国会議員の海外視察
こんにちは!
こばやし鷹之です。
最近運動不足で体のキレが良くなかったので、朝の涼しい時間帯に近くの田んぼや畑の中を走ってきました。
もう30代半ばなので、体調管理には気をつけないといけませんね(汗)。
地元八千代は、自然溢れる街で、昆虫も多いです。
今朝もたくさん目にしました。
妻はあまり得意じゃないようなので(笑)、娘に麦わら帽子かぶせて網と虫かご持たせて、いつか父娘二人で遊びにいくのが、今の小さな夢です。
さて、ゴールデンウィークや年明けと並んで、この季節には多くの国会議員が海外視察に行くんですね。
今日は、この海外視察について私見を述べます。
結論を先に申し上げると、いろいろと批判はあるものの、海外視察という制度を廃止・縮小するべきではないと考えます。
しかし、視察に行く議員はもっと準備・勉強してから参加すべきです。
そうでなければ、参加すべきではありません。
国会会期中の議員の仕事は、とにかく政策を練って、国会の場で議論で勝負していくこと。
また、地元有権者の方々の声を聞かせていただくこと、一方で、フィードバックしていくこと、これらも重要な仕事ですね。
しかし、これからの国会議員は、それだけに留まることなく、世界と堂々と渡り合えなければならないと思います。
なぜなら、日本は一国だけで生きていけるほどの力はなく、だからこそ、国際社会に積極的に参加しなくてはなりませんが、そこは各国が各々の国益を追求してしのぎを削る厳しい場だからです。
そして、国際交渉においては、政治決断が求められる局面が往々にしてあります。
これからの日本を背負う政治家には、情報の収集/分析/発信力、交渉力、そして大局的なビジョンが求められます。
海外で経験を積んできた身からすると、国内で新聞やテレビを通じて得られる情報と海外の現場で得られる情報との間には、質・量ともに雲泥の差があります。
また、交渉は個々の人間関係で決まることもあります。
だから、現職国会議員が、積極的に海外に赴き、各国のカウンターパートや財界人などと交流を深めることはとても大切なことです。
個人的な強固な関係があるからこそ、国民の生命や財産が守られることだってあるんです。
したがって、海外視察の制度を「税金の無駄だ」というポピュリズム的な見地から廃止・縮小することは生産的ではありません。
むしろ、税金の無駄であるならば、事前・事後の報告義務の強化などを通じて、そうならないような仕組みを設けるべきなんです。
今春に退職するまでの3年間はワシントンで外交官として勤務しておりましたから、多くの国会議員が「視察」に訪れました。
日本の国益に資するように、多くの要人と面会して、相手を唸らせて帰っていく、そんな人がいるのも事実です。
しかし、私の経験に照らせばかなり少数派です。
何を「視察」しに来たのかわからない議員が多過ぎる。
ポケットマネーで来るのであればまだしも、血税を使って、旅行気分同然で来る議員には腹が立ちます。
そして、恥ずかしい。
どこの国の大使館も同じだと思いますが、国会議員が視察に来る時、現場の外交官たちは、一所懸命に時間をかけて築いてきた人脈を駆使して、面会のアポイントメントをとるんですね。
時として、あまりにも「格」が違う相手に対して、単なる有権者への誇示だけのためにアポ取りを要望してくる議員も多々いましたが、そんな中で、外交官たちは頑張るわけです。
残念なのは、よしんばアポが成り立ったとしても、面会内容がお粗末なことが多い。
何を議論しにきたのか、何を聞きにきたのか、何を得るためにきたのか、全く不明で、ただ握手して写真を取れればOKという人たちを何人も見てきました。
外交官として自分が築いてきた人脈や信頼が傷付くのは残念でしたが、
何より、「こんな人間が国会議員に選ばれてしまうような国なのか」と相手国から馬鹿にされること、すなわち国益が損なわれることが何より辛くて、忸怩たる思いをしたことも少なくありませんでした。
政治家は世界の舞台で、日本の顔を潰しちゃいけないんです。
日本の顔を創っていかなきゃならないんです。
国際感覚のある人間がもっともっと日本の政治家として世界に飛び出ていかなければ、この国の未来は切り拓けない。完全に置いていかれる。
そのためにも、現職国会議員には、海外視察の機会をもっともっと有効に利用していただきたいと思います。
円高
こんにちは。
こばやし鷹之です。
今日も、ミンミン蝉が元気に鳴いていますね。
甲子園では第4試合に成田高校が登場します。
千葉県代表として頑張ってもらいたいです。
さて、ここ数日、為替市場が世間の注目を集めています。
円高が進行し、日本経済を支える輸出企業の業績に大きな影響を与えることが懸念されています。
このままだと重い足枷となって、景気回復を大幅に遅らせる結果ともなりかねません。
それに対応するための一つの手段として政府・日銀による為替介入が取り沙汰されています。
因みに、政府・日銀は平成16年4月以降、過去6年以上にわたり、市場に対して不介入の立場を堅持しています。
6年前、財務省の国際局で勤務しておりましたのでよく覚えています。
大量介入を行った当時の溝口財務官から渡辺財務官へと交代してから、介入がピタッと止まりました。
以来、一度も介入が行われていないんですね。
それでは、今政府・日銀が為替介入できるかといえば、客観的には難しい状況であると言わざるをえません。
勿論、総理や財務大臣が、指示すれば物理的に介入することは可能です。
しかし、日本単独で介入してもその効果は限られるでしょう。
欧米諸国と共に実施する協調介入が必要でしょうが、欧米経済の先行きが不透明な中で、彼らが自国通貨高となる(すなわち景気回復に水をかける)介入に賛同するのは難しいと思います。
特に、アメリカはこの秋に中間選挙を控えているので、政治的な制約もあります。
しかも、ここ数年の世界の為替政策に関する主要課題は、中国の為替政策をいかに柔軟化(自由化)させるかということでした。
これからもそうあり続けるでしょう。
頑なな中国政府に対して、各国が連携してプレッシャーをかけ続けることが求められている局面で、その輪を乱して介入に踏み切ることは中国に格好の口実を与えることになりますので、相応の覚悟が求められます。
このような状況を市場は百も承知でしょうから、中途半端な「口先介入」はもはや効果はないような気がします。
介入するにせよ、しないにせよ、重い政治決断が求められています。
最後に、円高が進行するというと、日本経済への影響ばかりが取り沙汰されますが、実は、財政にも影響があるんです。
過去の累次の介入によって、外国為替資金特別会計(いわゆる外為特会)のバランスシートが大きく膨らんでいます。
平成20年度末(平成21年3月末)時点で資産126兆円、負債110兆円です。
実は、この外為特会。
負債は円建てですが、資産は外貨建てなんです。
考えてみれば当たり前で、介入とは殆どの場合、円を売って外貨を買うことですから買った外貨はそのまま外貨建ての資産へと向かいます。
そうなると、円高が進行すれば、外貨建ての資産サイドが円建ての負債サイドに比して、相対的に減価するわけです。
平成20年度末時点ではまだ資産負債差額は15兆円とまだ黒字となっておりますが、前年度に比べて9兆円減少しています。
このまま円高が進行するとどうなるのでしょうか。
本来そのためのバッファーとして蓄えられていた、いわゆる埋蔵金は、子ども手当てをはじめとするバラマキ政策に充てられて、もはや期待はできない状況です。
負債が資産を上回るとき、それを補填するのは、他でもない私たちの血税です。
そんな危険も孕んだ円高の進行であることにも留意しなければなりません。
日航機墜落から25年が経ちました
こんばんは!
こばやし鷹之です。
お盆休みを利用して、海外に行かれる方も多いようですね。
私の地元八千代は成田に近いこともあり、電車に乗るとトランクとともに楽しそうな表情をした方の姿を多く見かけます。
目下進行している円高は、日本経済に大きな影響を与えうる懸念要因ですが、海外旅行者にとっては恵みの円高でもあります。
安全第一で、思う存分旅行を楽しんできていただきたいですね。
さて、日航機墜落から今日で25年目を迎えました。
前原国土交通大臣が現職大臣としては初めて慰霊登山に参加しました。
政権交代で参加しやすくなった面もあるとは思いますが、航空行政を担当する大臣がこのような場に責任を持って参加することは当然であり、前原大臣の判断は評価されるべきだと思います。
日航機墜落に関して、私自身が感じたことは、以前のブログに記しています。
愛する家族と一緒にいられること。
当たり前のように思いがちですが、そのありがたみを改めて認識しています。