ペーパークラフト・・・4 | ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 4

 

 月曜日の朝はいつもに増して体がだるく、会社に着くとへとへとだった。
 仕事の話なんてつまんないから、とりたててここで書くことはない。
 でもね、おもいしろ話しが一つあった。
 それは、お局様の島田さんが寿退社することになって、
 わたしら下っ端は、大喜びなんだ。
 仕事バリバリをこなすお嬢さん大学出身の彼女にも、なぜか男に縁がなかった。
 気が強くて、生半可な男なんてビビっちゃうもん。
 そんな人が、どうも地方住みの冴えない年下男と結婚するらしいと小耳に挟んだのが10時のコーヒータイム、高卒2年目の杉田くんとコンビでお茶当番の際、妹とタメの彼女は、わずか1年でキャリア3年のわたしよりずっと情報通。
 背が高く、モデル並のスタイルの彼女であるが、どう見てもブスである。
 でも、モデルにブスは多いから、本人はこっそり狙っているのかも。
 この年生まれの子は、きっとみんなオマセさん、
 わずか二人の統計でなんだけど。
 
 話しの続き、わたしが給湯室でお局様愛犬の写真がプリントしてあるカップにコーヒーを淹れる間、子供ができた?
 もっぱら評判だと、煽るように杉田くんが耳打ちするわけ。
 今週の金曜日が島田さんの千秋楽らしく、
「さやかさん、よかったですね。
 これで少しは気が楽になります」だって。

 島田さんはそんな男でも、結婚したかったのかな。
 性格はともかく有能だし、会社に残って重役に社長にでもなれると思うけど。
 それにしても、彼女の結婚願望は下っ端の間ではかなり有名だったわけ。
 密かに、結婚相談所に入会し、お見合いパーティーの常連であったと、杉田くんから情報を得ている。
 


 ケチで後輩にも割り勘を通す彼女であるから、金はしっかり貯め込んでいるであろうし、マンションの一つくらい充分に買えたであろうが、自宅通勤のお嬢様である彼女は夢見る結婚のため、
 その必要はなかったのかもしれない。

 そんなわけで急遽、明後日、追い出しパーティーが催される運びとなった。
 結婚式も挙げず、会社の人間からこっそりオサラバしたくても、 そうは問屋が卸してくれない。
 オープンして1週間のイタメシ屋のチラシを通りで誰かが掴み、
 つまるところ、会社は暇人の集まりでもあるわけで、まあそれも、よしとするか。
 この席に、フィアンセと両親を呼ぼうと画策した者がいるようだが、島田さんが断固拒否したか、時間が足りなかったか、その計画は頓挫した。
 
 水曜日の夜、主賓の席に座った彼女は一言、
「この度、結婚で退社するになりました」いつものお局様にあるまじきかな、俯きかげんに呟いた。

 今宵の島田さんは、社内でのオーラはすでに消え失せ、
 地味な濃紺のジャケットと同系色のパンツと黒の革靴、
 髪をピンで留め、胸にピンクのリボンをあしらっていた。
 頬紅が照かり、左の薬指にわたしの目がいった。
 そういえば、彼女は決して指輪をしなかった人だ。
 8時から2時間の予定で借り上げている、ビルの2階の狭いスペースで、10人ほどの女と一人の若手の男が彼女の晴れ姿を見送った。
 わたしは、イカ墨スパゲティに歯を黒く染め上げ、サラダ煮のズッキーニを頬張り、白のハウスワインをグラス一杯飲み、
 好きな緑のハイネケンのボトルに口を含ませごくり、
 透明な液体を見た瞬間、ふとチョビ髭さんの顔が浮かんだ。

 この日、横にいた杉田くんによると、
 秋で35歳を迎える島田さんは、このまま会社に残りキャリアを積み上げてゆくか、結婚するか真剣に悩み、結婚相談所と同時に有名な占いの母の元に足繁く通っていたそうだ。
 仕事帰りに彼女、探偵事務所でバイトしてると、思うよ。
 それにしても、よく食うんだこの杉田くん。


 一人で会費の元を取ろうとしているのか、何から何まで口に運び、 ワインをがぶ飲み、ハイネケンをぐいぐいラッパ飲みし、
 彼女があまり出来上がってしまって、とうとう2次会はお流れになってしまった。
 だらりと垂れ下がった腕を肩にかけたわたしはもう一人の同僚と、 どうにかエレベーターまで大女の杉田くんを運び、タクシーを呼び止め、肩を外し頭を抑えて車内に押し込み、彼女の自宅住所を運転手に告げた。
 
 ゴールデンウィークがあけると、四国に向けて旅立つ島田さんの横顔は、憂いを帯び美しかった。
 千秋楽のお局様は、これまでの非礼を素直に詫び、我々の元を去って行ったのである。



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