愛の夢・・・15 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 15
 
 翌朝、9時前に僕はY市の役所の前に立っていた。
 階段で2Fに上がり係りの若い女性に声を掛けた。

 

「すみませんが、会社の登記簿を見せてもらうことは出来ますか?」

 

「はい、できます。 商業登記は不動産登記と違って、

 まだコンピューター化が終わっていないので閲覧はファイルになりますね」

 

「昨年、潰れた会社と今年新たに設立された会社を両方見たいのですが?」 

 

「両方とも、閲覧することが出来ますし、
 必要であれば謄本を取ることもできます。
 この申請書に記入して下さい、見本はあちらにあります。
 あの見本の前で書いて下さい」


 

 僕は2枚の申請書を受け取り、

 見本台に備え付けの極太ポールペンで字を滲ませながら所定の記入を済ませ、

 席を外している彼女に代わり男性に申請書を渡した。


 

「少し待ってください、今から探してみます」
 彼は、デスクの奥のファイルの棚から数冊のファイルに見入ってている。
 僕は椅子に座っては立ち、彼の動作を神経質に眺めていた。

 彼は2冊のファイルを持ってデスクと申請者を隔てる台の上にファイルを乗せ、ファイルの目的の部分を僕に見せて説明を加えた。


 

「この会社ですね、もう一つの会社はこれ、閲覧されますよね」
「はい」
「手数料の印紙代は2件で千円になります」
「コピーしてもらえますか?」

 

「コピーということは謄本になりまして1件に付き千円です、
 閲覧と謄本両方されますか、2件とも?」

 

「2件とも、両方して下さい。
 閲覧は1つのファイルの付き1つの会社しか見る事はできませんか?」
「基本的にはそうですが」
「解かりました」
「もう2枚、申請書を書いて下さい、今度は商業登記の謄本の部分を丸で囲んで下さい」


 

 僕は見本台の下から申請書を取り出し言われた通りに2枚の申請書に記入を済ませ彼に渡し、

 手数料の3千円を支払い、
 謄本を待っていた。
 コピーが終わると彼は僕に2つの謄本を手渡し、2冊のファイルを広げた。

 

「こことここが、あなたの言われた会社ですね、ゆっくりと御覧になって下さい、あちらが閲覧室です」

 

 

 謄本とファイルと手にすぐ隣の閲覧室に入り、

 テーブルを独占し空いた椅子にバッグを乗せ、謄本とファイルを確認し合った。
 まず、あいつの勤めていた輸入家具を取り扱っていた会社、
 次に僕が面接を受けた「MT商事」

 

 潰れた会社が株式で、今回が有限。
 商号も本店も微妙に違うが、事業目的はほぼ同じだ。
 僕の推理はやはり正しかった。

 

 あいつは、あのおじいさんの会社に2年前まで勤めていて、
 その会社の寮に住んでいた。
 彼女はあいつを知っていたことになる。
 

 係りの人には内緒だが、ファイルの別の会社に少し目を通す。
 どの会社の登記簿も似たり寄ったりだが、それでも、ここでゆっくり謄本とファイルを眺めていた。
 2つの謄本をバッグに仕舞い、2冊のファイルを係りの人に手渡し、

 この役所の階段を下りる。
 あいつが住んでいた寮を住所を頼りに追った。
 

 

 寮は更地になっていた。
 近所の人や不動産屋に探りを入れると、
 ここは長らく倉庫として使われ、人が住み込んでいたという。

 

 あいつのことを尋ねてみた。
 あいつのことを覚えている人がいた。 
 あいつは2年前までこの倉庫に住み込んでいたという。
 2年間位は住んでいたとも。
 この倉庫に住んでいたのはあいつ一人きりで、あいつは倉庫の番をしていたと。
 たまにあのおじいさんがここを訪れ、ふたりは親しそうに話し込んでいたと。

 

 彼女がここを訪れる事は稀だったと。
 1度、2度、見たとか見ないとか。

 僕はしばらく、その更地を眺めていた。
 ゆっくり歩き10分で「MT商事」の前に出た。
 そこを通り過ごすと、僕は駅に向った。


 

 家に戻ると、ポストにカズさんからのエアー・メールが届いていた。

 

『シンガポールに着いて3日目になります。
 昨日、新しい職場に顔を出して挨拶を入れました。
 ここシンガポール支店では日本人は少数派で、
 現地スタッフの上司が数人います。
 来週の月曜から本格的な勤務になりますが、
 初の海外勤務に胸の高まりは正直ありますね。

 

 今、ホテルからの夜景を見ながらこのカードを書いてます。
 由香里がこちらに来てから新居探しを始めるつもりです。
 お母さんとサムはどうしてますか? 
 ケン君とケイさん、睦まじく暮らしてください。
 シンガポールより、カズ』
 

 ソファーでこのカードを読み終わると電話が鳴った。


 

「ケンか、俺Sだ。
 昨日の8時過ぎだった、店にあの仏さんのことを知らないかと、女が訪ねて来た」
「どんな女だった?」

 

「年の頃は、40台前半から半ば、まあ、女の歳は当てにならないが。 

 ショートカットで高級なスーツを着ていた。
 知的で神経質そうな女は、仏さんの写真を持っていた。
 この店でこの男性を見かけませんでしたか? と。

 

 俺は一瞬とぼけようかと思った、でも、正直に話したよ。
 うちに数回来たことがあると。
 それ以上は言わなかった。
 写真の男が事故に遭って仏さんになっているとも、
 S署にいるとも言わなかった。

 

 無論、ケンの名前は出してない。
 何か訳ありそうな女だった」

 


「僕もその女のことを探っている」
「ケン、あの女は何者だ? 
 警察か? 金貸しか? 探偵か? 興信所か?」

 

「今はまだ、はっきりしたことは言えない、解かっていない」

 

「ケン、あの女には気を付けたほうがいい。
 俺の長年の、水商売の感なんだ。
 もう一度言う、あの女には気を付けたほうがいい。
 盗聴器だって仕掛けているかもしれない、
 そんな薄気味悪い女だったよ。

 

 女が帰ると店じゅう調べてみた。
 何も見つからなかった。
 取り越し苦労ならいいけど。
 

 女が帰るとヤスが来た。
 チャイナ・マッサージ前での停車で酷い目に遭ったとこぼしていた。
 ケンと一緒だったって。
 もう少しで立ちんぼを殴り飛ばしていたぜと、息巻いていた。 

  ヤスに、この街ではおとなしくしておくんだな。
 と、説教してやったよ」


 

「女の情報はいい参考になったよ、どうもありがとう。
 マリアさんと一郎君によろしくと、伝えてくれ」

 

「一郎がケイさんを気に入って、お姉ちゃんのうちに遊びに行くと言ってきかないんだ、

 よかったらケイさんと一緒に遊びに来てくれ」「そのうち、伺うよ」


 

 Sからの電話を置き、店に現れた彼女の目的に頭を巡らせていた。



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