男は部屋を一通り見回した後、さっさとキッチンに入っていく。
「ほらほら、カウンター越しにでも座って、注文してな。」
硝子のグラスを取り出し、冷蔵庫から氷を探し出すと、底の深い皿に盛っている。
流し台の上には、先程のジュース類の他に、同じビニール袋に入っていたリキュールが並んでいる。
「計量カップとか出すか?」
逸見が訊ねた。男は軽く手を振る。
「無くても大丈夫。こんなもん、感覚で良いんですよ。主婦の料理だってそうだろ?」
「ジントニック。」
「私、クーニャンな!」
「おk、把握。」
手早い動作で、男は二つのグラスにリキュールを入れる。
飲料の容器の蓋を開けると、両手を用いて同時にグラスに注いだ。
「あれ、シャカシャカしないのか?」
「居酒屋仕込みだし、所詮はバイトだからな。悪いねー、見た目地味だけど勘弁な。」
「でも実際、あんた手馴れてるよな。」
「褒めても何も出ないぞ。さて、私ゃカンパリソーダでも・・・」
カウンターから二人分の飲み物を出すと、男は自分の分を作り始める。
「そうそう、火田は元気にしてるか?」
火田と言うのは、逸見の同僚の一人だった。唯一、同郷の出身で、学生時代からの知り合いだ。
「元気にしてる。相変わらずだ。」
「そう。相変わらず、ってことは誰かさんと違って彼女出来てないのか。」
「お、恋のキューピットの出番だぞ!私たちのときみたいに、な!」
綾織が太鼓判を押すと、逸見は笑う。
「ハッ、ムリムリ。こいつ自身が独り身だから。」
「お前、誰のおかげで、このっ・・・あ、ちなみにお前らの場合、見ててあまりにももどかしいから背中を押してやっただけで、アレに紹介する女性がいるほど私の顔は広くないからな。」
「そういうもんなのか。」
「ともあれ、万年オクテの逸見くんは、そっちのその子と私に感謝したまえ。ふっふ。」
「あんたが言うか。」
逸見の返しに、男は余裕綽々の笑みを浮かべる。
「ほう?」
「なっ・・・その余裕はまさか?」
「私とて、大学時代に良い感じになった相手はいるさ。」
「現行ではないのか。・・・っつか、何であんたはこっちに来たの?」
「転勤。本社の方にな。」
「ふぅん。勿論、大学は向こうだよな。」
「まぁね。」
「で、その良い感じになった相手はどうしたんさ?」
男は人の顔を見て話す人物だった。それは綾織にも当て嵌まるのだが、男の場合は真っ直ぐさ故ではなく、人を信用させる処世術である。
そしてこの時は、男は逸見の顔から目線を外し、どこか遠くを見つめるように言った。それこそ、故郷を眺めるかのように。
「置いてきたよ。東京に転勤するから、と一言だけ残して。別に、そこまで深く立ち入った仲でもなかったしね。」
逸見は目を細める。この男もまた、嘘は言っていないと言うスタンスで人を言いくるめる人間だ。前半は本当の話なのだろうが、後半の話は本心では全くその通りとは思っていないだろう、と推測する。一言だけ残して、と言うのだから、つい最近まで交流があったのであろう。卒業した時から音信不通、なんて言う答えも想定していたために推察が膨らむ。
しかし、言葉を返したのは逸見ではなく綾織だった。
「本当に好きなら追いかけてくるぞ!」
「普通は来ねぇよ!」
ツッコミを入れながら、男は笑う。その笑顔は、半分は本物でもう半分は偽物である事に綾織は気付いていた。同時に、逸見と気が合う理由も分かる気がした。
「まぁいいや。今度、火田にも会いに行ってみるか。」
「あんた、あいつと仲良かったしな。」