1学期の中間考査まで、8コマしか授業がなく、『山月記』が最後まで終わらなかった。それで、中間考査は、読解は『山月記』のみの出題(しかも途中まで)、それと漢字のドリルからの出題。
こんなテストがあるらしい。
当ブログで何度も指摘してきたが、「教科書で教える」のであって、「教科書を教える」のではない。8コマかけても『山月記』が終わらないとうのは、「『山月記』で教える」のではなく、「『山月記』を教える」からであろう。
高校の需要は、大学の講義ではない。『山月記』の内容を細かく研究発表をする場ではない。『山月記』を題材に、小説をどう読むのか、という読解の方法を教えるのが高校の授業だ。
模試にしても入試にしても、そして社会に出てからの読解力という観点から考えても、『山月記』の詳しい内容を知ったところで、効果はない。
高校の授業は、「初めて読む文章でもちゃんと内容が理解できるようにする」ということが大切なのだ。
だったら、もっといろんな文章を読む必要がある。多くのジャンルの文章に出会い、多くの価値観を知り、語彙力を身につける。そうやって視野を広げることが大切だ。
教育は「質」を担保するのはもちろんだが、「量」だって忘れてはならない。
個人的には、小説のエンディングまで終わっていないのに、定期考査を作るのは、違和感がある。途中までの部分で定期考査を作成するということは、話の本筋とはあまり関係のない、重箱の隅をつつくような細かい問いを作らざるを得ないのではないか。そうなると、出題の意図がよくわらかない悪問が出てくる。
やはり、ちゃんと最後まで小説を読み終えてからの出題であるべきだ。そして、問いは本筋に関わるものにすべきだ。
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