江戸時代
我が国の陸路交通の大動脈 東海道
▼江戸:日本橋

▲京都:三条大橋
日本橋から23番目の宿場 島田宿
街道一の難所といわれた
ご存知「箱根八里は馬でもこすが、こすにこされぬ大井川」

橋も渡船もないこの川
対岸へ行くには
川越人足に担がれて渡る他
方法がなかった。
雨で増水すると
渡りたくても渡れない
(ノД`)
かわいそうに
先を急ぐ 旅人は
何日も足止めされた。
まちは宿泊客であふれ
泊まる所がなくなった旅人は
藤枝、岡部、鞠子(丸子)宿まであふれたという。
旅人の中には音楽家(芸人)もいた。
三味線弾きや歌方、囃し方だ。
時間をもてあました彼らは宿内で
流し(演奏をしてご祝儀を得る)等をして旅銭を稼いだ。

旅人と町人は
さぞよろこんだろうなぁ
江戸の音楽をライブできけちゃったんだから。
今でいえば東京のアーティストが
近所でパフォーマンスを披露するようなものだろうか。
そんなことで 島田は昔から長唄や三味線の音には
なじみが深い。
長唄の町 島田である。
実は、21世紀の今でも このまちで
三味の音がきこえる時がある。
月に一度、三味線教室が開講される。
「NPO法人三味線音楽普及の会」の活動の一貫だ。
三味線を教えてくれるのは
前述した吉住小三友師匠
はコチラ先日練習を見学させてもらった。
老若男女が通うこの教室
小さい子には やさしく
上達者には ハイレベルな指導をされている。
三味線教室は他にもあるかも知れないが
ここの教室はクオリティが極めて高い
なんてったって
講師が、ふだん国立劇場や海外で活躍している
長唄三味線の現役本物の芸人さんですから
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大井神社大祭は一般の方に
「帯祭」というニックネームで知られている。
実はこのニックネーム
以前は
「長唄祭」と呼ばれていた。

長唄好きの
(長唄のすばらしさを理解している)
島田人が
鎮守の神様 大井神社に上踊りを奉納する。
(唯一無二の、最高のおもてなしをする)
奉納とは
神仏に喜んで納めてもらうために物品を供えたり
その前で芸能・競技などを行ったりすること。
300年前の島田人が始めた
舞踊奉納が今に至る経過と
島田の町で三味線の音が聞こえる理由でした。
