スペクタクル・・・3 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 3

 

 パソコンのスクリーンセーバーは宇宙を表している。
 鉛のように体が重い。
 エヴィアンのキャップを空け、口に含んだ、
 ミネラルが体を巡る。
 おにぎりの残りを齧る。

 

今日は一年納めの日だ。
 いつものようにサービスの新聞を地元紙と全国紙、2紙をベッドに広げた。
 NHK衛星放送でワールドニュースを観る。
 BBC、CNN、etc。

 

 この一年、世界を揺るがす事件はあっただろうか。
 あったのかもしれないが、この日本にいる限り、それをリアルには感じられかった。
 東京であれ、ここ福岡であれ、北関東の温泉地であれ、それは同じであろう。
 それは彼に限ったことだろうか。

 

 絵里はどうだろう。
 絵里はこの地で、今、息をしているのだろうか。

 和夫は部屋をでた。
 もちろん、当てはなかった。

 

 ホテル前で右翼の宣伝カーが信号待ちしている。
 彼は大通りを博多駅方面に歩いた。
 人も車も疎らだった。
 例の車がボリュームをあげ通りすぎる。

 

 ホテル日航前を横断し本屋に入る。
 ここにもさりとて用はない。
 学術にも文芸にも興味はない。
 絵里に関する情報はここにあるだろうか。
 もちろん、ないだろう。

 

『帰って来た伊藤律』
 なにげなく彼はその本を開いた。
 その人物を知らなかった。
 でも、この革命崩れに惹かれた。
 本を手に取りレジに向った。
 ホテルに戻り、部屋でそれに読み耽る。
 

 あの、老人はどうしているだろう。
 和夫の前で倒れた老人は。
 老人は赤だった。

 

 

 パソコンで『伊藤律』を検索する。
 革命家、伊藤律は健在だった、干乾びた歴史の中で。
 和夫は歴史が苦手だった。
 私立文系で数学を取った変わり者だ。
 音楽と映画以外は興味がなかった。

 

 勉強は苦手だったが、受験勉強はやった。
 もちろん、仕方なく。
 このような人物が実存していたことに軽いショックを受けていた。 

 

 

 空腹に気づく。
 朝、おにぎりを齧っただけだ。
 バスタブに浸かり、髪を洗った。
 濡れた髪を乾かす。
 エヴィアンで喉を潤す。

 

 時計を見た。
 それは、新年を告げている。

 

 キーをフロントに預け、通りでタクシーを拾った。


 

「護国神社までお願いします。
 そのまえに、何か食べる所はありませんか?
 ファミレスでもなんでも構いません」

 

「ファミリー・レストランのことですか?」
「ええ。護国神社の近くにファミレスがあれば、そこで停めてください」
「わかりました」

 

 運転手は彼の顔を覗いた。
 真夜中の道をタクシーは飛ばした。
 無愛想で運転は荒い。
 これが九州男児だろうか。

 

「ここですよ。まっすぐ5分も歩けば、護国神社です」
「釣りは結構です」
 彼は九州男児にチップをはずんだ。


 

 ファミレスで食べる雑煮は格別だった。
 笑えるが御屠蘇が付いていた。
 御神酒に飲む。
 これで護国神社を参拝できる。

 

 神社までの夜風を絵里の毛帽子が防いだ。
 夜道の外灯にポスターが光った。


 

『三島以後の日本を考える』

 あの三島だ。
 鉢巻を巻き、学ラン姿のような軍服で白い手袋の拳を振り上げる。 

 三島がこの世を去った時、彼はまだ生まれていなかった。
 三島以後の日本とは、即ち、彼の育った日本でもある。

 

 三島が散った市ヶ谷の街を、ワゴンの窓から眺めていた。
 三島を意識した事はない。
 三島文学とも無縁だった。
 当時の建物は取り壊されているだろうか。
 防衛庁の真新しい施設が市ヶ谷の街を見下ろしていた。


 

『戦争で散って逝った英霊に御心を捧げよう』


 

 行列にならんだ。
 和夫は鳥居を潜る。
 木々でうっそうとした神殿に近づく。
 

 

 気張って賽銭箱に千円札を入れる。
 護国神社を参拝する。
 三島以後の日本を考え英霊に御心を捧げたわけではない。
 護国神社を参拝した。

 

 さして理由はなかった。
 三島を見たからではなく、
 伊藤律に影響されたでもなく。
 この地を訪れ自然に参拝したのである。


 

 御籤を引く。
 中吉だ。

『待ち人現れず』

 

 境内を抜け通りに出た。
 そこで絵里を見た。
 幻の絵里だろうか。
 和夫は後を追った。


 

 絵里は助手席に乗った。
 今度こそ、間違いない。
 現実の絵里だ。
 車は天神とは逆方面に走りだす。
 和夫はタクシーを停めた。


 

「黒のシビックを追ってください」
「どれですか?」
「あの、熊本ナンバーのシビックです」
 

 タクシーはシビックを追った。
 通りは異常なほど混んでいる。
 彼は苛立っていた。

 

 シビックは福岡ドーム前を通り、巨大ホテルを抜け、タワー脇に停車した。
 絵里が助手席から降りた。
 和夫はタクシーを降りる。

 

「客さん、お金は?」
「釣りは入らない」
 和夫は助手席の窓から金を渡す。


 

『絵里! ・・・・・ 絵里! 絵里!』
 声は絵里に届いた。
 絵里は振り向き、逃げるようにシビックに戻った。

 

 やはり、絵里だ。
 どうして、絵里は逃げるのだろう。
 和夫は走って絵里の車を追った。
 タクシーはこない。
 シビックを見逃したら終わりだ。

 

 あのタクシーの姿は消えている。
 和夫は5分ほど走って追った。
 シビックの姿は深夜の闇に消えゆく。

 

 和夫は歩いていた。
 放心状態で歩いている。
 絵里の幻想と現実が交叉して、彼は夢遊病者のように歩いていた。 

 

 

 絵里の顔が浮かんだ。
 絵里の顔が消えた。
 あの雨の日の絵里が。

 

『シャルブールの雨傘』の日の絵里が。
 彼女の顔が浮かんでは消えた。
 豊かな乳房が浮かんだ。
 そして、消えた。


 

 偶然深夜バスを見つけ、彼はステップを上がる。
 バスに揺られ、絵里の幻想が消えた。
 彼は自分を取り戻し、ホテル前で降りた。
 

 部屋でキャメルに火を付け、煙を吸った。
 そして、溜息をつく。
 シャワーを浴び体を憩める。
 

 

 浅い眠りから覚めた。
 もう一度、キャメルを吸う。
 朝一番の列車で熊本に行こう。



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