言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸 -12ページ目

言葉と音で綴る 素敵LIFEダイアリー from 神戸

言葉や音に思いをのせて。
心を、毎日を豊かに。

これまでピアノから学んできたことや、日々の気づきなどを綴っています。

2019年、もう一つ大きなことは、
体のことです。


今年の3月から、
ある検査で何回か続けて引っかかっており、
ちょっと何かある?位のレベルなのですが、
1度画像を撮って見てみた方がいいとのこと
でしたので、
8月に生まれて初めてMRI検査を受けました。


そのときのことは
ブログにも書かせていただいているのですが、
本当に、本当に!!

このとき、
どんなに平凡な変わりない毎日だとしても、
体も心も健康であることが
どんなに恵まれていて、幸せなことなのか、
本当に思い知りました!!

健康であることが
どんなに素晴らしいことか。

MRIは、レントゲンと比較して
人体にはなんともないものと
お聞きしていました。

それでも私にとっては、
「もういいです」と言いたくなるほど、
合わないものでした。

なんともなく健康で元気であれば、
このような目に遭わなくていい。

好きなときに、
したいことができて、
行きたいところに行ける。

外に出て、新鮮な空気を吸える。
パソコンやスマホに向かって
知りたいことを調べられる。
本が読める、勉強できる、
好きな音楽が聴ける、ピアノが弾ける。

お風呂に入るのも、
トイレに行くのも、
お食事をするのも。

日常のあらゆる場面の
そのときどきのシーンというのは、
すべて、そのときどきの自らの選択によって
成していることなのだということ。

どれもこれも、
今、自分の意思でもって動かすことのできる
体があるからできることなのだと、
心の底から実感しました。

検査後、病院から外に出たとき、
真夏の猛暑で熱中症になりそうなほどの、
実際、検査中に熱中症で救急車で
搬送されてきた方もおられたほどの
暑さでしたが、

その暑さすら、
生きていると実感できた、
ありがたい自然の恵みに思えました。

検査を受けたことで、
私は体が不快に感じることを最も避けたいと
いう希望があることを改めて実感しました。

いつも快適で心地いい状態でありたい。

貧血だとか、お腹を壊してるとか、
鼻水が出るとか、咳が出るとか、
夜眠れないとか、
体からの何らかのサインは、

何かよくないことがある、
あるいは、もっと自分で自分のことを
大切にしないといけないよ、とか、
何か見てみぬふりをしてませんか、
というサインではないかと、
思うようになりました。

元々が心身ともに健康体であれば
本来は何ともないはずだから。
まずは健康な体があってこそですね。


そして、
健康な体でいられるように
日々をどう過ごすのか、
この健康な体をどう活用するのかも大切と
思いました。

それは、時間の使い方につながり、
時間をどのように使い、
何をするのかという選択が左右すると。

本当にやりたいことをしているのか。
本当にやりたいことにかけている時間は
実際のところ、どのくらいあるのだろうか。

1日8時間って、すごく長いです。
8時間もあったら、
かなりいろいろなことができます。

例えば、朝イチから、神戸から京都に行って、
美術鑑賞して、京風な和のお食事をして、
神聖な空気漂う寺院を参拝して、
四条河原町の商店街でショッピングして、
京都から神戸に帰ってくることができます。
なんて、素敵な充実した1日か。。

1日8時間といえば、
勤務時間に相当しますが、
その間、自分の状態はどうか。
充実してるな、
人様しいては会社の役に立てているなと
思えているか。

締切や時間、仕事を追いかけたり
追いかけられたり、その他諸々で、
不安を感じていたり、
イライラばかりしていないか。
もし、そうだとしたら、
これから先もそのままでいいのかとか。

他には、小さなことですが、
例えば、パソコンを使っているとき、
You Tubeの動画が重いのか、
それとも光通信じゃないからか、
すぐに止まってしまって、ブツ切りになる。

他にも動きが遅くて次のアクションまでに
やたら時間がかかる。
その待ち時間があったら、
こんなことができるのにと考えてしまう。
「時間泥棒」の典型パターン。

など、小さなことから大きなことを
ひっくるめて今の状況を省みて、
「ああ、良い人生だったな」と
人生最後のときに心の底から言えるのか。
「もっとこんなことしておけばよかった」
「ここに行きたかったけど、
行っておけばよかった」とか、
そんなことばかりになっていないかと、
真剣に振り返りました。

健康な心と体と時間は財産である。
時間の使い方を選んでいるのは、
すべておのれである。
これ!という選択ができているのか。

オーバーなようですが、
人生観や死生観が変わるような、
2019年は大きな節目の年だったように
思います。

今年も残すところあと数日となりました。


今年、ほとんど更新することのなかった
ブログですが、
それでも訪れてくださる方がいらっしゃり、


ブログやフェイスブック、
インスタグラムなどのSNSというものは、
こうして自分が作成した文章をそのまま
読んでいただけることのありがたさを
実感することができる場でもあるのだと
思います。


組織に所属していますと、
民間企業など先進的なことを
どんどん取り入れておられる企業さまでは
ないことかも知れませんが、


多くの人の印が必要な稟議制の
決裁制度のある組織ですと、
自分が作ったままのオリジナルの文章で
通ることもありますが、
人の手が入り、
そのうち元の原形が見当たらなくなり、
場合によっては何回も修正したにも関わらず、
元のはじめの状態に戻るといったケースも
あります。


そう思いますと、
個人のブログは自分の思いや伝えたいことを
そのまま載せることができますので、
本当に素晴らしい場だと思います。


さて、2019年、
ブログから離れていた間、
何をしていたかと申しますと、


まずは年明け早々に
ビジネス誌で資格試験の
受験者募集の宣伝記事を読みまして、
受験申込締切ギリギリで、
一次試験まで2ヶ月少しでしたが、
受験することを決意し、
それから夏の7月下旬頃まで
受験生生活をしておりました。


挑戦した資格は、国内で唯一の
広報に関する公的な資格と言われている
日本パブリックリレーションズ協会認定
PRプランナーです。


その間、
師匠のコンサートのお手伝いで
連弾のセコンドをしたり、
自分が出演する演奏会でのソロの準備も
しながらでしたので、
そこは時間の使い方、スケジュールを
パズルのように組み合わせて
乗り越えました。


一次試験までの準備期間は、8週間。
間違えて異なるテキストを購入してしまい、
貴重な時間をロスしてしまったことが
悔やまれますが。


何よりも資格試験の勉強をするのが
約10年ぶりで、
勉強の仕方が分からなかった。
本当に身になる勉強って、
どうやってやるの?みたいな。


すでに当該資格を取得された方の
合格体験記を読むと、
そんなに必死に勉強しなくても
社会人していたら常識の範囲内で対応可能と
書かれている方もおられましたが、

私は真面目に勉強しないと合格は無理だ!
それにレベルアップ、ステージアップしたくて
挑戦することにしたんだからと、

テキストと過去問題集を使い倒し、
ネットで試験対策講座も受講。
平日は、昼休みと夜の時間を使い、
休日は待ち時間やスタバやカフェへ行き、
集中して勉強したり家でも勉強。


結果、3月上旬一次試験合格。
代償にと言ってよいか分かりませんが
過去の合格率の高さが
私には逆にプレッシャーとなり、

必死で勉強した結果、
月のものが止まってしまったりし、
心と脳もカツカツでした。


4月、師匠のコンサートのお手伝いをしながら
5月の連休明けの二次試験に向けて
本腰を入れて勉強スタート。


二次試験の勉強は、
試験対策講座がなく、完全に独学でしたが、
ポイントの掴みどころが
イマイチ分からず、微妙でした。


二次は4科目あり、
科目Bのマーケティングや
ブランドマネジメントに関する領域は
これまで勉強したことがない分野で
興味を持つことができましたし、

科目Cの広報・PR実務に関する知識に
ついても、
直接仕事の実務に直結することなので
気合を入れて勉強できましたけど、

科目Aの企業経営関連の領域の勉強は
すごく大切なことだとは
分かっているのですが、
私個人的にはパッとせず、
なかなか頭の中に入ってきませんでした。

あと、過去の受験者の方々が
苦労されたと仰る科目D時事問題。
あまりに試験範囲が広すぎて
過去問もないしで、
普段からニュースや新聞を見ていれば
わかるとか言われても、わかりません!!


どこからどう手をつけてよいやらと
困ったものの、
まずは試験範囲に近い部分が
掲載されてそうな新聞ダイジェストを購入。

ラッキーなことに、時事にお強そうな方と
お会いする機会に恵まれ、
試験に出そうな事柄の山を
はっていただきました。
その後、過去の合格者の方が体験記に
書かれていた、
時事通信社の一日一問の
社会人向きのものと中学生向きのものを
読みまくることで対策しました。
自分には中学生向きのものの方が
合っていました。
私は中学生レベルなのか(笑)


今年はラッキーなことに
10連休もありましたから、
連休中の猛スパートのおかげか
5月中旬、二次試験合格。


そこから7月下旬の三次試験に向けて
対策をはじめました。


三次は合格率35%前後と
この資格試験では最難関であるため、
三次ではウェブでの試験対策講座が
ありましたので、
迷わず受講を決めましたが、
受講して本当によかったです。

受講しなくても合格される方は
いらっしゃるようですが、
PR会社や企業内で
日々リリースを作成されていたり、
経営に近いところで広報業務にバリバリと
携われている方は問題ないかと
思いますが、
私は、そのときの状態のままでは
確実に落ちる自信がありました。


講座の内容、講師の先生のお話も
私にとってすべてが新鮮で
本当に勉強になり、世界が広がりました。
二次試験の科目Aの勉強のときとは
大違い(笑)


ただ、プレッシャーは、
三次試験のときが1番最大でした。
やはり、合格率の低さ。

年2回試験を受けるチャンスはあるものの、
大阪で試験を受けられる
夏で決めたかったこと、まさに大阪夏の陣。

試験対策の仕方が難しいこと。
はっきり言って「勉強のしようがない」。

どんなところを抑えておけばよいか、
どういうところが採点で見られるポイントと
なるのかを知り、
そこをきちんと抑えておくこと。
あと、自分の知識や経験の引き出しの中身を
増やしておくこと。


試験は、パソコンを1人1台与えられ、
持ち時間の3時間を自分で時間配分しながら、
課題Aニュースリリース作成と
課題Bコーポレート課題あるいはマーケティング課題いずれか選択し、
広報・PR計画の立案作成するというものです。


試験問題を読んで、
自分で答えの方向性を見出し、
自分が持っている引き出し中にある
知識や経験を総動員して、
「この場合、どうするのが1番ベスト」かを
自分で考えて、自分で答えを創り出す。

これが大半を占めます。


三次試験の準備期間中の日々は
苦しかったですが、
その分、得られたものは1番大きかったです。


三次試験は最後の5秒前くらいまで
ギリギリ粘ってなんとか終え、
終わったあとはボーゼンとしていました。


8月盆休み前後に合格通知が届いた際は
本当にホッとしました。


あと、3回の試験とも、
試験会場の近くのホテルに前泊し、
試験当日に備えました。

公共交通機関による遅刻は
認められないからです。
すごい猛勉強したのにそんなことで
試験が受けられないなんて絶対に嫌でしたし、
もし何か起こっても、
会場の近くにいれば
受けに行けると思ったからです。

しかーし!
二次試験の前日、ホテル近くで購入した
ちらし寿司にアタッてしまったのか、
前日の夜から悲惨なことに。。。
いつも日頃から気をつけているのに、
まさかのことでした。
(下からだけでよかった。。)

結局、お腹の調子に非常にドキドキしながら
二次試験を受けたのでした。
試験開始ギリギリまでトイレに行き、
休憩時間中もトイレに行き、昼食を抜き、
試験が終わった夕方には治まっていました。

そこでの教訓。
大事な日の前日は、
確実に、絶対に、
あたらなそうなものを食べること、です。

そのようなわけで、2019年前半は、
試験勉強とピアノの練習に
明け暮れていたのでした。

すごく長くなりましたので、
後半は次に続きます。


PRプランナー資格認定取得にあたって、
対策などしたことについては、
またの機会に書かせていただきます。
先週、MRI検査を受けました。


何も自覚症状はないのですが、
ある検査でここ数ヶ月連続して
引っかかっていて、
一度、画像を撮ってみようと
いうことになりました。


事前にネットなどで
検査についてあれこれ調べることなく、


当日、
ひとり、主治医からの紹介状を手に
病院へ向かいました。


MRIは、レントゲンのように
放射線は使わず、
機械に内蔵された磁石により、
強力な磁場をつくり出し、
体内にある水素を利用して
画像を撮るのだそうで、


放射線による被ばくをすることが
ないので、
人体には安全なようで、


人様によっては検査が終わる頃には
眠っている方もおられるそうですが、
わたしには辛い検査でした。


まず、主治医からの紹介状をもとに
放射線科の先生から
検査に関する説明を受け、


検査中、より鮮明な画像を撮るために
造影剤を使用した方が良いと判断された場合、
造影剤の使用をしても良いという
署名をし、
その後、検査着に着替えました。


MRIに金属はご法度なので、
身につけている金属類はすべて外します。
歯の銀歯はOKでした。


着替えが済むと
胃腸の動きを止めるための筋肉注射。
喉が乾いたり、目が霞んだりするので、
検査後1時間は車の運転は
控えてくださいとのことでした。


この筋肉注射のひとさしが、
強烈でした。
まさに、ブスッと刺された感じ。
針が抜かれたあとも痛かったー


注射には強い方という自負は
あったものの、
この筋肉注射には一撃でやられました。


この痛みと、
筋肉注射による口の渇き、
初めての体験であること、
自分の体内に良からぬものがあったら、
という大きな不安。


心臓の鼓動が激しさを
増していっていました。


それからいよいよ検査へ。


技師さんに促されて
検査台の上に仰向けで横になり、
撮影箇所を固定して、
いよいよ筒の中へ。


筒の中に入った瞬間、
強力な磁力の影響からか、
頭がクラクラしだしました。
心なしか、ちょっと気持ち悪いかも?


ああ、どうしよう。
なんで、
こんなことになってしまったのか・・


気持ちはどんどん後ろ向きに
なっていくばかり。


そんな中、検査がスタート。
耳には洋楽系の音楽が流れる
ヘッドホン。
手には何かあったときのための
緊急ブザー。


ドュクン、ドュクンという
心臓の鼓動のような大きな音が
絶え間なくしていましたが、
あの音は、機械の稼働音でしょうか。


その音だけのときは
まだ耐えられるけれど、
なんとなく、音の速さが、不快。


さらに、ある一定の間隔で、
ミ音が、耳のすぐそばや後頭部で、
ミミミミミミと、連続して鳴るときは
ヘッドホンの音楽が
全く聞こえなくなるほどの大音量。


きっと、あのミ音が鳴っているときに
画像が撮影されていたのかも
知れないけれど、


こんな大音量がこんな耳元で
こんなに鳴るなんて!


元々、敏感体質で、
音にも敏感なわたしには不快そのもの。
併せて、磁力による不快。


自分の体のための検査とはいえ、
この状況は、わたしにとっては不快。
体が嫌がることを思い知りました。


ああ、早く終わって欲しい。
やっぱりひとりで来るんじゃなかった。
帰りはお願いして、
誰かに迎えに来てもらおうか・・・


20分と聞いてはいたけれど、
凄まじく長く感じる20分。
今でどれくらい
時間は経過したのだろうか。


そんなことばかり考えていました。


それからしばらくして、
なんとか耐えていた頃、
技師さんと看護師さんが
検査室内に入って来られました。


ドクターより造影剤を入れての撮影を
した方がよいとのことで、
あとプラス10分とのこと。


きっといつものわたしなら
「わかりました、お願いします」と、
スッと言っていたのだろうけど、
そんなスマートな対応ができる余裕は
もはや全くなく、


了承の署名をしていたにも関わらず、
口をついて出てきた言葉は
「えー、いやだぁ、いやです、いや!」


まるで、子どものよう。
追い詰められると本性が出るのだろうが、 
これが本来の、
わたしの本質かも知れない。


結局、造影剤を使うことになり、
寝たまま注射。
造影剤を入れているときに、
看護師さんに次々と質問。


頭がクラクラしてるんですけど、
これはどうしてですか?


磁場の影響かも。
筒から出たり入ったりして
磁力がかかっているところと
そうでないところの差によるものかな。


なんか、心臓が
かなりドキドキしてるんですけど、
これはどうして?


筋肉注射にも、造影剤にも
そうなる作用はないのでー


緊張してるから?
いやだってことですかね?
早く終わって欲しいっていうこと?
早く終わってー


分かった、あと10分、
いや、10分もかからないようにするからね、
連続して2回撮るからね
あともうちょっとがんばって。


と、技師さん、
その後がんばってくださいました。


ヘッドホンを通して
技師さんの声が聞こえる。


人の声を聞くとホッする。
人は臨終の間際まで耳は聞こえてると
言われているけれど、
こういうことなのかも。


最後の10分弱も乗り越え、検査終了。


技師さん、わたしを見て「大丈夫?」
フラフラしながら服を着替えに
ロッカーに戻り、鏡を見ると、
目が赤く、半泣き。


会計と持ち帰り用の画像データ待ちを
している間に、
少しずつ、体が落ち着いてきた。
でも、病院からは早く出たかった。


すべてが終わって病院から出ると、


凄まじい猛烈な日差しが
体中に注いできて、
一気に暑くなりました。


でも、それによって、
生きてるという感覚を
まるで取り戻したかのようでした。


しばらく、病院近くにある公園や
ショッピングモールを
あてもなく彷徨っていました。


本当に、
 

何の刺激もなかろうが、
何の変化もなかろうが、
生きてるだけでいい。


いや、


平凡でも、
なんともなく健康で過ごせるだけで、
健康でいられるということそのものが、
生きていくうえでの最大の幸せなのだ。


健康のありがたさ、
何にも縛られない自由のありがたさ、


それをふまえて、
そういう状況であれば、
いくらでも、自分の意志によって、
人生を発展させていける
チャンスがあること、


そのためにも、
体だけは大切にしないといけない。


MRI検査を受けて、
死生観まで変わった気がします。


再度、大切なことを確認し直すために
このような機会を得たのかも知れないと
感じています。






































あと数日で7月になろうとしている中、
今日ようやく、
西日本は梅雨入りしたとのこと。


今年に入ってから、
私の周りの環境は
どんどん変化していっている。


環境の変化に弱い私にとっては、
過酷な状況ながら、


案外、私自身が環境の変化を
求めているようにも思える。


私は、元々は「感覚人間」だった。


それは特に、
ピアノを弾くときに顕著で、


楽譜を論理的に細かく分析したりせず、
拍も正しく数えず、
「こんな感じ」で弾く生徒だった。


拍を正しく自分で数えながら弾くのは
正直今も得意ではないので、
メトロノーム頼りである。


それが、少しずつ、


社会で働く期間が長くなるにつれ、
じわりじわりと
自分の「感覚」が麻痺してきて、
「頭」で考えるようになってきた。


それはそれで、
物事を論理的に捉えて、
分析したりすることが
できるようになったというメリットは
あるものの、
デメリットもあった。


それは、仕事の場面で
自分の直感を無視した結果、
結構な目に遭ったことが
何度かある。


ほんの僅かな
引っかかりや違和感ながら、


自分の無意識の領域から送られてきた、
わが身を守ることにも
つながるはずだった、
大事なサインだったのだ。


そのサインを
しっかりキャッチしなかった。


サインを受け取るための
受信アンテナが弱っていたのか。
なぜ、アンテナは弱っていたのか。


ふと、いいアイデアが
思い浮かんでくるときというのは、


大概、お風呂に入っているときや
休日に歩いていたり、
自転車で走っているときなど、
リラックスしているとき。


考えを練りに練ったり、
思い詰めて考えて行うことは、
あまり上手くスムーズに
事を運べないことが多いし、
行き詰まってしまうことも多い。


あれこれと、
思い詰めて考え過ぎる場面が
多いが、


最近、思考の使い過ぎはよくないと
思うようになった。


あるとき、
ふっと「降りてきたこと」を
実践する方が、
スムーズに事が運んだり、
上手くいく気がする。


直感は侮れない。


直感を敏感にキャッチできるように
緊張状態にある環境から離れたり、
意識してリラックスできる時間を
持つことが大切と、
つくづく感じる。


次に、
感覚を取り戻すことの一環として、
身につけるものの素材に、
今まで以上にこだわることにした。


実際、身につけてみると、
着けた感覚が全く異なることが
よく分かる。


どうしてもっと前から
そうしなかったのかと、
後悔するほど心地が良い。


この心地良さを知ってしまったら
もう元には戻れないというか、
戻りたくなくなる。


ときには
「そうは言ってられない」場面も
あるのだろうけれど、


本当は、それらも全て引っくるめて
「そのままでいい」と受け入れられ、
かつ「ありのまま」でいられることが、
ベストなのだろうと思う。


自分にとって、
「これが良い」と思う直感や感覚は、
自分を信じることにも
つながってくる。


そのとき、
どうしたらいいのか。
どうすべきなのか。
どうしたいのか。


それらは、
直感と感覚が
知っていることなのかも知れない。


























久々の晴天。


バタバタしながら家を出て、
駅前まで来て、
自宅に財布を忘れてきていることに
気付く。


バスの運転手さんに
事情を話し、謝罪、
やさしく許してくださる。


実家に連絡し、
財布を届けてもらう。


そこでも衝撃事実。


朝、炊いてきたお米。
炊飯器に水を入れ忘れて
生炊きになっていたという。


何をやってるんだろう。
しっかりしなきゃ!


山陽電車に乗るも、
勘違いで一つ前の駅で
降りてしまった。


かといって、
歩いて現地まで行く気力もない。


駅に戻って、
電車が来るのを待つ。


ゆっくりと時間が流れる。


なかなか電車が来ない。


でも、こんな時間が
今の自分には必要だったのではないか。


思うと、3月からここまで、
激動だった。


余りにも環境の変化が
激しく、


気持ちが全く追いついて
いっていなかった。


何もしていないのに、
涙が流れてしまう。
心が壊れてしまったかのようだった。


しばらく、そんな日が続いた。


気持ちが立ち直れていない状態で、
更に負担が増えた仕事。


でも、もう、
これまで時には
愚痴まで聞いてくださった、
尊敬していた上司は、いない。


存在が余りにも偉大すぎた。
どれだけ助けていただいていたのだろう。


この先、
立ち直ることができるのかと
思われるような失望感に苛まれた。


悲鳴をあげる心に鞭打ち、
一年で一番ヘビーな時期を
乗り切らなければならない。


時間の流れは、
容赦なかった。
  

これでもかと、
次々に試練が降りかかる。
どうしてと、めげそうになる。


ふと、仕事用の手帳を開く。


ここ4年分のメモが挟まっている。


仕事の進め方や考え方など、
上司からのアドバイスをメモしたものが、
たくさん残っていた。


残っていた、というよりは、
残している、という方が正しい。


メモを見返す。


ここで立ち止まっている場合ではない、
とにかくやらなきゃと、


自分を奮い立たせ、
4月を乗り切った。


その間、冷静な部分もあった。


自分の限界を知った。


自分の本心を知った。


もう、自分の心に
嘘はつきたくない、いや、
もう、つけないと思った。


良いことも、
楽しいことも、
辛いことも、
悲しいことも、
苦しいことも、


すべて必然の出来事として
起こっているのだとしたら。


それらをどう解釈して捉え、
次にどうつなげていけばいいのか。



令和、英訳すると、
Beautiful Harmonyという
美しい元号に代わった今、


これから、
どう生きていきたいか。
どう生きていくのか。


考え直すときが来ていると
感じている。