マルクスの自筆「経済表」について
(以前に掲載していたものを字句訂正などして改訂しました。2023.1.3)
マルクスの自筆「経済表」日本語訳は自筆の下段を参照してください。
第一部門は生活手段、第二部門は機械と原料(生産手段)、第三部門は総再生産です。
総再生産過程の経済表は、生産物を巡る社会的諸階級の相互関係が一目瞭然と判ります。
マルクスが言うようにこの経済表は、「資本論」最後の章に総括として現れるもので、
資本主義的生産様式をとる歴史的社会の鑑といえるもので、ここに銘記する所以です。
(日本語訳は下段参照)
これは前回のマルクス経済表の解説で「資本論について関する手紙」P129~P134
に翻訳があります。
ここでは、関本さんのブログから拝借しました。
以下、マルクスの経済表の解説でエンゲルスに宛てた手紙から抜粋です。
「マルクスのエンゲルス宛ヘの手紙」(1863.07.06)より
----------------------------------------
(中略)
同封の「経済表」は僕がケネーの表の代わりに立てるものだが、もし君がこの暑さの
なかでもできるなら、いくらか念入りに見てくれたまえ。そして、なにか疑念があった
ら知らせてくれたまえ。これは総生産過程を包括している。
君も知るように、アダム・スミスは「自然価格」または「必要価格」を賃金と利潤
(利子)と地代とから構成している- したがって全体を収入に解消させている。
この不合理はリカードにも伝えられている。といっても、リカードは地代をたんに偶然
的なものとしてカタログから除いてはいるのだが。ほとんどすべての経済学者がこれを
スミスから受け継いでいる。そして、これに反対する経済学者らはまた別の不条理に陥
っている。
スミス自身も、社会にとっての総生産物をたんなる収入(それは年々消費されうる)
に解消させることの不合理は感じていて、他方で各個の生産部門については価格を資本
(原料や機械など)と収入(労働賃金、利潤、地代)とに分解している。
そうすると、社会は毎年新しく資本なしで始めなければならないことになるだろう。
ところで、僕の表について言えば、これは僕の本の最後のうちの一章のなかに総括
として載せるものだが、そこでは理解のために次のことが必要だ。
(1)数字はどうでもかまわない。何百万かを意味するものとしてもよい。
(2)ここで生活手段というのは、消費財源の中に年々はいって行く(または、この表か らは除外されている蓄積がなければ消費財源のなかに入りうるであろう)すべてのもの のことだ。
第1部類(生活手段)では全生産物(700)が生活手段から成っており、従って 当然のこととして不変資本(原料や機械や建物など)のなかには入らない。
同様に第2部類では全生産物が、不変資本を形成する諸商品から、すなわち原料や機 械としてふたたび再生産過程に入っていく諸商品から、成っている。
(3)上昇線は点線になっており、下降線は直線になっている。
(4)不変資本は、原料や機械から成っている資本部分だ。可変資本は、労働(力)と交換 される資本部分だ。
(5)たとえば農業などでは同じ生産物(たとえば小麦)の一部分は生活手段を形成する が、他の一部分(たとえば小麦)は再びその現物形態のままで(たとえば種子として) 原料として再生産に入っていく。だが、これは少しも事柄を変えるものではない。とい うのは、このような生産部門は、一方の属性から見れば第2部類のなかに現われ、他方 の属性から見れは第1部類のなかに現われるからだ。
(6)そこで、全体の要点は次のようになる。
第1部類。生活手段。労働材料と機械(すなわち機械のうち損耗分として年間生産物の
なかにはいって行く部分。機械などの未消費部分は一般に表のなかには現われない)
は、例えば400ポンドに等しい。
労働(力)と交換された可変資本=100は300として再生産される。
(※可変資本=v(100)剰余価値=m(200)とすればv+m=300剰余価値率m/v=200%)
というのは、100は労賃を生産物で補填し、200は剰余価値(不払剰余労働)を表わすからだ。
生産物は700であって、そのうち400は不変資本の価値を表わしているが、この不変
資本は全部が生産物のなかに移っており、したがって補填されなければならない。
可変資本と剰余価値との割合がこのようになっている場合には、労働者は労働日の三
分の一を自分のために労働し、三分の二を彼の自然的上役(natural speriors)(資本家)のために労働する、ということが仮定されている。つまり、100(可変資本)は、点線で示されているよぅに、労賃として貨幣で支払われる。労働者はこの100をもって(下降線で示されているように)この部類の生産物すなわち生活手段を100だけを買う。
こうしてこの貨幣は第1部類も資本家階級に還流する。
剰余価値200は、その一般的な形態では利潤であるが、これは、産業利潤(商業利潤を含む)と、さらに産業資本家が貨幣で支払う利子と、同じく彼がやはり貨幣で支払う地代とに分かれる。
この産業利潤や利子や地代として支払われた貨幣は、それをもって第1部類の生産物が買われることによって、還流する(下降線で示されている)。
こうして、第1部類の内部で産業資本家によって支出されたすべての貨幣は、生産物700のうちの300が労働者や企業家や金持ちや地主によって消費されるあいだに、全部が彼のもとに還流する。第1部類に残っているのは、生産物の剰余分(生活手段での)400と不変資本の不足分(生産物に入っていった為)400とである。
第2部類。機械と原料。
この部類の全生産物は、生産物のうち不変資本を補填する部分だけではなく、労賃の等価
と剰余価値とを表わす部分も、原料と機械とから成っているので、この部類の収入は、そ
れ自身の生産物においてではなく、ただ第1部類の生産物でのみ実現されることができる。
しかし、ここでなされているように蓄積を除外すれは、第1部類が第2部類から買うことができるのは、ただ第1部類がその不変資本の補填のために必要とするだけの量であり、他方、第2部類はその生産物のうち、ただ労賃と剰余価値とを表わす部分(収入部分)だけを第1部類の生産物に支出することができる。こうして、第2部類の労働者たちはその貨幣=1331/3を第1部類の生産物に支出する。同じことは第2部類の剰余価値でも行なわれる。これは、第1部類におけると同様に、産業利潤と利子と地代とに分かれる。
こうして、貨幣での400が第2部類から第1部類の産業資本家のもとに流れて行き、そのかわりに第1部類はその生産物の残り=400を第2部類に引き渡す。
この貨幣400をもって、第1部類はその不変資本=400の補填のために必要な物を第2部類から買い、このようにして第2部類には、労賃と消費(産業資本家自身や金持ちや地主の)に支出された貨幣がふたたび流れこんでいく。そこで、第2部類にはその総生産物のうち5331/3が残っており、それをもって第2部類はそれ自身の損耗した不変資本を補填する。
一部分は第1部類の内部で行なわれ、一部分は第1部類と2とのあいだで行なわれる運動は、同時に、どのようにして両部類のそれぞれの産業資本家たちのもとに、彼らがふたたび新たに労賃や利子や地代を支払うための貨幣として還流するか、ということを示している。
部類3は総再生産を表わしている。
第2部類の総生産物はここでは全社会の不変資本として現われ、第1部類の総生産物は、生産物のうちの、可変資本(労賃の財源)と互いに剰余価値を分け合う諸階級の収入
を補填する部分として、現われる。
ケネーの表をその下に入れておいた。これはこの次の手紙で簡単に説明しよう。
失敬
君の K・M
ついでに。エトガル・バウアーは職を得た - プロイセンの新聞局で。
---------------------------------------
以上。
出所・経済表と解説:関本洋司氏の下記ブログ参照
http://plaza.rakuten.co.jp/yojiseki/24000
--------------------------------------
なお、ケネー経済表についての詳細は、平田清明氏の
「経済科学の創造」岩波をご覧ください。またWEB解説については、範式は
http://members3.jcom.home.ne.jp/study-capital/hokoku-2/083b.html
解説は下記をご参照ください。
http://www.rikkyo.ac.jp/eco/research/pdf/papar/59_4_2.pdf
--------------------------------------
---------------------------

