父の訃報を受け、すぐさま東京から福岡へ向かい、
二度のお通夜や告別式などをこなした後、いったん東京へ戻って自分の病院へ。
当ったり前のことだけど、ここには誰一人として父が亡くなったことなんて知る人はいない。
医師も、看護師も、いつも会う受付の人も、いつも面白い髪型の臨床検査技師さんも。
この当ったり前のことが、無性に悲しい。
そして、手術着を着た患者さんが院内を普通に歩いている様子を見ていたら、今度は悔しくなった。
どうしてその人は助かっているのに、父は助けてもらえなかったのか?
しょうがないけど。もうどうしようもないけれど。
最後には、「赤ちゃんができない」、たかがそれぐらいのことで病院に来てしまう自分を、情けなく思った。
父の壮絶な最期を顧みて、自分の、このどう見ても健康な顔色と見比べて、
「なにが早発閉経じゃ!たかが閉経のどこが病気やねん!それがどうしてん!」って毒づきながら、涙が止まらなかった。
(気をわるくされた方がいらしたら申し訳ない。
今はそんなこと思いません。そのときそういうテンションだっただけです。
当時、あまりにもあまりすぎて、むきだしの敵意がわたしを包んでいました。
ひょっとしたら「攻」という漢字が、私の額には書かれていたかもしれません。いうなれば、キン肉マンの肉。)
そうこうするうちに診察が始まり、血液検査の結果用紙をもらうと、
数値は・・・FSH/17 E2/150 (前回はFSH/6)。
数字を覗き込んで一瞬固まる医師。
「えーっと?どうしてこんなにFSHが上がったんでしょう?」と
一人ごちながらカルテをパラパラしだした様子を見て、
言いたくなかったけどなと思いながらも父のことを話した。
すると「ああ、それなら合点です」と一言。合点て!NHKか!
なんでも、FSHやLHは視床下部から出てるものだから、
ちょっとした精神的動揺などで、すぐに変化するものらしい。
これは又聞き情報だけど、おうちが火事になってFSHが100近く上がった人もいたとか。
その後、合点医師は、
「ちょっと内診してみましょう。FSHが自然にこういう数値になったあとっていうのは、卵胞ができやすいんですよ」
とおっしゃる。
内診してもらうと、その通り、ほんの小さな小さな卵胞らしきものが発見された。
「父の生まれ変わりだなあ、まだまだ小さくて、随分心もとないけどなあ」って思った。
合点氏からは、「5日後にまた診せてもらえますか」って言われたけど、
その日以後しばらくは父の書類処理などで大阪に滞在しなければいけなかったので、
20日ほど病院に行けず。その間に卵は、萎縮消滅しちゃってたようです。
残念だけれど、父の生まれ変わりはまだ4億5千万個ぐらいいると思ってるから、いい。
またがんばる。
だけど正直言って、「早発閉経」とか、「不妊治療」とか、「子を持つこと」へのモチベーションがだいぶ下がっているのも確か。
まあ、いいや。いまそんな時期なだけだろうし。何より、暑いし。
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