先日、学生時代の友人がテレビに出ていたのを妻が見つけてくれました。
選んだ道が全然違うのですが、若かりし頃にはうらやましく感じたものでした。
今では、素直に応援できます。
頑張れーって、エールを送っています。
道が全然違っているからか、同時代を生き抜いてお互いの苦労も何となくわかるからか?
「僕たちの世代もがんばってるんだぞーっ」 って自慢したいくらい。(笑)
また、同じ道を選んだ友人とは、自分と比較して、自分はあれができてない、これが足りない
とか考えて、良い意味でも悪い意味でも競争心や対抗心が出てきていましたが、
今では素直に「すごいなー、よっしゃオレモガンバロー」
と思います。
メンタルブロックだとかビリーフだとかがいろいろとれたのもあるのかもしれませんね。
閑話休題。
先日、今は大学生になった子供がまだ幼稚園の頃一緒に観たつまり十数年前の子供向けの映画。
はっきり言えばウルトラマンダイナの映画の再放送をTVでやっていたのを見ました。
懐かしかったんですが、そのラスト近く
「人の中には光がある事を信じる」
「私の中にも光がある」
といった言葉が聞かれ、みんなの中から、光が集まってきて・・・というシーンがありました。
これってアセッション?
と思いながら見ていました。
十数年前、アセッションをイメージしたような映画があったんだなー。
この頃のウルトラマンは「光」
そしてその「光」は人の中にもある。
というのがテーマでした。
そしてかくいう私が幼稚園児の頃に始まったのが最初のウルトラマン。
東京の評論家の先生達には「血と破壊欲に飢えた俗悪番組」とケチョンケチョンに言われたそうです。
困った番組関係者の方が関西の評論家の先生にお願いして推薦文を書いて頂いたそうですが、
曰く「ウルトラマンが人間を助けてくれるのは無償の愛があるから」
そう、無償の愛という風に見方を変えてんですね~。
東京の先生方は苦笑されてたそうですが、私はこの辺の関西風の感覚が好きだなー。
そして、新聞、TVでは、今まさしく時代の流れが右側に流れていくような報道がなされています。
しかし、私は、人の中にある光を、そして、友人のことを信頼して行きたいと思っています。