太平洋のさざ波 32(2章日本) | ブログ連載小説・幸田回生

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読み切りの小説を連載にしてみました。

よろしかった、読んでみてください。

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 マキの要望もあり、5月3日にレンタカーで房総半島に行くことにした。
 この日は3月末に大宮の氷川神社でお会いした柳本さんとフィアンセの吉田葵さんの結婚式が千葉市内のホテルで執り行われる予定で、前々日の1日にお祝いのメールを送り、この日に合わせて祝電を送った。



『柳本さん、葵さん、ご結婚おめでとうございます』

 


 心の中で文面と同じお祝いの言葉を述べ、
 部屋を出てマキとの待ち合わ場所の西船橋駅の改札まで急いだ。
 待ち合わせ時間の5分前に着くと、先日の高田馬場同じく、
 一足先に到着したマキがスマホに目を落としていた。



「おはようございます、お待たせして済みません」

 


「わたしもたった今着いたばかりです」

 


 薄化粧のマキが見上げた。

 


「いつもお早いですね」

 


「そんなことはありません」

 


「マキさん、デニムお似合です」

 


「ありがとうございます」


 
 マキはワンピース姿とローヒールの革靴からデニムのシャツとジーンズとスニーカーへとカジュアルな装いになっていた。



「ミャンマーでは鉄道インフラが未熟でバスがメインなので、
 日本の電車に素晴らしさにいつも感謝しています。
 地元のヤンゴンに古い日本の鉄道車両が今も走っていると言ったら驚かれるかもしれませんが、本当の話です。

 


 日本の鉄道の一番の利点は時間が正確で時間を読めることです。
 だから、いつも少し早めに部屋を出るようにしています。
 今日も特別なことは何もしていません。



 4月から千葉の大学に編入したので、
 短大時代と同じく西武新宿線で高田馬場まで行って、
 地下鉄東西線に乗り換え、西船橋で総武線に再度乗り換えるので、駅で降りたことはないのですが、勝手知ったる他人の家のようです。



 電車の中で西船橋がどんな街なのかとスマホで下調べていまいした。
 電車を降りて、プラットフォームから階段を上がり、
 初めて改札を抜けると、想っていた以上に人が多く驚いていたところ、吉田さんに声を掛けられました」



「確かに西船橋は人が多いですね。
 高田馬場とは比べものになりませんが、乗り換える人が多く、
 駅を離れ、裏通りに入ると、閑散としていて、その辺が都心との違いです。
 今日は西船場まで来て頂いて、ありがとうございます」

 


「今日はわたしの番です。
 大学は千葉市内なので、いつもの通学を思えば楽です。

 


 吉田さんが言われたように1ヶ月は様子を見ていましたが、
 アパートを出て大学のキャンパスまでの歩きを入れると2時間近くかかり、交通費もばかにならないので大学近くの千葉に住もうかと迷っています」



「僕が余計なことを言いませんでしたか?」

 


「そんなことはありません。
 吉田さんのアドバイスは貴重でした」

 


「そう言って頂いて、僕も少しほっとしました」

 


「短大卒業と大学編入に加え、引っ越しまで重なったら、
 わたし、倒れていたかもしれません」

 


「本当に驚かせないで下さい。
 僕も東京を離れ、西船橋に住んでいるのでマキさんの気持ちもわかるのですが、
 住み慣れた杉並とミャンマー人のコミュニティとバイト先の高田馬場を離れ、大学近くの千葉に移るのは悩ましい問題です。


 焦らず、じっくりと考えて結論を出してください」

 


「吉田さんとボウリングした翌日、今着ているシャツを買いました。
 あの日、吉田さんのジーンズ姿が素敵で連れ合いの取れないワンピース姿のわたしは少しブルーでした。

 


 ボウリングに誘っておきながら、
 わたし、ずっとデニムのシャツを考えていました。

 


 吉田さんとお別れして部屋に戻り、デニムのパンツは持っているので、スマホでデニムシャツを探りました。
 このままネットで買おうかと迷ったのですが、サイズと生地の触り心地を確かめたかったのと、今までネットで服を買った経験がないので、踏ん切りがつきませんでした。



 翌日の日曜日、新宿のショップで自分に似合いそうなのデニムシャツを見つけると、迷わず手に取り、大きな鏡の前に進みました。

 


 着ていたカーディガンを脱いで、手が届く棚の上に置いて、
 プラウスの上からですが、デニムのシャツを着てみました。

 


 お洒落上手な若い日本女性と違って、ファッションセンスに今一つ自信が持てないわたしは側にいた店員さんのとてもお似合いですの誉め言葉に『ありがとう』と呟いてレジに急ぎました。
 吉田さん、今日のシャツもお似合いです」


「ありがとうございます。
 今日は箪笥の肥やしなりつつあったシャツを初めて着てみました」

 


「わたしたちどこかチグハグですけど、どうにかなりますよね」
「もちろんです。
 レンタカーを予約したので、ここからオフィスまで歩きます。
 10分少々ですが、マキさん、歩くのは平気ですか?」

 


「大丈夫です。
 毎朝、アパートから駅まで歩いて慣れています」



 北口のロータリーに出て、駅まで来た道を辿るようにマキと並んで歩いた。
 改札前では弾んだ会話も駅を離れると、言葉に詰まり、
 無言のまま大通りに出て、レンタカー・オフィスの前まで来ると、急にマキが口を開いた。

 



「ミャンマーにも日本車が溢れていますが、
 車はプリウスとベンツしか知りません。
 プリウスが日本車でベンツがドイツ車、その程度の認識です。

 


 ヤンゴンの実家の父は運転免許も車も持っていません。
 わたしも免許を持っていないのでバスとタクシーは別にして、  日本で乗用車に乗ったことがありません」


 
 オフィスで規定の手続きを済ませ、店員さんと予約した白い車の前に進んで、キーを手渡された。

 


「可愛い車ですね。
 何という名前ですか?」

 


 マキが声を掛けてきた。

 


「スズキのスイフトです。
 同じくスイフトで房総の和田浦を訪れて、気に入ったので昨日予約しました」



「スイフトはミャンマーにも走っていますか?」


「残念ながら、知りません」

 


「ミャンマーには日本の中古車が多いと言いましたが、
 車音痴なわたしには全部同じに見えてしまいます。
 新しいとか古いとか、高級そうとか、そうでもないとか、
 それがわたしの判断基準で、来日してかもその癖が抜けません。
 


 ミャンマーのタクシーはほとどん日本の古い車ですが、
 日本ではピカピカの車ばかですし、タクシーかどうかの見極めが難しく、手を上げる踏ん切りがつきませんでしたが、1年くらい経ってようやく、タクシーには屋根にマークが付いていて、
 車に会社名が入っているので、区別はできるようになりました。

 


 吉田さん、今日はどうかよろしくお願いします」

 



 マキとスイフトに乗り込み、ゲンさんの家がある勝浦に向かって走った。
 下道から高速に入り、静かだったマキに独り言のように語り始めた。


「歩くのが好きで、数少ないわたしの趣味のようなものです。
 アパートから駅までに加え、高田馬場や大学のキャンパス周辺を歩いて眺めていますが、車の助手席から見える景色と若干の違いを感じます。

 


 知らない間に高速に入って、何だか別世界を走っているようで、都内の主要道路の上に</p>に支えたられた首都高を下から見上げると、それだけで怖くなります。

 


 タクシーを利用するのは友人知人との近場の相乗りですし、
 高速バスを除いて、車に乗って高速道路を走るのは初めてです。

 


 ハンドルを握っている訳でもなく、助手席に乗せてもらっているだけですが、日本の高速道路って、こうなっているんだ。
 普段歩いている道も綺麗ですが、歩行者も自転車もいませんし、高速道路は格別ですね。

 


 今、どれくらいのスピードで走っているのですか?」

 


「時速100キロです」

 


「正直、ピンときませんが、1時間走れば100キロ走るという意味でしょう。
 上から目線というか、自分が偉くなったような感覚に囚われて、ちょっとしたカルチャーショックです。



 わたし、東京から地方に行く時は安い高速バスが専門で新幹線はもっての他です。
 成田空港に行く時も成田から東京に戻る時もエアポートバスを利用せず、毎回、京成電車を利用しますし、成田からLCCに乗って日本国内を旅行するのが、今のわたしの夢です」



「マキさんはハワイに行かれましたよね」

 


「そうでした。
 あの時は成田からLCCで関空経由でした」

 


「僕もそうですよ」

 


「そうでしたね。
 LCCを使って、ハワイまで格安で連れて行ってくれた友人に感謝しないと」

 


「これから向かう勝浦のサーファーの人も、同じく成田から関空経由でハワイで知り合った、関空に近い大阪南部の出身の方なので、
 大阪出身の友人がいるマキさんと気が合うと思います」

 

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