てぃんさぐぬ花・・・2 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 2

 

 いつもより少し早く起き、朝からサンドイッチを詰め、魔法瓶に紅茶を入れ、

 少女はサイクリングの準備をしている。
 サンドイッチを抓み、紅茶にレモンスライスを入れる。

 

「テツ、今日は暑くなりそうよ」
「きっと、すごく暑いよ。天気予報が当たればね」

 

 彼もサンドイッチを二口抓み、バナナを齧り、牛乳を飲む。  
 少女はチーズケーキとモンブランを1つずつ二皿に載せ、
 モンブランを一切れ口に入れた、甘みをおさえた美味しい味だ。
 そしてゆっくり紅茶を楽しむ。
 トッドが足に絡み、おねだりしている。

 

「もう食べたでしょう」

 アキは壁の時計を見た。

「もうすぐ、でかけよう」
「いいよ」
 

 食器を洗いテーブルを拭いて、支度を整える。

「こっちの準備はOK!」
「それじゃ、でかけよう」


 

 テツは庭にでて、トッドとじゃれている。
 少女は室内の戸締りを確認し、玄関ドアの鍵を掛け、車庫にむかって留守番のトッドの顎を撫でた。
 赤いTシャツにリーバイスのブルージーンズでサドルに跨る。

 

 無印の半袖シャツと綿パンのテツは彼女を待っている。
 車庫から公道にでて、アキとテツの赤とオレンジのマウンテンバイクは緩らかな坂を下ってゆく。

 二人は揃いのアディダスでペダルを踏む。

 

 初秋の早朝は晴れ渡り澄みきっていた。
 電車が同時に踏み切りを通り、遮断機が上がる。 
 坂を上り堤防を下って、
 そこから川沿いにサイクリング道路を下流にむかう。
 
 

 クリークのような細い水路沿いのサイクリング道路を走る。
 右手には河川敷が見え、早秋の光を浴びた野草が伸びている。
 敷きの横を川が流れ、彼女たちを遮る物はない。

 

 アコードワゴン近くの二人の若者が釣り糸を垂れ、

 その先で、軽トラックの初老の夫婦連れが草刈機をとりだしている。
 アキとテツはサドルに跨り水平線のようなコンクリートを海にむけてペダルを漕ぐ。

 

 黄緑の揃いのアウターベストを着込んだバス釣りの若者達を見た。
 通り過ぎると、犬の散歩が目につく。
 ゴールデンもいれば、柴犬もいる、シベリア君もいる。

 

 

 ティンティンティン 

 テツの警告音は前を走るアキにも、はっきりと聴こえた。

 

「チビ犬、あっちへ行け。あぶねえだろう!」
 

 彼女はコンクリートに両足を立て、サイクリング道路を歩くおばさんと犬を過ごす弟を待った。

 

「ねえ、無視しなさい。わたしたち、この土地で二人暮しよ。守ってくれる人がいないんだから」
「わかったよ!」
「そう、それでいいわ」


 

 アキとテツは黙々とべダルを踏む。
 コンクリートの道に風はなく川は穏やかだ。
 姉弟の通り過ごす風だけがこのサイクリング道路をゆらした。
 大きな物体はみるみる小さくなって土手をダンプと大型トラックが走りゆく。
 一人乗り、二人乗り、数人乗りの大学生の競技用ボートが見えて、通り行く。
 

 大橋を越え潮の香が鼻を擽るのでもう海は近いだろう。
 防波堤の手前を左折して浜にむかう。
 ペダルを水平にして緩い坂を下る。
 道なりに走り公営の駐輪場で互いの顔を見合わせる。


 

 ダイバーズ・ウォッチを見た、まだ8時前。
 姉弟は公衆トイレで水着に着替え秋の海に入ってゆく。 
 アキはクロールで沖に泳ぐ。
 早朝の海にサーファーとプレジャーボートの邪魔者の姿はない。
 

 

 ゴーグルの目の中に綺麗な小さなお魚が飛び込みヒラヒラ泳ぐ。
 テツは岩場の脇をゆっくりゆっくりと、浮上している。
 アキは彼の側に寄った。
 そして、手を伸ばした。

 

 視界に少女の姿が入った。
 足に手が触れた。
 静かな海に顔をあげる。
 つづいて、アキも。
 姉弟は、海水から岩襖に腰を降ろし、空を見上げた。
 少女の短い髪から海の潮が滴りオレンジのワンピースを濡らす。

 

「どこを見ているの?」
「ウェールズをね」
「見えっこないじゃない」
「心の中で見てるのさ」
「ふうん、テツッて、見かけによらずロマンチストね」

 

 彼は黙っていた。
 二人は静かな海の岩襖で遠くウェールズを見ている。

 


 浜に上がって着替えサドルに跨り今年最後の泳ぎに別れを告げる。
 2台のマウンテンバイクが長い長いトンネルのような松林を過ぎると、

 風と砂の細かな粒子が顔面にプツプツとあたる。
 右手に小高い丘と左手には水田が広がり、三つ角を左に曲がり海沿いを進む。
 

 開けた海で、数人の若者が車からボードを取り出している。
 秋の太陽が姉弟の顔を焦がしはじめた。
「テツ、あそこで休もう」
 空き地にスタンドを立て、アキとテツはそこを離れた。


 

 若者の一人が少女に話しかけてきた。

 

「サーフィンやるの?」
「やらないわ」
「彼氏?」

 

「弟よ」
「ここによく来るの?」
「2度目よ。あなた大学生?」
「専門学校だけど」
「そう!」

 

 男を無視してテツと防波堤まで歩いた。

 

「何だって?」
「テツのこと、彼氏かって?」
「彼氏に見える?」
「そうみたいね」


 

 テツは中学2年生にしては大きいほうだった。
 身長170センチは越えているだろう。
 彼女より10センチ背が高い。

 

 アキはコンクリートスタンドに座ってスポーツドリンクをぐいっと飲んで手渡し、

 バスケットを開けサンドイッチを一切れ摘む。
 テツは立ったままそれを飲み干して卵サンドを二切れ食べ、魔法瓶のカップを取り出した。

 

「アキ、これからの予定は?」
「もう終わりよ」
「家に帰る?」
「そう、これで終わり」


 

 波のない静かな海で若者がボードを漕ぎゆくのを二人は見ている。
 今日は少女の誕生日だった。



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