乃木希典の夫人が自決した短刀がガラスのように脆い刀だったことが書かれていました。先端が欠けて刃こぼれでノコギリのようにガタガタになっていたと。夫人の肋骨に当たった程度でこのようなったとは。


帝室技芸員の作で直刃に綾杉肌と書かれているので月山貞一の刀でしょう。


戦前の帝室技芸員の作ですらこのような酷い刀だというのは残念でなりません。


「現代刀はもろい」


よく聞く言葉です。戦後刀ではそういう実例を持ち主が挙げているのも見かけます。脆い現代刀が一定の割合で存在する事は事実なのだと思います。しかし戦前の、いやしくも帝室技芸員の作ですらこのようなものであるのかと思うと残念でなりません。


個人的には日本刀の美術性は「用の美」ではないと思うのですが、刀剣の神性は人の命を断つ力にこそ根源があるものと信じています。だからこそ脆い刀などどんなに美しくても駄作だと個人的には考えています。


素人臭い妄想ではありますが、日本刀は強く美しいものであって欲しいと思うのです。弱くて美しい日本刀なんて欲しくないし、身銭をきって買った刀がそんな刀であれば泣きたくなってしまいます。


よく「古刀が良い」と言われますが、新刀以降はこの「脆い美術刀剣」が存在するのも理由の一つなのかもしれません。ただ、持論として中古で買った刀は皮鉄の研ぎ減りや金属疲労の程度がわからないので私は新作刀が好きなのですが。


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脆い刀はなぜ脆いのか。


この理由は色々あるようなのですが、決定的なのは「刃文の冴えを優先して焼戻しを甘くする」という理由にあるようです。



以下、吉原義人刀匠の新作刀コンクールの講評からの抜粋


 『刀剣美術』第五二三 2000年8月号 P.29-30 審査員講評 吉原義人


 最後になりますが、真に残念なことに、上位の入賞者も含めて刃こぼれのある刀がありました。

 

 私は刀の美しさは機能美であると固く信じております。刀が武器として生まれ、バランスの取れた使い易さの追求から姿の美しさが生れ、また折れず曲がらずよく切れる鋼の追求から綺麗な地鉄と美しい刃紋が生まれたことは疑いありません。その機能美を追求する刀が、研いでも刃が付かないような脆い物だったら如何なものでしょう。美しさを云々する前に刀として失格ではありませんか。刃紋の冴えを気にして焼き戻しを怠った結果でしょう。

 

 美術刀剣と申しますが、刀は絵や彫刻等最初から美しさだけを追求した純粋な美術品とは違い、武器としての機能美を見るものです。刀としての基本的な機能だけは絶対に欠けることのないよう心掛けることをお願いし、今回の講評と致します。

https://ameblo.jp/kmymtks9/entry-12675617615.html


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少なくとも平成期には脆い美術刀剣が作られていて、そういう刀が上位入賞していた事がわかります。残念でなりません。


現在はそんな刀は作られていないと信じたいものですが、どうでしょうか。


また、この吉原義人刀匠の記述から脆い刀は研ぎで微細に刃こぼれする事が伺えます。どうもこれが日本刀に「切れない研ぎ」がなされる理由のようなのです。つまり刃こぼれしないように刃をつけない。


購入した刀が刃物として切れない状態だったというのはよくある事のようです。日本刀は美術品なので刃物として切れなくても問題ないとされているようです。切れ味フェチの私としてはそんな刀は絶対に嫌なのですが。


また、この「切れない刀」を曲解して、、、


日本刀は切るものではなく甲冑に打ち付けるものだから鋭利な刃は付けないとか、刀は使う前に寝刃合わせするものだから、、、などと言う人がいます。


しかし、戦国時代の中国人の記述などに「日本刀は鋭利」というような記述が複数あったと記憶しています。


寝刃合わせについては刃先がつぶれて切れなくなった刃(寝た刃)への応急的なタッチアップであって研ぎ上がりの刃に行うようなものではありません。また、江戸時代の試斬の流行により寝刃合わせが重視されるようになったと古書には書かれています。


↑例えば、こんな風に甲冑や鉄兜に打ち付けて刃先が倒れて潰れた時に行うのが寝刃合わせです。


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水心子正秀の記述↓

問:刀の刃を指のはらでさすり、刃味の良し悪しを知るものがある。この心得は?
答:よく知るものもあることだが、まず刃味の良い刀は指のはらに吸いこむような感じがする。また刃味の鈍い刀にはよく見かけるが、刃先がつぶれていて指のはらに吸い込む感じがなく、スベるようだ。また刃が硬すぎる刀は刃先が微細にこぼれていて、たとえればノコギリのようになっているので、指のはらにイライラとさわる感じがする。しかし寝刃を上手く合わせていれば、たしかには分かりにくい。刀鍛冶はこの違いを知っておかなければならない。


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江戸時代後半には既に脆くて研ぎで微細に刃こぼれした刀や、それがバレないよう切れなく研がれた刀が存在する事が伺えます。


ちなみに、新刀期の「脆い美術刀剣」へのアンチテーゼが水心子の新々刀です。


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色々書きましたが、ガラスのような脆い刀が作られなくなって欲しいと切に願う所存です。現代刀が売れない理由の一つとも思われてなりません。


「令和以降の刀には脆い刀はないから大丈夫だ」と後世には語られるようになって欲しいです。


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