よかった、少し不思議だが、心暖まる。
大阪の待兼山駅の東口近くにある一階が書店、らんぷ堂書店。二階には喫茶マチカネがある。
その喫茶マチカネの常連の仁さん、バイトの阪大生繭子たちが、駅の西口で見られる待兼山ヘンジの話題で盛り上がっているときに口をはさんだ、常連の沖口さん。普段は無口で、コーヒーを楽しんでいるだけだった。彼は電鉄の運転士を定年退職したが、この町のたたずまいが気に入り、町の歴史なども調べてきたという。一回の書店にもよく来ていると。
ほんの一瞬見られるだけの奇跡的な町の風景。それを探して集めようと繭子は言い出すが、そこで重大発表が。喫茶マチカネは半年後に閉店すると。駅名から待兼山が消えるのを契機に、65年間続いた喫茶店も書店もやめると。
それを聞いた沖口は提案する。閉店まで毎月、ここで喫茶店の思い出、町の思い出について話しませんか、と。そして、それを本にして、残しませんか、と。
こうして喫茶マチカネで、閉店後に毎月集まって、話を聞く会、待兼山奇談倶楽部が始まる。
第一回はカレー店ロッキーの時任さん。七十五才の彼は、その半生と町とのかかわり合いについて話す。
第二回は繭子が阪大で入っているビックバンドサークルの先輩のピアニスト城崎。彼女は苦学生だったため、バイトを色々したが、それを話してくれる。今はない学生ローンの金貸し、銭湯待兼山温泉、ストリップ嬢など、誰も知らない話を。
第三回は八十五才になる能登屋食堂のおばあさんが名乗り出てきた。父親始めた能登屋の歴史と、その店で知り合ったフィリピン人青年との関わりについて。
第四回は向かいのビルでバー、サードを営む大さん。少年時代の思い出について話す。
第五回は阪大卒業生で、地元で介護士をしている山脇恭子さん。倶楽部の案内のポスターを見て、名乗り出てきた。
彼女は朝鮮戦争の頃に参加した反戦デモについて待兼山に住むタヌキがじいさんに化けて彼女に話しかけてきたと、ふしぎな体験を話す。
そして、デモに参加していた高校生が、後にらんぷ堂書店を作ったと。
最後に登場するのは、言い出しっぺの沖口さん。待兼山とのかかわり合いについて、これまたふしぎな体験談を。さらにすい臓がんで、この会の記録が本になるまでは生きていないだろうと。
さらに、日を改めて、喫茶店主だけにはさらにふしぎな体験談を話し、奇妙な依頼をする。
不思議だが、納得できる。ありそうな話。誰の心にも眠る思い出があり、歴史がある。その一端が人の心を打つのだろう。