石巻へ向けて出発(スタッフ)
みなさん、こんばんは。小林鷹之事務所のスタッフAです。
震災から昨日で1か月。
大きな余震が続いているほか、福島第一原発事故も予断を許さない状況。
震災被害は、今なお現在進行形で続いているのだと実感せざるを得ない日々が続いております。
そんな中、少しでも被災者の方々のお力になりたいと、本日未明、小林鷹之本人を含め、事務所の若手スタッフ及びボランティアの方で宮城県の石巻に向けて出発いたしました。
物資搬入などをお手伝いさせていただきます。
他の日程との都合で、残念ながら今回は一日限りの活動とはなりますが現地に赴いてはじめて分かることもあると思います
明日以降、本人からご報告いたしますので、またブログをご覧頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
津波対策に関する法的整備を急げ
こんにちは。
小林鷹之です。
昨晩、宮城県沖でマグニチュード7.4の大きな余震がありました。
東北地方では震度6強を記録し、3.11以来最大の余震。
八千代でも大きく揺れました。
たまたま娘を風呂に入れていた時でしたので、すぐに風呂から飛び出て、娘に服を着せて、いつでも抱えて動けるように準備しました。
東北地方では死傷者が生じ、また、大規模な停電等も生じたとのことで、まさに今、必死で立ち上がろうとされている方々にとっては、精神的にも大変厳しい状況になっていると思います。
自然の脅威の前に人間の力は無力かもしれませんが、こんな時こそ何とか支え合っていかなければ。
今回、多くの尊い命を奪った津波。
実は、この津波への対策については、災害対策基本法と地震防災対策特別措置法などに規定されていますが、地震や台風などの自然災害と一体的に規定されているため、津波特有の事項について詳細な規定が存在しないんです。
でも日本では、今回の事件まで、津波による大きな被害がなかったため、なかなか法整備が進んできませんでした。
では誰もその点を気にかけていなかったかというとそうではありません。
東海、東南海、南海の3地震は、今後30年間にかなりの確率で発生すること、そして、その3地震が連動して生じた場合には相当の被害が生じることは、かなり前から予測されておりました。
昨年の4月から5月にかけて、二階俊博衆議院議員のお誘いもあって、自民党津波議連の会合に何度か出席させて頂きました。
専門家から詳細な話を聞き、何度も検討を重ねた上で、昨年の6月に津波対策の推進に関する法律案を議員立法という形で自民党の有志議員が国会に提出しました。
主なポイントは、
【ソフト面の整備】
・国、地方、大学等の研究機関、事業者、国民、民間団体等の相互連携協力体制の整備
・津波の観測体制の強化
・ハザードマップの作成等を通じた、地域において想定される津波による被害についての周知
・観測・通報に関する国際協力の推進
【ハード面の整備】
・津波避難施設の整備
・最新の調査研究成果に基づいた既存の施設の維持・改良
・津波による浸水被害が予測される地域は住居地域に指定しないなど、津波対策に配慮した街づくり
この他、上記対策に関する財政・税制上の措置や、高齢者・障がい者などの災害弱者対策や避難所における情報過疎の解消や外国人の避難対策などについても規定されています。
しかし残念なことに、この法案は、殆ど議論されることなく国会において放置されました。
これは与党の責任であるとも言えますが、今さら責任論を展開しても仕方ありません。
重要なのは、日本国民の自然災害に対する意識が今までにない高まりを見せている時だからこそ、津波対策に関する基本法を一気呵成に国会で審議・成立させることです。
月日の経過は、大きな力を持って、過去を風化させていきます。
そのためにも、今なさねばらないことは、災害復旧という、起きてしまった問題の解決は勿論のこと、災害予防という、これから起こりうる問題の予防についても全力で政治が対処していくことです。
そして、政治と行政が国内外に情報を発信し続けていくことを通じ、その風化という事象に可能な限り抗っていかなければなりません。
もう二度と、こんな悲劇を繰り返したくはありません。
復興の誓いオールに込め(スタッフ)
こんばんは。小林鷹之事務所のスタッフAです。
八千代市の桜並木も見事な花を咲かせはじめました。
花見の宴会は憚られる今日この頃ですが、空を仰ぎ、華を愛で、新しい季節を迎えるのは良いものですね。
「ああ、日本人でよかった。」
そんなことを感じる一瞬です。
さて、昨日の夕刊を読んでいて、小林が「おっ」と声を挙げた記事。
タイトルは、「復興の誓いオールに込め」。
ボート(漕艇)競技の開幕戦ともいえるお花見レガッタが3日に埼玉県の戸田ボートコースで行われ、東日本大震災で被災した東北大と仙台大が出場し、奮闘を見せたという記事でした。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、小林は東京大学在学時、漕艇部に所属し、青春のほぼ全てをボート競技に捧げてきたといいます。
聞けば、艇庫と呼ばれる合宿所(人間より船のほうが大事にされているようで面白い名称ですね。)に寝泊まりし、年に300日以上、オールを握っていたとのこと。毎朝5時に起床、練習、食事、仮眠、練習、食事、練習、就寝の繰り返し。その頃の生活は、「食う、寝る、漕ぐ」に集約されるようです(笑)。
それだけ思い入れのあるボート競技。上記のボート大会で、東北大と仙台大が家族や友人を失ったり、艇庫が津波にのまれて船が使えなくなったりするという困難に立ち向かい、それを乗り越えて奮闘したとのニュースは小林にとっても勇気づけられるものだったようです。
オアーズマン(ボートの漕手の事をこのように呼ぶようです)達の「絆」は固く、小林自身、現在の政治活動を行うに当たって、大学や世代の垣根を越えて多くのオアーズマン達に様々な面で支えて頂いております。
その恩返しとして、今度は小林自身も被災した両校を応援できないか、そんな事も考えているようです。
絆を力に。
オールに込められた一人ひとりの力を合わせて、前に。
復興への道は始まっています。