「法と経済学」の視点から~文系院生の生活記録~ -7ページ目

昨日から

組織論の集中講義を受けてます。いわゆる「新しい組織」について学んでます。要はこれからは、いままでの官僚制と呼ばれるピラミッド型の組織から下部に意思決定を委ねたネットワーク型の組織へ転換しなければならないってオハナシです。続きはまた後日。

世間は狭いよ

大学院の同期(僕の10才上)が、島根大の先輩の姉貴の旦那であることが判明!衝撃でした。

月末に思う

昨日は待ちにまった給料日!しかし、今日から月末の締め処理に入ります。しかも、週あけからの集中講義と重なる。まじでヤバイ。

久しぶりに

研究室に顔出しました。ただいま研究室で更新してます。


最近、更新も研究もサボリ気味・・・・。反省。


気合を入れねば!

吉野屋はどこへ行く

平成大不況の頃、吉野屋の成功の秘訣は牛丼に特化してるからだと言われてました。経営学っぽくいうと選択と集中ですね。しかし、今日久しぶりに吉野屋にいってみると、豚丼だけでなく、しょうが焼き、焼き肉・・極めつけはカレー。なんか普通の定食屋みたくなってました。この店はどこに向かっているのだろうか?

フタタ問題

 フタタ問題にケリがつきましたな。


 フタタはアオキではなく、コナカの傘下に入ることになるそうです。やっぱし、日本の経営土壌では敵対的買収は無理なのかもと考えてしまいます。


 まぁ、敵対的買収は本場アメリカでも廃れぎみです。なぜなら、多くの会社が本社をおくデラウェア州における判例の蓄積により、合法的ポイズンピルができるようになったからですね

壮行会

今日、僕のホテルで都市対抗野球の壮行会があったので大いそがしの一日でした。

名言

「彼氏にするなら西南大。


   結婚するなら九大。


    用心棒は福大。」


 九州の大学のレベルを的確に表した言葉ですな。

レポートの続き

3、個人株主の時代~株主民主主義の実現へ向けて~

 前述した様に、従来の日本企業の主要な株主は、長年取引関係のある金融機関や同じ企業集団内の会社が中心だった。しかし、「間接金融から直接金融へ」という言葉が示す様に、銀行と企業の取引関係が薄れ、また今後、企業間の株式相互持合いが解消していくことで、海外投資家や年金基金、投資信託などの機関投資家の株式保有が増加していくだろう。そうなれば、株式の保有動機も従来の取引関係の維持を目的にしたものから、株式の投資利回りに重点を置いたものになっていくことが予想される。

 しかし、企業価値は時間をかけて作り出されるものである。近年増加しているデイトレーダーや機関株主は長期的利益の追求に向かないことは前述した。短期的な投資をする投資家は企業価値がどうなるかは問題では無く、自分が利益を得られれば良い。必然的に企業価値とは矛盾する行動もとる。

思うに、米相場以来歴史的経緯を克服し、利ざや稼ぎの投機ではない、長期的に利益をもとめる個人株主を育てることが肝心である。また、それらの株主が経営に関心がもてるような仕組みを作っていくことが重要である。

私はIT技術の利用による株主総会の活性化を提案する。株主総会こそ、経営者と株主の対話の場なのである。現行法では、株主総会の召集通知や議決権の行使をEメールで行える。この考え方をさらに進め、インターネット上で株主総会を開催することが考えられる。これまで、距離や時間の関係で総会に参加できなかった個人株主も参加することが可能となるだろう。

1960年代のアメリカにおいて株主民主主義といって、総会を通じて株主自身の手で経営者の行動をチェックするというのだという考え方が一世を風靡した。しかし、70年代に入ると現実的でないという批判にさらされ次第に議論されなくなった。しかし、私はIT技術を駆使することで株主民主主義を実現することが可能であると考えている。

4、おわりに

日本では株主重視が言われるとしても、それは保有株式数の多い法人株主や機関株主であって株式は少なくとも人数の上では圧倒的多数を占める市民株主のことは忘れられている。本来ならば、個人投資家こそ証券市場の主人公でなければならない。

個人株主の運動はこの10年で確実に広がりをみせている。それまでも原子力発電に反対する環境グループが電力会社の株主として株主総会で提案をするというような動きがあった(一株株主運動)。しかし、広範なテーマを掲げて企業経営をただすものは見られなかった。

19962月に大阪で設立された「株主オンブズマン」はその代表といえるだろう。弁護士や公認会計士、研究者、個人株主らによって構成される有限会社として誕生し20046月からはNPO法人として活動を続けている。「企業活動の監視、企業の反社会的行為の批判・是正」を掲げ、開かれた株主総会を求める活動をする他、総会屋への利益供与事件などの不祥事での関係役員に対する株主代表訴訟、日本生命および住友生命の役員に対する政治献金の廃止を求める訴訟を起こすなど幅広い分野で企業に要求を突きつけている。

一方で、村上ファンドの様なインサイダー取引に代表される証券犯罪が続き、個人株主の間に、所詮、証券市場はインサイダーやプロ達により操縦される相場であるという認識が広がれば、成熟した証券市場の成立は不可能となるであろう。市場の秩序を踏み荒らすものは厳格に取り締まらねばならない。6月に成立した金融商品取引法はその流れから誕生した。

 また、個人株主の側にも戒めるべき点はある。株主は自分が持つ株式が、単なる有価証券ではなく、人間集団の運命を支配する権力である企業支配権の一端であることを忘れてはならない。

これからの企業においては株主、経営者が一体となって長期的な視点で真の企業価値を追求していく姿勢が求められる。

レポート完成

あまり良質ではありませんが、気が向いたら読んで下さい。

「株主の種類と投資行動」


1、序

ニッポン放送事件以来、敵対的買収の脅威が現実化してきた。本稿の執筆中にも王子製紙による北越製紙への敵対的公開買付が行われている。企業買収や企業防衛の議論とともに、「会社は誰のものか」という議論も活発化してきた。

この問いに対し、多くの商法学者は株主には残余財産分配請求権があることを根拠に「会社は株主のもの」(株主主権説)という観点に立ってきた。商法の神様と呼ばれ、戦後の商法学界を牽引してきた鈴木竹雄博士は著書『会社法』のなかで「株主は実質的にみれば、会社企の共同所有者」であるとしている。

 また、米国においても「会社は株主のもの」であるという認識のもと、経営者は株主価値、つまり株価を最大化することが使命であるとする見解が強い。この見解の背後には株主だけが企業のリスクを負担する当事者であるという考え方がある。

 一方、近年では、様々なステーク・ホルダー(利害関係者)の利益を考慮すべきであるという意見も勢いを増している。この観点に立ったとしても、株主は最も重要なステーク・ホルダーであることには変わりない。

 しかし、単に株主という言葉で一括りとして考えて良いものなのだろうか。株式市場での自由な株式売買とは、多様な目的を持った人が自由に株主になれるということを意味している。様々な株主の立場によって利害や投資行動、そして会社への要求が違ってくるのではないか。

本稿においては株主の種類を法人株主、個人株主、機関株主の順にその特徴を分析した後、今後の会社と株主との関係をいかに構築していくべきかを考察していく。

2、株主の分類

①個人株主

第二次世界大戦後まもなくの頃は、個人株主の比率が人数では98%、保有割合では70%を占めていた。その後、最近まで個人株主の比率は一貫して減少してきたものの、現在でも、少なくとも数の上では個人のウエイトは圧倒的である。

個人が株式投資をする目的は、株の保有によって資産を形成することである。配当やキャピタルゲインを追及することも、資産形成の一部と見てよい。そのために、個人株主は会社経営にはあまり関心を示さない(いわゆる「もの言わぬ株主」)。例え、関心を持ったとしても形骸化し、シャンシャン総会と呼ばれた株主総会では個人株主がイニシアティブを取れるような状況ではなかった。

また、わが国においては、株式投資を江戸時代の米の先物相場の延長で考える伝統がある。例えば、日本では、各企業の株式を表現するときに「銘柄」という言葉を使うが、これは、元々は米の種類を表す言葉であった。つまり、株式を購入することを、投資というよりは利ざやを稼ぐ投機と考える風潮が歴史的に強いのである。

特に近年、デイトレーダーと呼ばれるインターネットを通じた個人の株式投資が増えている。しかし、これらは購入した株式を数時間で売却するような超短期売買で、定着はしない。つまり投機色が一層濃い手法なのである。

②法人株主

 第二次世界大戦後の日本では、いわゆる経済民主化の一環として旧財閥保有株式の放出とその個人による保有を目指した証券民主化運動が行われた。また、高度経済成長に伴う株価上昇で株式投資ブームも起こり、1950年代後半には個人株主数は終戦直後の4倍近くに達した。しかし、これを持株比率の観点から見ると著しく異なる。

 日本では法人間での株式相互持合いが行われてきた。個人株主の持株比率減少そして株式所有の法人化の現象は1950年代から始まり60年代から70年代にかけて広がっていった。背景としては、財閥解体後、株式所有の混乱状態が起こり、株式買占めが横行したことがあげられる。企業間でお互いに株式を持ち合う乗っ取りを恐れる会社は対策として安定株主を行って、法人に株式を持ってもらったことから進行したのである。

 例えば、三菱財閥の解体により誕生した陽和不動産という会社があった。1952年、この会社の株式を一介の投機師である藤綱久二郎が買い占めるという事件が起こった。慌てた三菱グループはグループ11社でこの株式を引き取った。その後、この様な買占めが二度と起こらないようにするために、三菱グループの企業間でお互いの株式を持ち合うということになった。

この様な動きは他の企業にも広まっていった。さらには、銀行を中心としたマトリクス状に持ち合う様になり企業集団を形成した。特に三菱、三井、住友、芙蓉、第一、三和を6大企業集団とよんだ。

 株式相互持合いはファイナンスの観点から言えば、資本の空洞化を招き、ガバナンスの観点から言えば株主によるチェック機能が働かなくなり「馴れ合い経営」になりやすいという点で問題が生じる。奥村宏氏はこの様な状態を「法人資本主義」であるとして批判してきた。

 バブル崩壊後の株価低迷の中、持ち合い株が売りに出される現象が起こり、相互持合いの崩壊と言われたが、敵対的買収の脅威が現実化した今日では、一部の企業で持ち合い回帰の動きがある。

③機関株主

 機関株主とは年金基金、生命保険、投資信託など客から資産を預かってそれを運用している機関である。また、年金や個人信託を運用している銀行信託部も機関株主といわれる。機関株主はその運用を任された資産を債券や株式などで運用している。1960年代以降、アメリカにおいて、機関株主の株式所有割合が増加した。日本においても持ち合い崩れにより流失した株式を買い取ることで、持株比率が急激に増加している。

 機関株主の中にもコーポレート・ガバナンスに積極的な姿勢をもつものもいる。例えば、米国ではカリフォルニア州公務員退職金基金カルパースが有名である。日本でも、20032月に厚生年金連合会は独自の行動基準を作って株主総会の議決権の行使を行っているのをはじめ、経営の内容に対して積極的に意思表示をする機関株主も出現している。

 機関株主というのは他人の資産を預かってそれを運用しているのであり、委託者に対し代理人(エージジェント)の立場に立つ。委託者の利益を第一に考えて資産を運用し、投資収益の最大化を図らなければならず、もしそうでなければ委託者から裁判所に訴えられたり、解約されたりする。必然的に短期的利益を求め、運用は流動的になり、売買回転は高くなる。例えば、市場価格より高値で公開買付が行われた場合は、簡単にそれに応じて株式を手放す。なぜなら、それが委託者利益を尊重することだし、株式公開買付に応じず株式を持ったままで、もし株価が下がった場合には責任問題に発展するからである。ここに機関株主は短期的利益を追求する不安定株主という構図が見えてくる。

 例えば、先日、インサイダー取引が発覚した村上ファンドはコーポレート・ガバナンスの旗手として登場し、積極的に株主提案を行ってきた。ガバナンスとは経営者に対する監督の仕組みであり、それを改善させ企業価値を向上させようということである。しかし、実際には村上ファンドは株式を長期保有し、ガバナンスの改善で企業価値を向上させそれによりキャピタルゲインを得るという投資手法をとってはいない。基本的には短期間の裁定取引を行ってきた。市場の値付けのギャップに注目し、安く買って、高く売るという手法であり、企業価値の向上を利益の源泉としていないのだ。