心を繋ぐ通訳★Mihoです。
少しずつ、地震後のことを書いていこうと思います。
震災関連のTVを見ていると色々な感情がわきあがってきて、
正直、頭の中、心の中が整理できていないのですが、
書けることを書いていこうと思います。
地震後、仙台市内に住む義母や友人と
連絡がとれないと前回のブログに書きましたが、
14日の午後になって、友人から「電気が復旧しました。無事です!」
続々とメールが届きました。よかった。
ところが、義母からは何の連絡もありません。
固定電話は通じず、携帯電話、メールともにダメ。
自宅にいるのか避難所にいるのかもわかりません。
知り合い、市役所、近くの派出所に電話しても繋がらない(ずっと話し中のコール)
他に方法がないので、危険を覚悟で夫が車で様子を見に行きました。
15日の朝のことです。
義母は、家にいました。室内は物が散乱している上、
絶えず余震があるので、地震の当日は車の中で
寝たそうですが、後の3日間は電気、水道、ガスが
止まった中で、近所の人と協力しながら家で過ごしたそうです。
反射式の石油ストーブで暖まり、料理をし、給水所から水をもらい、
お風呂の残り水でトイレを流し、ラジオと懐中電灯を枕元に置いて
寝ていたようです。食料は冷蔵庫に残っていたものと、何時間も並んで
近くのお店から買ったものを使ったとのこと。
よく頑張ったなあと思います。深いご近所付き合いがあった
お陰なのでしょう。
スーパーの前の長い行列(仙台市内)
ひとつ、気になったことがあります。
今回、義母と連絡が取れなかったのは、停電で携帯の
充電ができないためだと思っていました。でも、義母に聞くと、
地震の数日後、バスと徒歩で区役所まで行き、充電はしたとのこと。
ところが、充電が終わった途端、携帯が圏外になってしまい、
使えなかったというのです(ドコモの携帯)。義母は停電中は
いくら充電しても携帯は使えないと思って諦めたそうですが、
電気が復旧して周りの人が携帯を使っているのを見て、初めて
おかしいと思ったようです。
結局は迎えに行った夫が一回電源を切り、もう1回電源を
入れたら、元に戻ったのですが、ドコモのショップに
問い合わせたら、同じような問い合わせが何件も来ている
とのことでした。被災地と携帯で連絡がとれないという時には、
こういうケースもありますので、皆さまもお気をつけください。
家族と連絡がとれないのがどれだけ不安か今回痛感しました。


