今回は花山院が出家をするためいよいよ花山寺に赴くシーンです。
さて、粟田殿は大内裏の御門から東の方に院を連れ出し申し上げなさったが、安倍晴明の家の前をお通りになると、晴明自身の声がして、手を激しくパンパンと打つようだ。
「帝が退位なさることになると思われる空の異変があったが、すでに事が成ったと思われるな。宮中に参上して帝にお話を申し上げよう。車の支度をせよ」
という声を、院はお聞きになったというが、いくらご自身で決めたことであっても、しんみりとしたお気持ちになっただろうよ。
「とりあえず、式神一人、内裏へ参上せよ」
と晴明が申し上げたところ、目には見えないものが、戸を押し開けて、院の後ろ姿を拝見したのだろうか、
「ただ今、ここを通り過ぎてお行きになるようです」
と返答したのだとか。
晴明の邸は、土御門大路と町小路が交差するところにあるので、院がお通りになった道沿いであった。
(原文)
さて御門より東ざまに率て出だし参らせ給ふに、晴明が家の前をわたらせ給へば、みづからの声にて、手をおびたたしくはたはたと打つなる。
「帝おりさせ給ふと見ゆる天変ありつるが、すでになりにけりと見ゆるかな。参りて奏せん。車にさうぞくせよ」
といふ声を聞かせ給ひけん、さりともあはれに思し召しけんかし。
「かつがつ式神一人、内裏へ参れ」
と申しければ、目に見えぬものの、戸を押し開けて、御後ろをや見参らせけん、
「ただいまこれより過ぎさせおはしますめり」
といらへけるとかや。
その家、土御門町口なれば、御みちなりけり。
【語釈】
●晴明
安倍晴明。高名な陰陽師。
●車にさうぞくせよ
「さうぞく」は「装束」。衣服の意味もあるが、ここでは支度をすること。
●式神しきがみ/しきじん
陰陽師が使役する神。
●土御門町口つちみかどまちぐち
土御門大路と町小路が交差する地点。そこに安倍晴明の邸宅があったと記されているが、晴明の邸宅跡地については諸説ある。現在の晴明神社の地という説もあるが、ともあれ、平安京の位置関係を示すので、イメージを持ってもらいたい。
晴明の屋敷はここでの記述に従って、土御門大路と町小路の交差地点に設定した。大内裏から東の方に出て晴明の屋敷前を通って行った、とあるが、大内裏から土御門大路につながる門は上東門なので、道兼は花山院を連れて上東門から東へ進み晴明邸の前を通過し、遠く離れた花山寺(元慶寺)に向かっていったことになる。
はい、というわけで、いよいよ道兼に連れられて花山院は花山寺(元慶寺)に向かって行きました。
今回、安倍晴明という泣く子も黙る平安時代のスーパースターが登場しましたね。
上の地図にも記しましたが、安倍晴明の死後、1007年に晴明神社が創建され、神様として祀られました。
晴明神社は、フィギュアスケートの羽生結弦がフリーで「陰陽師」というプログラムを演じたことから、羽生結弦ファンの間で聖地とされているようです。
1枚目:一の鳥居 2枚目:二の鳥居
3枚目:安倍晴明像 4枚目:式神像
そうそう、注に書いた通り、式神というのは陰陽師が使役した神様(精霊的な?)です。
安倍晴明は式神を使って格子の上げ下げをさせたり、今回のように外の様子をうかがわせたりした、という逸話が残っています。
俄には信じられませんが
では、今回はここまで、次回がこのシリーズの最終回です。