【コラム】大阪市「職員アンケート」の法的論点(2) | うんちくコラムニストシリウスのブログ

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退去要求は団結権侵害…労組、大阪市を提訴へ (読売新聞 - 02月12日 20:24)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120212-OYT1T00433.htm

大阪市の職員アンケート、一時凍結 救済申し立て受け(朝日新聞‐2月18日7時26分)
http://www.asahi.com/politics/update/0218/OSK201202180004.html

橋下・大阪市長:全職員の政治活動調査 日弁連など「憲法違反」
(毎日新聞 2012年2月17日 東京朝刊)http://mainichi.jp/select/seiji/news/20120217ddm012010051000c.html

橋下氏なお強気「調査は当然」…労組は謝罪要求(2012年2月18日16時23分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20120218-OYT1T00140.htm

●私見
法律論点のところがあまりに長いので、先に私見を申し上げると次の感じです。

●結論
→不当労働行為が定める「不利益取扱」に該当する記載が一部存在するが、被告側(橋下市長)に正当な理由が存在することを考慮すれば、同職員アンケートは不当労働行為を成立しない。

・地方公務員の団結権侵害については、地方公務員法56条を根拠にして、人事院に対する不服申立て(地公法49条の2第1項)を行うのが通説的理解であり、憲法28条の団結権侵害を前面に押し出す組合側の姿勢は、公務員の基本的人権を基本的に制限合憲としてきた判例や、橋下市長の「職員アンケート」が不当労働行為制度の何に当たるのかが判然としない中では、訴訟リスクを高めることになる。
→要するに取消訴訟ではなく不服申立てをした方が良いのでは?、不服申立てより取消訴訟の方が敗訴リスクが高くなるのでは?という私見

・(地公法56条に基づいた不当労働制度が地方公務員に対しても最低限適用されるとして)…同「職員アンケート」が不当労働行為制度で使用者に禁止している行為のうち何にあたるかが問題となるが、(1)同アンケートの「回答しなければ処分されること」と、(2)被告(橋下市長)の一部過激な言動から考えれば、「不利益取扱」か「支配介入」に該当するか否かが問題となる。
・しかし、一部識者が言う地方公務員法46条を根拠に「支配介入」を導き出す考え方は、地方公務員に最低限保障されている団結権の根拠を規定するのが52条・56条であることを考えると、「こじつけ」であり、採用することはできない。また「支配介入」は結果を要求しないため「不利益取扱」規定以上に労働者を保護する余地がある規定であり、他方で、地方公務員の労働基本権に対して「必要やむをえない限度の制限」を加えることは、公務員の地位の特殊性と職務の公共性を根拠に、合憲とされていることを考えると、同アンケートは「支配介入」に位置付けて主張することはできない。
→「職員アンケート」が不当労働行為に該当するか否かが問題になるとすれば、「不利益取扱」に該当するか否かが問題となる。

・ゆえに、同アンケートが「不利益取扱」に該当するかを検討する。まず、同アンケートは、大阪市の職員が違法(不適切)な政治活動、組合活動を調査するために行う必要があると被告(橋下市長)は主張する。それに対して、原告(市組合)は、同アンケートには「業務命令として思想・信条に関わる回答部分がある」と主張する。そこで、同アンケートの内容を検討すると、同アンケートからは次の事実関係が認められる。

(1)同アンケートの記載で人事上の不利益を受けることはない(2頁)
(2)同アンケートの記載で自らの(違法な)政治活動を申告した者は、特に悪質な事案を除いて免職されることはない(2頁)
(3)同アンケートの質問事項のうち、個人を特定する記載については回答を強制的に求めてはいない。
(4)アンケートの質問事項は、(ア)組合活動に関する調査、(イ)政治(選挙)活動に関する調査、(ウ)組合幹部の職場での優遇に関する調査、(エ)職員のコネ採用に関する調査、(オ)組合加入のメリット、(カ)組合に加入しない不利益に概ね大別することができる。

 上記の事実関係から、同アンケートが「不利益取扱」に該当するかを検討すると、確かに(ア)・(オ)・(カ)は「不利益取扱」に含まれる「精神的な不利益」に含まれる可能性がある。しかし、(イ)・(ウ)・(エ)については、地方公務員法36条が地方公務員の政治活動を禁止していること、さらには今回大阪市職員組合を中心とした選挙活動が大々的に行われていたと窺われる一定の事情があったこと、被告が「政治活動への調査」を目的として同アンケートを決定した理由は上記実態を調査するためであったこと等が考慮できる。したがって、同アンケートは一定の不利益取扱が認められるものの、同アンケートを実施するに値する正当な理由が被告側に存在していたと認めることができる。したがって、同アンケートに不当労働行為は成立しない。

●訴訟に至る経緯
・橋下市長は、10日に、市長命令で、市全職員を対象に「政治と組合」に関係するアンケートを始めた。アンケートは、ネットワークにつながったコンピューター上で答える形式で、22問ある。職員3万8000人のうち、法律により組合に加入できない消防局をのぞく全職員が対象で、名前と職員番号の入力が必須だ。

・組合員からは、「アンケートといいながら、正確に答えないと処分されると書いてある」といった心配が寄せられていた。質問の中に、労働組合法で守られた活動を妨害するようなものが含まれていることから、10日午後、市労連は組合員に「業務命令として思想に関わる部分にまで回答を強要することは不当労働行為に当たる可能性がある。大阪府労働委員会に申し立てするので、回答は待つように」と伝え、撤回を求めている。

・特に、「選挙の話をしたことがあるか」という質問には、首を傾げた。「特定候補者への投票をうながす動きがなかったかを知りたいのだろうが、選択肢がわかりにくい。中に、『一切話題になったことはない』が含まれていたが、それを選んだ人のほうが変。意味不明な設問だ」と話した。

・また、「労働条件に関する組合活動に参加したことがあるか」という質問もあった。「労働者の権利そのものが、悪いことのように感じた」(30代男性職員)とも。

・全職員に対する実態調査は、橋下市長が9日に業務命令として指示しており、16日までに回答しなければ処分対象となる。

以上の話のソース
http://media.yucasee.jp/posts/index/10422?la=0005
http://t.co/zPIrPYyk (実際の職員アンケートと思われる書類)

●組合側の主張
「思想・信条に関わる部分まで回答を強要しており、不当労働行為だ」

●今回問題となる地方公務員の労働基本権規定
・地方公務員は憲法28条の「勤労者」に該当する。
・非現業の地方公務員(警察職員は除く)には、原則として「団結権」は保障されている(地方公務員法52条1項,3項)。しかし、同条の「職員団体」は憲法28条にのみ根拠を有する労働団体という趣旨であり、「憲法上の労働団体」は地方公務員法なり労働組合法によって積極的な保護、利益を受けることはない(鹿児島重治『逐条地方公務員法[第6次改訂版]』800頁,橋本勇『逐条地方公務員法[第2版]』856頁)。一例として、地方公務員法には不当労働行為制度の規定はない。
・非現業の地方公務員に労働組合法は適用されない(地方公務員法58条1項)。
・現業の地方公務員には労働組合法が適用される(地方公営企業の職員は地公労法5条1項,単純労働職員は地公労法附則5条後段)(ただし争議権は地方公務員法37条1項で禁止)

○図表で分かりやすいソース
「国家公務員及び地方公務員における労働基本権について」http://www.gyoukaku.go.jp/senmon/dai7/siryou11.pdf

●地方公務員に労組法上の不当労働行為制度は適用されないのか?
 非現業の地方公務員には労組法が適用されず(地方公務員法58条1項)、かつ地方公務員法には労組法7条の不当労働行為制度のような規定は存在しないため、厳格な言い方をすれば、地方公務員法には不当労働行為制度は存在しないということになる。
 しかし、非現業の地方公務員には、原則として「団結権」は保障されており(地方公務員法52条1項,3項)、かつ「職員は、職員団体の構成員であること、これを結成しようとしたこと、若しくはこれに加入しようとしたこと、又はその職員団体における正当な行為をしたことのために不利益な取扱を受けない」(地方公務員法56条)という規定があること(ただし同条に違反した場合の具体的措置については規定がない)、かつ不利益処分を受けた職員は、「人事院に対してのみ行政不服審査法による不服申立て(審査請求又は異議申立て)をすることができる」(地方公務員法49条の2第1項)という規定から、地方公務員の団結権行使に対する不利益取扱は労組法7条1号本文前段と同じように解釈することができると思われる(鹿児島917-922頁)。
 もっとも、上記の見解に対しては、「公務員の不当労働行為制度の不備は…憲法上の公務員の労働基本権の制限ないし否認と不可分の関係にある」ので、「現行法を前提として、労働基本権問題との関係を見ることなく、解釈によってその不備を補おうとする試みは、理論的にも、実際的にも困難を持っている」という批判(中山和久)や、「団結交渉権しか認められぬ現行法上の公務員制度のあり方の下での不当労働行為を論ずるのは、そのもとの濁りを清めないで末をきれいにしようとするのと同じことである」という批判(三藤正)がある。
 要するに、地方公務員法の不当労働行為制度は、不利益取扱の禁止については概ね民間労働者と同じような保障を受けているといえるが、支配介入については相当に不十分であるといえよう。

●公務員の労働基本権に関する憲法判例
○全逓東京中郵事件(1966年)
・憲法28条で保障される労働基本権は、公共企業体の職員はもとより、国家公務員や地方公務員も原則的にはその保障を受けるべきものと解される。公務員に対して右の労働基本権をすべて否定するようなことは許されない。公務員またはこれに準ずる者については…職務の内容に応じて、私企業における労働者と異なる制約を内包しているにとどまる。ただし、労働基本権の保障といえども、何らの制約も許されない絶対的なものではないのであって、国民生活全体の利益の保障という見地からの制約を当然の内在的制約として内包している。

・その制限は、①労働基本権を尊重確保する必要と国民生活全体の利益を維持増進する必要とを比較衡量して、合理性の認められる必要最小限度のものに止めなければならず、②職務または業務の性質が公共性の強いものに関しては、その停廃が国民生活全体の利益を害し、国民生活に重大な障害をもたらす恐れのあるものについて、これを避けるために必要止むを得ない場合について考慮されるべきであり、③これらの制限に対する違反者に対して課せられる不利益については必要な限度を超えてはならない。

○東京都都教事件(1969)
・(全逓東京中郵事件を前提に)地方公務員法の規定についても、その元来の狙いを洞察し、労働基本権を尊重し保障している憲法の趣旨と調和しうるように解釈する時は、これらの規定の表現に関わらず、同規定によって保護しようとする法益と、労働基本権を尊重し保障することによって実現しようとする法益との比較衡量により、両者の要請を適切に調整する見地から判断することが必要である。

○全農林警職法事件(1973)
・憲法28条の労働基本権の保障は公務員に対しても及ぶが、この労働基本権は、勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を免れない。(公務員の地位の特殊性と職務の公共性を根拠として)労働基本権に対し必要やむをえない限度の制限を加えることは、十分合理的な理由がある。けだし、公務員は、公共の利益のために勤務するものであり、公務の円滑な運営のためには、その担当する職務内容の別なく、それぞれの職場においてその職責を果たすことが必要不可欠である。
→同判決は、「公務員に対して労働基本権をすべて否定するようなことは許されない」とした上記の全逓東京中郵事件に対して、公務員の争議行為の一律禁止を合憲としたものであり、公務員の労働基本権に対する裁判所の姿勢を変えた判決として知られている。

●不当労働行為(労働組合法7条)
・趣旨―団体交渉を中心とした労使自治によって確立維持される公正なろ労使関係を保持するためであり、それに干渉、あるいはそれを妨害する使用者の行為をアンフェアなものとして事実上排除し是正するため。
・地方公営企業の職員には、一部適用除外はあるが、労組法7条が適用され、民間企業の場合と同じ趣旨で不当労働行為制度が適用される。
・地公労法上の不法労働行為の類型は、労組法7条の適用によって、不利益取扱(1号・4号)、黄犬契約の締結(1号)、団交拒否(2号)、支配介入(3号)である。

・不利益取扱=労働組合の組合員であること、労働組合に加入もしくはこれを結成しようとしたこと、労働委員会や公労委への救済申し立て等を理由として、労働者に対し解雇その他の不利益な取扱をすること
→不利益取扱の態様として、解雇・懲戒処分・配転・出向といった雇用関係上の不利益、賃金・諸手当の差別支給という経済上の不利益、組合活動上の不利益、精神的な不利益がある。この不利益性は相対的な概念であり、他の労働者や組合員との比較、あるいは従来の事例や慣行との比較によって判断される。もっとも、組合活動上の不利益はむしろ支配介入の問題として分類されるべきであるという見解(沼田稲次郎,久保敬治,浜田冨士郎)も有力に主張されている。
→不利益取扱をめぐっては「不当労働行為における原因の競合」が問題となる。これは、使用者が団結権の侵害行為等を行う場合に、使用者が反組合的意図等をもって行う一方で他の動機ないし理由をもって行った時に不当労働行為が成立するか否かの問題である。近時の最高裁は成立否定説(不利益取扱等について使用者に正当な理由が存在する場合には、使用者の反組合的意図等の存在に関わらず、不当労働行為は成立しない)に拠っていると言われる(済世会中央病院事件判決)。

・支配介入=組合の結成や運営に干渉する行為のこと。支配介入の成立には、組合の結成や運営に対する侵害の結果までは必要ない(小西國友)。
→支配介入の不当労働行為が成立するために、使用者の不当労働行為意思の存在が要件とされるか否かについては争いがある。

*反組合的言論
→使用者には言論の自由があるが、その自由を行使した結果、それがいかなる場合に支配介入になるかが問題となる。この問題については大きく分けて二つの考え方がある。すなわち、①相手方に対する威嚇・報復・不利益の予告を含む場合に支配介入になるという考え方と、②使用者の言論が組合活動に対して与える影響やその時期・方法・対象等を総合して判断する考え方である。
→使用者に組合弱体化意思等の支配介入意思が認められる一方で、表現の自由を行使する意思が認められる場合には、不利益取扱と同様の問題が発生する。
→使用者が、本来労働組合自身が自主的に決定すべき組合の組織や運営のあり方に関してなす発言は、そこに報復、威嚇、強制、利益誘導等の要素が含まれていなくても支配介入になり得ると解すべきである(西谷敏)
→使用者の言論は、そこに報復、威嚇等の要素が含まれている場合に限り、支配介入になるというべきであろう(西谷敏)

●不当労働行為の要件・立証責任
 不当労働行為の成立要件については、申立人が①当該労働者が組合員である(組合に加入しようとする)こと、②当該労働者が比較可能な他の労働者に比べて低く査定され、それを通じて賃金上の不利益を受けたこと、③上記②が「①の故をもって」なされたことを証明(疎明)しなければならない。しかし、こうした証明は困難さを伴うため、不当労働行為の査定差別問題における申立人の証明責任を軽減しするために「大量観察方式」が採用されている。
 大量観察方式とは、差別が不当労働行為であることを主張する労働者側が、差別の外形的事実、特定組合の組合員の賃金ないし地位と、同じ条件にある他組合の組合員もしくは非組合員の賃金ないし地位との間に一定の格差が存在すること(あるいは少なくともその疑いがあること)と、使用者の差別意思の存在、例えば使用者が当該組合を嫌悪する言動を行っていたこと等を立証すれば、その格差が使用者の差別的査定によって生じたものと一応推認し、使用者の側で、格差が労働者の能力・業績の差異や非違行為に基づく合理的なものであることを証明しない限り、不当労働行為の成立を認めようとするものである。
 もっとも、大量観察方式は、学説・判例で認められているが、判例の紅屋商事事件判決は、組合結成・公然化とともに直ちに考課に差異が生じるようになったという事例であり、一般の査定差別事件とは異なる特徴を持っている。また、大量観察方式を訴訟で用いる場合にも、格差の合理性に関する使用者側からの立証を認めることになるから、個別立証は避けられない。