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鎌倉歳時記

定年後、大好きな鎌倉での生活に憧れ、移住計画や、その後の鎌倉での生活の日々を語ろうと思います。家族を大阪に置き、一人生活を鎌倉の歳時記を通し、趣味の歴史や寺社仏閣等を綴っていきす。

少将訪問の事

 こうして母も二宮の姉も、

「仏道の趣を、詳しく聞かせて欲しいのです」と申されたので、虎は、少将の法を見て、少し笑って、

「お姉さまこそ、念仏についての教えを色々と知っておられるので、わかりやすく御話されては」と申すと、少将は、

「私も、詳しい事は分からないのですが、一年の間、都に居て、法然上人が仰せられたのは、『そもそも、生死の根源を尋ねてみれば、只一瞬の虚妄の執念の一念において、言われも無く、真理がそのままに満ちている悟りの世界(法性の都)を迷い出てしまい、迷いの世界(三界六道)に生まれ変わる中で、煩悩を抱えた迷いの存在(衆生)となってしまうのです。それで、地獄の八寒地獄・八熱地獄の苦しみ、餓鬼の飢饉の憂い、畜生の三界を思い、その他、天上の五衰、人間の八苦、一つとして受けないという事は無く、上は有頂天(三界の内、存在の世界の最上である色究竟天〔阿迦尼陀天〕を指す)を限りに、下は泥梨(ないり、あび:地獄)を際として、出る事は出来ないがゆえに、流転の衆生と申すのです。そうはいっても、前世で行った善により、今の人間に生まれるのです。人の心の内に、生きとし生けるものが本来備えている、仏となる悟りの可能性があり、他には、諸仏の大慈悲から発する誓願があります。無常である喩の、人木石ではございません。仏道に入る発心を行えば、どうして成仏得脱が行えない事はございません。それについて、修行の方法や過程は人それぞれであると言っても、私たち如きの衆生は、諸行の徳にかなう事はございません。まず、法然上人が言われるのは、

『釈迦の教えが書き記された一切経の総巻七千余巻の経蔵に入って、よくよく、女人が宿命として課せられる五つの障害と三種の忍従の要義を考えるに、顕教に付け密教に付け、知恵を開き、真理を悟る事は、因縁によって生じた差別的な全ての事象、事物、現象を悟る事は簡単ではない。修行により、成就をなす事は難しい。法華経の教えを讃える、一実円融と言う、絶対不二であって真実である法理は、その功徳が完全で、しかも、それによる成仏の実現が極めて速やかであると言われる前では、天台の教え、三諦即是にある様に、空・仮・中の三諦の真理、三にして一であるといい、微妙で奥深い妙観に疲れ、真言宗の教えである、秘密で有る身、・口・意の三業は、すなわち仏の身体と言語と心によって、成される不思議な働きが、相応融和を成す上では、また、現世において正智により真理を悟る。生きているこの現実世界において、仏や神の存在、あるいは霊験(御利益)の証拠をはっきりと目に見える形で示す事は、非常に難しい』と。そうしている内に、世の生業(なりわい)を計って浄土を願い、他力を頼みて「南無阿弥陀仏」の名号を唱えます。

 

(鎌倉 長谷寺)

 真に、浄土の経文は、一乗の教えによって直ちに仏の悟りに達する、直至道場(じきしどうぢよう)の知恵と実践にあります。知惠のある者無い者の、誰としてこの尊い教えに帰依しないでいられましょうか。すでに、正法と、像法の時は終わり、戒・定・慧の三学は、名だけ残り、有教無人、有名無実となっております。特に女人は、五障三従と言う、障り有る身なので、人間が現世で受けた肉体のままで仏になる即身成仏になることはまずございません。仏法の聴聞をして、仏道と縁を結ぶために、霊仏霊社を参詣する際に、踏まざる霊地があり、拝されない仏像があります。天台山(比叡山延暦寺)は、桓武天皇の御願いで、伝教の建立です。一乗(延暦寺の呼称を一乗止観院と称された)の教えを峰に例えるなら、明月の光が闇を照らすように、真理が人の妄想を破ると云えども、五障の闇は照らす事はございません。高野山は嵯峨天皇の御世の時に、弘法大師の地として、八葉の峰、八つの谷、伶々として、水潔しと云えども、三従の垢を濯ぐ事はございません。その他、吉野の金峰山(金峯山寺)の雲の上は、醍醐寺・三井寺(園城寺の別称)は、霞の向こうに並ぶ。白山(石川・岐阜県にまたがる霊峰で、白山神社、白山姫神社奥の院があり、古くから山岳信仰の山として知られていた)、書写の寺(兵庫県姫路市北西部にある書写山円教寺)等、この様な所々には、女人は近づく事は出来ません。それならば、ある経の文(日蓮『録外御書』四・女人成仏事)には、『三世の諸仏の眼は大地に落ちて朽つるとも、女人成仏なし』と言われる。又、ある経文には、『女人は、地獄の使いなり。良く仏の種を立つ。外見は菩薩に似ていても、内の心は夜叉の如し』と言われる。そうであるなら、仏典とその他の典籍に嫌われている所に、弥陀如が来て、『極上悪人、無他方便』と誓って、別にまた、女人成仏の願いを起こします。これ程に懇(ねんご)ろに、憐れむ事を信じずに、修行せずして、また三途の河に帰る事、例えば、耆婆(ぎば:古代インドの五舎城の名医)が万病を癒す薬に、もろもろの薬を幾つも合わせたとは知りませんが、服用すれば、直ぐに病が癒えます。病が極めて重い者で、薬ではと疑って服用しなければ、耆婆の医術も、扁鵲(へんっじゃく:中国春秋時代の名医)該術も益がないでしょう。その様に煩悩悪行は極めて重いものです。この名号にては、どの様に疑っても、信じずに修行を行わないならば、弥陀の本願も、釈迦の説法も、空しい物です。そもそも、薬を得て、服用しなければ、死ぬことは、崑崙山(こんろんさん:古くは西域の西南に見える山脈の凡称)に行って、玉を取らずして帰り、栴檀(せんだん:香木の一種)の林に入り、梢を得ずしては無くなれば、後悔するとも言われます。それで、阿弥陀如来が一切の衆生を済度するための願を起こし、五却の間思惟され、極めて長い間、あらゆる種類の善行の修行を行い、仏になるために菩薩が行う様々な修行の功徳を「阿弥陀」の三字に納められました。それは、『阿字十方三千仏、弥字一切諸菩薩、陀字八幡書諸聖仏』と言う時は、八万教法、諸仏菩薩も、名号は広大の功徳となれる。それは、天台には、法・報・応の三身、空・仮・中の三諦なりと、訳します。

 

 森羅万象(しんらばんしょう:右中間に数限りなく存在する一切の物事)、山河大地、弥陀の漏れたる事はございません。これによって、只、もっぱら弥陀をもって法門の主と解されます。正式な依拠とされる経典には、『いとくたり大りそくせんしやう功徳(『無量寿経』下の一文を言うものか)』と説き、傍依の経(はうえのきょう:補助となる経典)には、『一万三千物を高さ十条に黄金をもって十度作り、供養するよりも、一返の名号(南無阿弥陀仏)は優れている(『壒嚢鈔(藍脳症)』『弘法大師念仏口伝集』)と言います。仏道に導く善知識の教えを深く信じて、『南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏』と唱えれば、菩薩が仏の悟りを開くまでの修行期間である三祗百体却(さんぎひゃくだいごう)の修行も超え、塵沙・無用(ぢんじゃ・むみょう:天台宗の徳、修行の妨げとなる三つの誘惑、見思惑・塵沙惑・無明わくの二つ)の誘惑も立つことが出来、『致使凡夫念即生、不断煩悩得涅槃(ちしぼんふねんそくしゃう、ふだんぼんのうよくねはん)』

と言って、終焉の時は、一切の心を変化して、観音・勢至・、無数の化菩薩(衆生を救うために、様々な姿に変えて現れる仏や菩薩)、踊り上がって喜び、少し間に阿弥陀仏の極楽浄土へ参れば、限りない菩薩と同学として、天上界の如来を師とし、極楽浄土にあるという八功徳水絵を讃える池で遊び、樹下に行って、鸚鵡・舎利・迦陵頻伽・共命の鳥の声を聴き、苦・空・無情・無我の四徳波羅蜜(涅槃〔波羅密〕に備わる、常・楽・我・浄の四種の徳)の悟りを開くならば、過去の恩、所生所生の父母も、妻子眷属、有縁の衆生を導くために、洞然猛火の焔に交じり、紅蓮大紅蓮の郡に入っても、解脱の袂は安楽として、再度利生されるでしょう。ただし、往生の定・不定は、信心の有無によるものです。決して疑う事が無い様にと言われたのを私たちは聴聞して申したのでございます」と申すと、母は、感涙を押さえて言うには、

「今の法門を、聴聞いたしました事で、信心を肝に銘じて、有難く思います。今より後は、方々の御弟子にて戴きたく」と言って、三度伏して拝まれた。有難き事であった。

 

※「生死の根源を尋ね候へば、ただ一つの念の妄執(もうしょう)」に引かされて、由なく法性の都を迷い出でて、三界六道に生まれ、衆生とはなれり」この一文は鎌倉時代の僧・親鸞の著作『尊号真像名分』や『唯信銘文意』にみられる仏教の表現である。「私たちが本来いるべき仏の悟りの世界(真実の世界)から迷い離れてしまい、この現実世界で苦しむ凡夫(衆生)となってしまった姿」を表現している。

 正法と、像法とは、正法は釈迦入滅後に、仏の教えが良く保たれ、正しい修行によって悟りが得られる時代の事を言う。正法の時を過ぎると、教えや修行が行われるだけで、悟りが得られなくなる像法の時となる。多くの正法五百年、像法千年と教える。

戒・定・慧の三学とは、仏道修行の三つの要目で、「戒」(禁戒)は、禅を修め、悪を防ぐこと。「定」(禅定)は、心身の乱れを静める事。「慧」(智慧)は、真理を証得する事を言い、総じて三学と総称する。

 高野山は、弘法大師の地として、八葉の峰、八つの谷とは、和歌山県伊都郡高野山頂にある高野山金剛峰寺が建立されており、弘仁七年(八一八)に、弘法大師空海が嵯峨天皇からこの地を賜り、草庵を結んだ事に始まる。高野山金剛峰寺の根本大塔が、八葉の蓮華の花弁の中にあるように、四方を八つの峰に囲まれている事から、胎蔵界曼荼羅の八葉九尊になぞらえて呼ばれる。『平家物語』十・高野の巻に、「高野山は…八葉の峰、八の谷」とある。

※『弘法大師念仏口伝集』に「平等(覚)経に曰く、ゑんぶたんこんの〔不明〕金をもつて高さ十条の仏を一万体作り、十度供養し奉るより、念仏の一編の功徳は今尚勝れたりと言えり」とある。

 『致使凡夫念即生、不断煩悩得涅槃』とは、『黒谷証人語灯録』三部経釈第一、「阿弥陀如来、善知識和尚と成り唐土に出でて、現に於いて五濁に如来出て、随し郡萌え、宣方便化、多聞而も得度し或説、三明小解証し或説、障福得恵雙除の或説、禅念坐思量の或説、種々法門皆介達、念仏過ぎる事無くして西方に往生、一形の上尽きるに至り、十念三念五念、仏来迎、弥陀弘く誓い重ね直為、凡夫念即生に使い到りと宣へり」とある。      ―続く―