回想 2005年サロマウルトラマラソン(その14・最終話)
とうとうやってまいりました。最終回です。
ここまでお付き合いいただきました読者のみなさん、本当にありがとうございました。この完走記にもかいていましたが、初めての参加だったこともあり、時間的なことや場所的なことがはっきりとしない書きぶりになってしまい、戸惑った方もいらっしゃったと思います。
この散文は、完走したあとに、それまで辿った道筋を書いておきたいという衝動にかられて書いたものです。したがって、参考書的でないところばかりであり、はじめて参加される方にどれだけ参考になったかは不明です。ただ、自分の経験を書くことで少しでも初めて参加される方の手助けになればと思ったこともすこしだけあります。この完走記が少しでも皆さんのモチベーションを挙げるものになってくれれば幸いです。
さて、本年も明日(30日)を持って仕事納めです。もう既にお休みに入って大掃除などで忙しくしている方も多いことだと思います。先日、ドクターストップがかかり、10日までは走れません。しばしの休養のあと、また、皆さんの仲間に入れればと思っています。
なお、年末年始は膝痛でドクターストップの最中ですが、家族で富良野に行ってスキー三昧の予定です。皆さんも、ご家族そろってすこやかな年始を迎えられることを祈念しています。
それでは、最終話をお届けいたします。感動巨編??
「第25話 ゴールできる幸せ
そしてワッカを抜け、先ほどジャンプしたエイドでサプリメントをのみ、進みました。あと3キロです。しばらく行くと、あの高石ともやさんがギターを抱えてランナーを励ましてくれています。
私は思わず近寄って高石さんとハイタッチしました。高石さんは「ゴールできるランナーは幸せだ。」と言ってくれていました。ゴールできなかったランナーの分も、その幸せをかみしめろといっているんだなあと思いながらラストスパートもかけられず、あいかわらずのスピードで走っていきました。ゴールへ入るカーブの手前にも既にゴールしたランナーや多くの人たちがもう少し、まだ間に合うなどと声をかけて応援してくれています。そうです。もう少しで100キロの自分の戦いが終わります。こんなに多くのスタッフと声援に支えられてやっとここまで来ました。やっとここでゴールできることを噛みしめました。カーブを過ぎてゴールが見えます。入り口のところにいたおばさんが拍手をしながら「がんばった~」と言ってくれています。多くの人達が向かえてくれています。
あと少しです。
ゴールは少し高くなっているところを登ります。そして、ゴールです。私は手を挙げてゴールしました。100キロのドラマが終わりました。12時間57分56秒、制限時間まで2分4秒です。この微妙な残り時間、計算してきたかのようなタイムです。しかし、これがひたすら走ってきた結果です。
ゴールのときは、何台ものカメラに迎えられ、スターランナーになったようでした。そして担当の女性がタオルとメダルをかけてくれました。完走者のみに与えられるメダルです。何モノにも代え難いメダルであり、自分の努力へのご褒美です。一生の思い出になります。そしてすぐに足は動かなくなりました。チップをはずすのに足のひもをスタッフの方にほどいてもらいました。スタッフの行き届いたサービスに驚きました。待ちかまえてくれたAさんのご主人に写真をとってもらいました。本当に感謝感激です。
その後、Aさんご夫妻としばらく話して分かれました。併走してくれたこと、ご主人に世話になったことをお礼しての別れです。その後、私は再び鶴雅に戻りました。非常に眠たくてAさんからもらった寝ないようになるドリンク2本も効き目がなくコンビニでもう1本飲みましたが、途中で何度も止まって仮眠しながら夜の12時に帰宅したなが~い1日が終わりを告げました。」
ここまでお付き合いいただきました皆さんに感謝申し上げます。ありがとうございました。
また、来年お付き合いいただきますようお願いいたします。今年はサロマを通して多くの方々とお付き合いできたすばらしい1年になりました。来年も引き続きお付き合いいただければ幸いです。今度はどこかの大会でお会いするのを楽しみにしています。
皆さんにとって来年もすばらしい年でありますように祈念しています。
本年はまことにありがとうございました。
北の大地
先日の寒中LSDのとき、私のMP3から平原綾香の「明日」が流れてきました。この曲は、倉本聡さんの「北の国から」の続編的な番組である「優しい時間」の主題歌です。「北の国から」はみなさんご存知のように厳しい北海道を舞台にして子供たちの成長や大人たちの葛藤をドラマ化したものです。
その続編の「優しい時間」は富良野を舞台にして再び倉本聡さんが描いた北海道に生きる人々のドラマです。
これらの番組を思い出すとどうしても涙が止まらなくなります(おじさんは涙腺が弱いのです。)。そして走っている最中に平原さんの「明日」が流れてきたと同時にドラマに出てくる厳しい、そして優しい北海道の風景が走馬灯のように流れ、どうしようもなくなるのでした。
そして、この厳しい北の大地で、この厳しい風を感じながら走れることの喜びを感じることができてしあわせだなあと思うのでした。
そんな風に真夜中の冬道を黙々と走っています。
12月25日のラン 30.26キロ
今月の累計 176.49キロ
17歳バトン
それでは早速書式に従いまして回答させていただきます。
「17歳のとき、何をしていた?」
17歳って高校3年生ですよね。部活も2年でやめて受験勉強をしていた。部活は剣道部、中学、高校ともにやっていたが、けっしてまじめな部員でもなく、ただ、下手の横好きという感じだった。うちの高校は地域1番校ではなく、かなりがんばらないと現役で国立大学もいけず、けっこう浪人を決め込んでいたような状態でした。
「17歳のとき、何を考えていた?」
なんだろう? 大学に進学し、又は浪人生活に入って、違うところでのひとり暮らしになんとなく淡い期待をもっていたような気がします。
「17歳のとき、1番のイベント」
学校祭かな。うちの学校は男女共学だけど、旧制時代は女子高校で、今も女性のほうが若干だけど多くて、自由な気風だった。校長のいつもの挨拶は「しまりとねばり」だった。今も忘れない。要は、我が校生徒に足りないものは、この2つだということだったんだよね。しまってなくて、ねばりもない本当に自由な学校だった。男女間の交際も自由だったし、男女交際というよりも、男女間も友達同士って感じだった。冒頭の話しに戻ろう。我が校の学校祭は3日間。そのうち2日間は他校生も参加オッケーだったけど、最終日は他校生はシャットアウト。このときの歌合戦は盛り上がったなあ。えいちゃんや松山千春の銀の雨なんかが流行っていた。
「17歳のとき、やり残したことは?」
勉強。もっと勉強すればよかった。当時は精一杯していたつもりだけど。それと、当時はウブだったんだよね。好きな子とときどき一緒に学校から帰ったけど、本当に何も話せないまま、帰ったような気がする。もう少し会話を楽しむくらいの恋愛をしたかった。
「17歳に戻れたら?」
思い切り青春したい。今から思い返せば、回りの友人たちは、自由な校風を堪能していたような気がする。
「17歳のとき失敗したことは?」
なんだろう? なんか平々凡々の高校生活が実は失敗だったりして。つまり青春時代を謳歌しなかった。それもけっこう楽しかったけどね。
「17歳の時、いい恋してた?」
女性の友人はいた。けど、特定の子はいなかった。だから、いい恋をしていたかどうか?もっとも、好きな子はいた。おとなしい子だった。上記のとおり時々一緒に帰った程度だったけど、僕もうまく話せないし、彼女は口数の少ない子だった。続かなかった。そのうち、彼女と僕は別々のところに進学したから、全然関係なくなったとさ。
次に17歳に戻ってもらいたい5人は?
このバトンってけっこう難しいとおもったけど、けっこう振り返って、昔の想い出が走馬燈のようによみがえっていいかもしれませんね。
ということで、次にお願いするのは、トン子さん、カナパパさん、Ogamanさん、runningさん、ぼのさん もう答えた方がいるかもしれないけど。よろしくお願いします。
今日のラン 24キロ
今月累計 146.23キロ






