あけおめでございます。

本年も宜しうお願い致します。

 

 

 

昨年は事情がありまして、ブログの更新頻度が極端に落ち込んでおりました。

元々毎日書くようなブロガーではないですが。

その事情というのもカタがつきましたので、ブログの更新頻度を少し戻したいなと思っています。

 

さて、それではさっそく。

 

新年の最初にお届けするのは『今物語』に収録されている話です。

『今物語』は鎌倉時代に作られた説話集で、編者は藤原信実です。

信実は画家でもあり歌人でもあったそうです。

 

ある所で、当世の連歌の名人と評判の人々が集まって連歌をしていた時、その門の下に、実に粗末な姿の法師で、手で掴めるくらいに髪が伸び、ぼろぼろの紙衣を身にまとったのがいて、じっとこの連歌を聞いていたので、連歌師たちは「分かりもしないくせに」と滑稽に思っておりましたところ、この法師はしばらくすると中に入ってきて、縁側の端に腰掛けた。

皆ますます滑稽なことだと思っていると、法師が離れた所から、

 

ふしものは何でしょうか」と言った。

 

連歌師の一人が、少し粗暴な人だったのだろうか、あまりにも滑稽に思えて侮っていた心のまま、何とはなしに、

 

くくりもとかずあしもぬらさずというんだ」と言ったところ、この法師はそれを聞いて二三度口ずさみ、

 

「面白いですなあ」と言ったので、連歌師たちはますます滑稽だと思っていると、

 

「では、恐れながら付け句いたしましょう」といって、

 

名にし負ふ花の白河わたるには

〔桜の名所として名高い白河をわたるにつけては〕

 

と言ったところ、侮ってふしものを伝えた人をはじめとして、みな感心して手を打って驚いていた。

そうしてこの僧は、

 

「これにて失礼致します」といって走り去ってしまった。

後でこのことを藤原定家がお聞きになり、

 

「何者だったのか、本当に知りたいものだ。それがどんな姿であろうと、只者ではまさかあるまい。今の世にこれほどの句を作る人はめったにいない。ああ、歌詠みの名人たちは恥をかいてしまったものだな。世の中ほど恐ろしいものはあるまい。身分の良し悪しに関わらず、人を見くびり侮るようなことはあってはならない」とおっしゃった。


【語釈】

紙衣かみぎぬ・・・紙で作った衣。厚手の紙に柿かきの渋を塗って日に干したものをもみやわらげて作る。(三省堂詳説古語辞典)

ふしもの・・・連歌の中に詠み込む隠しテーマのこと。

くくりもとかず・・・「くくり」とは指貫さしぬきという当時の袴の裾をしばるための紐。外を歩いている時、濡れたり汚れたりしそうな時はくくりをほどいて裾を持ちあげる。

白河・・・京の地名。「白河夜船」の故事で名高い。

 

〔白河夜船〕

京を見物してきたとうそを言った者が、名所白河について尋ねられ、川の事だと思い、夜中に船で通ったから知らないと答えた。

(新明解国語辞典)

 

ボロボロの服を着たみすぼらしい僧が、思いがけずサッと句を作り、連歌師を驚愕させるという話です。

人を見くびり侮ってはいけない、と教訓で締めくくるのは『十訓抄』みたいな感じです。

 

くくりもとかずあしもぬらさずというのが本当にその時の連歌のふしもの(賦物)だったのか、僧を見くびって適当に言ったものなのかは分かりませんが、「指貫の括りの紐もとかず、それでいて足が濡れることもない」という意味です。

その隠しテーマに対し、即座に僧が「名にし負ふ花の白河わたるには」と詠んだ。

白河は桜の名所であり川ではない(川も流れているが)ので「桜の花の名所である白河は、河といっても渡る時に括りをとかないし、それで足が濡れることもない」ということですね。

 

ほんと、人は見かけによらんものですな。


【原文】

ある所にて、この世の連歌の上手と聞こゆる人々、よりあひて連歌しけるに、その門の下に、法師のまことにあやしげなる、頭はをつかみに生ひて、紙衣のほろほろとあるうち着たるが、つくづくとこの連歌をききてありければ、「何ほどの事をきくらん」と、をかしと思ひて侍るに、この法師やや久しくありて、うちへ入りて、縁の際にゐたり。

人々をかしと思ひてあるに、はるかにありて、

「ふし物は何にて候ふやらん」といひければ、

その中に、ちと荒涼なる者にて有りけるやらむ、あまりにをかしく、あなづらはしきままに、何となく、

くくりもとかずあしもぬらさずといふぞ」といひたりければ、この法師うちききて、二三度ばかり詠じて、

「面白く候ふものかな」といひければ、いとどをかしと思ふに、

「さらば、恐れながらつけ候はん」とて、

名にし負ふ花の白河わたるには

といひたりければ、いひいだしたりける人をはじめて、手をうちてあさみけり。

さてこの僧は、

「いとま申して」とてぞ走りいでける。

後に、この事京極中納言きき給ひて、

「いかなるものにかと、返々すゆかしくこそ。いかさまにてもただ者にてはよもあらじ。当世はこれほどの句など、作る人はありがたし。あはれ、歌よみの名人たちは、ぞくかうかきたりけるものかな。世の中のやうにおそろしき物あらじ。よきもあしきも、人をあなどることあるまじきこそ」

とぞいはれける。
 

にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ
にほんブログ村