慶長の大水~野田山のお手水ヶ谷① | 大井神社大祭総合研究所

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島田大祭? 帯祭? おヽいさんの祭ってなんだろう?
このブログは 『永く万人に愛され続ける大井神社大祭』を
目指して、知らない事を教え合う架空の研究所です。
ただ今、大祭に対する質問も受け付けております!(*´∀`*)

大井川は急流川

両岸のまちや村で江戸時代の終わりまでに70回以上の被害が記録されています(大井川土地改良区)

特に慶長9年(1604)の水害は大きかった。
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外人この時、洪水で向谷の堤防が切れ、島田のほとんどの家と田畑が流される。

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あまりの水の勢いで大井神社にある重い石の灯篭が川尻(吉田町:大井川河口に位置する)まで流されたという
(現実的ではありませんが、それほど大きな水害だったとの解釈です:大井神社宮司さんの話)

そして、島田は川原のようになってしまった。

家や田を失った人々は、他の土地(島田市元島田)に移り住みました。

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