スペクタクル・・・5 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 5

 

 6時過ぎには目覚めていたと思う。
 和夫は夢想した。
 今日、絵里に会えるだろうか。

 

 絵里の顔が浮かんだ。
 絵里は、あのシェルブールの雨傘を観た、雨の日のままだった。 

 絵里が微笑む。
 彼の顔を覗いた。
 絵里の視線を感じる。
 瞳の奥の強い意志が彼の心を射抜き、惑わした。
 彼は目を逸らす。

 

 絵里は彼の部屋を今、出て行こうとしている。
 絵里はキーをポストに入れた。
 絵里は駅に向う。
 バッグ一つを持っている。
 再び、目をあける。

 

 彼女の姿は?
 稲妻のような光線の残像が目を蔽い、瞼をとらえる。
 

 

 まどろみ、3次元に戻った。
 布団をあげ、窓から夜明け前の空を眺めた。
 絵里に、会えるだろうか?


 

 客間を出て廊下を抜けトイレに向う。
 寒がよく、息が凍った。
 小便を終え、要一に会った。

 

「おはようございます」
「よく眠れましたか、今日は冷えますね。
 もう、食事の用意はできていると思います。
 安田さん、そろそろ、1階に降りて下さい」

 

 

 客間に戻り、服に着替え、階段からテーブルに進む。

 

「おはようございます、お目覚めはいかがです」
 和服に割烹着を羽織ったお母さんの声が通り、
「おはようございます」
 彼は鸚鵡返しに呟く。

 

「安田さん、冷えたでしょう、眠れました?」
 美紀の声がお母さんの横からから聴こえた。

 

「これくらいの寒さは平気です。僕の田舎を思えばなんともありませんから」

 

 彼はお母さんの横に座り、二日目の御節に箸をすすめる。
 雑煮を食べる。
 味噌が違う。
 具も餅も。
 それでも、本当に美味かった。

 

「味は違うでしょう。わたしも、こちらに来て、驚きました。
 わたしは、東京の生まれですから。
 でも、この家の味に慣れました。
 義母から、受け継いだ味を守っていきたいと思います。
 美紀さんにもお願いしたいわね」

 要一は軽い戸惑いを見せ、美紀は少し頷いたように見えた。
 彼は海老を抓み、紅白の蒲鉾に箸を運ぶ。
 最後に昆布を口に含んで、茶を飲んだ。

 

「御馳走さまでした。本当に美味しかったです」
 食器を流しに置くと、客間に戻り、支度を始めた。



 

 ポロは3号線を南にむかい、熊本空港を目指す。
 すぐさま、要一はモービル・スタンドに車を入れた。

 

「ハイオク満タン」
 若い男がタンクにノズルを突っ込み、女が窓拭きサービスと、
「灰皿はいかかがです?」

 要一は、軽く手を振る。

「35リットルで四千百五十円です」
 

和夫の財布から5千円札が、
「いいんですか?」
「ガソリン代くらい僕が出しますよ」
 

 ポロは3号線からインターに入った。
 高速道は鹿児島ナンバーの車がやけに目に付く。
 大型トラックが横を掠め、Zが通り過ぎた。

 

 ポロはのんびり走った。
 左車線で目的地をめざす。
 JBLからトーキングヘッズのアフロな音が狭い車内を包む。  

 デビッド・バーンの歌声が座席をとらえる。
 彼はリズムを取る。
 要一は口ずさむ。
 美紀はじっと車外を見つめた。

 

「あの向うが阿蘇ですよ」

 

 要一の言葉が終わらないうちに、空港インターの料金所に並んだ。 

 1万円札を後部座席から手渡す。
 釣りを受け取り、螺旋のような道をくだった。
 そこには、熊本空港があらわれていた。

 ジェット音が聴こえ、上空にB767機が見える。
 高度を上げ、天空に昇ろうしている。
 それを目で追った。

 

 要一は空港駐車場にポロを入れ、和夫と美紀を連れ立ってインフォメーションに急いだ。
 9時前の正月2日の空港は、それほどの混雑をみせていない。

 

「東京からの観光客です。
 この辺りの神社を回りたい思いますが、

 パンプレッと地図をいただけませんか?
 それと、耳寄り情報はないですか?」

 

「そうですね、周辺に数多くの神社がありますし、

 この町にもツーリスト・インフォメーションを設けてあります。
 正月休みも開いていますので、時間があれば寄ってみてください。

 阿蘇周辺には、温泉・旅館を数多く御用意しております。
 よろしければ、ここで御予約できます」

 

 要一は、受付嬢から地図と冊子を受け取る。

 

「とりあえず、町の中心、ツーリスト・インフォメーションに行ってみましょう」


 

 ポロは軽いエンジン音を残し、空港通りにでた。
 高台にある空港から緩やかな坂をくだる。
 A321機が空港に向う。
 機体は着陸態勢をとる。
 エンディングの滑走を続ける。

 

 ターミナルに近づき、体を憩めた。
 雄姿な阿蘇の外輪山を和夫は見つめた。
 すぐ、そこに絵里はいる。
 絵里はいる。
 絵里は、きっとそこにいるはずだ。
 彼の脳裏はすでにこの絶景も絵里の残像に変わりはじめていた。 

 あの雨の日に絵里の姿に。

 

 町中心部、役場側の一角にそのツーリスト・インフォメーションはあった。
 ポロを停め、彼らはその中に入る。
 年配の眼鏡の女性が蜜柑を食べていた。

 

「御聞きしたいのですが、この辺りで山中さんが神主をやっておられる神社はありますか?」
「山中さんの神社は、確かにこの町にありますが、町外れの小さな神社ですね」

 

「二十歳過ぎの娘さんがおられますか?」
「娘さんもいらしたと思います」
「絵里子さんといわれるんですが、御存知ありませんか?」
「名前までは、知りません。

 なにか御用があるのなら、地図を渡します。今から、伺うといいでしょう」
 

 

 和夫は、その地図に赤印を付け、この場を離れた。
 ポロはカーブで対向車をうまくかわすと小さな峠をのぼった。

 峠は下りに入った。
螺旋状から、通りは短い直線に入る。 
細い農道の入り口にポロを停め、要一は停車ランプを点滅させた。 

 カーナビを見つめ、地図を確認する。
 

 

 Dにシフトした。
 赤い小さな車体は農道を進む。
 袋小路にその小さな神社はぽつんと建っていた。
 ポロを脇に停めた。


 

 用水路を跨ぎ、土と混じった石段をのぼる。
 名がかろじて読み取れる。
 神社は今にも崩れ落ちそうだった。
 瓦が飛び、茶褐色の粘土状の泥と藁が剥き出ている。
 人の気配はなかった。

 

 和夫は周囲は見渡す。
 もちろん、人の気配はどこにもない。
 壊れかけた木の賽銭箱に、彼は千円札を入れ、綱を引いて鐘を鳴らす。

 

 手を合わせ、絵里を願う。
 絵里に会うことを願う。
 絵里に会うことだけを願った。
 静寂の時が流れ、彼は目を開け、振り返る。
 要一と美紀も賽銭を入れ、鐘を鳴らす。
 ニコンのシャッターを押した。

 

「これから、どうします?」
 

 

 キャメルに火を付ける。
 煙を吸った。
 溜息をつき、もう一度、火を付ける。

 

「一本どう?」
「僕は吸いませんよ」
「そうだったっけ」


 

 石段をくだり、辺りを見渡す。
 付近に集落はなかった。
 上空に旅客機が飛んだ。
 ジェット音はここまで伝わる。
 要一はイグニッション・キーを回す。
 ポロは農道を進み、左折して峠道を下り終えたところに数件の集落が見えた。

 

「あそこに、寄ってみましょうか?」
「お願いするよ」

 

 赤い車はスレート屋根の家の前に停まった。
 後部座席から降りた和夫は、ポストの側の引き戸を開け、声を掛けた。

 

「御免ください。御免ください」

 彼は待った。
 すると、腰の曲がったおばあさんが出てきた。

 

「なにか用ですか?」
「峠付近の神社のことですが、御存知ありませんか?」
「ええ、知っています。この部落の神社ですから。
 この部落の者はみんは氏子ですからね」

 

「神主は山中さんですよね?」
「ええ、そうでした。でも、もうこの部落にはおりません」
「どこに、行かれたのでしょう?」

 

「熊本市内にいると噂で聞きましたが、本当の事は知りません。
 この部落の者は誰も知りません。
 部落も困っています、神社を放って出て行かれても」
「絵里子さんという、若い娘さんがいらしたはずですが?」

 

「えりちゃんなら、もう、7,8年は見ません」
「神主さんは?」
「神社を捨てて出て行きました。
 もう、3年になります。
 それから、わしらがあの神社を祀っているんです」

 

「この集落に山中さんの親戚はありますか?」
「親戚はありません、元来他所者ですから」
「ご家族は神主さんと絵里子さんだけですか?」
「20年ほど前、奥さんがえりちゃんの妹を連れて部落を出ました。 

 それきりです」

 

「山中さんのお宅はまだ残っているでしょうか?」
「残っています。この部落の一番奥の藁葺き屋根がそうです」 

 

 おばあさんは背を向けた。

 和夫は引き戸を閉じ、車の要一と美紀の元に向う。
 彼はキャメルを吸った。
 煙を吸いこみ、溜息を大きくつく。
 息が凍る。
 もう一本、キャメルに火を付ける。
 

 

 彼は要一と美紀を連れて、その藁葺き屋根の家まで歩いた。
 戸を叩く。2度,3度。
 もちろん、返事はない。
 再び戸を叩く。
 声は掛けなかった。
 家の周囲をぐるりと歩いた。

 

 幼い絵里の顔が浮かんだ。
 お母さんが妹を連れて出て行くのを見ている。
 手を振り笑っている。
 母親が絵里の手を握り、抱きしめた。
 絵里は笑ったままだ。

 

 親子は頬を寄せた。
 彼女は絵里の頬に口づける。
 涙が絵里の肩につたう。

 

 母と妹は振り向きもせず戸をぬけた。
 この藁葺き屋根の家を。
 絵里は手を振り続けている。

 

 ここに絵里は住んでいた。 
 この藁葺き屋根の家に中学卒業時まで住んでいた。
 セーラー服姿の絵里が見える。

 彼は玄関前に戻っていた。

 

「これから、どうします?」
 

 

 要一の言葉に彼の応えはなかった。
 キャメルを吸った。
 溜息とともに、それを燻らせた。
 ポロに戻った。
 赤い車は峠をのぼった。


 

 ツーリスト・インフォーメーションの前にその車は再び停まった。 彼は中に入る。

「あの神社に行って来ました。
 3年前から、神主さんの姿はなく、集落の氏子の人たちが神社を祀っているそうです」

 

「そうでしたが、あの部落はこの町と隣町の境で、部落の人たちは、 

 町にはあまり通いません」

 

「どういうことですか?」
「この町は、いくつかの町や村が合併して出来た町です。
 お若いあなたたちは、知らないかもしれません。
 戦後、町村の大合併がありました。
 この町も、その結果できた町です。

 

 あの部落は、取り残されたのです。
 わたしも詳しい経過は知りません、どういう訳か、あの部落はこの町に統合されました。
 そのため、あの神社の神主さんは部落から追放されたと噂で聞き ました。
 その後、山中さんが神主になられたのです」

 

「山中さんはどこから来られたのですか?」
「残念ですが、私は知りません。
 通りをまっすぐ行くと大きな神宮の側に、この町の生き字引の老人が住んでいます。
 その方に、聞かれてみてはいかかです?」
 


 

 ポロは町の表通りを走り、神宮の駐車場に赤い車体を停めた。

 

「もうすぐ昼です、飯でも食いましょう、腹ペコですよ」
「その前に、その老人の手掛かりが欲しいんだ」
「そこの、うどん屋さんで聞いてみれば?」

 

 美紀の提案に、和夫は頷いた。
 肥後手打ちうどん、と謳い上げた暖簾を潜る。
 座敷に通され、彼はキャメルを吸った。

 

「本当に、よく吸いますね。体に悪いですよ。
 一日、何本吸いますか?」
「普段は一箱。でも、この数日はかなり吸っている。
 イライラしてるんだ。
 あと、数本でキャメルが切れるよ」


 

 絣を着た若い娘が茶を渡し、注文をとった。

 

「うどん定食3つ」
 要一がすばやく応えた。
 和夫は娘に老人のことを尋ねた。

 

「神宮の側に、この町の生き字引の老人がいると案内所で聞いたけど、知らないですか?」
「たぶん、石原さんのことだと思います。
 ここにも、たまに見えます、お邸は店から歩いていける距離です。 

 後で地図を描いて渡します」

 

 安堵し溜息をつく。

 

「安田さん、まだ運は残っていますよ」
 要一の言葉に頷き、茶を啜る。
「このお茶、美味いですよ」
「年寄り臭いこと、言わないで下さいよ」


 

 絣の娘はうどん定食を食台の上に乗せ、彼にその地図を渡す。

 

「どうも、ありがとう」
「どういたしまして、おかみさんに描いてもらいました。
 できれば、御礼を言ってくださいね」

 

 地図に見入った。
 要一と美紀の会話が途切れ途切れ耳に入る。

 

「伸びてしまいますよ」
「ああ!」

 

 和夫は地図を置く。
 そして、一口、二口、うどんを啜った。

 

「うまい!」
「そうでしょう。薄味で美味いでしょう。
 東京は醤油うどんでしたよね」
 

 和夫は麺を啜り、出汁を飲む。

 

「ふっ!」
「どうしました?」
「いや、なんでも。煙草吸ってもいいかな?」
「いつも吸ってるじゃないですか」

 

 キャメルに火を付け、煙を吸い込む。
 そして、大きく、一つ溜息をついた。
 彼は勘定の際、おかみさんに、一言の礼を言う。

 

「先ほどの、地図はありがとうございました」

 

「石原さんは、偏屈ですからね。怒らせてはだめですよ」

 

 小さな車は表通りから路地に入った。
 路地を右折し、造り酒屋のような家が見えた。


 

「ここじゃないですか?」
「ここかな?」
「だと思いますよ」

 

 要一は路肩に車を停めた。
 和夫は引き戸を開けた。

 

「御免ください」

 

 上品な婦人があらわれた。

 

「東京から来た者ですが、

 こちらに石原さんといわれる、お年寄りがいらっしゃるとお聞きしたのですが?」

「ええ、父なら席を外しています。

 1時間もすれば、戻ると思いますので、よかったら、ここでお待ちなさいな」
 

 

 彼らは、なにやら資料館らしき場所で、老人を待った。
 古代からの資料や、町の歴史、ある人物のコーナーも備えられていた。

 

「この地で取れたお茶です」
「ありがとうございます」

 

 彼は手短に答えた。
 要一と美紀は湯のみを手にした。
 和夫は目を見据え、キャメルに火を付け煙を燻らせ、老人を待った。



 

 石原さんは矍鑠とした老人だった。

「君たちは?」

「はじめまして、東京から来た安田と申します。
 彼らは学生で僕のガイドをしてくれています。
 石原さんのことは、案内所で伺いました。
 この町の生き字引だと。
 手打ちうどんのおかみさんに、この場所を尋ねて。
 よろしければ、峠付近の神社の神主さん、山中さんのことを教えてもらえないでしょうか?」

 

「君はどういう了見で山中君のことを知りたいのだ?」

 

「わたしは山中さんの娘さんの絵里子さんに会いたいのです。
 絵里子さんとは東京で暮らしていました。
 1年間一緒に暮らしました。 

 

 3年前、突然、彼女は僕の前から消えました。
 僕は彼女に会いたいのです。
 彼女を追って冬休みを利用して九州にやって来ました。
 

 

 最初は福岡でした。
 そこで偶然、彼女を見ました。
 彼女の乗った車を追って、熊本までやって来たしだいです。

 

 先ほど、絵里子さんのお父さんが神主をされていたという、神社を訪ねました。
 かなり傷んだ神社でした。
 車で峠を下り、集落を見つけ、そこでおばあさんから、神主さんが神社を捨て、部落を出たと聞きました。
 彼女が住んでいた家に行きました。
 傾いた藁葺き屋根の家でした。
 それから、案内所に引き返し、うどん屋さんに寄って、ここにお邪魔しました」

 

「お前さんは、今時にはめずらしい馬鹿な男だな」
 こう呟くと石原老人は木の長椅子に腰を降ろした。
 老人は煙管を取り出し、火を付けた。

 煙が和夫の頬をつたう。

 

「君も一服どうだね?」
「わたしは煙草をいただきます」
 彼はキャメルに火を付ける。

 

「君はなにかね、山中君、親子のことをどれだけ知っているんだ。 

 君は娘と暮らしていたと言うが、何か証拠でもあるのかね?」

 

 

「証拠は持ち合わせていません。今、絵里子さんの写真なら持っています。 
 二人で写った写真を持っています」

 

 彼は老人にその写真を見せた。
 和夫と絵里が伊豆に行った時の写真だ。

 

 夏だった。
 東京駅を出て、特急は横浜を過ぎた。
 遅い朝飯に車内で駅弁を食べた。
 横浜で買ったシュウマイ弁当だった気がする。
 彼は絵里のシュウマイを一つもらい、
 ビニールパックの急須から、彼女に茶を注いでやる。
 絵里は電車の揺れにこぼさないよう、ゆっくりゆっくり一口、二口茶を飲んだ。

 

 小田原城を過ぎ、熱海に停まった。
 電車は南下し、伊東に着く。
 伊東から伊豆急行と名前を変え終点の下田まで行く。
 リュックを担ぎ民宿まで歩いた。


 

 部屋に入り、二人で温泉に浸かる。
 絵里に愛撫し、乳房を触った。

 

「僕の実家はね、温泉旅館をやっているんだよ」

 

「その話、もう何回も聞いたわ。
 ねえ、どうして、あなたの実家じゃなく、伊豆に来たの。
 家族にわたしを紹介するのがいや?」

 

「そういう訳じゃないよ。そのうち紹介するよ。
 親父が死んだばかりで、間が悪いんだ。
 近いうちにきっと紹介するよ」

 

 彼は再び絵里に愛撫し、乳房を揉み乳首を吸った。
 部屋で食事を取り、彼は絵里を欲っした。

 

「声が聞こえるでしょう?」
「かまうもんか? 愛し合ってるんだから、かまやしない」

 

 部屋が軋み、絵里の声が漏れた。
 彼は2度,3度と絵里を欲っした。


 

 朝になっても彼は絵里を抱いた。

 

「もう人が来るわ」

 

 彼は絵里を抱き続ける。
 絵里の乳房を揉み、乳首を舐め吸い続ける。

 朝食を済ませ、浜にでた。
 彼は絵里の腰に手を回す。

 

「恥ずかしいじゃない?」

 

「かまやしないさ。なんなら、人前でやったっていいんだ」
 

 

 絵里は海に入る。
 彼は浜で絵里の姿を見続ける。
 絵里は沖へ泳ぐ。
 彼女の頭が小さく見えた。 
 彼はその姿を追った。
 絵里が浜にあがる。

 

「シャッターを押してもらえません?」

 和夫と絵里は夏の逆光をバックにフィルムに納まった。

 

 

 彼は彼女を湯舟の外で欲っした。
 彼女を岩場に立たせ、後ろから愛した。
 彼女の声が漏れる。
 部屋に戻り、夕飯もそこそこに、彼女を愛した。
 指先が陰部に触れた。
 指を入れる。
 指を匂い、それを舐めた。

 

 絵里の匂いがする。
 舌を這わせた。
 陰部にとどき、執拗に舐め、そしてピンクの襞を吸う。
 その秘部を吸い続ける。

 

「銜えてくれないか?」
 

 

 はじめて彼女に呟く。
 口を噤ぎ、その先端にそっと舌を付け、嚢まで這わせた。
 唾液が彼を潤す。
 それを嘗め回し飲み込む。
 彼は目を瞑る。 

 

 彼女の唇はとらえた。
 舌は睾丸に触れ、

 

「噛んでくれ」
 先端から根元にかけ、強く圧力をかける。

 

「あっ・・・!」

 彼女が跨ぎ、彼を受け入れた。
 その豊かな乳房を両手で揉み解す。
 蜜が溢れる。
 喘ぎが・・・・・
 彼女は激しく、彼も腰をふる。
 彼女の後ろに回った。
 右の耳朶を噛み、息をかける。

 

「愛している! 愛している」
 

 

 乳房を弄り、彼女の脂肪のついた腰に手を当て、後ろから激しく突いた。
 彼女は声をあげる。
 彼は激しく後から突きあげた。
 二人は果てた。
 彼はなおも豊かな乳房を揉み、乳首を吸い続けていた。
 


 

「そのなもの、証拠にはならんよ。
 いろんな人間がここを訪れて、世間話をしていく。 
 わしは物好きで長く生きているんで、人の話を聞くのは好きだよ。 

 呆け予防には最適だ。
 

 

 ここは、わしが道楽でやっている資料館だ。
 君も少しはここの展示物を見てくれたかね。
 この町の古代からの歴史や、街の概要、

 そう、この町は明治の大合併、昭和の大合併を経て、今の町を形成しているんだよ。

 

 あの人物をご存知か?
 あの人は、明治、大正、昭和を通じての言論人じゃ。
 あの人のご先祖はこの町の人じゃ。
 ああいう人がこの国の形を造ってきたのだ。

 

 君たち、若い人は、戦後民主教育に毒されておる。
 それに気づかず、洗脳されておる。
 戦後民主教育は邪悪な宗教だ。
 わしは、この国の未来が心配じゃ。
 悲観しても仕方ないが、あんたがた若い人に、この国の未来を託してもよろしいかな。
 心もとないな、な、お若いの」

 

 彼は言葉に詰まった。


 

「わしはな、93歳じゃ。明治の終わりに生まれて、平成の世まで生きておる。
 わしの親父は字が読めなかった。文盲だった。
 親父は関門海峡を越えてこの地に移り住んだ。
 親父は拾い仕事で生計をたてていた。
 そして、わしはこの地で生まれた。
 わしが生まれると時を同じくして母親は死んだ。
 わしが子供の頃この辺りは、それこそ、なんにもなかったわ。  

 

 

 わしは、周りに恵まれ、どうにか学校に進んだ。
 そこで、日本を愛することと文字を学んだ。 
 親父がよく言っていたもんだ。

 

『お前、字だけは読めるようになれよ』

 

『字だけは読めるようになれ』と。
 

 

 わしは学校は嫌いじゃったが、字だけは読めるようにと努力した。 

 学校を出ると弟子入りし、奉公があけると自分で店を持った。  自転車屋じゃ。
 当時の自転車といえば、いまの自家用車より高級品だった。
 わしは、この村一番の自転車になった。
 わしは、天狗になりかけていた。
 女房を貰い、子供が生まれた。

 

 親父はわしを窘めた。

 

『天狗になるでない。天狗になるでないぞ』と。
 そうするうちに、わしに赤紙が届いた。
 それから、わしの地獄が始まった。
 
 

 わしは、陸軍の衛生兵になることになった。
 決め手は上官からの一言だった。

 

『お前は、自転車屋か、それじゃ手先が器用だろう。
 いいか、お前は陸軍の衛生兵になれ、軍医殿の言いつけをしっかり守るのだ』

 

 もちろん、わしに医学の知識などない。
 わしは、学校出たての軍医殿に付いた。
 その時、既に30を過ぎていた。

 

 わしらは呉から艦で南方に渡った。

 艦は台湾の基隆に着いた。
 そこで、水と食料、燃料を補給すると、艦は暫く高雄に碇を下ろした。

 

 わしは10歳若い軍医殿の世話をやいた。
 軍医殿はエリートだ。
 でも、この軍医殿はわしを対等に扱ってくれた。

 

『石原さん、石原さん』と。
 目上のわしを気づかってくれたのじゃ。

 

 台湾はよかった。
 台湾にはいい思い出しかない。
 人々がわしらによくしてくれた。
 当時、日本は台湾の宗主国じゃ。 
 日本人が上に立ち、台湾人は二級国民だ。
 でも、わしにはそんな意識はなかった。

 

 あの頃、わしは日本が戦争に勝てると信じていた。
 神国日本が負けるはずはないと。

 

 艦はマニラに向った。
 マニラの赤い夕陽が忘れられない。
 わしらの艦は進んだ。

 

 ダヴァオからシンガポールへ航海し、そこでわしは任務に就いた。 
 インドネシアの島が、わしの部隊だった。
 軍医殿とわしはインドネシアの島々を巡った。
 最後にいたのがビンタンという島じゃ。
 わしは衛生兵だから、戦闘員ではない。

 

 軍医殿に付いて、兵隊たちの健康管理と疾病と傷の手当てが仕事じゃ。
 軍医殿はすばらしい人だった。
 どの兵隊たちにも誠意をもって接せられ、勇気を与えて下さった。 

 

 戦争末期、わしはもう、ダメだ。
 生きて帰れないだろうと、覚悟を決めた。
 わしより若い多くの兵隊たちが南海の孤島で命を落とした。
 

 

 軍医殿は踏ん張られた。
 少ない薬品や物資をやりくりして。
 ある日、軍医殿が倒れられた。
 風土病だった。
 マラリヤだったのだろう。
 わしには手立てがなかった。

 

 わしは、軍医殿に尋ねた。
 わたしは、軍医殿に何をしてさしあげればよろしいのですか?

 

『わたしが望むものは、石原さん、生きて日本に帰って、
 すばらしい明日の日本を築いてください。
 わたしが望むのはそれだけです』


 

 翌日、軍医殿は亡くなった。
 1週間後、わしは日本が戦争に負けたことを知った。
 インドネシアが独立を宣言し、連合国オランダが侵入した。
 わしらは為す術べがなかった。

 

 わしは、恥を忍んで日本に帰って来た。
 何かあると、あの軍医殿の言葉を思い出す。 
 わしは、自転車屋を再開した。 
 自転車からバイクを扱うようになり、自動車販売もはじめた。
 村会議員から町会議員、県会議員へと出世も果たした。 

 

 でも、わしはやり残した、気がかりなことがる。
 それはな、この日本と言う国が、戦争前より、悪くなっていることじゃ。
 確かに、戦争はなくなったし、物にも困らない。
 若い、あんたたちは、腹を減らしたことすらないじゃろう。
 わがままいっぱいじゃ。
 さも、自分が今の日本を築いたような顔をしておる。

 

 戦後日本の教育が悪かったんじゃ。
 大新聞と間抜けな教師どもは掌を返したように、戦争を非難した。 

 あいつらは、そんな資格すら持ち合わせていない。
 その事がまったくわかっとらんようだ」


 

 老人は煙管を叩き、新しい刻みを入れ、マッチを擦り火を付ける。


 

「わしはな、これが一番の楽しみなんじゃ」
 煙が燻る。
 彼はキャメルに火を付けた。

 

「お若いの、進駐軍のをお吸いかい?」
「はい」
「そんなもんがうまいかね?」
「一本いかがです?」
「わしは、遠慮するよ」

 

「山中さん親子のことを伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「山中君か。彼はな、昔、企業城下町で組合活動をしていて、追放された。 

 

 君、知っているかね?
 レッドパージといってな。
 アメリカさんがやっきになって共産主義者を逮えた。
 山中君もその犠牲者だ。

 

 わしは、赤は嫌いだ。
 でも、アメリカがいいとは、わしは思わん。
 山中君は各地を転々とし職を変え、身分を隠してあの峠の神社の神主になった。
 赤が神主になるんじゃから、すごいわの。
 誰もそんな事を信用せんやろ」

 

「それで、山中さんは今どこにおられるんですか?」

 

「若いの、君はせっかちじゃな。
 年寄りの話は、ゆっくり聞くもんじゃ。
 だから、女に逃げられる。
 山中君は山の中に身を寄せておるよ。
 確かめたいなら、行ってみるがよい」


 

 要一は、紋付袴姿の石原老人にシャッターを切った。
 彼はキャメルを灰皿に潰し、その話をメモに取り続けている。



 

 ポロは路肩からUターンして路地を抜け、表通りに出た。


 

「安田さん、これからどうします?」
「山中さんの居場所は、熊本と宮崎の県境の老人ホームということだ。

 今から、日暮れまでに間に合うかな?」
「どうにかなるでしょう。行ってみますか?」
「行きたいのはヤマヤマだけど、君たちはどう?」

 

「僕たちなら行きますよ、どうせ乗りかかった船ですから」
「美紀さんは?」
「わたしも、付いていきます」


 

 車は阿蘇方面に向った。
 JBLからデビッド・バーンの歌声が籠れる。
 カントリーからボサノバまで。
 和夫は阿蘇の雄大さを眺めた。
 この地にいる不思議さとともに、北関東の地の錯覚に捉われている。

 

 温泉宿が見えた。 
 母と兄夫婦はどうしている?
 旅館に常連客は足を運んでいるだろうか。
 吐く息の白さにも似た湯気が上がっている。
 あちこちに立ち上がっている。
 道の傍らに残り雪が見える。
 湿った路面を轢くタイヤの雫が窓ガラスに迸んだ。
 

 水滴に絵里の顔が浮かんだ。
 絵里の豊かな胸が見える。
 絵里は阿蘇の大自然の中を一人で歩いている。
 緑であるはずの大地が枯れている。
 以前雑誌で眺めた草千里だろうか?
 牧場のような大きな小屋が見える。

 

 季節は夏に変わった。
 尾の長い黒い馬が首を垂れ餌をつむぐ。

 

 和夫と絵里は馬に乗った。
 まず、絵里が馬に跨ぎ、和夫は手綱を引く。
 老馬は彼女と彼を乗せ、歩くように緑の絨毯を。
 彼は、鞭を入れた。
 老馬は小走りを始める。
 彼女と彼は緑の大地を老馬と戯れている。


 

 美紀はシートに背中を丸め眠っているようにみえる。
 要一はハンドルを切り、車を停めた。
 カーナビを眺め、地図に見入る。

 

「道がないんですよ。消えています。
 道は続くようにはなっているんです。
 これから作る予定の道も、入ってるんですかね?
 現実の世界は不思議です」

 

 要一はそう呟くとニコンのシャッターを数回切った。

「ねえ、迷ったの?」

 

「いや、大丈夫さ。一度ここに来た事がある。
 引き戻して、日暮れまでにはどうにかするさ」


 

 デビッド・バーンは歌い続ける。
 バーンは歌う。
 阿蘇の火口に向けて。
 ポロは走り続ける、神秘の村に向って。
 要一は飛ばした。
 カーブをくねり、坂をのぼって。

 

 車の姿は見えない。
 一台も通り過ぎるものがない。
 山は不気味さへと移りゆく。
 要一はアクセルを踏む。

 

 ハンドルを握り締め、舵を切った。
 ブレーキを踏み込む。
 夕闇迫った神秘の山道を、彼は飛ばした。
 一人っきりのオフロードレースのように走り続ける。
 4次元の道をのぼってはくだった。

 

 赤い車は舗装から砂利道に入った。
 軋む音がした。
 車体が歪み、タイヤが啼いた。
 峠の頂を越える。
 車輪は滑るように坂道をくだる。

 

 転がるように赤いポロは目的地をめざした。
 峡谷を抜けどうには日暮れ前に郷に着いた。
 土産物屋でその隠れ家を尋ねた。
 そこは、目と鼻の先だ。
 緩やかな坂を彼らの車はのぼってゆく。



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