貧民窟・・・1 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

幸田回生


 1
 
 21世紀を迎えた先進工業国の日本に貧民窟があるといえば、多くの方は驚愕されるでしょう。
 地理的には日本の中心部に位置し、都市の周辺であり壁で仕切られた隔絶されたエリアである。
 
 壁に沿って大通りが走り、北に貧民窟の入駅がある。
 何かの本で読んだことがある、スラムは駅の周辺に広がると。
 難なく壁を抜けると、もう別世界だった。
 餓鬼の頃から、自分を取り戻すためここに来ていた。
 その先には新幹線と在来線が交差し、高速道路と都市間高速が走り、さらに空港と港湾施設がある。
 
 俺は日本人だ。
 外人が大嫌いだった。
 それがすべてであり、そして、狂気の感情を救ってくれた。
 そいつらを罵ることで、社会の底辺でも生き延びる術を知ることができた。
 そこには、憎しみと悲しみと飢えと貧しさ、愛と喜び以外のすべての人生が揃っていた。
 
 中学卒業と同時にこの土地から離れた。
 降り立った新しい街で、懸命になって生きてきた。
 もちろんのことだが、世間の風は非情に冷たかった。
 15歳の少年がたやすく生きていけるほど、日本はあまくない。
 
 手始めに、喫茶店でボーイをやった。
 ホステス上がりのママさんと、その色がチーフと呼ばれ、二人は夜の奮戦を面白おかしく披露していた。
 私立高校中退の男は腹の虫が悪くなると、
 中卒の俺をネチネチとちくり、死ぬほどまずい飯をだしていた。
 そのカウンターでキッチン見習いと話題にしたママさんと色の悪口を、この時間には来るはずのない彼女に偶然聴かれる羽目になり、 1週間後、一人この店を放り出された。
 
 次に何をやったのか、よく思い出せない。
 わずか、10年余りの前の出来事でさえ、記憶があいまいで、
 自分の半生を想い起すことがある。断片的には覚えているんだ。
 
 ガソリンスタンドの洗車機にチンピラのアメ車をぶつけ、
 店長の計らいでどうにか、ここを辞めることでその場を凌がせてもらった。
 そうなんだ、ここで俺は免許証を手に入れることができた。
 
 宅配業者に登録し、いくらか歩のいい運転手をやった。
 そこでも、ミスを繰り返した。
 事故で保険ばかりを使っていたが、人は不思議と轢かなった。
 北を南を違え、引き返し、一日を潰したことがある。

 それにも懲り、色街のソープランドのポーイで、ヒモになった。
 店が引けて、女のマンションで2ヶ月間飽きもせず、夜の務めを果たしていた。
 妙な色気と引き締まった体で、女の正確な年齢がわからなかった。
 サブカルチャーの話題にジェネレーションギャップを感じ、
 こっそり免許証で確認したところ、41歳だった。
 母親と同じ年の女を毎日抱いていたことになる。
 あの最中になつかしい面影が浮かぶ、そして、顔にゲロを吐いた。
 数発殴った年増は素っ裸のまま台所の包丁をふりまわす。
「何すんのさ、チンチンをちょん切ってやる」
 女は現代の阿部定だったのかもしれい。
 怖くなって逃げ出したよ、女とソープから。
 
 それから、隣街に移って住み込みでハウスクリーニングをやった。そこで今は亡き超売れっ子のピンク作家の自宅に伺ったことがある。
 興味があったが書斎に入れてもらえず、
 ピンク先生はお留守で秘書のようで愛人のような女がいたことがなぜか印象に残っている。



 

 そういえば、街角で海賊CDを売っていた。
 仕入れの担当はやくざの三助で、偽造の天才・中国人が絡んでいることはみえみえだった。
 こんな奴らにこき使われていた。
 事務所に出むき、山積みされたアメリカやイギリスのアーティストの偽造CDをピックアップしてくる。
 いつもアーケードの商店街入り口に陣を取って待ち通した。
しかし、売る奴は人の流れ、街の流れを読むそうだ。
 俺には、そういう才能が欠如していたのかもしれない。
 3枚、5枚しか売れない日があり、寒い中ションベンを我慢して膀胱炎になり、保険証なしの自由診療で藪医者になけなしの金をボラレたもんだ。
 こんど見つけたら、あいつの腐れ病棟に放火してやろう。
 
 俺は10年間で数え切れないほどの仕事に就いているだろう。
 どれひとつとして生業はなく、転々として人生だった。
 一番最後に辿り着いた、あのうなぎ小屋の梱包が天職とさえ思えたほどだ。
 
 そして、今、俺は最も安定した監獄にいる。



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