やりたいこと探しの盲点。
前回入りきらなかった、「やりたいこと探し」のもう一つの視点です。自分の好きなこと、やりたいことを探すとき、「皆にすてきだと思われるようなことを趣味にしたい」「こんなことを好きでいるのは恥ずかしい」「上手くできることじゃないと、好きなことにしたくない」等の考え方は要注意だと書きました。これらは総じて、好きであるにも関わらず蓋している状態のものということでもあります。しかし、この状態であれば他人の視線を気にしている自分に気付いてあげることができれば解決自体は早いのではないかと思います。ここで、もう一つ現れてくるのが「恐れ・制限」というキーワードです。誰に何を言われたわけでもないのに、やっちゃいけない。好きになっちゃいけない。と思っていること。あるいは、幼少期に親からひどく叱られていたり、すごく嫌だ、ダメだと思っているのに、何故か強く惹かれてしまったりすること。実はそういったものの中に、自分が本当に夢中になれる学びや研究のテーマがある方もいらっしゃるのではないかと思います。(勿論、法律等に反することは、社会的な規範の逸脱にドキドキしているだけなので、ノーカウントです!笑)そういった「恐れ・制限」を抱えている方は、何にも夢中にならず、むしろ何かに熱中することを回避しているように見えることも往々にあります。潜在意識では自分のその状態をわかっているのかもしれませんが、本人は無自覚であることがほとんどであるようにも見られます。私の場合の「恐れと制限」は、「ちょっと怪しい(と思われるような)こと」でした。科学的根拠のない、いわゆる占いだとかを含めた、歴史はあるのだけど目には見えない、神秘的な類のものです。神話等を物語として読むのは好きだし、心理学や統計学としての自己分析や診断は抵抗なく好きだと素直に思えるのに、なぜかこういったものについては自分から話せませんでした。もし好きなの?と訊かれても「神秘的な雰囲気のあれそれは、好きだけど…もにょもにょ」みたいなことになっていたと思います 笑こういった科学的根拠のないもの、に対して抵抗感を感じられる方は沢山居られると思います。現代教育では科学第一なので、当然と言えば当然です。ですが、同じような教育を受けていてもスピリチュアルな事柄に関して、てらいなく「好き」と言える方もまた、沢山いらっしゃいます。自分の興味に素直になっていった結果、私は今占星術のホロスコープを勉強しているのですが 笑それでも、今日の記事の恐れの部分からを書いて行くのは散々手が止まりました。自分が人にずっと言いたくなかった事柄なので当たり前かもしれません。自分が恐れを感じていること、自分で制限をかけていること。それは人によって違います。そしてその多くは、自分も知るのがこわいし、人に知られるのも嫌なことであったりします。だからこそ、遠ざけるために恐れと制限が働いて心の安定を守ってくれるんです。でも、どうしても頭から離れなかったり、やったら絶対に夢中になるだろうな、と思うことがあれば、一度試しにえいやっ!と浸かってみるのも良いと思います。興味もないことにはそもそも、葛藤は起きません人間が人生の最期に後悔するのは、「やりたいことをもっとすれば良かった」ということなのだと言います。自分の心が今、何を知り、何をやりたがっているのか、否定したくなる気持ちは少しだけ横に置いておいて、耳を傾けてみると、やりたいことが見つかる手がかりになるのかもしれません。この恐れや制限も、実は天体が関わっていたり~という読み方ができるのがホロスコープの面白いところ。少しずつ、そういったことも書いていきたいな。……と、すぐにビビるので自分のお尻を叩いておきます 笑