昔昔亭桃太郎さんが年末に逝去されました。同郷の方で高座は楽しく聴かせていただいておりました。最初に聴いたころは横に置かれた茶碗を見て,「なんだこの茶碗は!大衆食堂におかれているのと同じ茶碗じゃあないか!」と文句をつけていました。ずいぶん高飛車な人だとおもいましたが,それが一つのネタだったのです。浅草演芸ホールでは,その日の演者の写真がずらっと並べられていますが,桃太郎さんの写真は,そういった茶碗をもったものです。

 裕次郎物語は石原裕次郎の噺では,「西部警察のドラマで電話機をとるだけで出演料がガッパガッパ」というのがありました。石原家の方とは親しくしているそうで,ちょっと聞いた感じが失礼ですが了解を得ていたとおもいます。裕次郎が少年時代には兄貴とヨットででかけるが,自分の少年時代には,耕運機で兄と遊びに行ったとを述べます。私と同郷とは長野県の小諸です。なんとなく理解できました。

 金満家族は家族全員が順風満帆の年賀状に反発するような内容で笑わせてくれました。新年になるのでまた聴けるとおもっていました。

 ぜんざい公社も面白かったです。ぜんざいを食べさせるのは公社であり,お役所的にいろいろな手続きをしないと食べられません。ひどい目に遭った男の噺でした。

 その他,春雨宿,お見合い中,カラオケ病院,浮世床などを聴きました。最後の聴いた高座は浅草演芸ホールでした。まだ1年も経っていません。たくさん裕次郎の歌を聞かされました。独特な話し方は好きでした。ご冥福を祈ります。

 どなたの高座か忘れましたが,浅草演芸ホール令和7年12月中席で,粗忽の亭主の名前が与太郎だった噺がありました。私の与太郎のイメージは,比較的歳は若く空気も読めない知恵遅れという感じです。とても亭主にはなれない感じだと思っていました。それがこの高座でひっくり返されました。調べてみると妻子持ちに与太郎もいくつかは語られているようです。さらに調べてみると,与太郎が婿になったと言う噺があるそうです。聴いたことのない噺なので是非聴いてみたいと探したところYoutubeにありました。(それをダウンロードする話は「技術日誌」に書きました)

(ChatGPTで作成。右が愚か者与太郎,左が粗忽者八五郎。私のイメージもこれと同じ)

 私が落語を聴き始めて替り目を数回くらい聴くまで何故この演題が替り目と言うのか分かりませんでした。ほとんどの人が最後まで演じないからです。「妻におでんを買いに行かせたところで妻に感謝している独り言を言うと,まだ言ってなくて聞かれた」で落ちになっているものでした。実はこの続きがあって,妻が出ている間にうどん屋に燗を付けさせるるのです。うどんも注文してくれないのでうどん屋は嫌がります。おかみさんがそのうどん屋に会うと,「お燗の替り目だから近寄りたくない」というのが本当の落ちです。「真田小僧」と同様,最後まで演じられない演目の一つです。

 さん喬さんのこの日の高座では更に早めに落ちとなりました。唖然として,どんな落ちだったか思い出せません。おでんのタネの省略形とか熱演でした。そのわりに,通常の省略形では面白くないと考えたのでしょうか。楽しい熱演でした。

 落語で大変有名な「芝浜」を歌舞伎化した演目です。前の週に第一部の超歌舞伎を観た際,第二部でこの演目をやっていることを知り,1週間後に観に来ました。この間に浅草演芸ホールにも行き,演芸三昧の週となりました。

 腕が良いのに酒のために貧乏している魚屋の男がやっと仕事をする気になり,芝浜に行くが時を間違えて早くに着いてしまう。時間つぶしに浜で顔を洗おうとしたとき,大金の入っている財布を拾う。この金で飲めると思い友達を集めて酒盛りをする。寝込んで起きると女房が,「財布を拾ったなんて,夢をみたのだ」と言って聞かせる。実は大家に相談して番所に届け出たのだ。男は気を入れ替えて働き,元々腕が良いので立派な家を建てるほどになる。その時女房が実の話を打ち明け,奉行所から払い下げになった財布を見せる。男は,「おかげで立ち直った。使ってしまったら,俺の首はここに付いていなかっただろう」と感謝する。落語では祝いに乾杯しようとした時,男が「やめとこう,また夢になるといけないから」という落ちになります。歌舞伎ではそこまで一緒にはできないのでしょう。盛り上がって終わりとなります。

 以前に落語の「文七元結」が歌舞伎で上演されたのを観に行った話をしました。歌舞伎では江戸時代から女性の出演はないことになっていますが,その時初めて大人の女性として寺島しのぶが出演しました。その時も相方は中村獅童でした。2人で「次は『芝浜』だな」と言ったそうです。そして今回実現したとのことです。

 演目の中で,落語を意識していると感じたことが2つ程ありました。ひとつは酒盛りをしているときのBGMが越後獅子だったことです。越後獅子は落語「稽古屋」(またの題名を「色事根問」)で印象的に出てくる長唄です。また,会話の中に「銭(ぜぜ)はなし」とありましたが,落語の「近江八景に膳所はなし」をもじったものでしょう。落語を2,3しか知らない人にはわからなかったと思います。この言葉が出てきた時,笑ったのは一部の人でした。

 この日のトリを務めたのは柳亭市馬さんでした。市馬さんの声は大好きです。演目は掛け取り漫才でした。年末らしい出し物です。晦日に借金取りがやってきますが,それをうまく乗り切る噺です。前年は死んだことにしていろいろ大変だったので今年は違うことを考えました。借金取りの好きなことを演じて乗り切るのです。私がこれまで聴いたのは,狂歌,歌舞伎,三河万歳,喧嘩です。調べるとその他,相撲,義太夫,囲碁,都都逸,ヒット曲のメドレーがあるそうです。市馬さんは狂歌,歌舞伎に加えて美空ひばりをやりました。かなりたくさんの曲目を披露してくれました。私の気に入った声に,歌も素晴らしかったです。おそらく持ち時間をかなり延長して演じてくれたと思います。最後に,「夜の部に食い込むといけないのでこの辺にしておきたい」と言っていました。いつも昼の部を終えて地下鉄に乗る時刻は16:00くらいですが,この日は30分くらい遅くなりました。大変に楽しめました。

 この演目はこれまで知りませんでした。講談から来た話だそうです。親の敵として幕府に恨みのある丸橋忠弥は,酒浸りを装っていますが,革命を起こそうと企てていました。それが幕府にばれ,捕り物となる話です。現実に起こった出来事を歌舞伎にしたものだそうです。この話の90%はこの捕り物劇がメインのようです。歌舞伎をよく観るようになり始めた頃,歌舞伎の殺陣(たて)は,テレビや映画で見る殺陣とは異なると感じていました。現実感を出すのではなく,形式に収まった感じだと思いました。チャンバラを舞踏化した感じです。

 この演目はその感じの最たるものでした。色々な趣向が凝らされていました。得意な槍をとられたら,家の鴨居を外し槍代わりに戦います。忠弥は力持ちという設定です。戸板で作った坂を乗り越えたり,戸板を2枚立て,もう一枚をその上に置いてその上に立つ曲芸もありました。ロープを利用した捕り物もありました。そのロープを網代わりにして,屋根から飛び降りる演技もありました。ひとつだけ,役者さんが悔やんだであろうことがありました。下から刀を屋根の上の捕り方に投げ,受け取る場面に失敗しました。この芝居の見せ場の一つだったはずだと思います。屋根の上を転がる刀を慌てて追いかける役者さんは必死だったと思います。努力の甲斐なく,刀は地面まで落ちてしまいました。この後屋根の上で,この刀を使ったチャンバラが予定されているのですが刀がありません。役者さんは困ったことでしょう。どうするのかと見ていると,役者さんは屋根の舞台裏から刀を受け取りました。その後,無事チャンバラができたわけです。

 その他,けがをした忠弥が井戸の水で洗ったり,捕り方に水を掛けたりします。舞台上で本当の水を使うのは,落語「中村仲蔵」を連想します。中村仲蔵は現実感を出すため,傘に水をたっぷり含ませて登場します。その傘を振ると,弁当幕なので食べるのに専心していた観客にかかり,観客が驚くのです。さすがに現実の歌舞伎では客間で水が飛ぶことはなかった(かな?)。刀に口に含んだ水を吹きかけるシーンでは,私の席から見ると前の方の観客にしぶきがかかったように見えました。

 待ち時間に座るところを見つける前,時間つぶしに土産店を見て回りました。色々なシーンの役者の写っている写真を売っていました。「ブロマイド」という昭和の言葉が使われていました。昭和時代,写真は銀塩写真といって,主に臭化銀が使われていました。そこに光が当ったとき,臭化銀が金属銀に変わることを利用して写真画像を生成していました。臭化銀は臭化物です。臭化物のことを英語でブロマイドと呼びます。写真は臭化銀が使われていることから,当時写真をブロマイドと呼んでいたのです。売っているのは銀塩写真ではなく,印刷物でしょう。ただ,ブロマイドという言葉だけが残ったのでしょう。

 飾られている写真は撮影禁止ですが見ることはできます。今上演中のものも飾られていました。前の記事で「撮影機器が入っているので」と言ったのは,この写真を撮るための撮影機器のことだと思います。今上演中のものがあるので,「世界花結詞」の写真もありました。全部を見渡したのですが,初音ミクの画像が全くありませんでした。初音ミクの画像はNTT担当とのことでした。ブロマイド売り上げの利益の還元について歌舞伎とNTTとの間で契約ができていなかったので販売ブロマイドからは外されたのだと思います。

 今回観に行った公演は14:15開場といつもより遅いものでした。銀座で食事をしてから行ったのですが,開場まで1時間もありました。歌舞伎座では予約した後,発券機でチケットを受け取る必要があります。また,ペットボトルのお茶も購入しました。しかしそれらはすぐに済んでしまいます。歌舞伎座地階には土産物屋の他,タリーズコーヒーと歌舞伎茶屋房の駅がありますが,食事直後でいずれにも入りたくはありませんでした。座れるベンチを探し回りましたがありませんでした。時間までただ立っているのはつらいです。考えてみたら歌舞伎座タワーの上の方にはスカイロビーフロアがあります。そちらに行ったらあるのではないかと思い行ってみました。ありました。ここでゆっくりしました。セブンイレブンも入っていて,そこで買ったおにぎりを食べている人もありました。私はパソコンをいじって時間をつぶすことができました。

 

 先週,歌舞伎座に「世界花結詞」を観に行ったとき,「芝浜革財布」をやっていることを知りました。これは,落語で有名な「芝浜」の歌舞伎版です。世界花結詞は第1部で2幕構成です。こちらは第2部ですので,改めてチケットを買う必要があります。私が歌舞伎をよく観に行くようになったのは,落語の影響です。これを見逃すわけにはいきません。十二月大歌舞伎がかかっている間に観に行く必要があります。1週間しか開いていませんでしたが,ネットでチケット予約したところ桟敷席をとることができました。中国人観光客が減ったせいでしょうか。こんなに簡単にチケットが買えるとは思いませんでした。入ってみると2席ずつのところ私の隣は空席でした。さらに私より後ろの6席も空席でした。ただし,5, 6席目は撮影機器が入っていたのでもともと使えない席となっていました。桟敷席はいつもならペットボトルを立てて置いておいても良いのですが,「今日は撮影があるので,ペットボトルは横にしてください」という注意がありました。とにかく2席の桟敷席を一人で独占でき楽でした。

フグ鍋を食べようとするが,命がおしい。乞食が来たので分けてやって乞食が死なないか確認することにする。その後乞食を見たら大丈夫そうなので食べてしまった。しかし実は,食べていなかった。その後,乞食は恵んでくれた人たちが死んでいないか確認に来る。「なら安心して食べられる」と言う。毒見させるつもりが毒見させられたという噺です。

 最初の場面で,二人でお互いどちらが先に食べるかというやり取りが楽しめました。乞食がまだ食べていないのに誤解して食べたときの食べる姿も目に浮かぶようでした。また,毒見させるつもりがさせられたという噺の逆転もうまくできています。私の好きな演目の一つです。