映画「緊急取調室」を観に行きました。これは,テレビドラマの延長程度で特に記事にすることはありません。ただ,大型スクリーンで迫力はありました。

 映画館の通路や予告で「木挽町のあだ討ち」という作品が近日上演であることを知りました。先日歌舞伎で「木挽きの闇爭」を観てきたので同じ題材の映画かと思いました。しかし別物のようです。歌舞伎座のある場所は昔“木挽町”と呼ばれた場所です。歌舞伎の方の内容は,木挽町辺りでの出来事ということで内容自体は歌舞伎とは関係がありません。「木挽町のあだ討ち」はまだ観ていませんが,歌舞伎と関係した内容のようです。これに関しては観たら感想を書きたいと思っています。

 血縁関係,敵味方の関係が複雑ですが,ストーリーを振り返ってみました。

 百姓夫婦の家で源氏の葵御前をかくまっています。葵御前は後の木曽義仲となる胎児を身ごもっています。かくまっていることを,百姓夫婦が子供として育てていた小万の夫,軍内が平家に密告します。平家からは実盛(さねもり)と瀬尾(せのお)が使わされます。最初は敵と思われていた実盛は見方をします。瀬尾は一旦帰ったそぶりをしながら,陰に隠れて家の中の出来事を見ていました。葵御前の子供が男だったら源氏の血筋を絶つため殺すと言います。一方,小万は源氏の正統な証となる白旗を守るためしっかりと握りしめて湖に沈みます。そのとき,実盛がその腕を切り落としていたのです。それが百姓夫婦のもとに戻ります。葵御前には男の子が生まれます。瀬尾はそれを聞き取り,再び家に入ってきます。実盛は源氏に理解を持っていて,「腕が生まれた」とごまかします(イラスト)。結局のところ瀬尾も味方だったのです。小万の子,太郎吉が瀬尾を殺そうとしますが,瀬尾はわざと殺されます。そして首をとらせ,手柄を上げたとして,ここで生まれた将来木曽義仲となる子の家来になります。

 今回もいくつか新しく知りました。「瀬尾の戻り」という言葉があります。瀬尾が悪人かと思っていたら善人だったということです。水戸黄門でお銀が「裏切ったのではなく,表がえったのだ」と言うシーンを思い出しました。瀬尾が死んだ後,話をそちらに移すのに舞台としては死骸が邪魔になります。黒い幕で隠して舞台袖に引っ込みます。この黒い幕を「消し幕」と呼ぶのだそうです。黒子もそうですが,黒い布などは観客には見えないという設定になっているのだそうです。瀬尾が孫に首をとらせたところでひっくり返り首がころりと転がります。幕見席からは瀬尾役の尾上松緑の首と作り物の首とが両方見えてしまいました。両方が同時に見えないような倒れ方をしたのだと思いましたが,この倒れ方も芸の内だったらしいです。座ったまま後方にひっくり返る「平馬返り(へいまがえり)」というアクロバティックな演技だそうです。あれがアクロバティックな演技とは感じなかったのですが,よく見ればそうだったのかも知れません。

 源頼光が病床に伏しているところに土蜘蛛の精が暗殺をたくらみいろいろな姿で現れます。それを一人の役者,尾上右近が早変わりして次々と現れます。鴨居から前転で現れたり,浮いて現れたり(役者はもちろんロープを使って浮いているように見せた)しました。わざと着替えが間に合わなかったかのように衣服の裾を下げるしぐさをして笑いを誘うこともありました。ふんだんに蜘蛛の糸を使いました。役者の弟子たちが作るのだそうです。

 ちなみに梓弦とは,梓の木を用いた弓のことだそうです。この弓は弦を引けば強くしなり、放せば勢いよく戻るということから「早替り」の変幻自在さや舞台上の激しい躍動感をなぞらえているそうです。役者の8役の早変わりの代名詞になっているそうです。

 闇爭と言うのは真っ暗な中で手探りで物を取り合うような演技です。仮名手本忠臣蔵五段目で,早野寛平が猪を鉄砲で仕留めたと思ったら,斧定九郎でした。定九郎は寛平の舅を殺して金を奪ったばかりでした。寛平は真っ暗闇の中,手探りで舅の金とは知らずその小判を盗みます。これが闇爭でした。ただ,照明があるので,“真っ暗闇の中”というのが認識しにくかったです。一等席で鑑賞した後,イヤホンガイドなしで,闇爭だとわかるかどうか,後日幕見席で見直しました。

 今回は,夜月が雲に隠れ真っ暗になったという設定がよくわかりました。そこでは,巻物と刀の鞘を奪い合うという場面でした。曽我兄弟とその仲間が,仇の工藤祐経とその仲間とで奪い合いをしました。これらのアイテムは曽我兄弟が仇討をする正当性を証明するものだったのです。イラストは,暗闇の状態から日が昇り,急に明るくなった場面です。このとき,曽我兄弟はこれらのアイテムを手に入れていました。アイテムを奪い合う動きはスローモーションで,これぞ闇爭だと感じました。急に明るくなったという場面は現実的ではありません。実際の夜明けは,空が白み始めだんだんと明るくなっていくものです。色々なことが形式化された歌舞伎故許される場面変化なのでしょう。

真ん中は曽我五郎,その右が仇の工藤祐経,右から3番目の赤い衣装が曽我十郎,一番右が最初の場面で勇む五郎を引き留めた小林朝比奈です。そのほか,舞鶴,十郎の恋人などが並んでいます。

 萬歳は寄席の漫才にも関係しているらしいです。また,代表的な萬歳として三河万歳があります。正月にふさわしい,幸多き1年を願う舞です。全国に多くの萬歳があるらしいです。漫才にも関係しているとのことで,2人で出てくるものと思っていました。各地の萬歳をネットで見てみると,2人のものもあり,3人のものもありました。3人の場合,中央が萬歳(役名),右が才造,左が大津絵の女子(おなご:もちろん女形)が普通らしいです。大津絵の女子は,大津絵から抜け出した藤娘とのこと。ここでは,人間国宝の中村梅玉が萬歳を演じ,人気歌舞伎俳優の松本幸四郎と中村勘九郎が同じ才造を演じました。初春大歌舞伎ということで,ファンを喜ばすこのようなメンバーとなったらしいです。

 背景がきれいな桜で華やかな舞台は正月らしく,楽しく観ることができました。

(ChatGPTによるスケッチ)

 午前の部の最初の幕は「當午歳歌舞伎賑(あたるうまどしかぶきのにぎわい)」でした。正月らしい3つの場面から構成されていました。最初の場面は「正札附根元草摺(しょうふだつきこんげんくさずり)」でした。読み方は,送り仮名がありませんが,送り仮名を付け加えて読むようです。威厳のありそうな小林朝比奈と若武者 曽我五郎が“雛壇の中割り”で登場しました。この舞台では,長唄の三味線方と唄方が正面にずらりと並んでいましたが,真ん中が開き二重台に乗った2人がせり出してきました。その後,雛壇は元に戻りました。五郎が工藤祐経の館へ父の敵討ちに行こうとするのを朝比奈が鎧の草摺(くさずり:腰から太ももの上部を守るための部位)を押さえて,「まだ時期尚早」となだめる場面です。ひげを生やして威厳のありそうな朝比奈が「もっと先にして,廓にでも行こうや」と,女の着物のようないで立ちになって踊りました。見かけによらないかわいらしい役割でした。

 鎧が小さくて軽くて鎧らしくありませんでした。歌舞伎ってそういう所があるようです。以前に見たものでは「龍が出る」というのでどんなすごいのが出るのかと思ったら,子供が手に持つこいのぼりのような龍だったのも思い出します。私は,「あんなちゃちな」と思ってしまいますが,これも歌舞伎の形式化の一部なのかも知れません。

(AIによるCG)

 歌舞伎座の1月の公演も観たいと思っていましたが,いろいろ用事があり,千秋楽25日が迫ってきてしまいました。桟敷席は月内全て満席になっていました。そこで,前日正午からネットで販売される幕見席をとろうとしました。ところが行こうとした前日の正午には外せない予定が入っていました。昨年の中頃は正午ぴたりに予約を始めても全部の幕を予約できないことが多かったのです。しかし最近,少し余裕ができてきたようです。中国からの観光客が減少したためかも知れません。

 そこで,正午からの予定が終わった後,ネットで調べてみました。その結果,1幕目,3幕目が選択可能でしたが,2幕目が「予定枚数終了」となっていました。残念ですが,1幕目と3幕目だけ予約しました。そしてもう一度選択画面に戻ると,2幕目が選択可能になっていました。すぐに席の選択画面に移ると4, 5席が選択可能になっていました。そのため,2幕目もチケットを購入することができました。しかし,不思議です。この予約はキャンセル不可なので,誰かがキャンセルして空きができたわけではありません。考えられるのは購入手続きで支払い画面(この時点で席がロックされると考えられる)を完了しなかった人達がいるということです。空き席が複数あることから,ツアー団体が皆で一斉に予約手続きを始めたが,全員が取れないのであきらめたということかも知れません。

 浅草に行きました。浅草演芸ホールは顔見世なので色々な人が入れ代わり立ち代わり出演して挨拶だけするような内容なので入るつもりはありませんでした。出演者の看板を見ると予想通りたくさんの人のリストが掲げられていました。予想していたので,この日は別の劇場に行くことにしていました。

 

 予定していたのは浅草リトルシアターです。新米の人たちが多く,余り笑えませんが若い人の応援も兼ねて入ってみました。入ると芸人さんが入れ替わるまでカーテンの外で待たされました。入れ替わり時には,「お客さんが入るのでしばらくお待ちください」とアナウンスして入れてくれました。寄席の鈴本演芸場では,アナウンスはありませんが芸人さんの入れ替え時まで待たされます。浅草リトルシアターでアナウンス後入ると客は2人しかいませんでした。「客が少ないのに大げさに」と思いました。私が入るのは今回3回目ですが,これまではこんなに大げさではなかった気がします。ただ,2回の経験ですから,たまたま区切りに入ったのかも知れません。皆初心者のような感じでしたが,一人だけ良い演技の人がいました。ただ,相方はちょっと残念でした。おしいです。

 

 

 この人は以前三遊亭小円歌という名前でした。客に目線を合わせて客が戸惑ったのを「そんなに気を使わなくても…」と言うのも一つの芸風でした。その頃私もターゲットにされたことが記憶に残っています。最近は「だんだんといい女が出てきます。断っておきますが“すず風にゃん子金魚”は女じゃあないですから」というネタもよくやります。ご自身のブログを見ると彼女たちと一緒に写真を撮ったものが多いです。仲が良いのでこのようなネタを出すこともできるのでしょう。「3千円(浅草演芸ホールの木戸銭)でこんないい芸者を呼ぶことはできない」というネタもあります。

 去年でしたか,お母さんの形見の三味線を山手線内に置き忘れて見つからなくなったという事件がありました。駅員も熱心には取り合ってくれなかったそうです。私は橘之助さんのブログのコメントに「『新大久保の駅員だった三遊亭圓歌の弟子ですが』と言って何とかしてもらえばよかったのに」と書いたことがあります。すごく客へのサービス精神がある方だと思います。去年8月の住吉踊りが終わった後,浅草演芸ホール前で2ショット写真を撮らせていただきました。

 三味線の速演奏が得意で,速すぎて聞き取れないこともあります。高座に前座さんを呼んで太鼓をたたかせることもよくやります。前座さんが前の方に座ると,「私が!私が主役だからそんなに前に出ないで」と言うのも持ちネタの1つでしょう。速演奏についていける前座さんと,ついていけない前座さんがあります。

(ChatGPTによる似顔絵。若く描けています。歳のことで「コロナワクチンの通知が比較的早く来た」と言うネタもあります)

 前座さん三遊亭歌きちさんが初天神を話してくれました。初天神も最後まで語られない場合が多いです。最後まで演じた場合の落ちは,買ってやった凧におとつぁん自身が夢中になり,子供が「こんなんじゃ,おとつぁんを連れてくるんじゃあなかった」という逆転の話です。途中で終わるものとしては,おとつぁんにたたかれて飴を飲み込んでしまうもの,団子の蜜をおとつぁんが舐めてしまうものなどです。前座さんの場合,最初の高座までの間を埋める役割があり,時間が限られています。そのせいかここでは,ねだったものを買ってもらえないので「おとつぁんを連れてこなければよかった」でした。ちょっと無理があったかな?

 もう一つ気づいたのは歩きながらしゃべるときの歩く演技です。膝で立って体を前後させていました。膝を左右少しずつ上げて歩いているように見せるのが本当ではないかと思います。この日の真打の噺家さんの演技でも歩く様子がありましたが,左右の膝を上げていました。歌きちさんの演技では歩いているより,こっくりこっくりしているように見えました。しかし,歌きちさんの高座は全体を通してみると,他の前座さんのものに比べて熟しているように感じました。