言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸 -3ページ目

言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸

言葉や音に思いをのせて。
心を、毎日を豊かに。

これまでピアノから学んできたことや、日々の気づきなどを綴っています。

自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ

(茨木のり子「自分の感受性くらい」より)


今日、初めてこの言葉を知った。

なんと力強い言葉なのだろう。

ちょっと気弱になりかけていた私に

強烈に突き刺さると同時に、

今まさに私に必要な言葉のように感じた。


この言葉に、

もっともっと前に出会っていたかった。

一方で、今だからこそ、

このタイミングで

神様がこの言葉に

出合わせてくれたんじゃないか

とも思った。


この言葉は、これから先の人生でも、

私を叱咤し、

励まし、

奮い立たせてくれると思う。



今のお仕事をはじめてから、

ピアノの練習時間の確保が

ますます難しくなりました。


始めから分かっていたことでは

ありますが、

前の職場は、徒歩や自転車でも

通勤可能圏内にありましたので、

仕事がある日でも

定時で切り上げて帰宅すれば、

1時間は練習することが

可能でした。


今の職場は、

定時であがったとしても、

帰宅する頃には

クタクタになっており、

練習可能時間も

過ぎてしまっているため、

自宅での練習は叶わなくなりました。


そうなると、

休日が頼みの綱となりますが、

練習の減の影響か、

練習のための体力・集中力が

落ちてきているようで、

ピアノを弾くための体力・集中力を

持続させることができるのは、

2〜3時間が

今の私には限界のようです。


これは、まずい。

さすがに練習時間が足りなさすぎる。

週に4時間〜6時間しか

ピアノに向かえていないことになる。


そこで、

昨年の夏に演奏会の前の時期に

していたことは、

仕事帰りに職場の近くに

グランドピアノを設置した練習室が

あることを知り、

ときどき仕事帰りにお借りして

練習してから帰宅していました。


そうすれば、

まだ元気が残っているうちに

ピアノに向かえるので、

練習ができる。


しかも、メンタル的にも

リフレッシュできる機会に

なっている。


自宅に防音設備を設置する以外に、

ピアノにさわる時間を増やすには

この方法が良いという結論に至りました。


さらに最近、

通勤途上に新しいホールができ、

そちらにもピアノ室があって、

音づくりに集中できる空間で、

ヤマハのフルコンが設置されており、

これを利用しない手はないと思い、

昨年末に初めてお借りしてみました。

非常に集中できる空間で、

ピアノとも相性良さげで

良い感触を得ました。


そこで、年明けから、

使用料のことや仕事の関係もあるので

頻繁にというわけにはいきませんが、

まずは、週1日でも、

仕事帰りにお借りして

練習しようと思い、

早速、仕事初め後、

ホールのピアノ室をお借りして、

「弾き始め」をしてきました。


低音がよく鳴るピアノのようなので、

中音部、高音部とのバランスを

このピアノ向けに

多少調整しないといけないのかなと

いうふうに感じられますが、

ラヴェルのクープランの墓の

トッカータでは、

さすがはフルコン、

連打をし続けても

沈みっぱなしになって「あら?」

といったこともなく、

こちらが弾いたものを

きちんと表出してくれ、

鍵盤も良い感じに戻ってくれるので、

指がいい加減なタッチで

弾いていれば、

それもちゃんと表出してくれて、

ピアノが私を「鍛えてくれてる感」が

かなり感じられます。


また、音響に配慮された空間でも

あるため、

そのときどきに出している音に

集中でき、

音づくりも楽しい。


ピアノの椅子についても

このピアノ室を利用したことで

考えさせられました。

自宅のピアノの椅子は、

背もたれつきのトムソンタイプですが、

どうもトッカータを弾くときに

椅子の安定性に不安が感じられます。

おそらく床がフローリングなので

滑りやすいというのもあるかと

思いますが、

そのうち演奏中に

椅子から転げ落ちてしまうかも

知れません(汗)


ホールのピアノ室にある

コンサート用のベンチタイプの椅子は

安定感バツグンで、

どんなに激しく弾いても

椅子から転げ落ちない、

椅子がガタガタグラグラしないという

ドシッとした確固たる安心感が

感じられました。

自宅のピアノの椅子も、

こちらにあるような椅子に

グレードアップしたいなと思いました。

かといって、

トムソンタイプの椅子でも

転げ落ちなくて済む、

安定感が得られる方法を

考えなければいけませんが。。


ピアノに向かえないところでは、

通勤時間や昼休みに

ピアノ音楽関係の本を読んだり、

楽譜を見たりし、

夜も帰宅後に楽譜を見たり、

本を読んだりしています。


あとは、CDを聴いたり、

演奏動画を観たり。


やっぱり音楽はいいなぁ。


いろいろ工夫をして、

もっとピアノに向かえる時間を

増やしたいなと思っています。


2022年も残すところ

数時間になりました。


年末の大晦日は、

NHKで放映される

第九とクラシック番組を楽しみながら

過ごすのがお決まりで、

今年も例に漏れず、

NHKを横目でチラチラ観ながら

こちらを書いています。


2022年を振り返ってみますと、

今年も変化が大きな1年だったように

思います。


1月は、まだアラフォー学生生活

真っ只中でした。

色彩検定1級2次試験の合格発表、

学校卒業後の再就職に向けての

就職活動をはじめた頃でした。


2月は、卒業制作とポートフォリオ制作を

しながら、就活。


3月、学校卒業。


4月から現在の職場に入職。

1年ぶりに仕事現場に復帰。

1年のブランクの間、

これまで思っていた以上に

心身疲弊していたことを実感しました。

仕事の責任、立場、役目、ノルマ、〆切

等々、

さまざまな縛りが一切なくなって、

相当身軽になり、肩の荷が降りたことを

身をもって体感しました。

そして、

自身が常に戦闘モードだったんだと

いうことを思い知らされました。


実際に再就職して働きはじめてから

1年仕事の現場から離れて

勉強に集中する期間を設けてよかったと

思う場面も多々ありました。

そして、

1年しっかり充電期間を設けたからこそ、

また気持ち新たに「仕事頑張ろう!」

と思えるようになったんだとも

思っています。

勤務し始めて、

いきなり繁忙期だったので、

とにかく必死に目の前にあるお仕事を

こなしている状況で、

その後も次々に入ってくるお仕事を

1つひとつこなしていくうちに、

あっという間に

1週間、1ヶ月が過ぎていったような

感覚です。


6月は、コロナ禍に入ってから

3年ぶりに仕事で姫路に行きました。

そして、プライベートでは、

3年ぶりに、

師匠にピアノを2度みていただきました。

曲目は、

シューマンのピアノ・ソナタ第3番

3年ぶりに師匠に再会できたことも

嬉しかったですし、

師匠に久々にご指導いただいて、

大きな刺激になり、

また、わたしにとって、

師匠の存在がどれだけ大きなものなのかを

改めて実感した機会になりました。


7月は、やはり3年ぶりに

音大時代にご指導いただいていた

恩師を囲む会・演奏会が行われ、参加。

恩師や同門の先輩・後輩と再会でき、

また、ピアノという楽器を通してできた

ご縁に改めて感謝しました。


仕事では、色彩検定以来、

大阪に行きました。

この後、大阪へは仕事でたびたび

行くようになりました。

今の仕事に就いてから

出張で姫路や大阪、

その他神戸周辺に出向き、

外で仕事をする機会が増えました。

机でひたすらパソコンに向かい、

職場と自宅の往復のみだった

前職とは比較にならないほど

移動距離が増えました。

日々があっという間に過ぎていくように

感じる要因の1つかも知れません。


8月からは、

2023年の演奏会に向けて、

ラヴェルの「クープランの墓」より

プレリュードとトッカータの

練習をはじめました。

本番では時間の関係で

この2曲のみ弾く予定ですが、

他のフーガやリゴドン、メヌエットなども

響きが美しく、素敵な曲なので、

順番にみていけたらと思っています。


11月は、コロナ禍以来3年ぶりに

リサイタルに行きました。

大阪のシンフォニーホールで行われた

ゲルハルト・オピッツ氏の

ピアノリサイタルです。

プログラムは、

ベートーヴェンの

ピアノ・ソナタ第17番「テンペスト」と

第22番「ワルトシュタイン」、

シューマンの子供の情景と

ピアノ・ソナタ第1番、

アンコールが

ブラームスの間奏曲Op118-2

だったように思います。

当日の演奏については

賛否両論あるようですが、

わたしは感動しました。

「テンペスト」を聴きながら

涙を流したことは

これまで一度もありませんが、

なぜだか涙が止まりませんでした。

「ワルトシュタイン」も、

音、響きが美しかった。

美しいという言葉では片付けられないほど、

わたしにとっては、

まるで心が浄化されるかのようでした。

それをいうと、ブラームスも然りで。

小学校4年生のときに

NHKでオピッツ氏のベートーヴェンソナタの

指導、演奏を見て、

この先もピアノを続けていく上での

目標を見出すことができました。

わたしがベートーヴェンのピアノソナタに

特段心惹かれる原点が

ここにあるように思います。

それを改めて実感する機会に

なりましたし、

憧れのオピッツ氏が自分の目の前で

ピアノを弾いているという事実は、

夢のようでした。


あと、

ライブで演奏を聴くことの良さを

改めて体感しました。


11月後半には、

師匠がやはり3年ぶりに演奏会に

出演され、

お手伝いをさせていただいたことも

印象に残っています。


12月は、

上旬に師匠と一緒に

兵庫県立芸術文化センターで行われた

同門の後輩のピアノリサイタルに

行きました。

彼の演奏は、変わらず

スピーディーでしたが、

3年の間に

音の響きの幅に厚みが

さらに加わったような、

広がりが感じられました。


仕事では姫路に1度、大阪に3度

行き、

3度目の大阪では、

翌日にお休みをいただいて、

ホテルに一泊し、

ゆっくり過ごしました。



リッツカールトンのクリスマスツリーも

みてきました。

12月は、街が一気に華やぎますね


仕事に復帰して、
改めて自身にとって
大切なものや必要なものを自覚しました。

まずは、家族、親戚、親友、
ピアノの師匠、恩師、先輩方、後輩、
仕事でお世話になっている方々。
主治医。

人は、ひとりで生きていくことは、
できない。
やっぱり、支え、支えられながら
生きているんだと思います。

次に、豊かな自然が身近にあること。
自然の中に身を置くと、
自身のあらゆる感覚、
五感が研ぎ澄まされ、
何らかの要因により、
鈍りつつあった感覚が、
リセットされるかのような、
本来の自分に戻れるような
感覚があります。

そして、
クラシック音楽をはじめ、
音楽が、響きが、
わたしには必要であること。

あと、心身が健康であること。
心身が健康でなければ、
あらゆる活動に支障をきたし、
思うようなパフォーマンスを
発揮することができません。
なによりもまずは、
心身のコンディションを整えることに
注力することが大切だと思っています。

そのようなわけで、
2023年は、
仕事は今の調子で取り組みつつ、
ピアノに向かう時間が否応なく
減っているので、
これをなんとかしたいと考えています。
できたら、もっとピアノに、
音楽に向かう機会を増やしたいなと
思っています。
指が衰えないよう
ハノン、練習曲に取り組み、
日々ベートーヴェンソナタも勉強しながら、
ラヴェルのクープランの墓に
取り組みたいと思います。

そして、来年は40歳を迎えます。
体調、体力、肌や髪など、
「これまでとは違う」との
自覚も出てきており、
これからの体にふさわしいケアに
シフトしていかなければと
思っていますし、
もっと自身の体のことを大切に
しなければと思っています。
体のあらゆる部位は、
毎日とめどなく
頑張って働いてくれていて、
かつ、この肉体があるからこそ、
今この世でさまざまなことを
経験することができているので、
もっと体に感謝して、
大切に扱ってあげないと思っています。


コロナ禍も3年目、
2023年には4年目になります。
この3年で世の中は大きく変化しました。
もう、以前の「世界」に戻ることは
ないのだろうと思います。

「新しい世界」、
自身が歩むべき道を
自身でしっかりと見定め、
また、
過去に縛られず、
必要なものについてはアップデートして、
新陳代謝良くしていくことが、
これからの新しい世界を歩んでいくには
必要なのかなというふうに
感じています。

来年は、
どんな「世界」が待っているのだろうか。
そして、40歳になったわたしは、
どのような感じか、何を感じるのか、
楽しみにしています。

随分長くなりました。
ブログに訪れてくださっているみなさま、
いつもお読みいただきまして
誠にありがとうございます。

来年もどうぞよろしくお願いいたします。
それでは、
良いお年をお迎えくださいませ。


2022.12.31
Erika


11月になった。


朝昼晩、1日の寒暖差が激しく、

気候の変化に

体が追いつけていない感がある。


今の職場は、

山を切り開いたところに

建っているからか、

街中では見かけない虫がいるのをはじめ、


冬がとにかく寒い。


神戸の街は、瀬戸内にあり、

日本海側や兵庫県の山間部にくらべると

過ごしやすい気候ではあるけれど、


昨年11月だったか、

神戸市内で最も標高が高い位置にある駅と

言われている

神戸市営地下鉄・総合運動公園駅の

近くにあり、

あのイチロー選手もトレーニングに

訪れることのある球場

「ほっともっとフィールド神戸」で

ヤクルトスワローズVSオリックスバファローズ

の試合が行われた際に、

「すごく寒かった」と話題になったけれど、


神戸とひとことで言っても、

雪が降ったり積もったりするところも

あれば、

ぼたん雪は降れど、

あっという間に溶けるところもあるなど、

神戸市内でも場所によって

気温差がある。


かくいう今の職場も

おそらく同じ神戸市内にある自宅近辺と

比較すると、

体感的に2〜3℃くらいは

気温差があるんじゃないかと

思えてならない。


先日、昼休みに気分転換を図ろうと

敷地内を歩こうと思って外に出たら、

ビュービューと風が吹いていて、

かなり寒く感じられ、

早々に室内に退散した。

室内は、気温が低い日でも

まだ暖房はついておらず、

送風がついているけれど、

外と比べると暖かく感じられたほどだった。


近年、改善傾向にある冷え性が

もしかしたら、

ここの職場にいる間に

寒さに体が鍛えられて

ますます改善されるんじゃないかと、

淡い期待を抱いている。


そんな、職場近隣の冷たい空気には、

嬉しいオマケがついていたことに

近頃気がついた。


秋分が過ぎ、

日が暮れるのが早くなり、

最近は仕事が繁忙期ということもあり、

職場を出る頃には辺りが真っ暗に

なっていることもあるけれど、


夕日がかなり綺麗で、

真っ暗闇になっていても、

代わりに月がすごく綺麗に見え、

星も綺麗に見える気がする。


寒いけれど、

冷たい澄んだ空気が、

綺麗な夜空を届けてくれているように

思える。


夕日と月を見ることが、

楽しみのひとつになっている。



だいぶ前になりますが、

7月に3年ぶりに演奏会に出演した際の

教訓と気づきがありまして、

今日はそのことについて

書かせていただきたいと思います。


7月上旬に開催された演奏会では、

昨年8月頃から準備をしていた

シューマンのピアノソナタ第3番を

弾かせていただきました。


演奏会が終わってからは、

一度もこの曲を弾いていないのですが、

今、改めて振り返ってみますと、


この曲は、

曲のつくりがどうなっているのかと、

曲の構造をしっかり分析して、

それらを把握した上で取り掛からないと、

本番で演奏が破綻するなど、

大変なことになっていたかも

と思ったことと、


あと、

場数が必要といいますか、

いろいろなケースの経験を踏んで、

ピアノ演奏における

臨機応変な現場対応力を

もっと鍛えたいと思いました。


本番前に同じく3年ぶりに

師匠にレッスンをお願いして、

2度見ていただいたのですが、

1度目のときに、久々すぎてか

あがってしまって、

残念な演奏になってしまいました。

でも、師匠は、

「3年ぶりだもの。

そうなっても仕方ないわよ」

と、分かってくださっていて、

わたしは落ち着きを取り戻して

その後はいつもどおり弾くことができました。


本番前の2度目のレッスンの終わりには、

温かく送り出してくださり、

そのおかげもあってか、

本番当日、わたしにしては珍しく?、

あるいは、

3年の間に考え方や

わたし自身が変化したのか、

「人様の前で弾くから緊張する」とか、

あがるといった感覚は、

この日はなく、落ち着いていました。


準備してきたことを

いかにいつもどおりにできるようにするか

に集中していたからかも知れません。


それなのに、思わぬことがありました。


会場は、コロナ禍前と同じ会場で

同じピアノでしたが、

本番前に少し試し弾きを

させていただいた際に、

ピアノのタッチが以前と比べると、

随分軽くなったように感じ、

左の指がまるで浮いてしまったかのようで、

どうにもこうにも思うように

音を鳴らせず、

最大級に焦った、イヤ〜な状態で、

時間切れになり、

非常に大きな不安材料を抱えた状態で

本番を迎えなければならなくなりました。


弾きごたえのある重い鍵盤のピアノもあれば、

非常に軽いタッチのピアノもあります。


わたしはどちらかというと、

タッチが軽すぎるピアノよりも、

重めのタッチのピアノの方が、

これまでの経験値では多いと言えます。

言い方は少々乱暴ですが、

重いタッチの鍵盤のピアノの場合は、

最後は体力勝負なところがあるのかなと

思っている節があります。


タッチが非常に軽い鍵盤のピアノに

あたったケースというのは、

わたしの場合例が少なく、


「鍵盤の沈み具合が浅く感じるピアノ」とか、

そういったタイプのピアノもありますが、

このタイプのピアノも

あまり出会ったことがないのです。


どう対処すべきか、

非常にタッチが軽い鍵盤のピアノに

あたった場合、どう弾くのが良いのか

見当がつかないまま本番を迎え、

結局、自分自身納得できる演奏が

できずじまいに終わってしまいました。

自分なりに満足に弾けた箇所は、

最後のクライマックスの数小節だけ

だったかも知れません。


このくやしい気持ちを忘れず、

次の1年は、

タッチが軽い鍵盤、

タッチが浅く感じられる鍵盤のピアノに

あたっても対処できる、

「迅速な現場対応力」をつけられればと

思っています!


そして、今は、

ここのところドイツ路線が続いていたので、

フランスのラヴェル、

ロシアのプロコフィエフの曲を

さらっています。

フランスものも、ロシアものも、

ドイツものとはまた違った音の響きで、

新鮮さを感じながら取り組んでいます。

来年こそは、

準備してきたものを反映した演奏が

できますように。。