【書評】徳永直『太陽のない街』 | うんちくコラムニストシリウスのブログ

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大学卒業の日に気が狂って、プロレタリア文学を読んだ私(笑)

さて、今やストライキが話題になる日は皆無といって等しいですね。
さらに言えば、「春闘」や「メーデー」なんて今や「セレモニー」に過ぎないですね(^^)♪

その意味で、本書は若干時代遅れの感が否めないですね。
ところで、本書は、政府や軍部によるプロレタリア運動(文学)弾圧に際して絶版となり、戦後再出版されるわけですが、戦後再出版の同書の中で、著者は本書の欠点を自白します。

 したがって、「太陽のない街」はいろいろと弱さを持っている。第一には、この闘争を指導した、当時非合法だった日本共産党の実体を詳しく知ることができなかったので、正確に描き出せないでいること。例えば、日本労農党との関係など特に不明瞭である。第二は、それと結びつくことだけれど、当時福本イズム的偏向が、この闘争にも如実にでており、作者がそれを批判的に描き出せないでいることである。第三に、それらの弱さが、作品の通俗性とあいまって、労働者が事実上もっている健康なリアリズムを、いくらか怪奇な、歪んだものとした傾きがある。

*福本イズム=運動を政治闘争に発展させるためには,理論闘争によって,労働者の外部からマルクス主義意識を注入すること

 果たして本書の欠点は理論的見地から労働運動を描かなかった点なのか。的外れでしょう。本書の欠点は「重要なシーンでの心理描写の欠如」に尽きます。例えば、妹お加代を亡くした姉高枝が、大川社長の孫娘悦子を毒殺するに至るまでの心理描写の欠如を挙げることができましょう。さらに、理論的見地から本書の争議運動を描いた場合、本書の価値はさらに半減するでしょう。作中人物の心理描写が曖昧なところに、曖昧な理論を重ねるわけですから。
 ゆえに本書は、文学的見地からではなく、歴史的見地から評価されるべき作品と言えましょう。左派的勢力に対する弾圧がいつ起こるともしれない中で、争議運動の実態を描いた作者の文学的使命感は評価されるべきでしょう。また作品自体の評価すべき点としては「タイトル」のネーミングセンスです。

「太陽のない街」=汚水が流れている谷底の街で、労働者が住んでいる。

で、タイトルと本書の文学的主題を結び付けるのが次の一節。

 その千川どぶが、この「谷底の街」の中心であるように、それから距たり、丘陵に沿って上るほど二階建てもあり、やや裕福な町民が住んでいた。それは、洪水を避け、太陽に近づくことであり、生活の高級さを示すバロメーターのようなものであった。

●好きな一節
―諸君、俺達は、今日までどんな思いで闘ってきたか―そして君等が会社へ入っちまったら、俺達はどうなる?
 黒岩は、目の色を変えて、一座の先鋒になっている柱の傍らの鳥打ち(鉄砲で鳥を打つ人)に詰め寄った。
―だが、ちょっとお前さん―
 すぐ黒岩の足許にいる五十ばかりの昔仕込みの職人らしい青ざめた男が、手をあげて言った。
―俺だって、道楽に、なけなしの小口預金をはたいて電車に乗って、深川のくだりから来たんじゃねえや、おりゃあ、これで、半年も遊んでるんだ―嬶(かかあ)や子供を日干しにして、この正月が越せねえんだよ。
 彼は、古いマントを蝙蝠のように動かした。
―おりゃあ、半年どころか、一年にもならぁい―背後の方でも新しい声が応じた。
―冗談じゃねえ、おだやかに帰して貰うぜ。つまんねえ、食うか食われるかの境目だ。
―そうだとも、スキャップ(代替要員雇入れ禁止)だか、シャベル(争議の武器)だか知らねえが―よう、争議団の人、威嚇しないで帰しとくれよ。
 空気はますます悪くなった。失業者達は口々に喚きたてた。黒岩は、とうとう爆発したように怒鳴った。
-じゃあ、貴様達は、どこまでも我々を裏切って、スキャップ(会社側に再雇用されること)になるっていうのか?
 萩村は出ていこうとしたが、人がいっぱいですぐ黒岩のところまで行けなかった。
―何だ、裏切りとは?
 真ん中辺りにいた、釣鐘マントの苦学生風の若い男が、つと立ち上がって黒岩に詰め寄って行った。
―どうして僕達が裏切りだ。僕は君等とは何の関係もないんだ。僕が自由意思で会社に雇われることは、民法でも指定されてる通り、正当なんだぞ
 苦学生は、見事言い負かした気であった。
―そうだとも、争議団は争議団、俺は俺だ。
 失業者達は立ち上がりかけた。すると、
―このスキャップめっ。
 黒岩が、いきなり、その苦学生の顔面にメリケンを入れた。釣鐘マントは不意をくらってひっくりかえった。室内は総立ちになった。
―待ってくれ、待ってくれ…。
 取っ組み合いの黒岩や松本を、失業者達から引き離して萩村は言った。

*スキャップ=労働組合がストライキに入った場合、使用者が他から労働者を臨時に雇用して操業を継続すること