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共感力(スタッフ)

こんばんは。

小林鷹之事務所のスタッフAです。



昨日、スタッフSも書いていましたが、今八千代は葉桜が綺麗です。
満開の桜も見事ですが、青々とした若葉に見る桜もなかなかのものです。
あと1週間もすれば、街路樹も眩しいくらいの新緑に覆われるでしょう。



そんな気持ちのよい季節なのに(私事ながら)先週は、風邪に見舞われてダウンしておりました。
布団の中で悪寒と吐き気に苦しみながら思ったこと。
それは、やはり「近くに病院があること。病院にいけば医師がいること。医師が薬を出してくれること。」この当たり前のことが、当たり前でいられることの有難さ。



「被災地で病院が流された。医師が足りない。薬が足りない。」
何度となくニュースで耳にした言葉ですが、自分が切実に病院を、医師を、薬を必要として初めて、その深刻さを思い知りました。
すぐに医師に診せれば治療できる病気や怪我が、医師の不足に重篤化するケースもあったでしょう。常備薬を必要とする患者にとって、それが欠けることは命に係わるケースもあったでしょう。
その場に置かれた人々は如何ほどの恐怖や不安に怯えていらしたか。

今まで「分かったつもり」になっていた自分の浅はかさを恥じました。



小林鷹之もよく口にすることですが

「共感力」

今、試されている気がします。
関東に住む私たちが、被災された東北の方々と同じ経験を共有することは出来ないけれど、その苦しみや悔しさを他人事ではなくて、自分の事として考えてみる。「自分だったら?」って。

同情ではなく、共感。

その作業を繰り返すことで、被災された方も含めて、日本人みんながチームとなって力強い方向へ歩み出せる。そんな気がします。








Learn from yesterday, Live for today,・・・(スタッフ)

こんばんは。
小林鷹之事務所のスタッフSです。

桜も散り行き、葉桜が目立って来ました。
桜の花が散って行く景色は、いつ見ても時代の変移を感じます。
春は出会いと別れの季節ですね。
入学式や入社式など、新たなSTARTを切る人も多いことでしょう。
無限の未来に多いに期待し、新たなる門出を心から祝したいと思います。

前回の桜の季節から、どれだけの時が経過したでしょう。
この歳になっても、1年というのは長いのか短いのかわかりません。

1年間を細かくすると、

365日=8760時間=525600分=31536000秒

という計算になります。

元旦から1秒ずつ数えだしたとして、3000万数えたら12月になる訳です。
これを『もう』と思うか『まだ』と思うかは、個々の感性に依るとこでしょう。
その数え終えた時間は二度と戻ることはないと思うと、『時は金なり』とはいみじくも言ったものです。

私の座右の銘であり、大好きな言葉で、

『Learn from yesterday,Live for today,Hope for tomorrow.』

という言葉があります。
和訳すると、

『昨日から学び、今日を生き、明日へ期待しよう。』
です。
相対性理論で有名な、アルバート・アインシュタインの言葉です。

今日があるのも昨日のお陰で、明日があるのも今日のお陰だと思います。

時代の英知、先人の伝統、自己の経験から学び、限られた時間の中で何を思い何ができ、どれだけの希望を抱けるのか。

人生は生きている限り勉強ではないでしょうか。

今日という一日は、残りの人生の最初の一日です。

学生時代より10kg超太った私でございますが、大好きなラーメンとプリンを食べて、明日へ多いに期待したいと思います。

被災地にて

こんばんは。
小林鷹之です。


今日は陽射しが強かったですね。
朝から外にいたせいか、夕方頃には
「日焼けしたね!」
と何度も言われました。
暑くなってくると水分補給が必要ですから、みなさんも気をつけて下さいね。


この週末で、前職である財務省を辞職して1年が経ちました。
早かったような、長かったような。
とにかくとても多くの方々とのご縁を頂くことができたことは、私自身にとっての財産です。
何より、そのような方々との交流を通じて、
自分が今まで生きてきた世界がいかに狭い世界であったか、
まだまだ知らない世界がたくさん広がっている、
そんなことを実感できたので、これからもっともっと成長していきたい!
そんな意欲が更に強くなったことは良かったな、と素直に思います。



さて、今日は、先日のスタッフブログで触れられておりました被災地訪問について私が感じたことを記したいと思います。

12日の未明に、事務所若手スタッフやボランティアの方々と千葉を出発し宮城県に向かいました。
宮城県選出の愛知治郎参議院議員の事務所から連絡をいただき、石巻市で避難所向けの物資の搬入等を行うために人手が必要だとのことでした。
仙台で合流し、石巻に向かう高速に乗った直後、右手に荒浜のある若林区の凄惨な光景が目に飛び込んできました。
何も無い。
海沿いの松林がきれいに見渡せる。
そこには数多くの住宅が存在していたとのことでした。


高速を降り、石巻市の中心部にある物資搬入場所に近づけば近づくほど、被害が大きくなっていく。
道路に船や車がひっくり返っている。
営業している店は皆無。
震災から1ヶ月が経過しているとはとても思えない状況で、もう何が何だか分からなくなってくるんです。


物資搬入場所付近には、全国各地から支援に来られている自衛隊や消防の方々のテントが数多くありました。
必死になって勤務されている姿に、何とも言えない感謝の気持ちが込み上げてきました。
私自身は、被災者ではありません。
でも、

「ありがとうございます」

その気持ちで心がいっぱいになりました。


その自衛隊の方々のお力も借りながら、物資の搬入等を行った後、隣接する女川町に向かいました。
街の中心部に着いた瞬間、絶句しました。
見えるのは瓦礫のみ。
町全体が消えている。
雲一つない晴れわたる空と対照的な惨状を目の前にして、現実をすぐには受け入れられない自分がいました。


その後、最前線で陣頭指揮を取られている石巻市の亀山市長とお話しする機会を頂き、仮設そして恒久住宅の整備、飲食業をはじめとする零細企業への支援等、喫緊の課題が山積している状況の中で、冷静沈着に対応されている市長の姿勢を垣間見て、リーダーシップのあり方について深く考えさせられました。

市役所内は罹災証明の手続き等に来られた被災者の方々で溢れていました。
その横に、ご遺体の身元が確認された方々のお名前が列挙されている紙が何枚も貼り付けられていました。
あまりの数に呆然としながらも、ある母親と娘さんの生年月日がふと目に飛び込んできました。
女の子は2010年生まれでした。
何が起こったのかわからないまま無理やり閉じられた短い生涯。
自分の娘の姿とダブってしまって言葉になりませんでした。


その女の子の命には、必ず意味があったんだ。


赤の他人である私がそんなことを言う資格は無いとわかっているけれど、そう思わざるを得ない自分がいました。
二度とこんな悲劇を起こしたくない。
現職議員ではありませんが、この思いを政策というカタチにしていけるよう力を尽くしてまいります。