今日は二十四節気の処暑で、暑さが峠を越し、朝夕には涼しい風が吹いて秋の気配が感じられる頃と言われる。

 

 

暦通りとはいかず、向こう1週間は猛暑日の予報が出ている。

 

 

名古屋は厳しい酷暑から解放されることなく、しばらくは危険な暑さに晒されそう。

 

 

暑さを避けるためか、ヤモリがメダカを飼っている火鉢に尻尾を水に浸けて休んでいた。

メダカを捕食することは無さそうだし、害虫を捕らえてくれるのでそっとしておいた。

今日も朝の散歩以外は家で高校野球決勝戦のテレビ観戦をしたり、本を読んだりして過ごした。

沖縄尚学が強豪校の日大三高を下して、劇的な初優勝をした。

 

今日も朝から暑さが治らず、前夜の熱気がこもったまま気温がどんどん上がっていく。

 

 

朝の散歩は近所を一回りして、柳橋中央市場で夕飯のおかずを物色した。

 

氷詰めにされた鮮魚でも、買うのをためらう程の猛暑日が続いている。

 

 

 

甘塩の銀鮭の切り身と、アサリを買うことにした。

 

 

今日も体温越えの猛暑日となり、家でテレビを見たり小仏像のストラップ作りをして過ごした。

座椅子に横たわって休憩していると、直ぐに寝落ちてしまう。

 

今日も早朝から強い陽射しが照り付け、最高気温は39度を予想している。

 

 

涼しい部屋で高校野球準決勝、岐阜商対日大三高戦を見たいところだが、木曜日は円空仏彫刻教室の稽古日で、会場の荒子観音寺へ出かけることにした。

 

 

4回までテレビ中継を見て、あとは教室で彫刻をしながらスマホで岐阜商の応援をした。

残念ながら延長タイブレークで敗れたが、これまでの試合を含めて善戦を讃えたい。

 

 

木端の会会員20名ほどが、毎週木曜日の午前10時と午後1時からのクラスに分かれて、円空仏彫刻の練習をしている。

今日は厳しい残暑のせいか、やや参加者が少なかった。

↑中日ビル

学生時代の仲間と中日ビルのうなぎ料理店「兼光」で会食をした。

 

 

 

この店は三河一色に直営の養鰻場を持ち、新鮮な活き鰻が毎日搬入される。

 

 

数量限定の人気メニュー「うな肝丼」を食べたが、備長炭で焼き上げた蒲焼もたっぷりのボリュームで美味しかった。

 

会食後は近くのカフェで、お茶を飲みながら歓談を楽しんだ。

年に2〜3回は集まって会食や旅行を楽しんでいたが、参加者も全員80代後半に入り、近場で昼食を楽しむ程度になってきた。

次は忘年会を目標に、再会できることを願って散会した。

 

 

昼間の栄は強い陽射しが照り付け、危険を感じるほどの暑さだった。

ザ・ランドマーク名古屋栄は、工事が進み上層階の外観はほぼ完成し、下層階や玄関まわりの整備が進められている。

 

 

 

入居するホテルやシネコンのサインも取り付けられていた。

 

今朝の散歩は堀川を下り、洲崎橋を渡って大須一丁目界隈を歩いて来た。

橋を東に渡ると中区大須一丁目に出る。

昭和44年の町名変更で、すべての町名が大須になってしまった。

往時は日の出町や常磐町、若松町、花園町などと呼ばれ、中学の同級生が多く住んでいた。

木造家屋や長屋、商店、路地などが入り組んでいたが、今はマンションやビルが建ち並び昔の面影はない。

 

↑大須小学校

 

 

大須小学校向かいには西大須公園があり、浮き上がったクスの巨木の根に取り込まれたように「総理大臣伯爵加藤高明閣下記念碑」「大正十三年七月二十日」と刻まれた石碑が建っている。

愛知県出身最初の総理大臣就任を祝って作られたようだ。

加藤高明は旧大須小学校か栄小学校で学んだという説もあるが定かでない。

 

 

 

公園の南側には、白山神社のこんもりとした鎮守の森がある。

木々は大きく成長しているが、以前と変わらぬ静かな佇まいを見せていた。

 

 

帰りは岩井通りを歩き、江川線を水主町経由で家に戻った。

 

 

 

水主町周辺は都市高速道路名駅インター新設工事が進行中で、変貌する街の姿を実感しながら歩いた。