに住む島袋という者だ。
本土の人や外国の人が沖縄の基地に興味を持ってくれて、うれしいよ。
沖縄には本土と違って仕事がないだろう、だから、基地で働きたいのさ。
みんな米軍なんてなくなればいいと思っている。
しかし、基地で食べているというのも現実なんだ。
軍用地主なんかすごいよ。
土地持ってるだけで、年に5千万円稼ぐ人がいるからね。
これは、やめられない。
基地が返還されたら、ほとんどただ当然の土地だから。
なくして欲しい、だけど基地をなくせない。
これが沖縄の人の気持ちなんだよ」
「島袋さんは基地をなくして欲しいですか?」
スーが尋ねた。
「そう、難しい問題だね。
基地がなくなっても生活に困らなければ、あんなもん、今すぐ消えて欲しいよ」
車は残波岬に着いた。
「どうも、有難うございました」
アキは言った。
「よい旅を」
日焼けした島袋さんがふりむき、声を掛けた。
「有難うございます。あなたを忘れない」
スーの丁寧な別れの挨拶で、二人は白いワゴンを後にする。
岬近くのビーチと、多数の大型ホテルをアキはしっかり見ていた。
利用客のほとんどは本土からの観光客だろう。
アキとスーは白いお洒落な灯台近くに足を進めた。
『この地は、戦後長らく米軍が実弾演習場としたので、人の立ち入りは許されなかった。
本土復帰後、昭和48年度事業により建設に着手、49年3月30日に初点火した』
この周知板は、ある有名な組織の補助金を受けて設置した。
ふむふむふむふむ。
アキは右膝と左踵のアンメルツ跡がヒリヒリ感から痛くなっていた。
ハンカチに手洗いの水を付け、患部を冷やした。
すーっと気持ちよくもある。
そこでしばらく海を眺めていた。
「アキ、行こう」
二人は路線バスに乗り、再び像の檻を訪ねてみた。
よく確認すると、日の丸と星条旗に気づく。
日の丸は星条旗に隠れて申し訳なさそうに靡いている。
今回も、スーが檻に近づいた。
「止まりなさい、止まりなさい。危険ですよ、止まりなさい」
今度は日本語で注意を受けた。
尚も近づく。
「止まりなさい、止まりなさい。人を呼びますよ」
スーは立ち止まる。
そして、ふりむいた。
「スー、もう行こう。相手にしても仕方ないよ」
像の檻を立ち去る際、面白い看板を目にした。
『読谷土地造成センターの処理業は期限切れになっている。
ただちに搬入はやめろ』
区長
『地域住民をこれ以上馬鹿にするな。悪臭公害ただちに止めろ』
青年部
『臭くて洗濯物を外に干せない。新鮮な空気をかえせ』
婦人会
『臭くておちついて勉強もできない。すぐに悪臭発生を止めて』
子ども会
『もうこれ以上我慢できない。悪臭公害をただちに止めろ』
老人会
『見学の際は事務所までおこしください(幼稚園から高校まで)』
像の檻の近くのクリスチャン・スクールは産業廃棄物処分場だった。
帰りのバスから子供連れでゲートに入ろうとする女の人を見た。
沖縄の人か本土の人かわからないが、アメリカンには見えない。
彼女は米兵と結婚して子供を作り、ゲートの内側に住んでいる。
二人の幼子が先にゲートに入り、彼女はその檻の中には入ってゆく。
夕食の後シャワーを済ませ、洗濯物をコインランドリーに投げ込み、乾燥を掛けた。
右膝と左踵はまだ少し痛むが、もうアンメルツは止しておこう。
ゆっくり寝よう。
「スー おやすみなさい」