愛の夢・・・5 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 5

 

 1週間ぶりに病院を訪れたのは午前8時半だった。
 受付で診療券を提出し担当の外来の前で僕は名前が呼ばれるのを待つ。
 その間、何故か、豆腐屋のおばさんと隣のベッドの老人と無縁仏のあいつのことが頭をよぎった。 

 

 名前が呼ばれたのに気づかなかった。
 看護婦が数回、僕の名を呼ぶ。

 

 カーテンを潜り、挨拶を交わす。
 担当の若い医師は問診し、再来週もう一度、検査をしてそれで結果が良ければ、問題はないと。
 来週の予約を入れ、医師は1週間分の処方箋を書いた。

 

 受付で会計を済ませ、薬局で薬を待つ。

 入院中、お世話になった看護婦が前を通り過ぎた。
 彼女がまた前を通る。

 

「お久しぶりです」
「具合は、どうですか?」
「おかげさまで、なんともありません。
 去年の暮れ、ここにYさんという豆腐屋のおばさんが入院していたのをご存知ありませんか?」

 

「ええ、覚えています。
 担当していました。
 残念ながら亡くなってしまいましたが」
「先日、そのおばさんの死を知りました。
 おばさんには子供の頃からお世話になっていました」

 

「そうですか」
「隣のベッドのおじいさんも亡くなってしまいましたね」
「亡くなりました。それでは、わたしは」

 

 彼女は話を折って廊下を急ぎエレベーターに乗った。
 僕は薬を受け取り、バスに乗ってターミナルに向う。


 

 

 バスを降り、Sの店の裏にある職安まで歩いた。
 不景気を反映してか、

 真剣にいや深刻さを通り越した暗い表情で求人掲示板を見つめる働き盛りの元サラリーマンの姿が最初に目についた。

 

 若いカップルがパソコンで求人情報を検索している。
 ここに来るのは3度目だ。
 会社を辞めて3日目に初めて来た。
 それまで、職安に縁がなく、どういうシステムなのか、
 係りの人に説明を受けたが全然理解できないでいた。 

 

 仕方なく、帰りに書店で『雇用保険・・・・』という本を買い、家で夜中まで読み、

 次の日はこの本を読むことに一日を潰した。

 少しは、頭が整理できた。

 

 どうやら、僕の場合は上司とぶつかっての、

 自己退職者にあたるため、すぐには失業保険が貰えないこと。
 いろんな書類を持って、職安に来なければいけないことなど。
 それにしても、やることが多い。

 

 まずは、健康保険を社会保険から国民健康保険に切り替えることだった。
 次に厚生年金から国民年金に切り替えること。
 ケイが僕の社会保険と厚生年金の扶養になっていたので、ケイにまで迷惑をかけてしまった。

 

 この時が会社を辞めて後悔した手始めだった。
 会社の辞め方もまずかった
 自分から辞めなくて、会社(上司)に首にしてもらっていたら、

 失業保険の受給でずっと有利なのだ。
 僕はそれほどまでに世間知らずだった。
 

 失業保険がすぐには当てにならないとわかると、
 僕はとりあえず求人誌で広告代理店のメッセンジャーボーイの職を得た。
 と、いっても、バイトであるが。
 辞職して1週間後のことである。


 

 あの事故に遭うまで、

 月曜から金曜まで午前9時から午後5時半まで約2ヶ月間働いていたことになる、
 勤めていた時と同じように8時過ぎに家を出る。
 バイトに残業は殆どなかった。
 バイトを終えるとケイと待ち合わせがある日を除いてまっすぐ家に帰った。

 

 単調であり、規則正しい毎日でもあった。
 バイト先では僕より若い高卒の社員に使われていた。
 男もいたし女もいた。 

 

 僕は割り切ろうと決めた。
 何を言われても我慢しようと。
 原付バイクに乗って得意先周りをやるくらい高校生のバイトで充分だろう。
 しかし、それで食い繋ぐ以外、僕に手段はなかった。
 それが現実だった。


 

 ケイは相変わらず昼間ランチのデリバリーのバイトを終えた後、 

 料理の専門学校に通っている。
 ケイのほうが僕よりずっとハードな毎日を送っていたが、

 彼女は何一つ愚痴をこぼさなかった。
 偉いのか、努力家なのか、馬鹿なのか、僕には解からなかったが。 

 

 

 今日は、本気で仕事を探そうと思った。
 1ヶ月は事故の保険金で暮らせるといっても、

 1ヶ月なんてすぐに過ぎ去ってしまう。

 これは僕が失業時代に得た教訓である。

 

 事故の後遺症でクダクダ言って保険金をもっと長く貰おうなんて姑息な利口な考えは、

 僕とケイにはなかった。 
 職安の面談で僕は自分の希望をかなり下げ、
 第3希望でようやく、明日面接にこぎつけた。



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