全てが愛すべきマイ・ホーム・タウン | kobacabana 3.0

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音楽、食、酒、街、男と女・・・・
日々に感じる雑感を
懸命にまとめています。

自宅のすぐ近くに「くら寿司」が出店し、
 
私のこれまでの人生で初めて、枕元からガリが置かれた席まで、
 
徒歩2分という快挙を、当時大喜びしたのを覚えている。
 
が、そこには条件付きで、だった。
 
マンションの裏通りにくら寿司の駐車場の出入り口があるため、
 
理事会に注文を付けた。
 
 
 
 
(マンションと接する)裏通りに駐車場待ちはさせない
 
 
 
さすがは、回転ずし市場リーダー優良企業の、くら寿司様である。
 
今のところ、くら寿司狙いの車と近隣住民との衝突、
 
トラブルは報告されていない。
 
 
 
 
 
 
 
これまで住んだ町は、川崎市高津区下野毛、町田市玉川学園、川崎市麻生区上麻生。
 
それぞれ全く違う環境の町で、思い出、愛着については、甲乙を付けることができない。
 
 
 
工場(こうば)とその工員の家族がマジョリティの県営住宅。
 
庭が広く、屋根付きのベランダもあった。父の書斎は離れで洒落ていた。
欅の木を登って遊び、転居時に、今の日本民家園に寄贈している。
 
 
生まれたての私にとっては、最高の家だったわけだ。
 
町中華に傾倒した原点は、この集落にあった「一番」という店だ。
 
コロッケの味覚の原点は、万事屋の「大島屋」精肉コーナーの商品。
 
 
 
 
 
 
玉川学園は、打って変わって、それは静かな森の中にある家だった。
 
家の裏手は深い森で、神秘的だった。
 
早朝に森の奥まで行ってみようと、ひとり探検もしてみた。
 
ある大きなクヌギの木を見つけ、私は、後退り、した。
 
大きなスズメバチ数匹と、何匹ものクワガタが、
 
互いに譲り合いながら、樹液を吸い合っていたのだ。
 
野兎の糞もあちこちに見つかり、夕立の後は、小川もできた。
 
 
 
 
上麻生。
 
人生に一回の買い物、と大借金をして、注文住宅を建てた。
 
北側は畑、その奥がお寺。
 
東側は広大な生産緑地、その奥が国内最大の幼稚園の敷地、
 
南側にはウッドデッキにして、憧れのBBQを庭で楽しむ経験をした。
 
徒歩二分の処には、蕎麦屋、ローソン、場末の一杯飲み屋が二軒、ガストもあった。
 
こんなに近くに店があることで、私は、介護地獄の癒しを、これらの飲み屋に求めた。
 
集う客層は皆日焼けした職人さん。サラリーマンの私はすぐに打ち解けた。
 
地元に、ちょっとグレイな人も含めて、人脈が広がった。
 
 
 
 
 
 
 
介護地獄を経て、戦場と化した注文住宅を売却した。半額位に値が下がり、
 
売却益で巧いこと生きている人々と真逆で、
 
ステータスともいえる住処の風情も激変、日当たりの悪い中古マンションに移った。
 
年賀状を受け取った会社関係者には、、
 
「まさか離婚した?」と後日メールしてきたのも居た。
 
移住して出会うひとびとは皆裕福で、幸せが当たり前じゃない、
 
という美しいマダムたちの博覧会のような街だった。
 
エリート夫自慢、
 
夫が放さないから外出しづらい、
 
など、これまで見たことがないような高いクラスの人々の輪の端っこに加わった。
 
歩いて数分のところに、酒屋、ドラッグストア、接骨院、郵便局、コンビニ、
 
中規模イマイチ病院、ガスト、スーパー二軒、割烹、ラーメン屋などがあった。
 
そして、フレンチのレストランまで進出した。
 
コインランドリーもあります!と美マダムたちに自慢したら、
 
「えぇぇぇっ?家の乾燥機でいいじゃない」と一蹴された。
 
毎日ジム三昧なのに、どうしてそんな高級な物が買えるのか見当がつかず、
 
悩んだこともあった。
 
 
 
 
オーナーシェフのSにメッセンジャーで連絡。
 
「ワイン飲めるのは、今週中ですね?予約少ない日、時間帯に、
 
三人で。」
 
 
 
 
 
こうすることで、店の都合も良いだろうし、こちらもほぼ貸し切りで安全である。
 
 
 
もう他に越すことはないと思うが、
 
未だに、明治屋、成城石井に入店できない自分は、成人男性としてどうなのだろうか。
 
メガドンキだと店内をスキップしながら、
 
とても楽しく買い物できる自分が、実は、好きだ。