表紙の山のなかの古びて朽ちていきそうな鳥居の写真に惹かれて購入。
『忘れられた日本史の現場を歩く』
文字少なめ、写真多めの本で読みやすいです。
クレイジージャーニーで有名な丸山ゴンザレスさんが本の帯コメント書いてる

沖縄のユタよりも早く廃れていきそうな四国の拝み屋も掲載されてます。
沖縄のユタ、霊媒師(シャーマン)は、この本には載ってません。
『神に追われて 沖縄の憑依民俗学』
の本にユタになる経緯が詳しく書かれてました。
家系、血筋とは違い神に選ばれる存在。
家族や子供のことを考えて、ユタとして神事に入ることから逃げて不幸になる人は多かったようです。
ユタになっても大変な道のりのようですが、印象に残ったのは、神が通常の宗教とは違って、ちょっと意地悪で世俗的な感じでした。
四国の拝み屋は、犬神筋、犬神憑きなど、
その筋の家系の人との婚姻は犬神がついてくると敬遠、差別された歴史があります。
四国だけでなく、島根や九州にも昭和30年代頃まであったようです。
四国の高知、物部村(ものべそん)の陰陽師の流れを引き継ぐいざなぎ流の太夫(たゆう)も廃れてきてるようですが、東北など遠方から占いや呪術の修行に来てる人もいるそうです。それから、姥捨山(うばすてやま)も掲載されてました。
姥捨山といえば…
『楢山節考(ならやまぶしこう)』
の映画のイメージが強すぎます
口減らしのため、息子が年老いた母親を背負って山深くに登っていく話し。
年寄りが1人では山から降りて来れないようなところに登っていきます。
雪が降るなか、老人の遺体や骸骨が散乱する姥捨山に母を降ろして、息子一人で山を降り、母は手を合わせて息子を見送る…
童話にもありますが、山を登っている時、背負われてる母親が時折、木の枝を折っているのを見て、
「目印にして山を降りてくるつもりか」
と聞くと、息子が1人で山を降りる時に道に迷わないよう目印に枝を折ってるという切ない話し。
そんな切ない話しと違い、
この本に出てくるのは、柳田國男の『遠野物語』にでてくるデンデラ野の姥捨山。人は60歳を過ぎれば家を出るべし。
口減らしのため家を出て山に入り、朝になると畑仕事の手伝いで山から降りてきて、終わればまた山に戻るというもの。
そんな都合のいい姥捨山ってありかなぁ
暑さ、寒さ、クマやイノシシから小さな虫まで山は危険がつきものです。
何度も飢饉で多くの人が亡くなった時代、野良犬を食べ、人肉まで食べた記録も残ってますし、口減らしのための手段は全国各地、いろいろあってんでしょうね
明日は、
よみうり文化センター高槻教室で講座です
天気悪くなってきそうですが、寒くなりませんように。




