ブログ連載小説・幸田回生

ブログ連載小説・幸田回生

読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

 17

 パーティの翌日、王が寮を去った。
 それから十日後、ジミーとロバートが続いた。
 王が寮を去ったことで、二人で10ヶ月過ごした部屋は富四郎だけになった。

 


 解っていたこととはいえ、一人になれて気が楽になるどころか、狭い空間に虚しさが漂っていた。
 王が使っていた机とベッドはそのままで次の主がやって来るのを黙って待っている。



 大学院での講義、図書館で本に集中している時はともかく、 
 寮に戻り、食事を終え、シャワーを浴び、
 ベッドに入るまでの時間が富四郎にはなんとも苦痛だった。
 言葉を交わさなくても、すぐ側に王がいてくれるだけで、
 どれだけ自分を支えていてくれたかを富四郎は思い知らされた。

 


 今、やるべき事といえば勉強に励むことだが、
 一人になった寮の部屋で己を鼓舞しようにも、大学院や図書館ほどの集中力を維持できない。
 本を開き、10分も20分もすると、ため息とともに本を閉じ、
 目を閉じて本の上に顔を埋めてしまう。
 そのままベッドで眠ろうにも気が冴えてしまう。



 王は何をしているのだろう。
 家族に囲まれて、美味しい中華料理を食べ、家業のホテルを手伝いながら、大学復帰への準備をしているのだろう。
 帰国して1週間後に、絵ハガキを寄越してくれたが、
 寮でのお礼と挨拶程度の短い文章から彼の生活を推し測ることは困難だ。

 


 富四郎は富四郎の道を進み、王は王の道を進む。
 ジミーにしても、ロバートにしても同じことだ。


 富四郎はオーストラリアのパースの地を踏んで1年が過ぎた。
 今、日本が桜の季節なら、赤道を越え真南に位置するオーストラリアは秋の只中。


 4月、富四郎の新たなルームメイトはニュージーランド人のマイクという二十歳の若者だった。
 富四郎より三つ年下で、肌色は白く、茶色の瞳と髪の毛を持ち、 痩せぎすながら身長が190センチ近く、薄らと無精髭を生やしていることもあって年上のように見えなくもない。

 


 2月までルームメイトだった中国系シンガポール人の王も背が高かったが、一つ下でせいぜい同級生にしか見えなかった。



 母国ニュージーランドを離れるのが初めてで、
 同じ英語圏で兄弟国のようなオーストラリアとはいえ、
 やはり、生まれて20年間過ごした環境とは違って、
 ちょっとした違和感を感じると、マイクは言った。

 


 寮の食堂で夕食を終えた月曜日の夕方、二人は部屋に戻る前にリビングに寄った。
 富四郎がキッチンのコンロに薬缶を掛け、お湯を沸かし、ティーバッグの紅茶を飲み寛ぎながら、マイクが語り出した。



「トミー 僕は高校時代までニュージーランドのナショナルスポーツのラグビーに打ち込んでいたけど、日本での人気はどう?」

 


「どうかな?
 僕の地元でラグビーをやっている人はほとんどいなかった。
 スポーツ音痴の僕はラグビーのルールもよく知らないけど、
 県内の高校でラグビー部は数えるほどしかなかったはずだ。
 一番人気は野球でその次はなんだろう」

 


「そうなんだ。
 日本はラグビーをする人は少ないんだ」

 


 ここでマイクは紅茶一口飲んだ。



「ラグビーの本場のイギリスではサッカーと同じようにイングランド、スコットランド、ウェールズというように協会があって、
 それぞれ別の国のようにラグビーを競う。
 お隣のアイルランドはちょっと難しい立ち位置だね。

 


 それに加えて、大陸のフランス、僕の母国のニュージーランド、 今いるオーストラリア、南アフリカの8ヶ国がラグビー強豪国なんだ。
 


 僕は子供の頃から地元のクラブでラグビーをしていたけど、
 それほどの選手でもなかった。
 サッカーボールと違って楕円形のラグビーボールを蹴るのは難ししい。

 


 足が速い訳でも、試合の流れを読んで、的確に判断を下す、 
 選手の中の監督といわれるスタンドオフをやれるような選手でもなかった。


 
 身長はあっても体重が軽くて、15人中8人いるフォワードは務まらず、怪我したり、空きが出たポジションをこなす便利屋でしかなかった。
 ナショナルチームのオールブラックスに入れるような器じゃなかったということだ。

 


 それを自覚していたから、ラグビーは高校で一区切りして卒業した。
 大学に入っても、ラグビーボールに触れることはなかった。



 それが、オーストラリアのパースの大学に留学して、公園でラグビーボールに戯れる子供たちを見るにうちに僕の心境に変化が生じた。
 本格的にラグビーをやることはないにしろ、もう一度、ラグビーボールに触れたいとね」

 


「僕がスポーツ音痴でも、ラグビーが手でボールを持ってタックルできるくらいは知っている」



「それはありがたい。
 トミーは生物学を学んでいるんだろう。
 僕は自分の目標が定まらないんだ。

 


 実はオーストラリアではなく、アメリカがイギリスに留学したかったけど、アメリカもイギリスも南太平洋に浮かぶ小さな島国のニュージーランドからは遠く、お金の都合もあって、
 結局、オーストラリアのパースに落ちついた。

 


 人生で何をしたいか定まっているトミーが羨ましくもあるけど、留学期間の1年間で僕はこれから何をやりたいのか、
 その手掛かりが掴めればいいと思っている。



 君も知っているようにニュージーランドはオーストラリアと同じように自然の宝庫であり、ヨーロッパから連れて来られた羊をはじめとする家畜や野生動物で溢れている。
 羊なんて人の数より何倍も多い」



「僕の母国の日本もニュージーランドと同じように太平洋に浮かぶ島国だけど、羊の数はそれほど多くはない。
 日本で羊といえば北海道かな。

 今から3年前の夏、大学3回生の頃、先生に連れられ、学生仲間と日本列島の北の島である北海道を訪れたことがある」



「地図で見て知っていたけど、北海道と言うんだ」

 


「それはどうもありがとう。
 その時が初めて北海道でそれ以来、訪れてはいないけど、
 たった一度だけの10日ほどの旅だったけれど、感じることが多い旅だった。

 


 その昔、北海道にはアイヌ人と言われる人達が住んでいた。
 表現するのは難しけど、本土の日本人とは少し違った人達なんだ。

 


 今から百年以上昔、日本で言えば将軍や大名、侍が日本を支配していた江戸時代に領土の野心を胸に秘めたロシアの艦船が当時、蝦夷地を呼ばれた北海道周辺の海域まで足を伸ばしていた。

 


 当時の日本の行政府であった江戸幕府は蝦夷地に度々役人を送り、ロシア側との交渉に当たらせた。
 それはアメリカのペリーの黒船が現れる少し前の事で、
 イギリス、フランスの勢力も加わり、将軍を有する幕府は混乱した。

 


 その機会に乗じて、西南大藩の薩摩、長州が倒幕に立ち上がり、 イギリスやフランスの横槍もあり、ついに幕府が倒れ、新しい明治政府が樹立した。



 薩摩、長州を中心とした明治政府は欧米列強に追い付き越せを旗印に、日本を近代国家とするべく、富国強兵を目指した。
 つまり、欧米列強を真似て、軍備に力を入れ、産業に発展させ、経済の自立を目指した。

 


 明治政府は富国強兵作の一環として、ロシアの南下を防ぐ一方、 北海道を食糧基地化することを目論んだ。
 日清戦争、日露戦争、2度の世界大戦を経て、日本政府は羊毛と食糧の供給不足を補うために北海道で大量の羊を飼育する計画を立てた」


「北海道って、どこかニュージーランドに似ているね、
 ニュージーランはイギリスの自治領となって、60年余りの歴史しかない。
 正式に独立したのは戦後かな。

 


 僕の祖父母もそうだけど、イギリスからの移民がやってくる前にはすでにマオリ族という先住民族がいた。
 そういう点でも、トミーが言った北海道とニュージーランドの類似点があるのかもしれない。



 海洋民族のポリネシア人のマリオ族が太平洋の島々からニュージーランドに移ってきたのが約千年前のことだと言われるいるけど、それ以前のことは、はっきりと定まっていない。

 


 五十年、百年後には違う説が生まれているのかもしれない。
 それから羊だ、
 ニュージーランドでは羊がそこら中に牧場にいて、人間より羊が多いと言われる国だからね」


 
 そう言ったマイクはニュージーランドの南島で最大都市クライストチャーチから少し下った、小さな町の出身で高校時代までラグビーに打ち込んだ地元からクライストチャーチの大学に進学して大学寮に入り、この4月にパースの大学に留学して、
 富四郎のルームメイトとなるべく入寮したのである。

 

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 16

 年が明けた。
 富四郎がオーストラリアのパースの寮に入って、9ヶ月が過ぎた。
 ルームメイトの王は2月中に帰国することが本決まりになり、
 富四郎との別れが近づいた。

 


 6月に山小屋で供にしたアイリッシュコンビのジミーとロバートも2月末でアイルランドに帰国する。
 別れの季節が目の前に迫っている。



 大学院の講義にもどうにか付いていけるようになったのは良しとして、王やジミー、トミーが寮を去ってしまうという事は即ち、富四郎は独りぼっちになってしまう。
 新しい学生がやって来るのだろうが、
 富四郎にはそのような心の余裕はなかった。


                 
 大晦日の午後11時、寮ではパーティーが行われた。
 ジミー、ロバート、王、富四郎が中心となって、シェフ役の王が腕を振るう中華料理をメインに彼らが揃えた、おにぎり、
 ビーフジャーキー、人参のスライス、枝豆、チップスなどが彩りを添え、キッチンとリビングに十数名が集まった。

 


 ジミーのギター、ロバートとのアイリッシュ・トラッドの余興もあり、ビール、ワインが飲めない者はコーラを手に1年の終わりと新たな年の始まりを祝った。


 リーダー格のジミーのカウントダウンで新年を迎え、狭いリビングに熱気が溢れた。
 三々五々でフェイドアウトすると、
 パーティを主催したジミー、ロバート、王、富四郎の4人は後片づけと食器やグラスを洗って、それぞれの部屋に戻った。

 


 祭りのあとを引き摺るように、そのまま無言でベッドで横になり、富四郎と王は新年の朝を迎えた。
 

 8時過ぎにどちからともなく目覚めた富四郎と王は部屋で新年の挨拶を交わした。
 旧暦で正月を祝う習わしがある中国をルーツに持つ王には新暦のニューイヤー・パーティーは少々物足りなさを感じていたようだ。

 


 二人は揃ってトイレに向かい用を足すと、人気の消えたキッチンに入った。



 王は水を一口、二口飲んだ。
 立ったまま昨夜の残りを摘まみながら、もう一口水を飲んで、
 口を開いた。
 


「パーティは最高だった。
 ジミーとロバート、集まってくれた仲間には申し訳ないけど、
 家で、シンガポールで、正月といえば春節に限る。
 こればっかりはどうしょうもない。

 


 シンガポール人とはいえ、僕の根っ子は中国だから、生まれ持った中国人の血がそうさせるのか、これはもう理屈じゃない。
 大人から子供まで家族、一族が集まって、飯を食う。
 爆竹を鳴らし、男は酒を飲み、女は歌い、子供ははしゃぎ、小遣いを貰う。

 


 シンガポールなんてちっぽけな島国で人が集まるのは簡単だけど、 広い大陸の中国ではそうもいかない。
 まして、世界中に散らばった中国人は春節を目指して故郷に戻る。


 秋から気になって調べていたけど、今年の春節は2月17日の月曜日。
 仲間との別れが近づいているが、オーストラリに来る前から、
 パースのこの寮に入る前から解っていたことだから、こればかりは致し方ない。

 


 まだ留学期間が残っていて、
 一足先に大学から寮からおさらばする訳にもいかないが、
 春節までにはシンガポールの家に戻りたいと思っている。



 寂しくなるけど、トミー、君とももうすぐお別れだ。
 君と出会った時はこの狭い部屋で上手く過ごせるか不安になったが、それもとんだ取り越し苦労だったようだ。

 


 トミー、今までどうもありがとう。
 これから残り少ないこの部屋での暮らしもどうかよろしく。
 話は変わるけど、トミーが作ってくれたおにぎりは最高だ。
 ところで、日本は旧暦で正月を祝うの?」



 富四郎はマグカップに自分の分と王の分の緑茶を入れ、
 キッチンテーブルの椅子に腰を降ろした。
 おにぎりを摘み、お茶を飲み干して、富四郎は語り出した。


 
「ジョニーがシンガポールに帰国して、僕の前からこの部屋から去ってしまうのは寂しいことだけど、人には出会いもあれば別れもある。
 君もそうだけど、僕も前に向かって進むしかない。

 


 僕はそれほどの信仰心を持っていないし、運命論者ではないけど、目に見えない誰かに、何かに、定められているとしたら、
 人はそれを神と呼ぶのかもしれない。
 世界は広く、人種も宗教も様々ながら、
 人は心の拠り所を求めている気がしてならないんだ。
 


 春節の話に戻ると、今から百年くらい前まで、日本も中国と同じように旧暦で正月を祝っていた。
 今年が1969年ということは99年前の1868年が新しい日本の始まりだ。
 将軍や殿様、侍が日本を支配していた江戸幕府から明治の時代になって、政府は急いで旧暦から新暦に切り替えた。



 俗に脱亜入欧といって、日本は精神的にも制度的にもアジアを離れ、西欧諸国の真似をした。
 軍事に力を入れ、国を豊かにしなければ、西欧列強の植民地にされて、世界から取り残されてしまう。  

 


 それまでの幕府と藩が支配していた幕藩体制をあっさりと捨て去り、新たな明治政府を作った。
 侍が侍の誇りである髷を切ったくらいだから、旧暦を捨てることなんて、当時の日本の支配層では大した問題ではなかったのかもしれない。


 日本はアジアを下に見て、アジアを見捨てたのかと言われれば言葉に困るけど、日本人の一人として言わせてもらえば、
 大国のインドが英国の植民地になり、アジアの多くがヨーロッパの植民地となった。

 


 中国を支配していた清朝までがアヘン戦争でボロボロになった。 その様を見ていた幕府が危機感を持っていたところにペリーの黒船が現れた。
 


 世界が激変していたちょうど百年前、日本は新たな国になるべく、それまでの因習を捨て去るように中国式の正月である春節を捨て去った。

 


 日本では春節のことを旧正月というけど、
 東京や大阪のような大都会はともかく、僕が育った地方では、
 家によって違うんだろうけど、もう亡くなってしまった祖父や祖母の時代はもっと旧正月が身近だったと想う。

 


 僕が小学生の時に祖父が亡くなり、中学生の時に祖母が亡くなったけど、祖母が作ってくれた、餅の中に豆をまぶした豆餅をよく覚えている。



 シンガポールにあるのかな?
 日本には七輪という炭で火を熾す昔ながらも道具があって、
 七輪に金属製の網に餅の乗せ、あるいは網の上に食べ物を置いて焼く。
 焼くというより、火であぶると言ったほうが適切かもしれない。

 


 砂糖に醤油を垂らし、七輪の熱で膨らみ、薄らと焦げた豆餅を付けて食べるのが、僕にとっての旧正月の一番のご馳走なんだ。


 
 一般的な丸餅に豆をまぶした豆餅に加え、餅を細長くした豆餅もあれば、日本人が得意な応用として、豆餅の他に餅にきなこをまぶしたきなこ餅、餅の中にあんこを入れたあんこ餅、
 白い餅に紅生姜を加えたピンク色の餅があったりする。

 


 旧正月といえば、やはり餅に限るね。
 餅といえば、もう一つ二つ思い出した。
 雑煮と善哉だ。
 雑煮は旧正月より新暦の正月に定番の料理で家により地方により、餅を焼いたり、焼かなかったり、入れる具材が違っていたり、作り方は随分と違うようだ。



 主役の餅を引き立てるようにいろんな野菜や鶏肉を入れたお椀に盛り付けしたスープで、これを家族全員で食べないと正月が来た気がしないほど、日本では定番中の定番の料理だ。
 もう一つが善哉。
 これは餅が主役というより、小豆と砂糖を効かせたスープが主役で餅が脇役となって小豆を引きたてる。


 新暦の1月11日には鏡割りといって、神棚や仏壇に飾った餅を割って善哉にする。
 新暦の正月、鏡割りと旧正月。

 


 餅で新年を祝う行事は今の日本にも続いているけど、
 50年もすれば、僕の住んでいる田舎を含めて日本から完全に旧正月は消え去ってしまうのかもしれない」



「トミー、知っている?
 春節は旧暦で祝うから、毎年、時期が変わるから気を付けないといけない。
 今年の春節は2月17日だけど、来年の事を考えると頭が痛くなる。

 


 新暦のパーティーもよかったけど、春節の前にもう一度パーティをやらないか。
 それが僕のお別れパーティだ。
 僕もそうだけど、ジミーとロバートも2月でこの寮を去ってしまうので、3人まとめたパーティにしよう」

 

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 15

 新学期が始まり、1ヶ月が過ぎ、8月の声を聞いた。
 もうすぐお盆である。
 富四郎の地元では夏祭りがあって、祭りのあとに集落でお盆を祝う。

 


 物心ついて、富四郎は夏祭りとお盆のない夏を知らなかった。
 それほど、夏祭りとお盆は富四郎にとって欠かす事ができない夏の恒例行事であった。

 


 しかしながら、今年はオーストラリアの西海岸のパースの大学院に入ったばかりだ。
 この先、いつ日本に帰れるかもしれない。
 
 五月病といわれる言葉が日本で定着する以前から、富四郎はこの心の病に取り憑かれていた。
 体が鉛のように重く、朝ベッドから起き上がるのも一苦労。

 


 それでも、いつもの習慣でのっそりとベッドから起き上がると、ルームメイトの王とどちらからともなく、
「グッド・モーニング」と声を掛け合うと、二人は部屋を出て、
 トイレで用を足して1階に降りた。

 


 富四郎が食堂に足を伸ばそうとすると、

 


「今日は日曜日でおばさんも休みだよ」

 


 王に言われるまで、富四郎が今日が日曜日なのをすっかり忘れていた。

 


 曜日の感覚を忘れていたというより、
 今日が何月何日の何曜日だと考えるまでもなく、
 真冬のパースの天気のように富四郎の心はどんよりと湿っていた。


 今日は日曜日で8月だ。
 何日なのか漠然としたまま王に尋ねると、

 


「トミー、この頃、変だね。
 大学院で何かあったの?」

 


 富四郎は黙って首を振った。

 


「それならいいんだけど。
 トミーが生物学という難しい学問を学んでいるのは知っているけど、もっと気を楽にしたほうがいいんじゃないかな。
 仮にだよ、難しい講義に付いていけなかったとして、
 命まで取られることはない。
 

 ベトナムの人には失礼かもしれないけど、
 アメリカとの戦いは共産主義と資本主義の代理戦争だろう。
 戦争は早く終わって欲しいけど、ベトナム戦争が世界を巻き込む戦争にはならない気がするんだ。

 


 僕が楽観的すぎて、もし本当の大戦争が起きてしまったら、世界が破滅しかねない。
 人間はそこまで愚かではないと思う。



 化学音痴な僕はウランか水素か知らないけど、
 一瞬にして、人や街を破壊する兵器を、世界中を破壊し尽くす爆弾を、大国が競うように開発しているのはいったい何だろうね。

 


 僕が言ったことが気に障ったら、勘弁して欲しい。
 それより、僕がこれから作る朝ごはんを一緒に食べて、
 今日も一日元気にいこう」



 食堂の側の開放されたキッチンに二人で入り、
 王が作ってくれた炒飯を食べながら中華スープを飲んでいるうちに、盆の入りが近いことに富四郎は気づいた。

 


 小学校に入ったばかりの幼い頃、母親が手作りしてくれた浴衣を身に纏い、夏祭りと盆踊りに加わった。
 兄達のお下がりでないのがうれしくて、大人に混じって大きな円を作り、櫓太鼓のハネるような音に足を弾ませると、小石に足を取られた。

 


 転んで立ち上がると、膝頭を擦りむいて血が滲み、泣き出しくたなるところを側にいた三つ上の姉が持っていたハンカチで血を拭い、緩みかけていた浴衣の帯をしっかり結んでくれた。



 盆踊りが終わり、姉と歩いた広場からの帰り道、五つも六つも蚊に刺されて、家に着くと、膝頭と蚊に刺された跡を、母が軟膏を刷り込み、伸ばしてくれた。
 痛かった。でも、嬉しかった。

 


 縁側に出て、蚊取り線香の匂いにむせぶ中、西瓜に味塩を振り、口に頬張って、姉と種を庭の遠くに飛ばせるか競ったものだ。

 


 あの頃は楽しかった。
 人生で一番楽しかった頃だった。
 あの日々に戻ってみたいが、
 昨年嫁いだ姉は秋にも初めての子供が生まれる。
 男の子でも女の子でもかまわないが、元気に生まれて欲しい。


「トミー、コーヒーを飲んで部屋に戻ろう」

 


 王に言われて、自分に戻った。
 食器を洗い、部屋に戻ると、富四郎は両親への手紙を書き始めた。


「お父さん、お母さん、ご無沙汰しています。
 こうして手紙を書くためにペンを取るとも、一ヶ月ぶりです。
 今、寮で同じ部屋の王君と朝食を済ませ、部屋に戻っています。

 


 あの時は大学院に入ったばかりの7月の始めでした。
 その前の手紙が6月で、季節が日本と真逆なオーストラリアの冬休みに入り、寮の友人達と一泊二日で近くの山小屋に泊まった直後でした。

 


 1ヶ月に一度のペースで手紙を出していますが、
 もっと短い間隔で手紙を出そうにも、どうにも筆が進みません。

 今日は8月11日の日曜日、明後日からお盆の入りですが、大学院の勉強に付いていくだけで精一杯で、お盆が近いのを忘れていました。
 申し訳ございません。

 


 家では、地元では、お盆を前に忙しいのではないでしょうか。
 ご先祖様が戻られて、家を離れた兄さん達や嫁いだ姉さんも実家に戻っているはずです。
 僕は寮の台所で同じ部屋の王君が作ってくれた炒飯を食べながら、子供の頃の懐かしい盆踊りと姉の西瓜を食べたことを思い出していました。


 
 姉さんの子供は来月9月に生まれる予定ですね。
 真夏の最中、初産で大きなお腹を抱えて大変でしょうが、
 大きな喜びが、我が子との対面が待っています。
 姉さんに子供が生まれましたら、お知らせください。

 


 何もできませんが、手紙を書くことならできます。
 大学のあるオーストラリアのパースは日本との時差が1時間で、 日本が朝の9時ならパースは8時です。

 


 毎日のようにお父さん、お母さんを、家のことを、日本のことを想っている、今日この頃です。
 日本はまだまだ暑い日々が続きます。
 お父さん、お母さん、くれぐれもお体に用心されますように遠くオーストラリアのパースの寮から願っております」
                        
                       富四郎


 
 盆過ぎに、母から富四郎を気づかう手紙が届いた。
 姉のお腹の子供は順調に育っており、
 9月に入れば、実家に戻り出産の準備に入るという。
 富四郎は姉に手紙を書いた。


 
「幼い頃からずっと、僕に優しかった姉さんに待望の子供が授かる日がもうすぐ訪れるのですね。
 お父さん、お母さんもさることながら、ご主人、嫁ぎ先の御両親もさぞかし楽しみにされていることでしょう。

 


 遠い異国のおオーストラリアから、
 お祝いに駆け付けることができないのが不憫でなりませんが、
 富四郎も影ながら見守っておりますので、
 姉さんは元気な子供を産んで頂けるように切に願っております」


 秋になって、姉から便りが届いた。

 


「無事、元気な男の子を出産しました。
 生後一月を過ぎて、主人が待っている家に子供共々戻る予定です。
 富四郎も体に気を付けて下さい。



 この一ヶ月あまり、実家にお世話になって気づいたのですが、
 お父さん、お母さんがだいぶ弱ってきていると感じるのはわたしだけでしょうか。

 


 富四郎、今年は無理かもしれませんが、来年か再来年か、
 お父さん、お母さんに顔を見せに帰って来て下さい。
 近いうちに日本に戻って再会できますように願ってやみません」

 

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 14 

 冬休みを終え、富四郎は大学院に入った。
 日本の大学卒業に合わせ、3月末にパースの地を訪れた富四郎は大学側の考慮で日常英会話を学び、専門の生物学の英語による講義を受講したとはいえ、大学院に進むと、これまでとは一変した。

 


 2ヶ月間、英語を母国語としない外国人留学生としての準備期間を経験し、6月から1ヶ月におよぶ長い休みを通して、 
 異国のオーストラリアで暮らすための適応力、基礎学力は充分とはいえないまでも、養ったと学校側には見なされる。
 それまでのお客様から一般学生、いや大学院生として扱われるのである。


 
 定員が百名程度の教室の一番前の席に座った富四郎は、英語の講義、日本同様に黒板に英語を書き走る先生の横文字を夢中にノートに取る。

 


 院生にはヨーロッパ、北中南米、カリブ、太平洋諸島のように母国語でアルファベッドを使う学生以外の、中国系シンガポール人の王のようにアジア出身の学生も相当な英語力を持っている。
 読み書きは富四郎と同程度ながら、多少訛りはあっても英語を話す力、聞く力に加え、数倍の自己主張を備えている。

 


 大学院から寮に戻ると、受験勉強ばりに予習、復習に熱を入れないと、とてもとても講義に付いていけない。
 図書館に入り浸る日も続いた。



 富四郎にとって講義に集中するだけでも大変な上に先生の英語に耳を傾け、尚且つ、ノートに書き写すのは並外れた高等作業であった。
 待ち焦がれた本格的な講義が始まったが、お昼の1時間を挟んで、 午前と午後、英語で講義を受け続けるので頭がパンクし、窒息しそうだ。


 それもそのはずだ。
 これまで富四郎が受けてきた英語の授業といえば、中学校に入学して、英語を習いはじめ、中学高校での6年間は英語の授業は文部省由来の受験英語で、日本人による日本人のための文法中心のテストで点数を付けるための英語教育に過ぎなかったのだから。

 


 付け加えるとすれば、大学で生物学を専攻した富四郎だが、 
 入学してからの2年間は大学で何を学ぼうか、自分が将来何を糧に生きていこうかと、模索していた時期だった。


 
 2回生の秋に高校の先輩に連れられたコンパで、
 偶然、山田教授と巡り逢ったのが本格的に生物学に進むきっかけで、それがオーストラリア留学に繋がっているのである。

 3回生になって、生物学の論文や専門用語等々で、それなりに英語に接してきたといっても、生の英語に接することなど皆無だった。

 


 文部省御用達による、道具として英語を使いこなす事など端から頭になかった悪しき伝統と因習に富四郎もどっぷりと浸かっていたのだ。


 
 結果、生物学以前に英語に苦しめられることになった。
 慣れるより慣れろ、頭では解ってはいても、
 気真面目で融通が効かない富四郎にはこの環境の変化に戸惑った。
 まして、日本の大学を卒業して、初めて富四郎は外国の地を踏んだ。
 それがオーストラリアのパースだった。

 


 留学でなくとも、遊びでも何でも、耳で覚えて、口に出して、  失敗しながら学ぶ。
 頭より体全体で生きた英語を感じるためにもっと若いうちに海外での経験を積んでいたら、今更、あとの祭りである。


 
 何から何まで初めての経験で、
 英語で講義を受けた事など皆無に近かったから、
 ノイローゼになるといえばオーバーかもしれないが、
 夢で英語で講義を受ける自分が先生に質問されて何も応えられず、それ以前に何を問われているのかが、理解できなかった。

 


 途方に暮れて、裏山に行くと、側の畑の肥担桶に落ち、肥え塗れになり、ついつい大声で叫んでしまい、何事があったのかと、
 ルームメイトの王が飛び起きてしまった。



 目覚めて、「悪い夢を見てしまった!」

 


 日本語で呟いた富四郎は現実の世界に戻ったとはいえ、
 それを知らない王は日本語の奇声を上げる友人に声を掛けることすら憚れた。
 時折、イレギラーで入る実験や郊外学習は何よりの息抜きとなった。




 冬休みに入ったばかりの6月、
 王が中華街で借りてきた日野コンテッサに、ジミーとロバートも相乗りして、出向いた山小屋での体験が遠く昔の出来事のように懐かしい。

 


 シンガポールに帰省した王は家族と相談の結果、
 この7月から来年6月を待たず、春には帰国予定である。
 半年なんてあっという間に過ぎて行くだろう。
 富四郎の帰国は今のところ、未定である。



 ジミーとロバートは相変わらず、食堂で居間で冗談を飛ばし合い、ジミーが爪弾くギターでアイリッシュ・トラッドを歌いあげる。

 


 富四郎や王の姿を見つけると、二人は「ダーティー・オールド・タウン」のコーラスをリクエストをして、次の曲を用意しているから、準備が出来たら、リビングに顔を出してくれと催促した。
 嬉しかった。

 


 気分転換にリビングに顔を出し、気を紛らわしながらも、
 時に「ダーティー・オールド・タウン」とコーラスでハモりながら、王が加わり、リビングが即席の山小屋と化した。



 それでも、部屋に戻ると、富四郎は孤独だった。
 孤独の最中に放り出された。
 部屋に王がいても、同じことだった。

 


 来年の6月、シンガポールに帰国する王に自分の深い悩みを理解することなど出来るだろうか。
 このような状況下で富四郎を救ってくれたのは家族の存在だった。

 


 両親と言いたいが、正直、母親の存在であった。
 富四郎は母が四十前に生まれた五人兄弟の末っ子だ。
 上に兄が3人、姉が一人、両親ともすでに還暦を過ぎている。
 家を継いだ長男は役所勤めで兄嫁も同じ役所に勤めている。
 休日、兄が農業を手伝うことがあっても、
 日々の農作業は老いた両親には重荷となっている。



 大学の恩師の山田教授が勧めるがままにオーストラリアに留学する事がなかったら、パースに足を向けなかったら、
 今頃、富四郎は地元高校の新米教師となり、
 年がさほど違わない高校生にからかわれながら、教壇に立っていたはずだ。

 


 教育実習で経験したように専門の生物の教科書を開いて、
 ぶつぶつと滑舌の悪い言葉を呟き、生徒諸君には不評だったに違いない。


 
 担当の先生から自信を持って、教壇から生徒を見下ろすように喋りなさい。
 そうしないと、生徒も人の子、この先生は怖くないと、
 舐めてかかる。
 動物と同じです。

 


 動物は親分子分の縦社会であり、弱肉強食ということは、
 自分より強い相手が現れたら、さっさと逃げるか、子分として軍門に下るか、殺されて、食べられるかの3つです。
 瞬時に判断しないと命取りになる。



 教師はいくら頭で解っていても半人前で、
 噛み砕くように解りやすく教えるのが理想ですが、
 1対1の家庭教師ではないので、
 そんな事をしたら、時間がどれだけあっても足りはしない。
 時間配分を考えて、やれる事はやる。
 出来ないことは割り切る。


 今、オーストラリアのパースの大学院に入り、
 もう一度、生徒学生の立場になって、
 あの時の高校生のように教師見習いどころか大学から教育実習にやって来た若造を品定めしてやろうとする気概の欠片もない。

 


 それどころか、完全に場に飲み込まれ、
 大学院の教壇に立つ講師、助教授、教授陣に見限られている。
 それ以前に物の数にも入っていない。

 


 ああすればよかった、こうすればよかった。
 優柔不断な富四郎が安請け合いしたのが、間違いの元だったのかもしれない。

 

 

 末っ子で家に残る選択肢はないまでも、家の近くに住んで、
 老いた両親の手伝いくらいは出来たはずだ。

 

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 13

 焚き木に水を掛け、4人の若者は小屋に入った。
「ダーティ・オードル・タウン」のコーラスと同様に王と富四郎、ジミーとロバートのコンビとなって体を寄せ合い震えながらも、着の身着のまま寒い山小屋で一夜を過ごした。


 
 4人は日の出過ぎに誰ともなく目覚めた。
 オーストラリアにいるはずのない熊に襲われることなく、
 大陸狼の亜種でオーストラリアの野犬といわれるディンゴの遠吠えを聞くこともなく、小屋を出るとパースの大学や寮周辺から一変して、霜のような霧のようなが水分が辺りを覆っていた。



 視界が悪く、地面に水滴が落ちている。
 彼らが小屋で眠っている間の出来事だ。

 


 白い息を吐きながら、
 4人が4人、体を震わせながら、石を積んだ竈で火を焚いた。
 王の提案で残った枯れ木を小屋に入れておいて正解だった。
 木が濡れなくて済んだからだ。

 


 焚き木で暖を取りながら、小水が流れる滝で汲んだ水で湯を沸かし、昨夜仕込んだおにぎりを食べながら中国茶を飲んだ。
 山を降りて、車で寮まで戻る途中、どこかで食べ物にありつければ幸いだ。


 朝食を終えると、皿を洗い、小水が流れる滝で歯を磨き、
 4人が4人、他人の目を気にしながら用を足した。
 小屋に戻り、それぞれ持参した下着に着換えた。

 


 これでさっぱりとして、小屋からお去らば出来る。
 いよいよ、日常の生活に戻るのだ。

 


 竈の火に水を掛け、小屋に置き忘れた物がない確認して、
 小屋を離れ、山を降りることにした。
 


 ノウサギの丸焼きを食べることを夢見たロバートの願いは叶わなかった。
 山道から池の畔に戻ると、ノウサギの賭けを忘れていなかったジミーがギターを抱えたままウサギのように飛び回り、
 ロバートの財布から1ドル札をまんまと手に入れた。

 


 この時、ロバートが何気なく言ったノウサギがその後の富四郎の研究材料になろうとは、この時は誰も知る術はなかった。



 コンテッサは無事だった。
 トランクにギターと荷物を詰め込み、後部座席にジミーとロバートが乗り込んだ。

 


 助手席に富四郎、運転席の王がハンドルを握りエンジンを掛けた。
 エンジンブレーキを解除し、クラッチ、ギア、アクセルの順で作業を進めると、コンテッサは走り出した。



 山と池の畔を後にして、車が坂を下り始める頃にはロバートの寝息が狭い車内が鳴り響いた。
 富四郎が振り返ると、ジミーもトミーも爆睡中で、目線を前に向けると、すっかり平地に降りていた。

 


 霧も晴れ、東の空に太陽が昇っている。
 山は遙か彼方に消え去ったかのように一面には牧草が広がり、
 牛、羊の群れが現れた。          
 このまま真っ直ぐに進めば紺青の海原が顔を覗かせるだろう。


 
 海岸沿いを走るコンテッサのフロントガラスにローカルな食堂が映った。
 王が方向指示器を点滅させ、通りから店の駐車場に入って車を停めると、後部座席の二人が目を覚ました。

 


「さあ、これから朝飯の続きだ。
 肉でも食うか」

 


 ロバートがそう言って、王は車のエンジンを切った。


 
 こうして4人の冬の旅物語は終わった。
 昼前に寮に戻り、その足で王は車を返しに中華街に走った。
 部屋に一人取り残された富四郎は7月からの大学院に気持ちを切り替えた。


 数日後、王はシンガポールへと旅立った。
 これからの2週間、富四郎は一人部屋に取り残される。
 いよいよこれからが本番だ。

 


 自分は生物学を学びにオーストラリアのパースまではるばるやってきたのだから。
 将来の道筋を付けるためにこの地で何を学び、何を得ようか。

 

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 12

 30分後、鍋を降ろした。
 明日の朝食用におにぎり4つ分を残すとして、残りを二つの鉄製の皿にスプーンで盛った。
 鍋に火を掛けている間に木々の合間に入れた二つの大きなジャガイモをナイフで刺して引っ張り出した。



 鍋を降ろした竈に枯れ木を加え、王がマッチで火を点した。
 二つの鉄皿に盛られた王式の中華炊き込みご飯を王と富四郎、
 ジミーとロバートのコンビに別れ、一つずつのスプーンを交互に使って、竈の周りに積んだ石の上に腰を降ろして、炊き込き込みご飯を食べた。


 ジミーとロバートは無心に食べていた。



「いや、美味かった。
 何という料理か知らないけど、
 俺にとっては最高の中華料理だ」

 


「ジミー、そう言ってくれて、ありがとう」

 


「ジョニー、俺もだ。
 最高のディナーをありがとう」

 


「ロバート、食後にジャガイモと中華式のクッキーを用意している」

 


 そう言って、バッグの中からクッキーを取り出した。



「喉が渇いたな。
 その前に、冷やしたご飯で明日の朝食のために4人分のおにぎりを作ろう。
 5月に寮で中華料理と和食のちょっとしたパーティをやった時に、トミーが作ってくれたおにぎりがヒントになった。

 


 日本料理は中国の食材に影響されているのかもしれないが、
 独自に進化した食文化だ。
 それほど料理が得意でない男性でも、さっとご飯を丸めて保存食になる」


 食事が済むと、王と富四郎の二人で4人分のおにぎりを作った。
 薬缶に水を入れて、火に掛けた。
 湯が沸くと、王が持ってきた中国茶葉を入れた。

 


 ナイフで半切りにしたジャガイモとクッキーを食後のデザートに食べながら、王が淹れたお茶を、食事同様に王と富四郎、ジミーとロバート、鉄製の二つのカップで交互に飲んで、世間話をしている間にすっかり陽が暮れた。


 4人で手分けして、水を汲んだ滝で鍋と食器を洗い、すっかりやることもなくなった。
 小屋に入っても、寝るしかないので、寝るまでの一時、
 鍋に火を付けた石造りの竈に木々を入れ、火を焚いて暖をとり、炎を囲むように4人で腰を降ろした。

 


 コンテッサのトランクに眠っていた、小山まで持ち込んだガットギターを小脇に抱えたジミーが6本の弦を右指で爪弾いて、ロバートと歌った。

 


 ほとんどが、二人の母国であり故郷のアイルランド民謡のようで、当時日本で流行始めた、アメリカのフォークソング・ブームに影響を受けた日本のカレッジフォークよりもエモーショルな歌だった。



「二人も一緒に歌わないか」

 


 ジミーの言葉にそれまで歌の聞き役に過ぎなかった王と富四郎は一瞬、顔を見合わせた。

 


「そんなに難しく考えなくていい。
 これから、俺とロバートが歌うのは「ダーティ・オールド・タウン」という曲だ。
 運河がある、古く汚い街で、俺は彼女にキスをした。

 


 イングランドの工業地帯での想い出を歌っているようだが、
 今宵は俺たちの大学があるアイルランドの首都ダブリンに想いを馳せて、歌わせてもらう。
 俺達がダーティ・オールド・タウンと歌った後にジョニーとトミーも一緒に続いてくれ」



「ダブリンといえば、ジョイスのダブリン市民だな」

 


「その通りだ。
 ジョニーは文学専攻だったな」

 


 焚き木の灯りで富四郎が王の顔を窺うと、
 若干の照れが窺えたのは気のせいかもしれなかった。


「ジョイスが生きていた時代はイギリスの植民地から独立を模索した、アイルランドの苦難の時代だった。
 俺と同じくジェームズという名のジェームズ・ジョイスは若くして国を出て、大陸に渡り、戦争の最中に異国で命を落とした、悲劇の人だ。

 


 あの時代、文学や芸術で何かを成し遂げたいと思ったなら、
 母国アイルランドを出ないと、何事も達成できなかっただろう。
 それに比べたら、貧しいながらも、今を生きる俺達は幸せ者だ。
 


 難しい話はここまでだ。
 本番を前に、少し練習してみよう。 
 俺がギターを弾いてロバートと「ダーティ・オールド・タウン」と歌った後から、ジョニーとトミーが「ダーティ・オールド・タウン」とコーラスを入れてくれ。
 用意はいいか?」



 富四郎は王に目を向けた。
 準備万端なようだ。



 まずは練習で、ジミーのギターを弾きながらロバートと一緒に
「ダーティ・オールド・タウン」の本編を歌いながら、
「ダーティ・オールド・タウン」と二人でハモると、
 ジミーが指先でギターのボディに軽く触り、王と富四郎に目で合図を送った。

 


 王が「ダーティ・・・・」と口火を切って、1テンポを遅れて、富四郎が「ダ・・・・」と、どうにもタイミングが合わなかった。



「二人とも互いの目を見て呼吸を合わせるんだ。
 もう一度、やってみよう」

 


 ジミーがギターを爪弾いてロバートと歌い始めた。

 


「ダーティ・オールド・タウン」

 


 王と富四郎の互いの目を見つめ合った。
 今度は富四郎がフライングして、王が富四郎の歌を追った。



「もう一度、練習して次が本番だ」


 3度目にして、二人のコーラスはピタリと合わないまでも、
 なんとか様になってきた。
 いよいよ、本番だ。
 ジミーが奏でるギターが熱を帯びている。


 
 ジミーとロバートのアイリッシュ・コンビが息を合わせ歌い上げた後、王と富四郎は「ダーティ・オールド・タウン」とコーラスを入れた。


 焚き木が燃えさかる中、「ダーティ・オールド・タウン」のフレーズが、リフレインが、彼らの歌声が、冬本番の山肌に響いた。

 


 夜空に星が輝いている。
 赤道直下のシンガポールに住む王はともかく、北半球の住民である富四郎とジミーとロバートのアイリッシュ・コンビの目に映る星の姿は違って見えたが、誰の目にも冬の空に輝く星々が煌めいている。

 

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 11

 ジミーに続いて、王、富四郎の順で小屋の中に入り、
 それぞれが内部をチェックした。 
 真打ちとして人一倍体が大きなロバートが小屋に入ることになった。

 


 背が高い王が小屋の戸に頭をぶつけない工夫として背を屈め、
 亀のように首を縮めて、戸を潜った。
 少年時代を思い出して、富四郎は小屋に入った。
 気に入ろうが、入るまいが、自分の意見が体勢に変化がないことを承知しつつ、小屋の内部を慎重に伺った。


 
 外から小屋を見るかぎり、建て付けが悪いのは一目瞭然だが、
 実際、中に入ってみると、ジミーが言っていたようにそこまで酷くなく、小屋の四方を覆う板と板の間から微かに光が漏れる程度だ。 一方で、戸板と小屋を繋ぐ金具に隙間があり、そこから風が入ってくる。

 


 広さは6畳弱だろう。
 男4人が寝るには最低限のスペースだが、デカくて場所を取るロバートに加え、細身ながら王は180センチを超える。

 


 カーラジオから聴こえた天気予報によると、午後から小雨が降るかもしれないが、急激な天候悪化は考えられないので、一晩くらいならここに泊まれるのでないかと、慎重派の富四郎が結論を下した。


 富四郎が小屋を出ると、王を参考にしてか、
 身長はそれほど違わないロバートが体を震わせ、身を屈めた。

 


 ジミーにからかわれながら、正面突破すべく、小屋の外から内へと体が入るとかと思いきや、ジミーの顎に命中した右肩が大きな音を立て小屋にぶつかった。
 ロバートは呻き崩れることもなく、肩をずらし小屋の中に入った。

 


 5分後、転げながら、ロバートが小屋から出て来た。



「大丈夫か?」

 


 ジミーがロバートに駆け寄った。

 


 よろめき立ち上がったロバートは黒い革ジャンの土埃をはたきながら、「大丈夫だ」そう言うなり、唾を飲み込んだ。

 


「小屋に入ると、俺は倒れるように横になった。
 目の前でキラキラと星が輝き、そのまま目を閉じた。
 気が付くと、目を開け、小屋の内部も見ずに外に飛び出していた」



「ロバート、小屋の中も見ずに外に出て、ここに泊まれそうか?」

 


「大丈夫だ。
 意識は朦朧としていても、意外と寝心地が良かったからな。
 心配かけて、悪かった。
 俺なら何の心配もない」


 
 こうして、4人はその夜小屋に泊まることになった。
 山小屋からコンテッサを駐めている池の畔まで戻り、
 食料と食器などが詰まった王のバッグと着替えが中心の富四郎のナップザック、ジミーとロバートの日用品が詰まった紙袋、ジミーのギターを抱え、4人は小屋に戻って来た。



 王が持ち込んだ中華饅頭で昼食を済ませ、一休みすると、
 4人揃って、小屋の周辺を散策することにした。
 ジミーを先頭に王、富四郎、ロバートの順で小屋から山頂目掛け歩き出した。

 


 池の畔から小屋まで続いた道はより一層細くなり、疎らに生えていた木々の間隔もより広がった。
 小屋を出て約10分、突然、視界が開けた。
 木枠の階段が十数メートル近く続いて、山の頂になっていた。



 小雨はすっかり上がり、雲の合間から冬の太陽が顔を覗かせている。


「山頂だ!」

 


 ジミーが声を上げた。

 


「向こうを見てみろよ。
 俺達の車が上ってきた山道と池が見える」

 


 王は黙って、自らが運転した車の在処を伺っているようだった。



「俺達の小屋はどこだ?」

 


 ロバートの声だ。

 


「生憎、ここから小屋は見えないな」

 


 ジミーに続いて、王が声を出した。

 


「俺達の寮はどこだ?」

 


「見える訳がないだろう。
 それで、トミー、今何時だ?」


 ジミーに応えるようにして、

 


「今は午後1時35分。
 昼を過ぎ、太陽が南から少し西に傾いた。
 西に微かな海が見えるから、その北が俺達が住むパースの寮だ」

 


「トミー、英語が上手くなったな」

 


 ジミーに誉めて誉めてもらえるのはこの日、2度目だ。

 


「さすが、来月から大学院に進む日本の秀才は違う。
 ロバート、俺達アイリッシュもトミーに負けないように勉学に励むとするか」


 山頂でとぐろを巻いて寮生活やこれからの夢や留学生活、パースやオーストラリアで経験したいことを思い思いに語り合って、ジミーを先頭に頂を降りた。

 


 狭い小屋ではすることもないので、夕飯と来たるべく夜るに備え、
 手分けして枯れ木を集めることにした。
 木を集め、長い木は折り、夜と翌朝用の木を小屋に保存し、
 残りの木々に王がマッチの火を付けると、明るい炎が辺りを照らした。

 午後も3時半を過ぎた。
 日本の冬ほど日の入りは早くないとはいえ、これから太陽も傾き、暮れて行くだろう。
 山の天気はうつろぎ、気温もさらに下がるだろう。

 


 4時になると、ジミーと王の判断で夕飯の支度に入った。
 王が小屋から程近い小水が流れる滝の水を汲んで来て、
 鍋に五合ほどの米を入れ、水でざっと洗った。
 米を洗った水を捨てず、薬缶に入れた。

 


 拾ってきた石を組み上げ、薬缶の米のとぎ汁で青物の中華野菜と人参を洗い、野菜は手でちぎり、人参の表面をナイフで削い4等分にして、米が入った鍋に入れた。
 鍋の下の木に火を付け、竈式でご飯を炊いた。
 これは全部、王一人で行った作業である。


  
 王の指導で多少キャンプ経験がある富四郎が補助役を務めたに過ぎない。
 ジミーとロバートはたいした役に立たなかった。

 石を集めたり、鍋の番をしたり、火を消さないように木を加えたり、子供程度の働きに過ぎなかったが、及第点だろう。

 

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 10

「あそこに小さな小屋が見えるだろう」

 


「どこだ?」

 


「ロバート、目を見開いよく見ろ」

 


 そう言うなり、ジミーは言葉を続けた。

 


「ジョニー、車を止めてくれないか」

 


 王は池を周回する道の路肩にコンテッサを停めた。
 ジミーは後部座席から身を乗り出すように右腕を伸ばして指差した。

 


「小山の中腹に白い小屋が見えるだろう。
 近くまで車で行って、小屋まで歩いてみないか」



 王は黙って頷いた。

 


 ロバートは後部座席から小屋を確認したようで、

 


「俺が言った通りだろう」

 


 アイリッシュの仲間の情報を自分の手柄のように褒めた。

 


「ロバート、まだ気が早い。
 小屋が見えただけだ。
 実際に使えるかどうか、確かめに行こう」



 王はゆっくりと車を発進させた。
 歩くより少し早いくらいのスピードでフロントガラスに映る小屋を見逃さないようにコンテッサを走らせた。



「車を停めて」

 


 ジミーの声に応じて、王は車を路肩に停車した。

 


「さあ、車を降りて、小屋まで歩くんだ」



 この時点でハンドルを握る王からリーダー格となったジミーを先頭に王、富四郎、ロバートの順で車を停めた池の畔から小山に向けて歩き出した。

 


 朝、寮を出た時は太陽が姿を覗かせていた空は低い雲がたれ込み、いつ雨が降り出してもおかしくない天候に様変わりしていた。
 時折、強い風が吹き抜ける。
 パースの平地の寮周辺より明らかに気温が低い。


「今、何時だ?」

 


「俺が時計を持っていないのを知らないのか。
 おまけに車の中で居眠りして、解るはずがない」

 


「ロバート、お前に聞いていない」

 


「ただ今、10時55分」

 


 富四郎が左の手首に嵌めたセイコーの腕時計を見ながら言った。

 


「車で寮を出たのが、9時15分だったから、1時間40分が経っている」



「トミー、英語が上手くなったな」

 


 ネイティブのジミーに誉められて嬉しかったが、富四郎は口を閉じていた。

 


「昼まで1時間5分。
 どおりで腹が減るわけだ。

 


 日本人が時間に正確ってのは本当らしい。
 アメリカに戦争で敗けて、焼け野原になりながらも日本人が学校、職場で遅刻もせず、規則通りに学び働くので奇跡の復興を遂げたのは有名な話だ。
 これがアイルランドなら、とてもこうはいかない。

 


 ヨーロッパで奇跡を起こせるのはイタリアには失礼かもしれないが、ドイツだけだ。
 そのドイツは不幸なことに東西に分断された。

 


 日本には神のご加護が付いているのかもしれない。
 数年前の東京でのオリンピックが大成功で次はどんなイベントをやるんだい」



 眠っていたはずのジミーが王の語りを聞いたはずもないのだが、王に続いて、神のご加護が飛び出した。
 イエス・キリストが日本を守ってくれるわけもなく、
 八百万の神が見守っているのかもしれない。

 


 誰に言われるまでもなく、日本では遅刻はご法度だ。
 学校で遅刻すれば、先生に叱られるのはもちろん、
 職場や商売では信用を失くし、仕事どころではない。
 東京オリンピックの次は2年後の大阪万博でどうなるだろう。


「俺が高校生の頃だった。
 友人の家のリビングにあったオンボロの白黒TVで観た、
 東京オリンピックの開会式でのアイルランドの入場行進をよく覚えている。

 


 TVがボロすぎて白黒だったせいもあるが、
 オリンピックで行進する選手団の旗手が掲げるアイルランド国旗の三色旗、緑、白、オレンジの違いが解らずじまいで苦笑いしたもんだ。

 


 ちょうどその頃、友人の紹介で知り合ったのがロバートで、
 それ以来の腐れ縁だからな」


 辺りは冷えているのだろう。
 先頭を歩くジミーが吐いた白い息が最後列のロバートに届いたうようで、少し間をおいて、ロバートが最後列から応えた。



「そうだったな、腐れ縁だ。
 ジミーとと遙か彼方のオーストラリアまで来ようとはあの頃は想いもしなかっった」



 アイリッシュコンビの絶妙な漫才を聞きながら、
 日本では見られない木々が小山を全体を覆っているというより、ぽつんぽつんと短い木が不規則に並らぶ光景を疑問に想いながらも、所変われば、山の有り方も変わるだろうと、
 富四郎は子供時分の探検心を思い出すように池の周りから山に入った。

 


 落葉した湿り気を含んだ茶色の葉っぱに足を取られながらも、
 4人は緩やかな坂道を上った。
 数分後、人が擦れ違いないほどの細い山道だ。
 声を出す者もなく、池の周りを走るコンテッサの車中から眺めた小屋が4人の前に突然、現れた。



 車を停めた池の畔よりさらに気温が下がっているようで、
 ジミーの頭部からの湯気が一瞬、止まって見えた。
 目の前の小屋は小山の平坦地に建てられたというより、
 傾斜地に土を盛り、素人仕事のように建て付けが悪かった。
 木々のサイズがどこかチグハグで窓もなく、意図的なのかどうか白いペンキが無造作に塗られ、波を打っていた。



 誰が言うまでもなく、4人が小屋の前に横に一列に整列した。
 情報を提供したロバートが小屋に近づき、把手のないドアを押し、引いて、耳につく残響音を残しながら、手前に引くと、ドアが開いた。

「皆、来てみろよ」

 


 ロバートの相方のジミーが近寄った。

 


「死体でも転がっていたらやっかいだな。
 とりあえず、俺が中を覗いてみる。
 でかいロバートは木枠に頭をぶつけかねないからな」

 


 そう言って、小柄なジミーが木枠を気にすることなく、小屋の中に入って行った。



 5分後、ジミーが小屋から出て来た。

 


「長かったな。
 俺はずっと息を殺して、ジミーが出て来るのを待っていたんだ。
 幽霊に襲われたか、糞でもしているのか、心配になって、
 俺も小屋の中に飛び込んでみようかと思ったら、ジミーが出来たので安心した」



「ほんの数分だろう」

 


 ジミーは黒い髪の毛に蜘蛛の巣を付けていた。

 


「小屋に入った当初は真っ暗で何も見えなかったけど、1分もすると目が慣れてきた。
 小屋を覆う板と板と隙間と開いたドアから差し込む薄明かりで小屋の全体像が掴めた。

 


 何もない小屋だが床は板張りで俺達4人が横になるくらいのスペースはある。
 一晩くらい寝るには充分だ。



 しかし、昼間はともかく、夜は寒いだろう。
 俺達には寝袋もなければ、水も食料もない。
 それに、この小屋の所有者も解らない。

 


 この山の持ち主かもしれないが、解ったところで俺達に貸してくれるとも想えない。
 どうする?」
 

 ジミーは黙ったまま、首を捻り仲間の3人に目線を投げた。



「今から引き返すか、ここで一晩を過ごすかの二つに一つ。
 それとも、この小山を散策して夜までに寮に戻るかだ。
 この近くに店もないだろうから、今から買い出しに行くことも難しいだろうな」


 
「少しの水と食料なら俺が持っている。
 トミーと二人旅の予定だったので、4人分には足りないが、
 車を借りた中華街の店で買ってきた。
 ジミーとロバートには馴染みがないだろうが、中華饅頭、米、
 野菜、お菓子、芋、お茶、鍋と食器は準備してある」



 富四郎は王の抜け目のなさというか、逞しさに感心した。



「贅沢しなければ、どうにかなるだろう。
 水と食料は車のトランクでトミーのギターと一緒に俺のバッグの中でお留守番だ」

 


「食料はどうにかメドが付いたとして、寒さはどうする?
 山小屋はパース市内の寮よりずっと寒い。
 4人まとめて凍死するのは洒落にならない」

 


「ジミー、ここはオーストラリアだ。
 ヨーロッパ大陸から離れた、ブリテン島に横たわる俺達の故郷のアイルランドと違って、赤道を少しばかり越えたオーストラリアだ。

 


 島のようで大陸のようの広大で俺達を包み込んでくれる。
 冬のアイルランドのように外に放り出されて凍死することはまずない」


「ロバートの言う通りかもしれない。
 行ったこともないが、アルプスほどの高緯度でもない。
 俺の地元の近くにはわずかに千メートルを越える山もあるが、
 ここの標高はたいしたことはないだろう」

 


「百メートル、せいぜい二百メートルじゃないかな」

 


 富四郎が口を開いた。

 


「トミー、日本には山が多いんだろう」

 


「狭い島国のシンガポールに山そのものがないが、
 日本には有名な富士山があるだろう」

 


「ジョニー、富士山を知っているんだ。
 日本は国土の7割が山で、狭い平地と山に囲まれた盆地に人が住んでいる」



「トミー、日本で山小屋に泊まったことはあるのか?」

 


「こんな小さな小屋に泊まったことないが、
 中学時代に山の麓のユースホステルなら泊まったことがある」

 


「ここは島国であり山国でもある日本人のトミーに教えを受けて、この小屋に泊まってみないか。
 意見があれば、言ってくれ」



「ジミー、俺はお前の意見に従う。

 たった一泊だ。
 熊に襲われることもないだろう」

 


「ロバート、オーストラリアに熊はいない」

 


「トミー、熊に詳しいんだな」

 


「だって、トミーは生物学の専攻だから。
 7月から大学院で入る予定の生物学者の卵だよ」

 


 王が富四郎に代わって、プロフィールを紹介した。



「これはお見それしました。
 熊がいないオーストラリアはカンガルーとコアラの天国だな。
 奴らに襲われないようにジミーにしがみ付いてやる。
 のろまなノウサギが出ようものならこの俺様がノウサギの首を捻って、毛をむしり、丸焼きにして食ってやる」

 


「すばしっこいノウサギがロバートに捕まるかこれは見物だ。
 俺はノウサギに1ドル掛ける」

 


「ジミー、よく言ったな。
 俺はノウサギを丸焼きにして食べてやるぜ」

 

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 9

 富四郎は多少中国訛りが残る王の英語を黙って聞いた。
 家族やシンガポールについて聞かされることはあっても、
 王から女性、宗教の話を聞いたことがなく、
 元を辿れば中国人ではあっても、国籍としてはシンガポール人の彼が、どのようなメンタリティーや死生観や宗教心を持っているのか、察しようがなかった。

 


 王が口を閉じると、コンテッサはいつの間にか表通りに出ていた。
 それから、しばらく誰もが口を閉じた。



 この2ヶ月余りのオーストラリア滞在で寮生活、大学院入学前の英語圏以外の学生のためのプログラム、ルームメイトの王とのやりとりを通して、日常会話はそれなりに対応できるようになった富四郎だが、自分が思っていることを英語で話すのは難しくても、聞くほうはかなりの進歩を遂げていた。


 富四郎が後部座席を振り返ると、らしいといえばそれまでだが、ジミーとロバートは口を開けて爆睡中だった。

 


 姿勢を正すと、車のフロントガラスに雨粒が落ちていた。
 コンテッサのワイバーが音を立て始めた。

 


 日本とは季節が真逆の南半球の降水量が少ないオーストラリアで、日本の梅雨のこの時期は同じく雨期に当たる。
 富四郎がパースにやって来た4月は雨の日は数えるほどだったが、 5月、6月と月日が進むつれて、雨の日が多くなっているような気がする。



 オーストラリアの雨は日本の梅雨に比べれば、
 一日中雨が振り続けるとか、災害レベルのどしゃぶりは稀で、
 富四郎がぼんやり夢想に浸っている間に雨が上がり、雲の隙間から光りが差す。
 エンジン音を友に、コンテッサはパースの中心地から海岸沿いに出ていた。


「ジョニー、いったい、俺達をどこに連れて行く気だい?」

 


 眠っていたはずのジミーが突然、口を開いた。



「中華街で仕入れた情報によると、パースの海岸沿いを南に走ると、島が見えらしいが、見当たらないな。
 それに今は冬だ。
 太陽をいっぱいに浴びて泳ぐわけにもいかない。

 


 さあ、どこに行くかな?

 


 ジミー、行きたいところがあれば遠慮なく言ってくれないか?」

 


「そう言われても、アイディアの欠片も浮かばないな。
 ロバートの肩がアッパーカットのように俺の顎に入って、目が覚めたばかりだ」

 


「ロバートはどう?」

 


 王の言葉に返事をするまでもなく、
 ロバートは相変わらず、大口を開けて眠り続けていた。



「本当に幸せな奴だ」

 


 ジミーは隣のロバートに目を向けた。

 


「寝る子は育つと言うだろう。
 部屋でもベッドで横になるなり、一秒で爆睡さ。
 だから、こんなにデカくなったんだろう。
 ルームメイトの俺が言うから間違いない。

 


 デカい体を活かして、アイルランドの国民スポーツのラグビーでもやればいいのに、とんだスポーツ音痴ときたもんだ。
 頭の中が体の中がどうなっているか見てみたい気もするが、
 本人はチビの俺に合う女がいるか、心配しているというから、
 呑気なもんだ」


 対向車が富四郎の目に入った。
 あの白い車もたぶん日本車ではないだろうか。
 今、助手席に座るコンテッサ同様にどこかで見た気がするが、
 パースで日本人を見掛ける何倍もの確立で日本車を見るのは気のせいだろうか。


「何か言った?」

 


 それまで熟睡していたはずのロバートが急に口を開いた。

 


「どこでも眠れる奴が羨ましいなって。
 ロバート、どこに行くか、いいアイディはないか?」

 


 ジミーの問いから数秒経って、

 


「今はどこを走っている?」

 


「パースの海岸線を南に走っている」


 
「そうだな。
 この間、大学の食堂で知り合ったアイリッシュによると、
 海岸伝いから内地に入った所にちょっとした丘陵地帯というか小さな山があって、そこでキャンプが出来るらしい」

 


「ということは、ロバートは行ったことはないんだな」

 


「もちろん、俺はそこに行ったことはない」

 


「アイリッシュからの人伝とはいえ、
 とりあえず、海とは反対側を走ってみて、山なのか丘なのか、
 どこか泊まれる所が泊まったらそれでよし。
 なかったら海岸線をドライブして、それにも飽きたら、寮に戻ればいい。

 


 もともと、宛てのない流離い旅だろう。
 俺とロバートは二人のおまけで相乗りさせてもらっているだけだ。

 


 ジョニー、聞いている?」

 


「聞いているよ。
 とりあえず、海岸沿いから内陸に走ってみる。
 それでも何もなかったら、戻ってくる」


 コンテッサは海岸沿いを後にすると、景色は一変した。
 5分も走ると、次第に家と家の間隔が広がり、
 オーストラリアが大きな島国と呼ばれるように辺りに海の欠片も感じれず、何もない大地が広がった。

 


 オーストラリアに来て以来、大学の寮と大学、パースの市街地周辺しか知ることがなかった富四郎の目に映画やTVの映像でしか知らないアメリカの田舎のような風景が映し出されていた。
 ここは日本の田舎より、富四郎の実家周辺より田舎ではないだろうかと。
 


 緩い上り坂、下り坂、牧場があり、羊の群れ、牛の群れ。
 どこまでも果てしなく広がる大地。


「島国のシンガポールでは決して見ることがない景色だ。
 何にもないけど、ジミー、このまま車を走らせる?」

 


「何もないはご挨拶だけど、この大地こそが、この風景こそが、
 アイリッシュが愛してやまない、アイルランドそのままだ。
 緑に覆われた牧場があり、羊がいて、牛がいて、犬が彼らをリードして、その背後で人が犬を操る。

 


 もう少しでいい、アイルランドを想わせるこの景色を見させてくれ。
 この景色がどこまでも続くようなら引き返せばいい」



 ジミーが言うように一面が牧場然とした景色がどこまでも続くように想われたが、それから数分も走ると、辺りは一変した。
 コンテッサのフロントガラスの向こうに日本のどの地方にでもあるような丘のような小ぶりな山と大きな池が現れた。


「俺が言ったように小さな山に池まである。
 これでホテルといわず、一拍できるような小屋があればしめたもんだ。

 


 ジョニー、とりあえず、池の周りを回ろう。
 それから、山と周辺に泊まれそうな所がないか、しっかりと見てくれ」

 


 まるで天下でも取ったようなロバートに口を挟む者もなく、王はスピードを落として、コンテッサは池の周りを回りはじめた。

 

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 8

 デニムのオーバーオール姿のジミーはギターが入ったソフトケースを抱えたまま、王と富四郎の先頭を切って寮を出た。



「俺達の車はどこにあるんだい?」

 


 大声で歌うように叫ぶ小柄なジミーを追い抜いて、王は車を駐めた寮の裏手の空き地に足を進めた。



「これが俺達の車か?」

 


 黒髪のジミーはコンテッサを見るなりに言った。

 


「見たことがないけど、ミニよりデカいからどうにかなるだろう」

 


「トミー、知っている?
 君の母国からはるばる海を渡って来た日本車の日野だ。
 日本で何と呼ばれるのか知らないけど、シンガポールで何度か見たことがある、これは紛れもない日本の車なんだ」


 王の言葉に頷く富四郎だったが、
 日野といえばバスやトラックを作る日本のメーカーである。
 それくらいの認識はあったものの、日野自動車が乗用車まで作っていようとは、今の今まで知らなかったのである。

 


 王が知り合いの中国人から一日の期限で借りた車は当時日本で流行っていた白いセダンの日野コンテッサであった。
 実家は代々農家で家に父愛用の軽トラと役所に通う長兄のスバル360があるとはいえ、免許を持っていない富四郎は車に明るくなかった。

 


 王が持ち込ん車を一目見て、どこかで見たことがあるな、
 たぶん、日本車ではないだろうかと、推測するに留まっていたのだ。


「トランクにギターは入るかな?」
 


 王にトランクを開けてもらい、ギターが入ると事を確認したジミーは、

 

 

「俺と同じく小ぶりなガットギターだからどうにかトランクに収まったけど、ロバートのようにデカいギターなら寮の部屋でお留守だったな」


 一旦、部屋に戻っていた金髪のロバートが黒い革ジャンを羽織り、 紙袋を抱えながら息を切らしながら走って来た。

 


「待っていてくれてありがとう。
 とりあえず、俺とジミーの替えのパンツと歯ブラシだけ持ってきた」



 トランクとギターケースの合間に王の荷物が入ったバッグと富四郎のナップザックとロバートが持ってきたジミーとパンツと歯ブラシが詰まった食料品店の紙袋を埋めて、王がトランクを締めた。



 右手の運転席に王、助手席の富四郎、後部座席には王の後にジミー、富四郎の後にロバートの配列で4人は車に乗り込んだ。

 


 王はコンテッサのエンジンを掛け、ハンドブレーキを解除した。
 左足でクラッチを踏み込み、ギアを入れ、右足でアクセルを踏み込むと、コンテッサはゆっくり寮の裏手の空き地から側道に入った。


「オーストラリアで運転する機会があるかもしれないと、国際免許を取ってきて正解だった。
 それに加え、イギリス植民地のなごりだろうが、オーストラリアがシンガポールと同じく右ハンドルで助かった」

 


「ジョニー、シンガポールもこの車が生まれたトミーの母国の日本も、俺達のアイルランドやオーストラリアと同じく車は左を走っているだな」

 


「ロバート、その通りだ。
 僕は小さな島国のシンガポールしか運転した経験がなかった。
 父の車を借りて、ぐるっと島を一周しようにも半日もあれば充分だ。


 今朝、チャイナタウンから寮までの短い距離ながら、
 久しぶりの運転で心臓がバクバクしてしょうがなかった」

 


「それで運転は大丈夫かい?」

 


「ウォーミングアップはもう充分」



 コンテッサは側道から通りに出た。


「車の運転なら俺に任せな。
 ジョニーが疲れたら、いつでも交代してやる。

 アイルランドも小さな島国ながら、どこまでも車で走ろうとすれば海に落ちるか、北アイルランドとの国境線で一悶着が待っている。

 


 それに比べ、オーストラリアは天国で無駄な国境線はないし、  どこまでも広い。
 カンガルーやノウサギが好き勝手に飛び回れるほど土地が余っていて、俺達、アイリッシュが憧れるはずだ」



「ジミー、アイリッシュにとってオーストリアは夢の国かもしれなけど、中国人にとってはどうだろう。

 


 その昔、カリフォルニアのサンフランシスコに続いてイギリスの流刑植民地のオーストラリアで金が発見されて、
 この地はゴールドラッシュで賑わうことになった。

 


 金を求めて、世界中から多くの人がオーストラリアに集まり、
 その中に数万人の中国人が含まれていた。

 


 移民の流入と急激な人口増加はそれまでのイギリスの植民地然としていたオーストラリアに新たな社会現象が起こった。
 その後の紆余曲折を経て、オーストラリアは独立の道を歩むことになった。

 


 それが今から70年足らず前の出来事で、オーストラリアという国の誕生は人の一生ほどの時間した経っていない。

 


 とはいえ、僕の母国のシンガポールは生まれたばかりの赤ちゃんのような小さな島国だ。
 僕が生まれた時はまだイギリスの植民地だった。


 
 二人の母国のアイルランドとイギリスとの複雑な関係に触れるつもりはないけど、僕の祖父母は中国の混乱から逃れてシンガポールに辿り着いた。

 


 その行き先がシンガポールではなく、もっと足を伸ばして、オーストラリアだったら、僕はパースに留学する必要もなかった訳だ。

 


 仮にそうだったら、僕の両親は巡り合うこともなく、僕も生まれていなかった。
 世の中、面白いとうか、偶然に偶然が重なって、今があるんだ。

 


 僕がトミー、ジミー、ロバートと出会ったのもそうさ。
 キリスト教徒でもない僕が言うのは変な話だけど、
 これは神のご加護というべきものだ。
 僕はね、両親や祖父母に連れられて、お寺に行くこともあっても、教会には縁がないからね。
 道教って知っているかな?」



「名前だけなら知っているけど、詳しくはない」

 


 コンテッサに乗ってはじめて、富四郎は口を開いた。



「トミー、名前だけでも知ってくれてありがとう。
 中国の古代宗教と孔子の儒教がインドから伝わった仏教とごちゃごちゃにミックスされたのが、道教だと言われている。
 その道教が中国人の移民によって、シンガポールにも持ち込まれた。

 


 日本にあるかどうかは知らないけど、
 シンガポールといわず、オーストラリアといわず、
 中国人が居る所には中華料理のように存在する、それが道教なんだ。



 僕はシンガポールでは一人で訪れたことはないけど、
 何だろうね、中国人の血が騒いだのか、
 つい1ヶ月前、パースの町中で偶然、道教寺院を見掛けると、
 線香の匂いと煙に惹き付けられるように飛び込んでいた。

 


 考えもなしに長い線香を買い求め、火を灯し、
 手を合わせ目を閉じると、どこからか鐘の音が聴こえ、
 両親や祖父母の顔が浮かぶどこか、見たこともない、
 会ったこともない、老いた中国人や赤ちゃんや子供の顔が浮かんだのには驚いたね。



 彼らは大陸でこの世を去った僕のご先祖や親戚縁者かもしれない。
 これから生まれてくる予定の僕の子供なのかもしれないけど、
 言葉や理屈を越えた世界がこの世の中の存在するんだろうね。
 頼むから、僕を変な奴と思わないでくれ」

 

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