※オリキャラ出てます
今年はなんとも雪が多い。
友枝町は年に何度、雪が舞うことはあっても、積もることはそうない地域だ。しかし今年は道路まで積もってしまうことが度々あった。今日も朝から降り出した雪は勢いを増し、街一面が白い世界に覆われていた。
「積もったねっ!」
昼休み。食堂から教室へ戻ったさくらが窓から外を見ると目を輝かせて言う。
「夕方には晴れるそうですが……この雪は明日まで残りそうですわね」
さくらに続き知世も外を見て言った。
その場の誰もが窓の外を見て頷く中、小狼は一人マフラーを巻いた首を縮こませ眉間にシワを寄せていた。
「李、室内なのにマフラー外さねぇの?」
重田が小狼を見て可笑しそうにして言い、それに対しさらに眉を歪める小狼。
「仕方ないよぉ、重田くん。李くんは冬がないところ出身なんだから」
と言う山崎に「冬がないわけじゃない、ここまで寒くないだけだ」と小狼は心の中で訴えながらムスっと二人のやりとりを見ていた。
確かに教室内は暖房が効いていて暖かい。それでもマフラーを外していない生徒はクラスに二人はいる。……仕方ないだろ。俺の席は窓際で、こういう日は外の寒さがガラス越しにダイレクトに伝わってくる。移動教室が多い今日は廊下に出ると、そこはとんでもなく寒いじゃないかっ!いいだろ、校則に違反しているわけじゃない。……それと…さくらには悪いが、雪が積もることに関してはこれっぽっちも喜べない。
そんなことを思いながら、ポケットに突っ込む手はカイロを握っていた。
「今日はどこの運動部も、自主練習だな…」水木が呟くと、
「バスケ部は良いじゃない?体育館があるから。サッカー部は暫くできないかも…明日以降は天気悪いし寒波も来るから、グラウンド暫くダメそうだよ。練習試合近いのに、困ったねぇ」山崎が反応して答えるが、その言いぐさは危機感を全く感じない。
「そうりゃ、大変だな」
水木的には大変そうに聞こえなかったが、サッカー部員を思って言ってみる。
山崎と水木の会話の横では、
「雪降るとワクワクするよな?」
「うん、するっ!私小さい頃、お庭でお兄ちゃんと雪だるまとか作るの好きだったんだ~」
「俺、かまくらとか作った!今思えば子供一人がやっとの大きさだったけどな」
さくらと重田の雪遊び談義に花が咲いている。
小狼の眉間のシワがガビッと違う意味に変わり、それを見ていた知世は「ほほほ」と笑って見ていた。
そして放課後。やはりしっかりと積もった雪で、運動部だけでなく文化部まで休部となった。陽は出ているが、雲も多くちっとも暖かくはなかった。
小狼とさくらは正門までの道程を、既に多数の生徒に踏まれべちゃべちゃになった雪で滑らないよう、いつもより慎重に歩いていた。寒さのせいか普段以上に無口な小狼。
「小狼くん…雪嫌い?」さくらが首を傾げ見上げて言う。
「嫌いじゃない。」小狼は視線だけでチラリとさくらを見て言った。
傍から見ると機嫌が悪そうだが、消して機嫌が悪いわけではない小狼。只々寒いだけなのだ。
雪があることによって、寒さも倍増。小狼はポケットから出した手でマフラーを口元まで引き上げると、素早い動きで手をポケットに戻す。ポケットの中だけ別世界の様に暖かく、手袋をしていても手を出す気にはなれない。
「寒いけど…雪って綺麗でしょ?」さくらは小狼を見上げて笑っている。
さくらの傍にいるだけで、暖かくなった気がする。小狼はフッと笑ってそれに答えた。
そんな時、殺気を感じた小狼。《殺気》と言っても危険度は薄く、むしろ悪戯心さえ感じるそれ。
ボスッ!!
と鈍い音がして、小狼の肩に当たった白い塊が弾け粉々になり、顔、頭、コートの上半身を白くしやがて雫になって行く。
「っめて……」小さく呟き、白い塊が飛んできた方に鋭い視線を送る小狼。
「え……?あっ!!小狼くん、だいじょうぶっ!?」さくらは自分の向こう側の小狼の肩、顔を見て驚く。雪まみれだ。さくらは慌ててハンカチを取り出している。
「おっ!当たった。李なら避けるかと思ったんだけど…わりぃ…」
声色は全然詫びていない重田がニヤリと笑う。
「避けるわけないだろ…」ーーー避けたらさくらに当たる。
と言う呟きは誰に聞こえるわけもなく「だいじょうぶ?……うわっこっちも…」と小狼の雪を払うさくらの声に掻き消される。
ムッとした表情のまま重田を見据える小狼はそんなさくらの手をそっと制し、頬に付いた溶けかかった雪の雫を手袋をしたままの手で拭う。
「お前なぁ……」
「雪で遊んだことないだろ?やろうぜ、雪合戦っ!」
そう言いながら重田は水木の投げた雪玉をヒョイと器用に避けながら言い、走り出す。
「こいつ、人に当ててから…こういうこと言うんだっ!」
と水木がもう一つ雪玉を重田に投げる。これは見事に背中に命中した。
「走ると暖かくなって来るよ~」山崎も雪を掻き集め、雪玉を作りながら誘って来る。
三人はこの寒い中、コートを脱いでいた。
「断るっ!」小狼はそんな三人を見ながら言う。
「俺に当てる自信がないか?」
重田は言うと素早く両手で雪を丸め、今度はしゃがんで雪玉を数個作る山崎に向かって投げる。
「………(ガビッ)」
ピクッと眉を動かした小狼。
「楽しそうだね…」雪投げをしている三人を見てさくらが呟く。
「はっ!?」そんなさくらを目を見開き見る小狼。
「さっくらちゃんもやろ~よぉ!」重田はお誘いとばかりにさくら目掛けて雪玉を投げた。
飛んでくる雪玉にさくらは思わず目を瞑った。あれ?冷たくない。さくらがそっと目を開けると目の前に小狼の腕。小狼が自らの腕を伸ばしてさくらを庇ったのだ。
ーーーコイツを名前で呼ぶとか、…コイツに向けて投げるとか…ガビガビガビガビ…。
「重田っ!!!」
小狼は重田に向かって雪玉を投げていた。さくらを名前で呼ぶことが許せない。奴の戦術にまんまと引っかかったとか、そんなのはどうでも良かった。自分の知らない《雪遊び》のそのワクワクする感覚とか、そう言う物をさくらと共有していることが許せない。解ってる。さくらと重田だけじゃない。雪で遊んだことのある者なら誰もが持つそのワクワク感。自分だけが知らないことも…許せない。
小狼の投げた雪玉は見事、重田の肩に当たった。先ほどのお礼もこめて同じところを狙ったのだ。
「つっめてぇ~!さすが李、見事に当てられた」
その重田の言葉に、口の端を片方だけ上げた小狼の顔。
ーーーワクワク…するでしょ?
さくらはその小狼の顔を見て嬉しそうに笑う。
「荷物はあっちに置いておいでよっ!!」
山崎が作り貯めた雪玉を投げるその間に、昇降口を指差す。そこには他のメンバーの荷物が雪で濡れていない場所に置かれていた。
小狼は返事もせずに早歩きで昇降口に向かっていた。やる気なのだ。さくらはその背中を嬉しそうに見つめて追いかける。
荷物を置くとコートを脱ぎ始める小狼。それに続く様にさくらもコートを脱ごうとすると、
「お前もやるつもりなのか!?」小狼は驚いた様にさくらを見ていた。
「うん。なんで?」なぜそんな事言われるのか解らないさくら。
「なんでって……」小狼の視線は少し下へ。
「……///。ス、スコート履いてるよ?」
「そ、そういう意味じゃないっ!!……///素足だろっ!!雪が当たったり、転んだりしたら危ない」
「だいじょうぶだよっ!!雪は当たるかも…だけど、転ばないように気をつけるからっ!」
そう言うとさっさとコートを脱いださくら。
ーーーこいつは言い出すと絶対だからな………。
小狼は、はぁと一つため息をした。そしてスッと表情を変えはしゃぎ回る三人を見た。その周りには別に雪投げをする生徒たちもいて、皆が雪を楽しんでいる。
そんな景色の中に重田を見つけると、小狼はゆっくり歩きながら、横の水飲み場に積もった雪を片手で掬い上げる。両手で丸める時には走り出していた。
さくらはそんな小狼の姿がなんだか嬉しくて、にっこり笑うと自分も走り出していた。目の前では重田の投げる雪玉を避けながら、小狼も雪玉を投げている。さくらも丸めた雪玉を投げて応戦する。
「あっ!二人で同時にとか、ズルくない?」重田が笑ながら新たな雪玉を投げようとする。
すると、
「させるかっ!」小狼も素早く雪玉を作り投げる。
それは重田が投げたその雪玉に直接命中した。
「マジか!?い、いや、まぐれだろっ!?」重田が呟く。他から飛んでくる雪玉を避けながら、重田は再びさくらに向かって投げるとまたしても小狼の投げた雪玉が当てられた。
「お前の相手は俺だろっ!」
気付けばすぐ横から小狼の声がして、雪玉が重田の顔面に命中した。雪を払いながら見た小狼の顔は悪戯っぽく笑っている。
「お、お前っ!?もしかして俺の考えが間違いじゃなければ…」
重田はそう言いながら走る小狼目掛けて、次から次へと雪玉を投げる。しかし当たらない。小狼はうまく避けつつ、隙を見ては素早く屈んで雪を掴むと手早く固めて重田に投げる。
重田も飛んでくる雪玉を避けながらいくつか小狼に投げた後、先ほどと同じさくら目掛けて雪玉を投げた。この瞬間、小狼は雪玉を持っていなかった。しかし、さくらに向かって投げられた雪玉はその起動を遮る様に走り込んだ小狼に当たった。
「や、やっぱり……」重田が呟いた。
この間も幾つもの雪玉が飛び交い、山崎に水木、重田はかなり雪まみれ、溶けかかった雪の雫で濡れたいた。なのに小狼はほんの少しの雪とその雫、さくらに関しては足元以外全く濡れていない。
山崎がふと立ち止まり周りを眺めていた。
「ああ~。そういうことかぁ」と納得した様に呟いた山崎の背中にベチャっと雪玉の当たる感触。
「そういうことって?」当てた張本人、水木が山崎に近づき聞く。
「見てよ…」
そう言われた方を水木が見る。そこには笑いながら雪玉を上手く避けるさくらの姿。
「木之本さんに全然雪が当たらないなぁと思ったんだ。もちろん木之本さんは運動神経良いから上手く避けるんだけど…避けきれない角度とかから投げても、どこからか飛んでくる雪玉とかに邪魔されたり…さっきまでいなかったのになぜか李くんがいて当たっちゃう…というか李くん自ら当てられに来てたりね?」
山崎の言葉を聞きながら、さくらを目で追う水木。重田からさくら目掛けてがむしゃらに投げ込まれる雪玉と、それを的確に打ちのめす小狼の投げる雪玉プラスさくらの運動神経。
「なるほど……李のやつ…」
「「どんな運動神経してるの?」」
「こーさーん!!勘弁して~!!!」グラウンドに重田の悲鳴が響き渡った。
気が付けば2対1。重田が小狼とさくらに集中攻撃を食らっていた。
重田の降参宣言で終わりを遂げた雪合戦。制服がビショビショになった重田をはじめ、山崎、水木の三人はジャージでの帰宅となる。制服姿の小狼とさくらも足元の学校指定の革靴は見事にグショグショで体育用のスニーカーに履き替えての帰宅だ。正門を出たところで、二人はジャージの三人と別れた。
コートを着てもブルっと震えた小狼の髪は薄っすら濡れていて毛先が跳ねていた。ポケットに手を入れるとまだカイロが暖かい事に安堵する。
「あ~、楽しかった」頬と鼻先赤くしたさくらが、楽しさの余韻を残したまま笑っている。
「……お前、鼻赤いぞ?」可笑しそうに笑って言う小狼。
「う、うそっ!?」
さくらは慌てて両手で覆う様にすると、触れた鼻は冷んやりしていた。この両手だって冷えて真っ赤になり悴んでいるのに。鼻先はもっと冷たい。さくらはそのままはぁと息を吹きかけた。手袋は雪で濡れて替えもない。
すると隣で歩いていた小狼がさくらの前に向かい合う様に一歩出た。びっくりして立ち止まるさくらの顔に小狼の顔が近付き、大きな両手で頬を包み込んだ。
「こんなに冷たくなって…」そう言った小狼の目はさくらを心配そうに見つめていた。
驚いたままのさくらの鼓動がトクンと跳ねる。違う意味で頬が染まりそうだ。
「小狼くんの手、暖かい……」さくらは小狼の手に自分の手を重ねた。
「お前が冷え過ぎ。手までこんなに冷たいじゃないか」心配した顔が少し怒った様な顔の小狼。
「そう、かな?」さくらは悴んでるとまでは言えない。
「そうだよ。」ーーー悴んでるじゃないか、いつもと触れ方が違う。
小狼は更に難しそうな表情になった。
「……おかしいな?」さくらは呟く。
「何が?」
「…雪が当たらないよう守ってくれてたから…私より小狼くんの方が冷えちゃってるでしょ?」
ーーー私だってそのくらいは気が付くよ。「小狼くんだって、お鼻赤いよ?」クスリとさくらが笑う。「ありがとう、小狼くん」
「……///」
小狼は照れ臭そうに右手の甲で顔を覆う様にすると視線を外した。赤く染まった顔は寒さのせいだけではない。
暫く沈黙が続くと、小狼はその手をポケットに入れ取り出した物をさくらの左手に握らせた。
「あ……、カイロ…」さくらは左手を見下ろし呟いた。
「そっちで持ってろ。悴んでるんだろ、手……」
ああ…やっぱりバレてた。さくらは「ふふふ」と笑って頷いた。
そしてまた並んで歩き出す。すると小狼が左手でさくらの右手を取り、そのまま自分のコートのポケットに手を入れた。さくらがびっくりして小狼を見上げると、視線を前にしたままの小狼は言った。
「雪を投げている時…寒さなんて、忘れてた」
「………。」
「……楽しかったよ」ーーー雪を投げることも、お前を守ることも。「だから…大丈夫だ」
小狼は目だけをさくらに向けてフッと笑った。
「……うん。」さくらもにっこりと笑った。
繋がれた二人の手はカイロを持った手と比べ物にならない暖かさでいっぱいになり、二つの心は寒さを吹き飛ばすほどの熱を灯して二人を包む。
街を白い世界に包んだ雪も、二人の熱には敵わない。
END
◆◇◆◇後書き的な◇◆◇◆
今年は雪が多いですね~。
寒さに耐える小狼くんとか、友達とじゃれるとか、さくらちゃんを守るところとか、断片的なシーンがずっと頭の片隅にあって、どうにかならないかと書いた物です…。
お付き合いありがとうございました。