今年、成人式を迎える世代は、中学のとき、3年間、私(国語教育研究会カプスのブログ管理人)が担任した学年。
といっても、ちょっと事情が複雑だった。
初めて中学生を3年間担任し、(中高一貫校なので)附属の高校へ送り出した後、精神的に体調不良に陥った。医師からの診断書もあって、管理職の配慮で2年間、担任を外れ、学年付として働いていた。
それはそれで、担任未経験で学年付をしていたときと、担任でとして一巡してから学年付をするのとでは、見える世界が違った。心の中で「スーパーサブ」を自負しながら、担任の先生方のサポートをしたり、学年全体の活動の立案や準備をしたりしながら、学べるものがたくさんあった。
その担任から外れた2年間の後、医師のお墨付きをもらって、再び担任となった。
当時、勤務校には目標とする大学別に3つのコースが設置されており、1学年に4クラスあった。中1・中2と同じコースの担任を持ち上がった後、中3から突如、別のコースの担任になった。同じ学年団の教員として、過去2年間を共に過ごしたとはいえ、そのコースの授業は別の教員が担当していた。4クラスのうち、唯一、授業を担当していなかったクラス。
4月に担任としてクラスに入ったとき、生徒とかみ合わなかった。受け入れてもらえていない感がものすごくあった。違和感を抱いたまま、どんどん時が流れていく。
10月に、学校が授業アンケートを実施。これまではハイスコアしか記録していなかったし、その年度も他クラスの授業では、一番優秀とされるレベルの評価をもらった。しかし、自分の担任するそのクラスでかなり低い評価になって、結構落ちこんだ。
そのときに、「ああ、自分はこの生徒たちに合わせられていないんだ」と気づいた。4月から(無意識のうちに)ずっと「自分の色に染めてやろう」と躍起になっていたのが間違いだった、と。
そのクラスの生徒たちからすれば、「自分たちは中1・中2とこれでやってきた」という信念がある。そこへ、今までの自分たちを知らない担任が土足で上がり込んできて、「これからはこうしなさい」とこれまでの自分たちを否定されるようなことを突きつけられた。当然、反発が起こる。受け入れるはずがない。
教員が生徒たちに迎合する必要はないと思う。けれど、生徒たちの築き上げてきたことを柔軟に受け入れて、尊重する姿勢が自分に欠けていた。自分がもっと生徒たちを受け入れながら、お互いの思いと思いを融合させる、そんなことを目指せば良かった。
気づいたときには、もう中学卒業。本当に申し訳ないことをしたなぁ……、という心残りが今でも自分の中にある。
けれど、その時の苦い思い・心残りが、翌年からの教員人生に大きく影響している。
次の3年間、また違うコースで新入生を迎えて中学卒業まで送り出し、その次からは学年全体を見る立場になって2年目を迎えている。この5年、それなりに形になっているかな……、と思う。それは、今年成人式を迎える世代の生徒たちから教えてもらった経験が、財産になっているからだ。
世の中は変わり、卒業生の様子は、InstagramやFacebookなどで毎日のように見られる。教育の目標は、目先の1年とか大学受験とかだけではない。卒業して5年後、10年後、そのときに実を結ぶこともある。自分がどれだけのことをできたのかはわからない。が、逆に生徒たちに教えてもらったことが多いと、振り返ってみると改めて思う。
新成人のみなさん、おめでとうございます。これからも、SNSなどで近況を伝えてくださいね。
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