小説:17歳のジャズ、而して、スーパーカブ -27ページ目

17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第18話

 そういえばさ、僕には、母親しか近親者がいなかったけど、親父という過激派左翼野郎にはさ、近親者みたいな偽者どもがたくさんいた。新左翼だとか過激派だとか無政府主義キチガイだとかだ。だから、まあ、僕にも仲間がいるみたいなものだったよ。


 奴らは、勝手に問題をでっち上げてさ、僕の住むアパートに押し掛けてくるんだ。このアパートが、行政の判断で売却されるため、母子家庭みたいな家庭未満は、出て行かざるを得なかったときも、大勢で来やがった。新左翼系弁護士が、僕らがアパートに乞食みたいに居座れるように裁判を起こしたりね。無政府主義者が、行政というものがどれくらい邪悪かといったビラをご近所様に配布したり、拡声器でさけんだりね。要するには、僕は家族もどきどもに群がられてるという訳だ。とんだ災難だ。迷惑千万だ。


 おい、だったらカネくれよ。


 まあ、だからさ、隆志にも家族もどきどもがたくさんいたほうがいいんじゃないかって思うんだ。総連でも、民団でも、何でもいいからさ。北朝鮮系、韓国系、何でもいいんだ。どんな組織だっていいんだ。組織っていうのは、僕だって好きじゃない。組織なんてクソの塊さ。

 

 そこのあんたもクソの塊さ。だから、まあ、いちいち気にすることなんてないんだ。どうせ、クソなんだから。下水管にも流れないクソさ。汚水管にもお断り!っていわれるくらいのクソさ。


 てめえを掴んで、てめえに投げつけろよ、クソども。


 でも、ほんとは組織っていうのは何でもいいってことじゃない。そんなもんじゃない。組織は怖い。でもさ、ほとんどすべてのドストエフスキー野朗はさ、組織に入ってる。学校とかさ、会社とかさ、宗教とかさ、左翼とかさ、右翼とかさ、ヤクザとかさ、暴走族とかにさ。そういえば、僕と隆志は暴走族にも入れてもらえなかったんだっけ。理由は、何にもなし。


 人なんて、何にもなしさ。


 人なんかに、理由を求めるほうがどうかしてるんだ。


 そこのあんたは、なぜ、これを読んでる?


 理由を言えるかい?


 言えるんなら、かなりイカレポンチだよ。


 「隆志、じゃあ、行こうか」


 「どこに?」


 「てめえ、旅行だろうが」


 「ああ、そうか、そうだったな、行こうぜ、いますぐ」


 「母親とかいう奴らに書置きしていこうよ」


 「書置きかあ。一度、そういうのやってみたかった」


 「『啓太と旅行に出掛けます。すぐに戻ります。心配しないでください。捜さないでください』くらいは書けるよな? いくらバカチョンでもさ」


 「何とかなる」


 隆志の奴は、急に不安な表情を浮かべやがった。僕は、心配になった。心底、心配になった。泣き崩れそうなほど心配になった。あいつは、何も書かないかもしれない。それはちょっとまずい。書かないだけじゃなく、狡賢い真似でもされたら厄介だ。それじゃあ、暴走族にも入れないよ。あいつには、組織が必要なんだからさ。きちんとしておかないと。


 「ここで書け」

 

 僕は、命令した。


 「わかった。書くものくれ」


 隆志は、縮こまりながら言った。


 さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにするよ。

 


17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第17話

 「そうだよな、もういいよな、旅行の話をしようぜ。俺━━」


 「黙れ!」


 僕は、隆志の話を思い切り遮った。遮断した。僕の全体主義を見せ付けてやった。


 「さて、バカチョン、カネの合計金額はいくらかな?」


 「33,594円?」


 「やはりだな、チョンはバカチョンカメラだ。僕のポケットにあるカネを勘定に入れないのか?」


 「啓太もはしたカネに細かい」


 隆志は、ニヤリとした。


 「ゼロだったら?」


 「嘘かよ、このイジワル野郎の変態野郎」


 「嘘は付いてない」


 「え?」


 「まだ具体的な話はひとつもしてない」


 「え?」


 バカチョン隆志は、バカチョン面をバカみたいにぶら下げていた。


 「何でもない。忘れろ」


 「じゃあ、33,594円だ」


 「そう。それを2で割れ」


 「16,697円だ」


 「ほんとか?」


 「ほんとだ」


 「お前は、バカチョンじゃないよ。チョンだけどな」


 「ありがとな、啓太、褒めてくれて」


 あいつは、真顔だった。隆志は、生活レベルの計算となると、物凄いはやさで暗算ができた。九九もろくにできないと、あいつは、傲慢ちきにも思っていたけど、そんなことはなかった。単に学校のお勉強とやらができなかったんだ。読み書きだって、あいつの生活に深くかかわってくるようになれば、本人も気付かないうちに、できるようになるに決まってる。


 例えば、刑務所に入って何もやることがなくなるとか、勝美さんと文通を始めるようになるとか。実際、あいつは、勝美さんと文通をやるようになる。そうして、読み書きを憶えたのさ。でも、これはまだまだ先の話だ。


 勝美母さん。


 勝美母さん、ありがと。


 ちょっとだけ、勝美母さんや、みさ、玲子さんの話をしておいたほうがいいのかな?


 勝美母さんは大物右翼の愛人だったということや、みさと玲子さんはヤクザの娘だったという話とかを?


 これは過去形で語る話じゃない。過去は現在に続いてる。どうしようもないくらい

続いてる。


 泣き崩れるほど続いてるんだ。


 みさは、まだ寝ている。僕がこうして書いている間、まだ寝ている。僕の息子も寝ている。僕ら、結婚したんだ。幸せさ。でもさ、玲子さんは、もういない。いまは死んで天国かどこかにいる。


 なあ、玲子さん、何で自殺なんかしちまったんだよ。


 隆志は、玲子さんのこと想い続けてるよ。


 さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにするよ。 

17歳のジャズ、而して、スーパーカブ 第16話

 「てめえみたいな、左翼かぶれはだな、隆志ちゃん、、チョンどもと仲直りしてから叫べよ。てめえは、チョンなんだよ。どう足掻いてもチョンなんだよ。総連だとか民団だとかと一緒に生きて、死ねよ。偽善者の過激派左翼なんかを崇めやがって。てめえ、チョンどもの裏切り者なんだよ。隆志っていうのは、通名だろうが。本名を名乗れ。てめえは、日本人じゃないんだよ。いつまでも外人なんだよ。ガ・イ・ジ・ン。せめて外国人になれ。崇めるんだったら、祖国、母国の朝鮮だ。コリアだ。誇りがどうのって笑わせるなよ。この売国奴が。てめえの父ちゃんはさ、日本人に殺されたんだ。それを忘れるな。リングの上でな、チョンのボクサーがだな、八百長試合で殺されたんだよ」


 そうして僕は、隆志を指差して笑った。


 「啓太……、親友だからって……、言っていいこととそうじゃないことある」


 「何度でも言ってやるよ。このノロマ野郎。脳足りん野郎」


 「……じゃあ、なんで啓太は、日本をそんなに嫌うんだ? こういうの矛盾っていうんだろ?」


 僕は、隆志には、自分の国を大切にしたもらいたかった。朝鮮を大切に想ってもらいたかった。そうさ、そうなんだ。国のない少年にこそ、大切にしてもらいたかった。仮に、あいつがどんなに日本のことを気に入ろうと、どんなに大好きになろうと、外国人扱いは変わらないんだ。帰化しても、それは変わらない。しょっちゅうこんな話を聴く。聴いちゃいないんだけど、耳に入ってくる。国や国境などない世界こそが人類の目指すべきものだ!とか何とかって。僕だって、理想としてはわからないわけではないし、わかってる素振りをみせることもある。でも、隆志が、日本をやたらに掲げるときには、僕は、自分のほんとの気持ちを押し殺してでも、叩き潰すんだ。あいつには、朝鮮人という民族の誇りが重要なんじゃないかって考えてるからなんだ。総連や民団の連中と一緒にいれば、差別されても共に闘ってくれるだろうしね。


 北と南。


 ノース・コリア。


 サウス・コリア。


 朝鮮。


 僕は、どんな主義にも染まらない。そう決めたんだ。いつかそう決めたんだ。ひとりで決めたんだ。どんな主義にも染まらないっていうのが、僕の主義だ。だからさ、僕は、自分の都合で話す。そのときの自分の都合次第だ。ご都合主義さ。日和見主義さ。筋が通ってるとか通ってないとかどうでもいい話だ。そんなことはどうでもいい。だいたい、人間というすべてのドストエフスキー野郎はさ、支離滅裂に生きてるんだ。


 「そうさ、僕は、日本が大嫌いだよ。日本人なんて豚の餌さ。憎んでるんだ。破壊してやりたいんだ。解体してやりたいんだ。でもさ、それが何だっていうんだよ。いろんなとこでさ、日本人の優越性が紹介されてるけど、あれは日本とかいう国の訳のわからなさに縋るしかない奴らのためにあるんだ。僕は、そんな奴じゃない。僕は、自分の優越性を示してやる。でもさ、それが何だっていうんだよ。つまり、どうだっていいことなんだよ」


 「もういいや」


 隆志は、投げやりに言った。


 「もういいや」


 僕は、隆志の物真似をした。


 さあ、今日は御伽噺はもうお仕舞いだ。また明日、つづきをでっち上げることにうするよ。