民衆の人気取りのため神社仏閣を寄進
祭りに予算をだした。
天下祭(てんかまつり)は、神田神社の神田祭と日枝神社の山王祭
両社は江戸城を守護する神社として徳川将軍家からも崇敬され祭の際には両祭の山車が江戸城に入って将軍に見てもらった~だから天下祭
広重「糀町一丁目山王祭ねり込」

よく見ると江戸城へ入らんとする山車と江戸人が

その後電線がひかれ山車が通れなくなり祭りは衰退
山車は各地へ払い下げ
現在は神輿が中心
家康が祭りを大きくしたのは江戸を首都としてふさわしくするため。
立派な都の立派な祭りが目的にあったともいわれています。
どれくらい立派かというと
↓これくらい ∑(゚Д゚)

山車の数がハンパじゃない
さすが天下の祭り
実は島田の屋台は天下祭の山車とは無縁ではないと指摘する研究家もいます。
