2024夏アニメ 8月4日視聴分 | アニメ視聴日記

アニメ視聴日記

日々視聴しているアニメについてあれこれ

2024年夏アニメのうち、8月3日深夜に録画して8月4日に視聴した作品は以下の8タイトルでした。

 

 

モブから始まる探索英雄譚

第5話を観ました。

今回は海斗が愛理とミクと光梨という女子3人組と一緒にパーティーを組んでダンジョン内イベントに参加する。愛理たちの活躍も描かれましたが、海斗も彼女たちが手こずるモンスター相手に先日隠し通路の魔物を倒した時にドロップした魔剣を使ってピンチを打開して、それで3人に気に入られて、これからも一緒にパーティーを組もうと誘われます。しかし海斗は普段はシルフィーとルシェリアと一緒にダンジョンを探索しているので、3人とパーティーを組むことを躊躇する。それで返事を保留にしてシルフィーとルシェリアに相談しますが、2人は海斗が別の人とパーティーを組むことを嫉妬して嫌がります。そんなことよりもルシェリアはシルフィーだけ「シル」と愛称で呼ばれていることにヤキモチを焼いて、自分も愛称で呼ぶようせがんだりする。それでルシェリアは「ルシェ」と呼ばれることになる。そんな感じでパーティーの件は結論が出ないままとなる。そんな中、海斗は春香に一緒に買い物に行こうと誘われて、なんだかデートみたいになる。そして春香の父がダンジョン探索の隊長で、ダンジョンで行方不明になったままだということが分かります。そして海斗は春香の父みたいになりたいと思っているらしい。まぁそんな感じの話だったんですが、話は基本的に地味なんですが、ヒロインの魅力は全体的に増してきていて、視聴は切りづらい。つまらないと思いつつ、なんだかそれなりに楽しく見れてしまう。他の何作品かと並列して様子見というところですね。

 

 

天穂のサクナヒメ

第5話を観ました。

今回は季節も夏になり、田植えの時に植えた苗もだいぶ成長してきている中、サクナ達の家の近くに鍛冶小屋が出来上がった場面から始まります。これは前回のラストシーンできんたがサクナに鍛冶をやりたいという気持ちを打ち明けて、鍛冶の作業をする許可を願い出たのを承けてサクナがきんたのために作ってやったものでした。結構作るのは大変だったようで、鍛冶について何も知らないサクナはアシグモにも色々と協力してもらってこの鍛冶小屋を作ってやったようです。

サクナは頼まれたらブツブツ文句を言いながら結局何でもやってくれる気前の良い神様ですが、いちいち感謝を要求するところが玉に瑕ではある。しかし、さすがにこれは感謝すべきところではありますが、きんたは嬉しさのあまりサクナに礼を言うのも忘れて、すぐに小屋の中に入って夢中になって鍛冶作業に取り掛かる。これにはサクナも呆れて、礼を言うよう要求するが、きんたは手が離せないから後にしてほしいとか、とことん失礼な態度です。更にお水を持ってきてくれたゆいにも邪魔だから早く出ていってほしいなどと酷い態度のきんたにサクナはとことん呆れ果てる。

それでサクナはゆいに少しはきんたに怒ってもいいのではないかと言うが、ゆいは自分が勝手にきんたに尽くしているのだから別に感謝などされなくてもいいのだと言って平気な顔をしている。常に感謝を求める神様であるサクナとは大違いの広い心であり、サクナにはそんなゆいの寛大さがどうも理解出来ない。聞くところによると、きんたとゆいの2人は田右衛門の居た山賊集団に囚われる以前から2人で旅をしていた仲だという。つまり長い付き合いなのであり、それだけ他の者には分からない事情もあるのであろうとタマ爺は言いますが、サクナはそういうものだろうかと、どうもよく分からない。

田の方では稲が成長してきて一旦、田の水を抜いて「中干し」を行って稲の根を元気にして、再び田に水を入れたりする。どうも米作りというのは手間がかかるものだとサクナは嘆くが、更に稲につく虫や雑草を喰わせるために田に放った合鴨がかいまるが連れて来た猫に驚いて飛んで逃げたりして大騒ぎとなり、そんな中でも鍛冶小屋に籠ったままのきんたに腹を立ててサクナが叱りに行くと、きんたは鍛冶に没頭してサクナの話をマトモに聞こうとしない。それでサクナはついでにゆいに対する態度の悪さも注意して「ゆいのことが嫌いなのか?」ときんたを問い詰めるが、きんたは不機嫌になってサクナを追い出す。

それでサクナはますます腹を立てて、どうしてあんな酷い仕打ちを受けながらゆいが文句の1つも言わないのは解せないと考える。するとサクナは「もしかしてゆいはきんたに恋をしているのではないか」と思いつく。どうもサクナの愛読している「片恋物語」という頂の世で流通している恋愛小説みたいなものの影響でそういう発想に至ったようです。ちなみにこの「片恋物語」の著者は「朧月香子」という神らしいが、これはどうやらココロワヒメのペンネームのようです。だがサクナは「片恋物語」の著者が自分の親友のココロワだとは気づいておらず、「朧月香子は天才じゃ」とか言って崇拝しているようです。

その「片恋物語」の内容を参考にすれば、ゆいがきんたに酷い仕打ちを受けても文句も言わないのはきんたに恋をしているからだという理屈になるようです。それでサクナはゆいにきんたに恋をしているのであろうと決めつけるが、ゆい自身にはそういう自覚は無いようです。しかしサクナは勝手にゆいの気持ちを恋だと決めつけて話をどんどん進めていき、「片恋物語」を読みながら、ゆいに「得意なことを極めて魅力的な女子になれば、男子も自然にその女子を気にかけるようになる」と言い、得意なことは何なのかと問いかける。

それでゆいが「機織り」が得意だと言うので、サクナは結局、ゆいのために機織り小屋を作ってやる羽目となってしまう。きんたの鍛冶小屋に続いて今度はゆいの機織り小屋を隣に建てたわけで、ホントにサクナはブツブツ文句を言いながら何でもやってくれる気前の良い神様です。しかし、またも大変な作業をする羽目となったサクナは、どうして小屋まで必要だったのかとゆいに問うが、ゆいは機織りをする時はとにかく小屋が必要だったと言い、ゆいの機織り中に誰かが小屋に入る時は声をかけてから入ってほしいとも言う。

何だか意味が分からなかったが、サクナはとにかくこれで機織りでゆいの魅力をアピールしてきんたの気を引く作戦を遂行しようと思い「片恋物語」を参考にして、ゆいにきんたへのアプローチを試みさせるが、きんたは相変わらずゆいに冷たい態度です。それでゆいも委縮してしまうが、サクナはきんたに「何かゆいに作ってほしいものは無いか?」と問いかけるが、きんたは「何も無い」と言って鍛冶小屋に去っていく。

それでも諦めきれないサクナは鍛冶小屋に行き、きんたに何か欲しいものは無いかと尋ねようとするが、きんたに新しい鍬を渡される。どうやらきんたは一生懸命に鍛冶小屋に籠ってサクナのために新しい鍬を作ってくれていたようです。鍛冶小屋を作ってもらった感謝の気持ちを言葉では表さなかったきんたであったが、言葉ではなくこうして鍬という形で感謝の気持ちを伝えてくれたようです。それでサクナは大喜びで外に出て鍬を振って木を切ったりしていたが、そこにゆいがやってきて「どうだったか」と聞いてくる。サクナはきんたが欲しがっているものを聞いてくると言って鍛冶小屋に行ったので、ゆいはてっきりサクナがそれを聞き出してきてくれたものだとばかり思っていたのです。それで、そのことをすっかり忘れていたサクナは焦って「手拭いを欲しがっているはず」とテキトーなことを言ってしまい、それを真に受けたゆいは喜んで機織り小屋に籠ってきんたのために手拭いを作り始めます。

そうしてゆいは徹夜の作業できんたのための手拭いを織り上げるが、朝になってそれをきんたに渡すと、きんたは「何も要らないと言ったのにどうして寝ずにこんなものを作ったのか」と怒って手拭いを地面に叩きつけて去っていってしまう。そこにやって来たサクナは自分がテキトーなことを言ったせいで申し訳ないことをしたと言ってゆいに謝り、その上でそれでもきんたのゆいへの冷たい態度は許せないと言って、きんたを叱りに行こうとするが、ゆいは「きんたも神様も悪くない」と言ってサクナを制止する。そして「全部、自分が勝手にやったこと」だと言い、あくまできんたを責めようとはしない。

サクナはそうしたゆいの気持ちがどうにも分からず、必死で「片恋物語」のページをめくって考え込むが、ゆいは自分のきんたへの気持ちは「恋」ではないのだと言う。それでは一体何なのかとサクナが問うと、ゆいは「ただ傍に居て恩返しが出来ればいい」と言い、その後ハッと「しまった」という表情となる。サクナはそうしたゆいの微妙な変化には気付かず、「恩返し」とは一体どういうことなのかと問い詰めるので、ゆいは仕方ないという様子で説明する。

それによると、ゆいはきんたが寺に居た時に命を救ってもらったのだという。そしてそのせいできんたが寺を追い出されたので、ゆいはきんたに恩返しをしたくて一緒に旅をしていたのだという。サクナはきんたが寺に居たというのは初耳で意外な感じがしたが、そういう事情ならばゆいがきんたに恩返しがしたいという気持ちは理解出来ると思った。だが、きんたがそういうゆいに対して「気味悪い」「邪魔だ」と言っていたという話を聞き、サクナはどうしてそんな酷いことを言うのかときんたに腹を立てて鍛冶小屋に叱りに行こうとします。だが、ゆいは慌ててサクナを制止して、きんたは自分を救ったことを覚えていないのだから「気味悪い」と言うのは仕方がないのだと言う。

ただ、ゆいの説明ではどうも要領を得ず、サクナはどういうことなのか分からず悩みますが、そんな中、機織り小屋からきんたの驚いた声がしたので駆けつけてみると、機織り小屋から鶴が一羽飛び去っていき、きんたが驚いて腰を抜かしていた。きんたに聞くと、機織り小屋に入ったら奥からいきなり鶴が飛び出してきて、そのまま飛び去ったのだという。そして、ゆいの姿が消えていて、皆で探し回ったがゆいは何処にも見つからなかった。それでサクナはきんたがゆいに冷たい態度をとったせいでゆいが家出したのだと言ってきんたを責め、それを聞いてきんたはショックを受けて、自分の本当の気持ちを話し始める。

それによると、きんたは助けた覚えの無いゆいが突然目の前に現れて恩返ししたいとか言ってくるので気味が悪かったのだと言う。だから「気味悪い」とは言ったが、その後のゆいの態度を見て悪意が無いことは分かったので気味悪さは感じなくなっていたとも言う。ではどうしてゆいに「邪魔だ」などと言ったのかというと、貧乏で何も出来ない自分のために尽くしてもゆいが幸せになれないと思ったので、わざと嫌われるようにして、ゆいが去っていき、綺麗な顔立ちのゆいが何処かの金持ちにでも養女にしてもらって幸せになってくれたらいいと思っていたのだという。

それを聞いて、サクナはきんたがゆいを嫌っておらず大切に想っていたのだと知り、そのことをゆいに教えてやらねばならないと思った。そのためにはゆいを見つけ出してきんたと会わせねばならない。しかし、ゆいが何処に行ったのか分からないので、唯一の手がかりはあの飛び去っていった鶴だけだとも思い、まずあの鶴を探そうと決めた。そして、きんたにも鶴探しに同行するようにと言う。

そうして、サクナときんたはタマ爺と共に島で一番清らかな水の流れる渓谷に行く。そこならばきっとあの鶴が立ち寄っているはずだと思ったからです。ただ、その渓谷には鬼が出るので、まずは鬼と戦わねばならない。そこでサクナはきんたから貰った新品の鍬で戦い、見事に鬼を撃破します。そうして鬼を排除して安全になった渓谷の中の泉を見ると、その中にある岩の上にあの鶴が佇んでこちらを見ていた。

その鶴の姿を見て、きんたはその鶴を以前に見たことがあったことを思い出したという。きんたが言うには、自分が以前に寺に居た時に寺の連中が仕掛けた罠にかかっていた鶴を可哀想に想って逃がしてやったのだという。そして、そのせいできんたは寺を追い出されたのだそうだ。その話を聞いて、サクナはようやくどういうことだったのか理解出来た。つまり、その時の鶴がゆいの姿に化けてきんたに命を助けてもらった恩返しをしようとしていたのだ。助けたもらった時と違う姿なので、当然きんたはゆいが恩返しをしたいと言ってきても何のことか分からず、気味悪く思ったり、自分のためにゆいが不幸せになることを心配したりしたのも当然であったのです。

ただ、どうやって鶴が人間に化けたのかよく分からなかったが、何かの術の類なのであろうと思い、サクナは鶴に向かって「ゆい!」と話しかける。すると、サクナの心に話しかけてくる声があり、その声が「禁忌の契約を破ったため、その者はもう話すことは出来ません」と言う。どうやらサクナとタマ爺にしかその声は聞こえていないようであり、きんたには聞こえていないようです。つまり神にしか聞こえない声なのだが、声の主はサクナのような「神」ではないとタマ爺は言う。

一体何者なのかと怪しむサクナであったが、サクナの目の前に巨大な空飛ぶ円盤の母船のようなものが現われて、自分たちは滅びに瀕した別の世界からやって来たというようなことを言う。詳しい事情はよく分からないが、彼らの世界を救うために彼らの世界と繋がっているこの島の地に訪問している異次元的な存在みたいです。この円盤が出現した時、サクナの持つ羽衣が光を放って反応したことから、かつてこの地でサクナの母のトヨハナにこの羽衣を授けたのも彼ら異界の者であったようです。

彼らはこの地だけでなくあちこちでこちらの世界と繋がっている特異点に出没しているようで、ゆいも鶴の姿できんたに救われた後で彼らに遭遇して、その恩返しをしたいという想いの強さゆえに人間の姿に変えられたようです。そして、「糸を紡ぎ、人と繋がる力」を与えられたのだという。その力は「結い」の力であり、それゆえ「ゆい」と名乗っているのだそうです。だから。ゆいは機織りが得意なのであり、機織りによってきんたと繋がりたいと望んでいたのです。だが、どうやら犯してはいけない禁忌があったようで、それを破ってしまったためにその「結い」の力は失われ、ゆいは人間の姿を維持出来なくなり、鶴の姿に戻ってしまったようです。

その「禁忌」とはおそらく「機織りをする時に鶴の姿に戻ってしまうが、その姿を決して他人に見られてはいけない」というものだったのでしょう。だからゆいは機織りをする時は小屋の中である必要があり、機織り小屋に入る時は必ず声をかけてほしいと頼んでいたのです。だが、きんたが声をかけずにいきなり小屋に中に入り、機織り機の前の鶴の姿を見てしまったので、ゆいは鶴の姿から人間の姿に戻れなくなってしまい、そのまま飛び去ってしまったのです。まるで日本の民話「鶴の恩返し」そのものみたいな話ですね。

だから、今こうして目の前にいる鶴は、確かにゆいであった鶴なのだが、もう人間の姿になることは出来ず会話も出来ない状態なのです。サクナは「人間に戻す方法は無いのか?」と異界の者に問いかけるが、それに対して異界の者は「繋がりの力」を取り戻す必要があると言う。「繋がり」を取り戻したことを示すことが出来れば、ゆいは再び人間の姿に戻れるかもしれないというのです。そこでサクナはきんたにゆいをどう思っているのか示すように言う。きんたはサクナと異界の者のやり取りは聞こえておらず、異界の円盤の姿も見えていないので、いきなりサクナが変なことを言いだして驚き、答えることを嫌がるが、サクナがあまりに強く迫るので、「ゆいと出会って初めて生きてて有難いと思えた」というようなことを言う。

だが、鶴の姿はゆいに戻ることはなく、鶴のままであったので、サクナは今のきんたの言葉だけでは「繋がり」を示したことにはならないのかと思う。しかし言葉で述べても足りないのでは一体どうしたらいいのかと苦悩しますが、そこでサクナは「片恋物語」を今回読み返していた時によく分からなくて悩んでいた一節があったことを思い出した。それは「真の想いとは言の葉にあらず」「心を繋げし物は言の葉ではない」という一節でした。読み返した時は何のことやら分からなかったのだが、今こうして「繋がり」がきんたの「言葉」だけでは足りなかった現実に直面して、やはり「言葉」だけでは真の心の「繋がり」を表現するには足りないのだと実感した。そして、同時にサクナはサクナ自身がきんたから自分への「繋がり」を最も強く感じて嬉しかった時のことを思い出す。

サクナもまた、きんたの言葉を聞くたびに、きんたとの「繋がり」を感じることが出来ず腹が立つことばかりだったことを思い出した。きんたとはそういう奴であり、彼の吐く言葉は特に下手くそで、相手との「繋がり」を示すことが不得手であった。しかし、そんな不器用なきんたが本当は自分に感謝してくれていて親切にしたいと思ってくれているのだと感じて嬉しかった瞬間がサクナにもあった。それはきんたが自分への新品の鍬を渡してくれた時だった。そのことを思い出して、サクナはきんたとはそういう奴なのだと理解した。言葉で相手への本当の気持ちを伝えるのが苦手で、何かモノを作ることによって相手への気持ちを伝えるタイプの人間なのだ。そのことに気付いたサクナは、きんたが自分に鍬を渡した時も何かを作り続けていたことを思い出し、あれはお水の差し入れをしてくれていたゆいにお礼のための何かを作っていたのではないかと気付いた。

それでサクナはきんたに「ゆいへの想いを込めた何か」を持っていないかと尋ねると。きんたはゆいに贈ろうと思って作っていた櫛を持っていた。それを取り出して鶴に見せると、そのことできんたとの「繋がり」を強く感じたのか、ゆいの「結い」の力が復活して、鶴は人間のゆいの姿に戻り、きんたはゆいに駆け寄り、その櫛をゆいの髪に挿してあげるのでした。そうしてサクナは全て「片恋物語」のお蔭だと感謝し、朧月香子先生に一度会ってみたいものだなどと間抜けなことを言う。そうしているうちに田の稲には穂が付き始めて、これが秋になれば豊かに実って「米」となるのだと聞き、サクナは期待に胸を膨らませる。そういうところで今回は終わり次回に続きます。

 

 

逃げ上手の若君

第5話を観ました。

今回はまずは前回の続きから始まります。前回は諏訪神社での神事である犬追物に飛び入り参加してきた信濃守護の小笠原貞宗との賭け勝負を諏訪頼重が受けて、貞宗との勝負相手に時行を「諏訪神社の稚児の長寿丸」と偽装して出場させた。そして頼重の作戦によって時行が1対0でリードしたまま貞宗の残りの矢数を1本という状況にまで追い詰めたが、貞宗が最後の一矢で時行の頭に命中させて5対1と逆転し、ここで貞宗は矢を撃ち尽くしてここで得点は打ち止めとなったが、まだ時行の矢は2本残っており、この2本の矢を使って5得点以上を上げれば時行の逆転勝利の目は残っている。だが貞宗も矢は撃ち尽くしたがゲームオーバーになったわけではなく、馬を使って時行に体当たりするなどして時行の射撃の妨害をすることは出来る。そういう状況で時行が逆転出来るかどうかというところで前回は終わっており、今回はその続きから始まります。

さて前回はちょっと混乱して不正確な記述になってしまいましたが、得点配分の正確なところが今回分かったので改めて整理したいと思います。前回は人間に当てれば5点で、犬に当てれば1点なんていう間違った説明をしてしまいましたが、実際は犬も人も当てれば得点は同じであり、ただ当てる身体の部位や、自分から見てどちら側に相手に命中させるかによって細かく得点が違っていたようです。自分から見て左側の相手には弓を引きやすいので得点は低く、自分から見て右側の相手には弓が引きにくいので得点は高い。そして相手へのダメージが大きい箇所に命中させた方が得点が高い。そういうわけで、左側の敵の胴体が1点、首が2点、頭が3点となります。そして右側の敵の胴体が3点、首が4点、頭が5点となります。

前回の流れでは、まず時行が左側の犬の胴体に当てて1点を獲得して、その後で貞宗が右側にいた時行の頭に命中させて5点を獲得して逆転して5対1としたということになります。それを承けての今回、時行が逆転するためには残り2本の矢で犬の首と頭に命中させればいい。「首+首」では合計4点で同点止まりであり勝利できない。勝利のためには「首+頭」あるいは「頭+頭」が必要です。但しこれは左側の犬を狙った場合であり、右側の犬を狙えば、例えば「頭」一発命中させればそれだけでも勝利です。しかし時行の騎射の技量では右側の犬を狙うのは外す可能性が高く危険ですから、ここは左側の犬を狙う前提で計算した方がいい。左側の犬に「首+頭」なら成功の可能性は十分ありそうには思えるが、それはあくまで通常の犬追物の話であり、今回は特別ルールで時行だけではなく貞宗も柵の中で騎乗しており、時行の射撃を馬をぶつけて妨害してくる。そういう状況で時行が犬の首や頭を正確に狙って命中させるのは無理がある。また貞宗の首や頭を狙うという選択肢もあるが、貞宗は巧みな馬術で常に時行の馬の右後方の、騎射では狙うことの出来ない「死角」に陣取って妨害してくるので、貞宗を狙うことも出来ない。

そういう状況において「逃げながらの射撃を編み出せ!」という頼重の檄を受けて、時行は犬を狙って弓を構えることをやめて貞宗から脱兎のごとく逃げようとする。そんなことしても逆転は出来ないし、すぐに貞宗も追いかけてきて追いつかれてしまう。それが分かった上で時行はあえて一旦逃げて、逃げることによって不思議に頭が澄み渡るように機能し始め、身体の余計な力も抜けていく。そうして時行は頼重の「逃げながらの射撃」という言葉の意味を頭の中で反芻して、その言葉の意味を深く考え、そして1つの正解に辿り着いた。

自分の騎射の技量では、後方から貞宗の妨害を受けながら、小さく予測不可能に動き回る犬の頭部や首に矢を当てることは不可能。だが、ただ1つだけ、この状況で動きを予測できる大きな的が存在する。それは貞宗だった。時行が犬を射るフリをして弓を構えれば必ず貞宗は右後方の死角から馬をぶつけてくる。つまり、その瞬間、右後方に振り向けば、そこに貞宗の頭部や首が存在するのです。距離も近いし的も犬より格段に大きいし、必ず命中する。但し、振り向くことが出来ればの話です。騎馬姿勢で振り向くことが出来ない位置だからこそ「死角」なのであり、だからこそ貞宗は安心して至近距離に近づいてきているのです。これは言い換えれば、もしその「死角」を「死角」でなくすことが出来て、その角度に時行が振り向くことさえ出来れば、油断しきって至近距離に来ている貞宗には必ず命中するということです。つまり、そうした特殊な騎射法「追ってくる敵に向かって振り向いて撃つ射法」さえ編み出せれば時行の勝利ということになる。その特殊な射法こそが頼重の求める「逃げながらの射法」なのです。これが時行が辿り着いた頼重の与えた「逃げながらの射法」という謎かけの正解でした。

後は、具体的にどうやってその特殊な射法を実現するかです。いや、それに似た射法は一応は存在していた。それは「押し捻り」という名の射法で、馬に跨ったまま身体を後方に向けて左後方に向けて大きく捻って射る射法でした。だが、これでは右後方の死角には届かない。そこで時行は左足を馬体の上に浮かせて馬体の右側に流し込み、そのまま上体を馬体の上で後方に向けて旋回させて弓を構えて、右後方の死角にいる貞宗に正対して矢を放ち、貞宗の首に命中させて2点を獲得したのでした。

これで得点は5対3となり、まだ貞宗の2点リードです。そして、首を射られた貞宗はそのまま落馬して身体を強く地面に打ち付けてしばらく立ち上がれなくなってしまう。その動けない大きな的となった貞宗に向かって時行は正面から馬を突っ込ませて弓を構える。続けて残り1本の矢を貞宗の頭に命中させれば3点が入って6対5で時行の逆転勝利です。だが、貞宗は頭と首にさえ当てさせなければ勝利です。だから貞宗は両腕で頭と首を覆い隠して、なんとか命中させないようにする。

だが、時行はそのまま正面から貞宗を射るつもりは無かった。あくまで時行の目指す射撃は「逃げながらの射撃」なのであり、後ろに居る敵を射るという射撃でなければならないのです。そういうわけで、時行は馬ごと貞宗を飛び越し、そうして貞宗を後方に追いやった瞬間、先ほどと同じように身体を馬上で旋回させての曲芸射撃で真後ろの貞宗の頭部に矢を発射し、命中させて3点を獲得して逆転勝利を飾ったのでした。これを見事な「押し捻り」と褒める弧次郎たちに対して、頼重はまた怪しげな未来予知で、この時行の編み出した「逃げながらの射撃」が後世どのような名で呼ばれているのかを知る。それはなんと「パルティアンショット」でした。

まさかここで「パルティアンショット」が出てくるとは全くの予想外で「あっ」と思わず声が出てしまった。前回の冒頭から頼重は時行のために「逃げながら敵を倒す技」が必要だと言い、更に時行には「弓矢」が良いと言ったという展開の段階で気付くべきだったのかもしれない。でも、まさか南北朝時代の日本のお話で「パルティアンショット」が出てくるなんて予想外すぎたのです。だが、確かによくよく考えると「パルティアンショット」こそが、まさに「逃げながら敵を倒す弓矢の技」の代表例なのです。こうして「パルティアンショット」という言葉が出てから改めて前回の描写を見直すと、全てがピッタリと辻褄が合っていたことが分かります。

「パルティアンショット」というのは古代ローマ帝国と戦った中東の遊牧民国家パルティア王国の戦士たちが用いた戦法であり、彼らは馬上の軽装の弓兵であったので白兵戦を避け、常に敵と一定距離をとって逃げながら戦っていた。それゆえ後方から追ってくる敵と戦うために後ろ向き射撃術を極めており、この戦法にローマ軍はいつも壊滅的打撃を受け、それによって古代ローマでは「パルテヂアンショット」という言葉が伝わり、それが後世にも残ることとなったのです。実際には中央アジアの遊牧民はみな同様の騎射法を持っていたらしいが、ローマと戦ったのがたまたまパルティアだったのでその騎射法は「パルティアンショット」という名で後世に伝わったのです。

この騎射法が南北朝時代の日本にも伝わっていたのかどうかは分からない。実際に時行がこの騎射法を使ったのかどうかも分からないが、とにかくあくまでフィクションであるこの「逃げ上手の若君」という作品における主人公の北条時行が編み出した「逃げ上手」ならではの「逃げながらの騎射法」がかの有名な「逃げながらの騎射法」である「パルティアンショット」であったという描き方は実に鮮やかで、思わず声が出てしまうぐらいでした。

こうして時行は貞宗に勝利し、頼重は貞宗との賭けに勝ったので、貞宗は諏訪領で無法な行いは出来なくなった。但し信濃守護である貞宗が圧倒的に有利な状況であることは変わらず、ここから貞宗は合法的な手段で諏訪を追い詰めて潰していき、その上で信濃全土を手に入れてから北条の残党を捜索しようと心に決めることになった。そうして、まずは貞宗は後醍醐天皇の綸旨を貰い、それによって諏訪氏の所領の北半分を没収ということにした。

これは諏訪氏の郎党や民は到底承服出来ないことであり、諏訪氏を追い詰めて挑発して暴発させようという貞宗の策略だった。もし諏訪氏が反乱を起こせば綸旨に逆らった逆賊という汚名を被せて討伐しようという魂胆です。それが分かっているから頼重は挑発には乗らないが、そうしていると諏訪の郎党や民の心は頼重から離れていく。なかなかに巧妙な貞宗の策といえます。これに対抗するため、頼重は風間玄蕃という盗人を逃若党の仲間に引き入れて、玄蕃を使って貞宗の屋敷から綸旨を盗んでくるようにと時行に言う。綸旨の再発行のはかなり時間を要するらしいのでなかなか有効な対抗策となるようです。ただ問題は、どうして頼重が自ら玄蕃を使おうとせず、時行にそんな汚れ仕事をさせようとするのかです。それについては頼重は時行に「これからの世は正しいだけでは本当に正しいことは出来ません」「邪の者も郎党として使いこなして全てを備えた大将となりなされ」と言う。

そういうわけで時行は逃若党の3人と一緒に玄蕃の住むという里に行くが、村人の様子を見ると玄蕃はだいぶ嫌われている様子です。玄蕃の名を出すと村人はみんな居なくなってしまい、時行たちが呆気にとられていると玄蕃が現われて、玄蕃は時行が北条の遺児であるということも把握しており、自分に仕事を依頼するなら法外な金を要求すると言い放つ。玄蕃は法外な金を要求すれば落ちぶれた北条の遺児などビビってしまうだろうと思っていたのですが、ところが時行は「国じゃなくて金でいいのか?」と逆に驚き、玄蕃を無欲な人間だと感心する。そのズレた感覚に玄蕃は「王の器」というものを感じて気味が悪くなるが、小笠原屋敷に忍び込んで綸旨を盗むというのなら時行も同行することが条件だと言い出す。

そうすればビビって帰っていくだろうと思ったのだが、時行は一緒に行くと言う。もともと綸旨を盗むようにと言われたのは時行であり、だから一緒に行くのは当然だというのです。ただ、それ以上に時行は小笠原屋敷に忍び込むことにワクワクしていた。生来の逃げ上手、生死ギリギリのスリルを楽しんでしまっているのです。そんな時行を見て玄蕃はどうも調子が狂うが、時行が諏訪の皆に報いたいから自分も頑張りたいのだと言うのを聞いて、玄蕃は恩や義理などを信用していたら損をするのだと諭し、人間を動かすのは「金」か「恐怖」だと言う。そうして「人間は見えるものしか信じない」と言い捨てると、ここを動かないようにと言って玄蕃は何処かに行く。

すると時行の潜む場所の近くの門番の前に貞宗が現われて、時行は一瞬、玄蕃が自分を裏切ったのではないかと疑ってしまう。だが実はその貞宗は玄蕃の変装だった。というか、玄蕃の被っている狐面は不思議な力を持っているようで誰にでも化けられるようでした。それを見て、時行は既に玄蕃が諏訪屋敷にも誰かに化けて忍び込んでいたのではないかとも疑う。そうして疑心暗鬼になりかけた時行の心情を読み取ったかのように玄蕃は時行の姿に化けて、時行が鎌倉の100万の御家人に裏切られたことで他人を信用出来なくなっているのだろうと指摘し、そんな器の小さな人間が自分を信用して使いこなせるはずがないと言って挑発してくる。それに対して時行がどう対応するか、また無事に綸旨を盗み出して脱出できるのか、それについては次回を楽しみにして今回はここまでで終わりとなります。

 

 

ATRI My Dear Moments

第4話を観ました。

今回は夏生たちが潮汐発電機を作るための材料探しをする場面から始まります。前回、夏生は子供たちが学ぶ島の学校に電気を通して灯りを点すために発電機を作ろうと言い出しました。それは最初は凛々花の自作していた風車を使って豆電球を灯す装置からヒントを得ての発想でしたが、最終的には夏生は潮の満ち引きを利用した潮汐発電機を学校に設置することを思いついたようです。ただ竜司はそんなものを作る資材がこの島には無いと指摘する。そこで夏生は海の底に沈んだ街から資材を引き揚げればいいと提案した。そこまでが前回のお話でした。

それで今回は夏生の船で沖に出て、そこで海底の街に向けて潜水艇とアトリを降ろして海底を探索することになる。ただ、闇雲に探しても仕方ないので、探すアテは目星をつけてある。実は竜司の家はもともとは町工場をやっていたようで、その工場は今は海の底なのだが、そこに樹脂が入ったドラム缶が大量にあるのだという。それを聞いて夏生は竜司に頼んでその樹脂を発電機の資材に使わせてもらうことにした。

発電機というと普通は金属で作るイメージですけど、そもそも金属の資材が手に入っても現在の島では金属加工を行える設備も無いし、その設備を動かせる電力がそもそも無い。その点、樹脂ならば電力を使わずに簡単に成形し加工することが出来る。もちろん樹脂は金属よりも遥かに劣化しやすく長期使用には耐えられないが、そもそも当面のあいだ学校に電気を通すためだけの発電機なのだから、そんな大がかりなものを作る必要は無いし、年間単位の長期使用を視野に入れる必要は無い。ある程度の期間を使った部品が劣化すればまた樹脂で成形して交換すれば済む話です。

だから大量の樹脂を確保出来れば発電機の部品の大部分は作れる目途が立つ。竜司としても自分たちの学校に電気を通すことが出来れば大いに助かるし、実家の工場は沈んで使えないわけだから樹脂が大量に海底に沈んでいたままでも何の意味もない。だから夏生に頼まれて、樹脂を譲ることに同意して、自分の家の工場の沈んでいると思われる位置まで船の水先案内をしてくれた。そうして夏生と一緒に船で海に出た竜司であったが、別に発電機製作に協力する気があるわけではない。樹脂は余りものだから提供はするが、そもそも樹脂を成形することからしてそう簡単なことではない。道具だってロクなものが無い。子供しかいない島で一体何が出来るというのかと、実現は不可能だと言う。だが夏生は「理論上は可能だ」と言い、もし出来なかったら「出来ないということが分かるというのは前進だ」と平然としている。どうやら竜司の発想は技術屋のそれであり、夏生の発想は科学者のそれであるようです。

なお前回の話で夏生と竜司が昔馴染であるかのように誤解していたが、どうやら2人は前回で初対面だったみたいです。夏生はもともともっと都会でアカデミーに通ったりしていて、この島に移住してきたのは割と最近であり、移住してきてからはずっと船に引きこもっていて幼馴染の水菜萌ぐらいしか交流が無かったようです。だから凛々花など子供たちも夏生の顔を知らなかった。一方で竜司は子供たちにも慕われていて、この島に昔からずっと住んでいる子供たちのリーダー的存在のようです。だから水菜萌とも学生時代から顔見知りではあったのでしょうけど、こうして島に残った子供たちを水菜萌と一緒に学校で面倒を見るようになってから特に親しくなったのだろうと思われます。その際に水菜萌から夏生の話は聞いていたのでしょう。「都会のアカデミーに通っていたが島に戻ってきてからずっと引きこもっている」という夏生の話を聞いた竜司は、もともと都会の人間に悪感情を持っていたのもあって、良い印象を持っていなかったのでしょう。それで前回、夏生が学校に来るなり島の現実を無視したような机上の空論みたいなことを言いだして水菜萌の努力を否定するようなことを言いだしたのでカチンときて喧嘩腰で食ってかかって来たのだと思われます。夏生の方も竜司の言い分が正しいことは認めつつも、いきなり喧嘩腰で絡んできた竜司の態度を見て、あまり頭の良い人間という印象は持たなかったうようです。

そうして海の底の工場から夏生とアトリが樹脂の入ったドラム缶をたくさん引き揚げてきて、更に工場にあった使えそうな部品や道具なども引き揚げてきたので、夏生はそれら道具について相談するために竜司とミーティングを始め、その流れで発電機の設計図を広げて議論が始まった。竜司は夏生の設計図を見て予想以上にちゃんと描けていることに驚きつつも、いくつか看過できない問題点があることに気付いて、それを指摘すると夏生と激しい言い合いになってしまう。夏生はあくまで計算上は完璧なはずだと主張し、竜司は現場を知らない人間のよく陥る過ちだと言って否定する。

その激しい言い合いの声に驚いて、水菜萌やアトリたちが止めに来るが、別に2人は喧嘩をしているつもりは無かった。夏生はアカデミーの研究室でこういう激しい議論はしょっちゅうであったし、竜司も父親と工場でよくこんなふうに意見のぶつけ合いをしていたのであり、むしろ久しぶりに充実した議論が出来て懐かしさすら感じて、それで思わずヒートアップしてしまっていたのだ。2人がそんなふうに思えたのは、互いに相手のレベルの高さを認め合ったからだった。

夏生は初対面時の印象では竜司が自分の設計図を理解出来るとさえ思っていなかったが、ちゃんと設計を理解した上で欠点を指摘してくることに驚いていた。夏生から見れば竜司の指摘は理論上は無用のものであったが、実際にアカデミーでも理論上は完璧な設計でも上手く動かないことは多々あり、その場合は結局は現場の経験に頼って修正するしかなかった。そうした現場の知見を竜司が持っているのだと気付いた夏生は、竜司にこれまで役立たずだと思っていたことを告白して正直に詫びて頭を下げ、一緒にやってほしいと頼む。

竜司はいきなり夏生がそんなことを言うのでビックリするが、夏生が「どうしても完成させたいんだ」と真剣な眼差しで言うのを見て、自分は夏生という人間を誤解していたと気付く。これまではエリートだった過去を鼻にかけて島の人間を見下す嫌な奴だと思っていたのだが、実際はこの島の子供たちのために本気で役に立ちたいというアツい心を持っているのだと分かった。凛々花たちから竜司や子供たちが工場の近所にあった店の回転焼きが好きだったという話を聞いて、夏生は工場の樹脂や道具と一緒にその店の回転焼き機も引き揚げてくれていて、それで回転焼きを作って子供たちを喜ばせてくれていた。そうしたところを見ても、夏生が本気で子供たちのために学校に電気を通そうとしていることは間違いないと思えた。

設計図も想像以上にしっかりしていたし、道具や部品も割と揃った。あとは樹脂の保存状態を確認して、自分の現場の知見で修正していけば何とかなるかもしれないと竜司にも思えてきた。それに、手伝わせたいのなら「最初は役立たずだと思っていた」なんて正直に言わず適当に上手くいって煽てれば良いものをバカ正直にそんなことを言ってしまう夏生の意外に不器用なところも職人気質の竜司には好感を持てた。ずっと引きこもっていたのもそうしたクソ真面目な性格ゆえであったのかと思うと、竜司は夏生のことを信用してもいいと思えた。

それで竜司も自分も夏生のことを誤解していたことを詫びて、2人は協力して潮汐発電機を作ることになります。しかし、そうした2人の様子を見て、アトリは「竜司は夏生さんの役に立っているんですね」と何故か寂しそうにしている。それはつまり、アトリは竜司ほどは夏生の役に立てていないということであったが、それは確かに事実かもしれないが、問題はそこなのではなく、どうしてアトリがそれで「寂しい」のかということです。

夏生はアトリの表情は「不気味の谷」を超えていると言った。「不気味の谷」とはヒューマノイドが人間のような表情を見せることによって人間が嫌悪感を覚える現象のことであり、要するに感情の無い者が感情を持っているかのように振る舞うことによって感じられる不気味さがあるということなのですが、それがアトリからは感じられないということは、アトリには人間そっくりな容姿だけでなく人間的な感情があるということになる。そんなに人間と同じぐらい精巧に作られたヒューマノイドを夏生は知らなかった。だが、アトリは海底でカニを見つけると無邪気に喜んで引き揚げてきて、美味しいと言って食べたりする。単に食べるだけでなく人間と同じ繊細な味覚があり、美味しいと感じることが出来て、それを嬉しいと思えるのだという。

しかしヒューマノイドにそんな機能は本来必要ではない。マスターの命令を遂行するための機能だけが備わっていればいいはずです。だから感情など必要無いし、命令を遂行する意思は必要ではあるが、命令を遂行出来なくて悲しむという後ろ向きな機能など必要は無いはずです。アトリが夏生の役に立てなくて寂しいと感じるのはそういうヒューマノイドとしては不自然で、むしろ人間的な面でした。

あと、アトリについて水菜萌が不自然に感じたことがあった。それは海底からアトリが引き揚げてきたカニを学校でバーベキューした時に、水菜萌が「なんだか文化祭みたい」と言い、今度みんなで学校で文化祭みたいな楽しいことをしようと提案したところ、アトリが「私も来ていいんですか?」と何やら申し訳なさそうに言ったことです。水菜萌がどうしてそんなことを言うのかとアトリに聞くと、アトリは「何故でしょう?」と自分の手を見つめていた。これは現状よく分からないが、どうもアトリには学校に関して何らかのハッキリしない記憶があり、そこには何らかの感情が伴っているようなのです。それは本当にヒューマノイドとしての記憶なのでしょうか。

夜になって夏生の船でそうしたことを水菜萌は夏生に対して話し、アトリには人間のような感情があるのではないかと言う。夏生もそれを聞き、もしアトリに人間のような感情があるのならば、アトリをヒューマノイドとして扱うべきなのか人間として扱うべきなのか、どちらが良いのだろうかと考え込む。その後、キャサリンが突然やってきて金が必要だからといって水菜萌に刃物を突き付けて夏生を脅してアトリを引き渡すよう要求してきて、脚の悪い夏生は抵抗しようもなくなるが、アトリがキャサリンをぶん殴って追い払う。しかしヒューマノイドの人工知能は人間を攻撃出来ないように作られているはずであり、そうなるとアトリの人工知能は通常のヒューマノイドのものとは違い、怒りに任せて人間を攻撃できるような、より人間的なものであるということになる。しかもアトリは夏生の役に立てて嬉しいとも言う。それを聞いて、夏生はますますアトリが人間的な存在であるように思えてきたのでした。

なおキャサリンは逃げていきましたが財布を落としており、そこには教員免許証が入っており、どうやら以前は島の学校で教員をしていたみたいです。それに水菜萌に刃物を突き付けた時に震えていたらしく、根は悪い人間ではないが借金のせいで道を踏み外しただけみたいでした。

それはともかく潮汐発電機の製作に関しては、樹脂は全て問題なく使えるようなので、樹脂で作る部品については問題は無さそうだった。そうなると残るのは樹脂で作れないモーターと蓄電池をどう調達するかでした。モーターに関しては島に残る廃工場でおそらく調達できるが、一番大きな問題は蓄電池でした。海面上昇によって世界中で多くの発電所が使用不能になり電力不足の中、蓄電池の争奪戦が始まり高値で売買されたため、あらゆる場所の蓄電池が盗まれて無くなっているのです。だから島では蓄電池は調達出来なかった。海底の街に潜ってみても、そこも根こそぎ蓄電池は盗まれて無くなっていた。

転売屋に行ってみても夏生たちの手持ちの金では単三電池ぐらいしか買えなかった。それで途方に暮れていると、転売屋の店主がアトリを見て、アトリと交換ならば大きな蓄電池を何個でも売ると言ってくる。どうしてアトリがそんなに高値なのかと聞くと、なんでもアトリの機種を探している者がいるらしくて、いくらでも金を出すから手に入れたいと言っているのだそうだ。マニアとはそういうものなのかもしれないが、アトリが妙に人間的な感情を持っていることからもどうも不自然なものを夏生は感じる。リコールになった理由も正式には不明だそうで、やはりどうも怪しいと思い、夏生はアトリを連れて帰ります。

しかし帰り道、夏生が最悪の場合は潜水艇に付いているバッテリーを外して使うと言っているののを聞き、アトリは自分を売って蓄電池を買ってほしいと言い出す。そうすれば学校に灯りが点って、夏生の役に立つことが出来るのだとアトリは言う。確かにそうやってマスターの役に立つことがヒューマノイドの正しい在り方かもしれない。だが夏生は「そうして俺の傍にいられなくなるのは嫌じゃないのか?」とアトリに問いかけると、アトリは「嫌です」「寂しいです」と答える。「でも、夏生さんの願いが叶うなら」と悲し気に自分を売ってほしいと言うアトリの言葉はとても人間的な言葉のように感じられた。

それで夏生はますますアトリを売るなど考えられなくなり、とにかくアトリは売らないと伝える。するとアトリは自分の中のバッテリーを取り出して使ってほしいと言い出し、夏生はそれも却下して怒って歩いていく。人間的な感情を持ちながら同時にあくまでヒューマノイドとしてマスターに身を捧げようとするアトリの在り方に対して、どう接していいのか分からなくなり夏生が困惑したところで今回は終わり次回に続きます。

 

 

負けヒロインが多すぎる!

第4話を観ました。

今回は文芸部の合宿で小鞠が部長の玉木に告白した場面の続きから始まりますが、その結果、玉木と副部長の古都がくっついてしまい小鞠は見事にフラレます。そうして合宿は終わり、温水は周囲に自分と八奈見が付き合ってると誤解されてることに気付き、八奈見の迷惑になってはいけないと思い、一緒に昼食を食べるのを止めるのだが、そのせいで八奈見と気まずいムードになってしまう。その後、温水は八奈見をフッた袴田から、八奈見を心配してるとか新しい恋を応援したいとか言われて、袴田が自分を八奈見の新しい彼氏だと誤解して八奈見をよろしく頼む的なことを言っているのだと理解するが、そこに八奈見が乱入してきて袴田に勝手なことをしないようにと怒る。それで2人が揉めているのを見て、温水は袴田に「フッた側がフッた相手に幸せになれとか言うねきではない」と食ってかかり、袴田も反省する。八奈見も「私は今でも勝手に草介のことが好きだし、勝手に諦めて幸せになる」と言い、放っておいてほしいと言います。そして温水は改めて八奈見に友達になってほしいと申し込み、八奈見は告白されるのかと思って温水をフってしまい、温水は告白もしていないのにフラれてしまい、八奈見と友達になります。

まぁそういう感じの話で、ようやくこの作品が面白くなってきました。こういう原作ファンの多い作品って困ることがあって、原作の先の展開を知ってる原作ファンが大して面白くない初回からやたら過大評価して「神回」「神回」言って、アニメ初見のこっちとしては「何がそんなに面白いんだろう」と首を捻ることが多いことです。私は例えば「推しの子」は原作既読で、先の展開は全部知ってますけど、そこは切り離してアニメ単話で評価するようにしてるから、今期の「推しの子」の第1話が「逃げ若」の第1話よりもダントツで上とか言ってる原作信者をホントにバカだなと思って冷ややかに見てました。なんで舞台稽古見せただけの話が鎌倉幕府滅亡を描いた話より上なんだよと。

この作品も、先の展開を知ってる原作ファンが全くしょうもない1話や2話をひたすら持ち上げていただけだと分かってホッとしました。今回の話を見て「実はこの作品は普通に面白いんだ」と知ることが出来て、要するに先の展開を知ってるファンが1話や2話を過大評価してただけなのだと分かって安堵したのです。今回の話を見るまでは、私の中の「面白さ」の基準と世間の「面白さ」の基準が修復不可能なぐらい隔絶してしまったんじゃないかと不安だったんですが、どうやらそうじゃないことが分かって安堵しました。

1話や2話の段階では、ヒロインレース系のラブコメを好む層だけがメタ的に「負けヒロイン」というカテゴライズでキャラを見て楽しむだけのオタク専用作品にしか思えなかった。主人公の温水もひたすら物語の外から「ラノベ読者」という神の視点で「負けヒロイン」の様々なキャラを観察するだけでストーリーに参加しないつまらない奴にしか思えなかった。そんなメタな笑いが1クールもつわけがないと思っていた。ストーリーなど皆無のホントにくだらない作品であり、こんなものを「神」だの「覇権」だの言ってるバカがたくさんいるものだと呆れて見ていた。

まぁしかしそれは誤解だったことが今回の温水と八奈見と袴田のシーンを見て分かった。さすがにこんな程度で「神回」とまでは言えないが、ちゃんと温水の言動は私の心に刺さりました。温水もちゃんとこの作品の中のキャラなのだと初めて思えました。ホントのことを言えば、作画や演出に惹かれるものはあっったので、この作品を私も面白いと思いたかったのです。でも、どうしてもストーリーが刺さらない作品を面白いと思えない性分なので困っていたのですが、今回の話を見て普通にこの作品を面白いと思えるようになって良かったです。

 

 

ばいばい、アース

第4話を観ました。

今回はベルがアドニスという剣士と出会い、一緒に使命を果たすために任務についたりします。なかなか困難な任務みたいですが、同時にベルの周囲で色々とキナ臭い動きも起きているみたいです。ただ、セリフのほとんどが難解で意味が分からない。壮大なファンタジーなので仕方ないとも思ってきたんですが、もう4話にもなって相変わらず意味が分からないままではこの先も意味は分からないままなのだろうと思う。そういうわけで今回で視聴は切らせていただきます。

 

 

「小市民」シリーズ

第4話を観ました。

今回は常悟朗と健吾がゆきの自転車を盗んだ犯人がどうして自動車教習所に通っているのかについて推理して、何らかの犯罪に加担しているのだろうという結論に至る。そしてゆきがその犯人グループと対決しようとしているのを心配して教習所に行くと、ゆきが既に犯人グループの悪事の証拠を掴んでいたので、それをネットに上げて犯罪が露見するように仕向け、犯人グループは逮捕されて一件落着となった。

今回も話は面白くなかったし、推理も盛り上がるものではなかった。常悟朗は自分の小賢しさを欠点だと思っていて、ゆきは自分の執念深さを欠点だと思っていて、互いにその欠点を治すために高校入学を機に頭を使って事件に首を突っ込むようなことは止めようと誓い合っているみたいです。それで2人が目指すのが「小市民」なのだそうですが、そこで目指すのが「一般市民」とか「まともな人間」「真人間」ではなくて「小市民」という「小」をつけた蔑称である時点で2人の性格の悪さが窺い知れる。要するに本音では自分たちより頭の悪い人間を見下している。まぁ2人もそういう自分たちの性根の腐ったところも含めて欠点だと自覚しているんでしょうけど、このままでは絶対にこの欠点は治らないんだろうなと思う。別にそのこと自体はどうでもいいんだけど、じゃあ一体この話のどこに面白いところがあるんだという話になる。そういうわけで今回で視聴は切らせていただきます。

 

 

魔導具師ダリヤはうつむかない

第5話を観ました。

今回はダリヤのもとにヴォルフがやってきて、ヴォルフはダリヤが森で出会ったダリだとすぐに気付きます。それで2人は改めて仲が良くなる。ヴォルフはダリヤが魔導具師だと知って驚き、魔導具の話で盛り上がったりします。そうして楽しい時間を過ごしていると、そこにたまたまトビアスと新しい恋人が出くわして、ダリヤが居心地悪そうにしているのを見かねて、ヴォルフが助け舟を出してくれて、ダリヤは感謝します。

その後、ヴォルフの実家の貴族の話とか、魔導具や魔法付与の話で盛り上がり、2人は友人となった。そして2人は日を改めて貴族街の高級魔導具店に一緒に行くことになり、ダリヤは貴族向けの魔導具の勉強をしようと張り切る。そうして店に行くと、店主が父カルロと知り合いで、昔カルロに世話になったという。それで店主の話を聞いてダリヤは」父カルロがいかに昔からダリヤのことを愛していたのかを知る。一方で店主もダリヤの話を聞いて、カルロが店主との友情を大切にしていたことを知り感動して涙を流す。そういう感じで、なんか最後はイイ話だったので、全体的には退屈だったのですが、ちょっと視聴を切りづらくなってしまい、もうちょっと様子見することにします。