言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸 -5ページ目
10月中旬から1月下旬にかけて、
かつて大きな印刷会社の印刷の現場で
工場長として陣頭指揮をとられていた方が
印刷実習の先生として来られていました。
御年傘寿近くの方ながら、
そのようには見えない精悍な方で、
前評判では、
「モタモタしていると
『モタモタするな!』と怒られる
厳しい方なので、
キビキビ行動するように」
といったことを聞いていました。
そのため、初回の授業前は
緊張していたのですが、
いざお目にかかってみると、
キビキビされていて、
次々に指示をされるものの、
怖いなどといった風に感じることはなく、
むしろ、
少しでも多くのことをお教えいただきたい、
お話したい、
側で作業を見させていただきたい、
愛情深い方、
そんなふうに感じる先生でした。
実習中、
作業工程でどうするかの判断を
ある学生に委ねられた際、
失敗を恐れてか、
どうするかをなかなか決められず、
時間がどんどん過ぎていく一方で、
作業が全く進まないことがありました。
先生は、時間はあるからと、
結構辛抱強く待ってくださっていましたが、
時間だけが刻一刻と過ぎていく中で、
ついに先生が声をかけられました。
そのときの先生の言葉が忘れられません。
「失敗してもいいから、
思うようにやってみたらいい。
失敗したとしても、
次どうしたらいいのかの指針になるし、
それが前進するための足掛かりにもなる。
それに、
失敗しないで成功するかも知れない。
やってみないことには、
どうなるか分からない。
ここでは失敗してもいいのだから、
やってみ」
と。
学生時代でも、社会人になってからも、
失敗したくない場面や、
失敗してはいけない場面がある。
どうしても、結果を出したい場面がある。
あるいは、
端から失敗を恐れ、
チャレンジさせてもらえないなんてことも
ザラにある。
「成功するかも知れない」では、
認められないのだ。
成功=結果を出さないといけないと、
結果を求められるのだ。
社会人になってから、
チャレンジすることも許されにくい
環境に居たわたしは、
先生の言葉に深く感動した。
いつの頃からか、仕事の場面で、
「これはセーフかな」
「これはアウトだろうな」
といった具合に、
自分の中で指示を仰ぐ前から
勝手に空気を読んで、
分別さえするようになっていた。
どうしてもこれは!と思うことについては、
提案したけれど、
ボツになることが続いて、
ついには意欲さえ失ってしまった。
それが、
こんなふうに仰っていただける機会なんて、
そうそうない。
なんてありがたいことだろうと、
心底思ったと同時に、
深い尊敬の念を抱いたし、
わたしは工場長先生のような、
年齢の重ね方をしたい、
懐深く、寛容な心を持った人間でありたいと
思いました。
結果を出さないといけない
勝負どころはある。
そうではなく、
少々の失敗が許される場面なのであれば、
積極的にトライ、チャレンジしてみて、
上手くいかなかったとしても、
少しずつでも前進していく。
やってみないとどうなるか
分からないのだから。
春は、もうすぐそこまで来ている。
前を向いて、進んでいこう。
学生生活は、残り5週間になった。
学校でも、卒業の日までのカウントダウンが
始まっている。
そんな中、
先生がわたしに仰ってくださった言葉で、
忘れられない言葉がある。
Adobe・Illustratorの操作で、
なかなか上手くできないことがあって、
ああでもないこうでもないと、
何度も何度も試行錯誤した。
とうとう思うようにできず、
先生にどうしたらいいのか、
ご教示いただこうと思い、
先生に、それまでの経緯をお話した。
先生は、うんうんと話を聞いてくださり、
「それはね」と、
ご自身でソフトを使いながら
やり方を教えてくださった。
何度やっても上手くできなかったことが、
先生の手にかかると、
ほんの一瞬でできてしまう。
「そうやるんですねぇ、すごい。」
と、感銘を受けていると、
「今そうやって『すごい』って言ってるけど、
やり方知ってたら、
全然なんともなくできること。
だけど、それを『すごい』と思えるのは、
自分であれこれ試して
なんとかしようと努力したから
そう思うんやで」と先生。
すごいと思えるのは、
努力した証拠なのだ。
目からウロコが落ちた。
そういうふうに考えたことは、
今までなかった。
やり方を知っていれば
一瞬でできてしまうこと。
やり方を知れば、
その後は困ることなく当然のことのように
できるようになること。
目の前のできないことを
克服しよう、解決しようと、
自分なりに方法を考えて
トライ&エラーを繰り返す。
結果的に、
自分の力だけで
解決できなかったけれど、
それでも、
解決に至るまでに試みた
数々のトライ&エラーは、
決して無駄なことではないのだ。
できなかったことが
できるようになることの喜びは、
努力した者に与えられる
感情なのだ。
学校に残していく修了制作は、
これまで先生方にお教えいただいたことを
活かして、
また、自分なりに勉強して
身につけてきたことも加えて、
1年間の感謝の気持ちをもって、
今の自分にできうる限りの、
今のベストを尽くしたものを
完成させたいと思う。
このほど、
あるものを購入しに行ってきました。
それは、
仕事用のパンプスとバッグです。
卒業まで残り1ヶ月半あるかないかと
なった今、
そろそろ卒業後の生活に向けて、
本格的に動き出さねばなりません。
それはすなわち、
実務の現場に戻ることを指します。
そのために、まずは、
新しいパンプスとバッグが欲しいなぁと。
学校生活を送るようになってから、
スニーカーが日常使いになっています。
日常的にパンプスを履いていたときは
足の親指の骨のあたりが痛くなるといった
いわゆる外反母趾の症状が
日に日に進んでしまい、
パンプスを履いていないときにも
痛みを感じるように
なってしまっていました。
それが、
パンプスをやめて、
スニーカーで過ごすようになってからは、
痛みを感じることがなくなりました。
本来の足よりも
狭い幅の靴を履いていたことで
足を締め付け、
それで外反母趾が進んで
痛みが生じていたのかなと思われました。
でも、
そうやって足を締めつけることで、
体に対して感覚的な緊張感を与え、
仕事をするための気合いを入れていたのかな
とも感じました。
パンプスを履いていると、
なんだか背筋がピッと伸びるような
気がします。
そして、バッグ。
今は、柔らかい布製の、
テロッとしたトートバッグを使っていますが、
生地が柔らかいため、
A4サイズの紙が
クリアファイルに入れていても
角が折れてクルッとなってしまい、
きれいな状態を保てないので、
新しいバッグは、
大事な紙類をきれいな状態で
持ち運びできそうな、
黒の牛革にゴールドの金具がポイントの
パリッとしたトートバックにしました。
バックを新調したら、
急にお財布も欲しくなってきて、
当初予定していなかったものの、
手に持ってしっくりときて
一目惚れしてしまった
ミルクティーカラーのお財布を
迎え入れることに。
今まで使っていたお財布は、
平成28年から使っていたので、
かれこれ6年お世話になりました。
いろいろあったなぁ。
一緒にいろいろなところに行ったね。
思えばお財布は、
外出時には常に肌身はなさず
持ち歩いているもの。
ある種、運命共同体かも知れない。
今まで、本当にありがとう。
これからは、
新しいバッグ、新しいお財布とともに、
新しいパンプスが
新しい場所、景色、世界へ
運んでくれるのかな。
一緒に、いろいろな経験をしよう。
そんな気持ちでいます。
昨日、12月に受検した
色彩検定1級2次試験の合格発表が、
色彩検定協会の公式サイトに
掲載されました。
ネットで合格発表というのも、
今風だなぁと思いつつ、
ネットで見るのも、
郵便で合否通知が届いて
ペラっとめくって合否を確認するのも、
学校まで合格発表の掲示板を見に行くのも、
緊張の度合いは一緒だなぁと
わたしは思いました。
合格者一覧にズラッと掲載された
受験番号の中に自分の受験番号を
見つけたとき、
受験番号の見間違いか記憶違いではないかと、
本気で目を疑いました。
そう、
わたしは、試験当日の試験終了後に
ネット上で公開されていた
ある色彩の学校が出された解答速報で
自己採点をした結果、
とても受かったとは思えない出来映えで、
視感測色の問題に至っては、
自分の解答の控えをとっていなかったため、
公式に色彩検定協会が
解答を公開された時点でも
得点が分からない状況で、
視感測色の問題を
ほぼ全問正解でもしていない限り
受かっていないんじゃないかという状況で、
正直、諦めの念を持っていました。
そのため、
協会が正式に解答を公開しても、
正式な解答をもとに
自己採点のし直しをしていませんでした。
手放しで喜んでいい合格のはずが、
頭に思い浮かぶのは疑問符ばかり。
一体なぜ、わたしは合格できたのだろう、
なにか、神風でも吹いたのだろうか、
視感測色がすこぶるよかったのだろうかと。
とりあえずはもう一度、
正式な解答を元に
自己採点のやり直しをしました。
その結果、
試験当日に自己採点した際に、
✕になってしまった解答が
正解になっていた問題があり、
おまけにその問題は
芋づる式の問題だったため、
その問題のある設問は
全問正解となっていたのでした。
そんなこんなでしたが、
それでも、
その日中に喜びの感情が起こることはなく、
今日の朝を迎え、
やっとそこで、
「わたしは受かったんだ!!」
と、実感と喜びの感情が
湧き上がってきました。
これからは、合否を気にすることなく、
純粋に色を楽しむことができ、
また、自分のペースで
勉強していけることを
うれしく思っています。
また、これらを
活かしていければと思っています。
思えば、受験シーズンの今日この頃。
またしても、
今度は新型コロナウイルスの
オミクロン株が猛威を振るっている
大変な時期ではありますが、
目標に向かってがんばってきた受験生に
幸あらんことを願うばかりです。
1月6日から3学期が始まり、
卒業まで残り2ヶ月と少しになりました。
今月下旬に受験することになっている
検定試験に向けて、
12月中旬から学校で検定試験対策の授業が
始まっています。
検定試験では、学科と実技の試験があり、
学科試験については、
公式テキストに載っている問題から
出題されるそうですが、
テキストに載っている解説だけでは
解けない問題が大半で、
かといって元から持っている知識もなく、
問題文と答えをセットで覚えるしか
試験対策のしようがなさそうです。
試験まで数週間しかないですし、
とりあえず問題に取り掛かっていますが、
あまりに分からない問題ばかりで、
全然つまらない。
全然楽しくない。
たまに分かる問題が出てくると
ホッとしますが、
こんなに手も足も出ない問題ばかりですと、
ほんとつまらないし、
やる気なくします(笑)
一方の実技試験対策も、
過去問を元に何日かかけて
解説を受けましたがなかなか特殊で、
授業中に必死で先生の解説を聞き、
メモをとり、
なんとか追いついていこうとしましたが
難しく、
理解できたところとそうでないところと
不安を抱えた状態で年越しをしました。
年が明けて、
メモを見ながらいざやってみようとしたら、
分からない!というか、
年末にしたことの記憶が随分薄れていて
先が思いやられましたが、
実技に関しては、試験の合否に関わらず、
この試験対策を通して
先生からお教えいただいた技術を
しっかり身につけたいと思っています。
そうすれば、
今よりもワンランク、ツーランクアップ
できるのではないかと感じています。
とりあえずは、
学科対策をなんとかしなければなりません。
今のままでは不合格まっしぐらです。
学科試験だけでも合格できるように
しなければ。
今回の検定試験対策に限らず、
その他の学科の勉強をしているときに
気づいたのですが、
内容が分からなかったり、
理解できなかったりで
行き詰まって先に進めなくなると、
つまらなくなったり、
楽しくなくなったり、
やる気をなくしてしまう。
内容を理解できて、
それを使えるようになったり
活かせるようになると
楽しくなる。
中学・高校時代を振り返ってみても
そうだったなぁと、
今更ながら気づきました。
苦手だった数学も英語も理科系の科目も、
早々とした段階、
あるいは途中で分からなくなって
ついていけなくなって、
楽しくなくなって、
つまらなくなってしまい、
学習意欲をなくしてしまった。
取り戻そうと、
市販の参考書や問題集を
やってみようにも
解き方の過程や内容が分かっていないから、
先に進みたくても進めなくて、
ますますにいやになってしまう。
授業も、
内容が理解できなくて、
話についていけなくなると、
かなり苦痛になる。
授業時間が果てしなく長く感じてしまう。
内容は理解できていなくても、
作業を追うなどで
必死にしがみついていっているときは
あっという間に時間が経つ。
そういうことだったんだなぁと。
努力しても
分からないままのこともある。
でも、
進行のスピードが早かったり、
途中の過程が省略されたりで
分からなくなってしまったのだとしたら、
まだ追いつけるチャンスはあるし、
取り戻すチャンスもある。
自力で追いついたり
取り戻そせそうになければ、
早めに自らSOSを発信するなどして、
勇気を出して助けを求めることも
大切なことで、
そうして助けていただくことで、
理解できて、追いつき、
取り戻すことができる。
私はこの学校に通うことで、
こういったことも学び、
実践できるようになりました。
理解できていないのに、
分かっているふりをしたまま居ることの方が
かえって先生方に失礼かも、
とも感じたり。
分からないから、
知らないから、
できないから、
学校に通って
身につけようとしているのだから。
でも、そうやって、
自分に素直になって、
SOSを発信できるのは、
先生方が、
自身のSOSに応えてくださるはずという、
確かな信頼があるからこそでもある
ような気もします。
そんな先生方のためにも、
検定試験、学科だけでも合格したい。
なかなか気は進まないけれど、
テキストがんばろう

