言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸 -4ページ目

言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸

言葉や音に思いをのせて。
心を、毎日を豊かに。

これまでピアノから学んできたことや、日々の気づきなどを綴っています。

今の勤務先は、

元々山だったところを切り拓いて

建てられたということもあり、

自然に恵まれた環境にあります。



執務室の中に、

黒アゲハチョウやトンボが

入ってくることもありますし、

随分大きなムカデにも

出会いました。

ムカデって、熱湯をかけることで

退治できると、

今の勤務先で教えていただきました。


昼休憩時には、外に出て、

景色を眺める時間をつくっています。


おかげさまで、

特に仕事をしている平日は、

自然の中に身を置く時間を

つくることができ、

心身ともにリフレッシュできる機会に

なっています。



日中は、まだまだ暑いですが、

朝晩は幾分涼しくなって

過ごしやすくなってきたように感じます。

空を見上げると、

昼間でも「秋なんだな」と感じられる

空になったように思います。




最近、アレルギー症状が
ちょっと強く出ていて、
お薬のお世話になっておりますが、
もしかして、これが原因??
パンパスグラス
生け花で使われていたり、
インテリアとして飾られていたりしますね。
ふわふわしていて、
思わず手に触れてみたくなります。
こちらのものは、
もうすぐ管理員さんに
刈り取られるのだとか。


昨日の退勤時の空

ピンクと空色が混ざり合って
なんとも言えない色を
生み出しているように見えました。


9月も半ば。
時間が経つスピードが
本当に速く感じられます。

少し先、それよりももう少し先も
見据えつつ、
目の前の仕事を1つひとつ
丁寧に向き合い、大切にしながら
取り組んでいきたいと思う
今日この頃です。

新しい職場で働きはじめて

4ヶ月が経とうとしています。


現在の仕事は、

前職で培ってきた経験やスキル、

昨年1年間学校に通って身につけた

技術や知識を活かせるお仕事ながら、

新たに身につけなければならないことも

多々あるお仕事です。


主には、

「読みもの」をつくる仕事をしていますが、

自分なりに心がけていることがあります。


「読みもの」のテーマについて、

何もご存じでない、

「こういう分野のものがあるんだ」と、

全く初めて触れられる方であっても、

「これ、なんだろう?」とか、

「これ、どういう意味だろう?」

といったことがなく、

スムーズに読めて、

引っかかりがなく理解できる内容に

すること。


かつ、その分野の専門性を

ほんの少しでも垣間見え、

触れられるものにすること。


そして、そこから、

そのことに興味を持っていただけたら、

そこから先は、

ご自身でどんどんその世界について

知識や学びを深めていきたいと

思っていただけるような「読みもの」

にすることをめざしています。


そのために、

まず、私自身がその事柄について、

100%以上、120%、150%のレベルで

理解するように努めます。

自分が理解していないことを

人様に分かりやすく説明するというのは、

ほぼ皆無と考えているからです。


ほんの「入門の入門」的なことを

書こうにも、

私自身がそのレベルに到達していなければ、

人様に理解していただけるものは

とても書けないのです。


そこで、

まずは、基礎資料集めから始めます。

関連資料、Webサイト、

メディアに掲載された記事、

ときには論文や書籍を探して

目を通します。


下調べにそこそこ時間はかかるものの、

私自身、この作業をすることで、

学びや視野が広がり、

この仕事をさせていただいていることを

ありがたく感じます。


「相手」に近づくには、

まずは自分から「相手」に近づく努力をする

「近づく」は、「理解する」とも、

言い換えることができます。


そして、読者の次に、

対象の方やイベント側に立って、

「最も伝えたいことは何だろう」

「どういう思いが込められているのか」

という部分に焦点をあてます。


そういった面から、

文章という目に見えるものをつくる

仕事でありながら、

目に見えない部分に訴える仕事、

目に見えない部分を感じとって

表現する仕事と思い、

仕事に向き合っている今日この頃です。



4月が終わろうとしている。

無我夢中で駆け抜けた

1ヶ月だったと思う。


とはいえ、仕事の予定は、

先々まで入ろうとしている中、

今年は2年ぶりに

7月に音大時代の恩師を囲んでの演奏会が

行われることになっており、

ピアノの方も今回ばかりは

なんとかしないといけない。

特に、課題は暗譜である。


4月から新生活に入って、

ピアノの練習は

土日の休日しかできていない。

こんな状況で、

シューマンのピアノソナタ第3番を

人様の前で暗譜で弾かせていただくだなんて、

なんて恐ろしいことだろうと

思えてならない。


「継続は力なり」という言葉は、

本当だと思う。

1日2、3回だけでも通し練習を

していれば、

それだけでもメンタル的には

今よりはもう少し

安らかでいられるのかも知れない。

前回の練習から

5日間丸々空いてしまうと、

指が動きを忘れてしまっているし、

指のまわり具合も、

30分ほどは指ほぐしのための時間を

設けないと弾けなくなっている。


暗譜は、年明けから3月末を目途に

必死でやった。

でも、頭の記憶から

音がポロポロとこぼれ落ちていく。

ただでさえ暗譜が苦手なのに、

わたしにとってシューマンは

好きな作曲家であるけれど、

特に覚えにくく、

弾きにくい作曲家でもある。


元々感覚人間だったわたしは、

学生時代、

主に体の感覚で暗譜していた。

まるでコピー機のように。


なんにも考えなくても

体が勝手に動くまで

何度も何度も弾き、

弾きに弾いて、弾き込む。


それだからか、

頭があるとき急に

真っ白になってしまったら修復不可能。

立て直しが非常に難しい状況に

なってしまう。

楽譜の分析が甘かったのだ。

それがゆえ、「譜面」が

論理的に頭の中に入っていなかったのだ。

しかも、弾き込みが足らないと、

本番当日、不安で不安でたまらず、

自滅・自爆してしまう。


今は、感覚に頼る暗譜は

物理的に不可能だし、

年齢的にも論理的にやらないと

暗譜できない年齢になったと、

つくづく感じている。

もしかしたら、

順番を逆にすべきといった方が

いいのかも知れないし、

本当は学生時代だって

そうしたほうが良かったんだと思う。

楽譜を論理的に分析し、

譜面を頭で理解して、

音をきちんと把握して、覚えて、

体で、耳で、目で、指で、覚えていく。

体が勝手に動くようになるまで

弾き込む。


今は、体が勝手に動くようになるまで

思う存分弾き込む時間が

取りづらいのが

辛いところではあるけれど、

練習期間を長くすることで、

「長期記憶」させ、

体に定着させていく作戦で

取り組んでいる。


そして、今日、

客観的に演奏を直視するために、

録画してみた。


録画してショックだったのは、

演奏よりも自分の「見た目」だった。

昨年の夏も、

録画した際、映像に映る自分の姿と、

いつも鏡で見ている自分の姿に

乖離があるように感じて

ショックを受けた。


思えば、今年は

30代最後の年である。

アタマも体も年相応になっているのだ。

「今までと一緒」は、

もう通用しないのだ。


ピアノの練習も、

集中力・体力がもつのは、

通して2時間が限度。

それ以上練習しようと思ったら

インターバルが必要になった。

ますます無茶が効かなくなった。


逆に年齢とともに

10代や20代の頃の自分よりも

経験を重ねた今だからこそ、

できるようになったことや、

身につけられたこともある。

知恵を働かせて、

乗り越えようではないか。


「見た目問題」はーーー、

最近、ヨガとか筋トレが

ご無沙汰になっているので、

ちょっとずつでも運動しようかな。。


暗譜「でも」、

ちゃんと準備してきたものが出せる

演奏がしたい。

そして、恩師の笑顔が見たい。

恩師の笑顔が見られるように、

後悔のない演奏ができるように、

残り2ヶ月強、

準備していきたいと思う。


4月1日から新しい職場で

お仕事させていただいています。


1年間、学生をしたことで、

仕事人としてのブランクも

1年分発生したわけで、

やはり、学生で居るときと、

組織に所属して働く立場とでは、

メンタル的に異なり、


この1年は学生として、

先生方に勉学に集中できる環境を

整えていただいて、

守っていただいていたけれど、


働くとなると、

身が引き締まる思いがするというか、

働くからには、何らかの形で

組織に貢献できる働きをしないといけない

という思いから、

正直、仕事人に戻る緊張感や不安感が

ありました。


ただ、いざ仕事を始めてみると、

前職での経験を活かせる仕事、

あるいは、

この1年間学んだことを活かせる仕事と

思って応募し、

採用していただけた職場・お仕事でしたが、

新たに覚えないといけないことが

山のようにあるし、

何かしら新しいことが多くて、

勉強したり、

調べたり、

教えていただいたり、

実際に自分で試してみたり、

通勤中に関連本を読んだり、

帰宅後に復習したりだとか、

やること、考えること、覚えることが

盛りだくさんで、


今は、

「つべこべ言わず、とにかく走るべし」

といった状況のように感じています。


先週1週間は、

いきなり出張が連続してあったり、

この1年は学校にいる時間が7時間程度

だったところが、

9時間拘束になって生活時間が

少し後ろ倒しになったり、

(1時間半〜2時間差って、

結構大きい。。)

やはり、新しい環境になったことで、

緊張していたり、

気が張っているからから、

水曜日の時点で1週間分、

金曜日の時点で2週間分

働いたんじゃないかと思われるような

疲労感を感じました。


新米で、組織に貢献できているとは

とても言えない状況で、

慣れるまでに時間がかかりそうですが、

これだけ新しいことに取り組むことが

あるということは、

それだけ新たなことを身に着け、

成長できる機会でもあり、

ありがたいことと思います。


それに、一度社会人を辞めて、

学生に戻ったからこそ、

これまでの仕事人としての自分から

見えたこともあります。


それらを活かしつつ、

1日も早く、戦力となれるよう、

今は猛勉強あるのみかなと、

感じています。


ゴールデンウィークの連休を楽しみに、

まずは4月を走り抜きたいと

思います。


その日は、

とうとうやってきた。


修了の日。


言葉は悪いけれど、

否応がなく、

半ば強制的に外の世界へ出ていかないと

いけない日。


あっという間の1年だった。

どの日をとっても、

その日の1年前とは別世界のような環境で、

本当に「守られた」環境だった。


でも、

1、2ヶ月ほど前からだっただろうか、

このままここに居続けたら、

「元の世界」に戻るのが怖くなってしまって、

戻れなくなるんじゃないか。

仕事の現場の感覚を

徐々に取り戻していかないと、

と考えるようになっていた。


でも、

学校を卒業して次に進む新しい世界は、

「元の世界」とは違う世界な気がする。


わたし自身、

この1年間学校に通い、

これまでの仕事人としてのわたしを

俯瞰して見るようにして見つめ直した結果、

いろいろ見えてきたことがあるし、

久々の学生生活を送ることによって、

捉え方や考え方に、

少なからず変化があった。


わたし自身も、

1年前とは異なるわたしになっている。


だから、次の新しい世界は、

ここに来る前の世界とは違う。

たぶん、「続き」なんじゃないか。


なんとなく、そんな気がしていた。

いや、そう考えたいと言った方が正しい。


修了式の当日は、

肌寒かったものの、式辞の中で

「修了式にふさわしい」と言われた

清々しい晴天だった。


今日で学生生活が終わりという実感が

あまりなくてフワフワしていたものの、

修了証書をいただいて、

「ああ、終わったんだな」と

初めて自分事に感じた。



わたしを含め、

クラスメイトもみんな、

ここから新たにそれぞれの新しい世界に

進んでいく。


そして、先生方も、

また4月から新しい新入生を迎える。


こうしてグルグルと

巡り巡って循環しながら

前へ進んでいくのだ。


学校の外に出たら、

やっぱり厳しい世界なのかも知れない。

そうではなく、

これまでの続きのような世界なのかも

知れない。


わたしは、

これから待っている世界は

後者の世界であると信じたい。


この1年間のすべての出会いに、

心から感謝しています。