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Stey hungry
Stey foolish
空腹であれ
愚かであれ
これが、
今のままで満足せず
自分の殻に閉じこもって満足せず
今の自分を捨てて
新しい自分へと成長させる
まさに今現在の状況です
<愚かになって>
親鸞聖人は9歳から29歳まで比叡山に登り、修行をしました。
ところがどんな修行をしても、
自分の道が見えてこない。
生きていく道が見えない。
愚かな自分、醜い自分しか見えてこない。
そして、ついに
20年間修業した比叡山を諦めて
京都の吉水の法然上人のもとにいきます。
そして、そこで初めて、
自分の生きる道は
「念仏」であることを見つけます。
でもその時、親鸞聖人は
「修行は役に立たなかった」
とは言っていません。
あの修業があったからこそ、
その挫折からの道探しの中で、
自分にピッタリ合うものを見つけられた。
むしろ、あの修業があったからこそ、
自分の道が開かれた。
そのように解釈をされたのです。
やったことは決して
無駄じゃなく、
今、念仏につながった。
また、20年の修行を失ったからこそ、自由になったんだ。
私が過去世で
親鸞上人の弟子だったことは
お話しましたが
今世での私の修行、試練は
次女が9歳の時から始まってました
娘が脳腫瘍を患い
闘病生活を共にし
退院後も色んな試練を
親子でいただきました
そして
娘が29歳の誕生日を迎えた翌日
私は高千穂峰に初めて登りました
最初に高千穂河原の祭壇にお参りして
山頂を目指しました
往復3時間程と聞いていたんですが
私はその倍かかりました
それはただ時間がかかったというだけではなく
お天道さまからいただいた
時間だったということを
下山した後気づくことになりました
みなさんと同じコースを登り降りしたのですが
なぜか私の足下は崩れたりして
なかなかたどり着けなかったんです
下山の時は
後から来る方々に追い越されて
結局下山したのが最後で
辺りは薄暗くなっていました
下山してホッとした瞬間
『これまで修行の数十年だったけれど
これからは穏やかな日々を過ごそう』と
心に決めたんです
それが
娘の29歳の誕生日の翌日だったんです
そして
高千穂河原では
毎年11月10日に天孫降臨の祭事が
行われるんです
この日が娘の誕生日なんです
まさかその翌日高千穂峰に登ることなど
考えてもいなかったのですが
当日、行かなきゃ、登らなきゃと
思わされたのは
お導きだったのでしょう
そしてこの後
親鸞上人が9歳で出家して
29歳で比叡山での修行を終えて
法然上人の元に行かれて
念仏の生活の中で
穏やかに過ごされたことを
思い出しました
そこから
今度は法然上人とのご縁が出てきて
自分の本意とは関係なく
法然上人のことを知る
情報を目にしたり、聞いたりして
法然上人のこともお慕いするように
「自分の愚かさに気付いたら、
きっと生き方が変わる」
と言うことなんです。
大きくは変わらなくたって、
少しは努力をしますよね。
「これじゃいかん」となりますよね。
自分の愚かさに気づく
私が常々思っているのが
人間だもの
という言葉なんですが
愚かだけど人間だもの
仕方ない
それでいいそれがいい
と自分を許し
人を妬む気持ちや悔しさ
それも愚かであるからこそ
生まれる感情であって
その感情に蓋をすることなく
味わうことにしました
それも自分を許すということ
いらぬプライドは捨てて
20日の宇宙元旦を迎えたいと思います
(੭ˊᵕˋ)੭"♡
今、まさにその感情を体験して
手放しをさせられてます
その流れに素直に乗ります
(* ´ ▽ ` *)スッキリ!