青梅線 中神に家具博物館があるとのことでしたので行ってきました。DIYの木工の参考になると思いました。地図によると,ファミマの裏辺りとのことでした。ファミマの裏にはフランスベッドがありました。どうやらフランスベッド付属の博物館の様です。

 

 門には“家具の博物館”と書かれていましたが,明確にフランスベッドの敷地です。入ったすぐの所には守衛さんがいました。「家具博物館を見たいのですが」と尋ねると,「あそこが入り口」と教えてくれました。

 

 教えていただいた所には“家具の博物館”とはっきり書かれていました。入ると受付がありましたが,人はおらず,奥の方に事務室が見えました。声をかけると,親切そうな人が出てきました。10歳未満と65歳以上または身障者手帳を持っている人は無料とのことでした。私は2番目の条件に当たるので無料でした。身分証明書を出す必要もありませんでした。まず,館内での撮影は許されているか伺いました。OKでした。フランスベッドはベッドとして有名だけれど家具を扱っているか知りませんでした。伺ったところ,輸入椅子は扱っているとのことでした。

 

 古い家具が飾られていました。ちょっと開いてみたくなりました。この家具の反対側には椅子が並んでいる所には,“お手を触れないでください”と書かれていました。椅子には“触れないで”とわざわざ書かれているのに,ここには書かれていないということは,触れてよいということになります。それでも念のため,事務室にいる係員の方に声をかけて尋ねてみました。すると,2か所以外はNGとのことでした。入り口に,「断りのない限り,お手を触れないでください」というような掲示があると良いと思いました。係員の方のお手を煩わせて申し訳なく思いました。

 

 侠客の弥太五郎源七は,車力に頼まれて,お嬢さんを解放する交渉をします。10両で手を打つよう交渉しますが,失敗します。次に大家が30両で手を打つように交渉します。結局大家が交渉に成功します。ただ,この金額に拠ってではありません。新三が腕の入れ墨を見せて八丈帰りだと脅します。当時,入れ墨者はまっとうな暮らしはできませんでした。幕府は町の治安を維持するため,入れ墨者を集めて労働させたりしていました。大家も入れ墨者だと知って入居させることはできません。大家は入れ墨を見せられたのを機会に,「これまで見逃してきたが,訴える。かどわかししたことがお上に知られたらお前の首ははねられる」と脅します。新三はこれで降参です。

 では,源七は同じことができなかったのでしょうか。源七には,この一件を秘密裏に片付けなければならなかったのです。お上に訴えれば,お嬢さんの家,白子屋の不祥事が世間に広がってしまいます。頼まれた以上,これが出来なかったのです。しかもお上に頼るのも侠客としてメンツが立ちません。侠客は義理人情を重んじます。一方,大家には義理がありません。自分が儲けられるよう,やり放題にできたのでしょう。

 落語や歌舞伎で大家がよく出てきます。「大家と言えば親も同然,店子と言えば子も同然」と言われ,店子の面倒をよくみる存在です。これまで,貸家の土地を含めてすべてが大家の持ち物だと思っていましたが,どうも違ったようです。大家は地主に雇われて給料をもらっていたらしいです。長屋の厠の肥えを農家に売ったりして収入の足しにしていたとのことです。そして店子の治安維持も担っていたようです。落語「天狗裁き」では,夫婦げんかの仲裁に入っています。結局はお上に訴えることになりますが…。唐茄子屋では,貧しい母親が,強引に恵まれた金を返そうとしたとき,因業大家に取り上げられてしまいます。

 歌舞伎の髪結新三の内容は落語のそれとほとんど同じです。写真は歌舞伎座の表に飾られているものです。弥太五郎源七が10両でお熊を返すように掛け合っているところのようです。新三がそれをたたき返している様子の様です。したがって手前が弥太五郎源七なのでしょう。新三はお熊をもてあそんだ後,吉原に売ってしまおうと考えているので,10両では割に合わないと思っているようです。劇中ではお熊は押し入れにたたき込まれていますが,絵では分かりやすいように,縄でしばられたまま近くに描かれています。演劇の中ではお熊はかわいらしいように感じましたが,絵では意地悪そうに描かれています。基となった事件の殺人未遂を犯した女のイメージでしょうか。後ろの左の人物は,白子屋から使わされた車力のようです。絵の感じから右側は大家のようですが,大家はこの後で登場するはずです。

 落語では,大家が新三を手玉に取って,預かった30両の半分と,滞っている家賃をせしめたところで終わりです。歌舞伎でもそこで幕が下りました。観客のうちの何人かは芝居が終わったと思って帰って行ってしまいました。しかし,本当に終わりなら客席側の電灯が点くはずですが,そうはなっていませんでした。幕の陰から灯りが漏れていました。そして幕が上がると,弥太五郎源七が新三を待ち伏せして,恥をかかされた仕返しをする場面でした。ちょっと話の筋から外れているようでしたが,源七が恥をかいただけで終わるのは何かが抜けているようなので,なければならなかったのでしょう。源七が新三を切ったところでいきなり,役者に変わり来場感謝の挨拶をしました。

 髪結いの新三が,材木屋のお嬢さんに駆け落ちの手伝いをするとだまして誘拐します。最初,侠客の弥太五郎源七に開放の交渉をさせますが失敗。その後,抜け目のない大家が交渉に成功,新三を手玉に取ります。

 この噺は,実際にあった事件を基に作られたそうです。落語ではお駒,お熊(発音がお駒に近い)は悪女として扱われることが多いです。以下は実話です。落ち目の材木問屋が持参金をあてに,ぶ男をお駒の婿に迎えます。お駒には好きな手代がいたのです。お駒は女中を使って婿を殺害しようとしますが未遂に終わります。江戸時代ではこれで,市中引き回しの上 獄門となります。大岡越前のお裁きはフィクションがたくさんありますが,このお裁きは本当に行われたものだそうです。市中引き回しの時,お駒は派手な黄八丈を着て自分の美しさを見せびらかしたのだそうです。これが話題になり,落語「髪結新三」が作られたそうです。明治になり,歌舞伎で取り上げられ人気を博したことから,落語でやる人が一時なくなってしまったとのことです。

 私が落語で初めてこの噺を聴いたのは,物語の後半でした。どうも噺が長いので,2つに分けて話すことが多いようです。お熊が縛られて押し入れに入れられているところから始まりました。何でそんな状態になっているのか分からず,変な落語だと思っていました。その後,髪結新三(上),髪結新三(下)の両方を聴いて,初めて噺の全容を理解しました。

 中身の話です。暑いので殿様が「何か涼しくなるようなことはないか」と太郎冠者に尋ねます。太郎冠者の名前は能狂言での名前ですから,この演目は能狂言を模したものだと分かります。太郎冠者は鵜飼が涼しいと,腰元を鮎に見立てて捕まえようとする踊りをします。殿様も「参加したい」と,「鵜と鵜飼とでどちらがえらいか」と問います。太郎冠者の返事に騙されて殿様は鵜の役をします。太郎冠者は鵜にみたててロープを殿様の首に巻き付けます。鮎に見立てた腰元を追いかけると太郎冠者がロープを引きます。演技の中では,実際にはロープは使わず,ロープをかけていることにします。殿様はロープを引かれると首を引っ張られたりひっくり返ったりするしぐさをします。実際にはロープがないにも関わらずあたかもロープで引っ張られるような演技をします。これがコミカルでもあり,リアルでもありなかなかのものでした。

 この幕はストーリーを楽しむというより,踊り,しぐさや長唄お囃子などを楽しむものと理解していました。幕が開く前から所作台が見えていました。所作台とは,足拍子を響かせるために敷かれた板の事です。タンタンタンと足拍子を打つのは歌舞伎ならではです。最近,タップダンスを模して踊るのを見ましたが,これはちょっと違うかなと思いました。幕が開くと,後ろにずらーと長唄連が並び,太鼓や唄いの人たちも並び迫力がありました。役者の演技だけでなく,これらの音楽も楽しめました。

 この演目では,太郎冠者が出ますので,能狂言を模したものの様です。能狂言では背後に松の絵が描かれた松羽目がありました。以前見た能狂言を模した演目の時は,それ以外,上手(観客から見て右側)に切戸口(小さな出入り口)があり,下手(観客から見て左側)に揚幕がありました。しかし,今回,左右は普通の歌舞伎のままでした。

 弁当はいつも歌舞伎座のメインのお勧めを買います。ちょっと高めですがおいしいです。今回は納涼歌舞伎と銘打っているので,お勧め弁当の名前も「納涼弁当」です。弁当の時間は大抵,1幕目と2幕目の間です。上演中は食べられません。幕見席では,幕ごとに入場しなおさなければなりません。以前,1幕目が終わってから買いに行ったら売れ切れでした。その経験から,歌舞伎座に着いたらすぐに買うことにしています。2幕目が開場になった一番に入場していただきます。



 席で食べても良いのですが,狭いので,一番後ろにある段に座って食べます。何のための段なんでしょうか。「ここに立たないように」という張り紙があります。ここはゆったりと座って食べられますが,人が土足で上がっていないことを望みます。



 

 この公演での幽霊は皆足がありました。そして,演劇の中でその言い訳をしていました。「ある幽霊画家が省略しただけで,実際には幽霊にも足がある」と言うのです。「幽霊に足がない」という一般概念を否定してまでそういう設定にしたのは,演技のしやすさの問題からだったように感じました。