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雰囲気を出そうとしたら ・ ・ ・

遅れてきたマイブーム、セカチューにどっぷりはまっているわけだが、


主題歌の ”瞳をとじて” も、ヤッパリ今頃になって気に入ってしまいダウンロードした。



ただ、ウォークマンに入れただけでは面白くないので、


DVDBOXにおまけで付いてくる、サクと亜紀の交換日記カセットテープをパソコンに取り込んで


二人の声が終わるとともに、平井堅の ”瞳をとじて” が流れるようにしておいた。




仕事で車に乗っているときに、ふと思い出してカーステレオのつないで聴き始めた。



すると、最初の二人の楽しげな会話。


そして、10月28日の亜紀の最後のテープが流れ


それが終わるとともに、”瞳をとじて” のイントロが流れてきた。



スッバラシー!!!



我ながら、見事な演出に


ダァーっと涙があふれ、前が見えない。


運転不能 緊急停止。



アブナイったらありゃしない!



いやあ~ マイッタ マイッタ! こんなこと初めてです。




友達が、同じ映画を何回も見に行くのを、


バカじゃねえの?


と言っていたのに、今自分が同じ映画を毎日のように見ている。



いい映画は、何回も見てしまうモンなんですね!






”M”に話すと、


”ばっかじゃね~えの!”



ヤッパリ、心のないウスッペラな人間には、一生わかんねえ~だろうなあ~

やっぱり!

”M”から電話が来たので、一発かましてやった。



”あ~ら、恋愛の達人さん。何か御用ですか?”


”ウッ ・ ・ ・ ”



カチンとくる無神経なコメント が入ったのだが、”M”に間違いないと思いつつ


匿名だったため、カマをかけてみたのだ。


思うつぼとはこの事だ。まんまと引っかかりやがった。



”何のこと?”


”しらばっくれんな! あんなこと書くのはお前しかいね~んだよ!”


”そう言えばあなたのブログにコメントはいってたね。”


”彼はあなたのことかなり知ってるね!”


”だからおめ~だろう~が!!!”


”いえ、違いますけど?”


”薄っぺらい人間性がミエミエなんだよ!”



バレバレのくせに、とことんとぼけてきやがった。



”確かに、無責任にチャラチャラ生きてっけど、


 その一面で俺の全部だと思われちゃかなわないわけよ!”



”こんな言い方したくねえけど、お前だって客に手をつけて結婚したんだろうが。”


”でもそれは、きっかけって言うお前らにとっては、ほんの一面だろう?”


”お前らにとって、それが全てじゃね~だろうが!”



”俺だって、普段の生活はほんの一面であって、それが全てじゃねえって事!”


”勝手に決め付けられちゃあ~困るわけよ。”



”恋愛みたいに、心の奥に潜んだところに触るときは、十分注意するんだな!”



こいつに言ってもわからんとは思いつつ、ついつい声を荒げてしまう。



”まあまあ、そんなに興奮しないで。”


”でも彼は、あなたが毎日秋葉に行ってるの、知ってると思うよ。”



”だから、行ってねえよ!!!”






ダメだ! ぜんぜんわかってねえ!!!

世代交代

F1を日本で開催できる世界一のサーキットを作るために


日本中の誘致立候補地をまわっていた本田宗一郎が、


そのひとつである鈴鹿市を訪れた。



日本中で飲めや歌えの大接待を受けていた一行を待ち受けていたのは、


市役所の古びた接客室と、お茶一杯だった。


しかし、鈴鹿市の誘致に対する熱意はどこにも負けていなかった。



感激した本田宗一郎は、建設地を鈴鹿に即決する。



本田宗一郎物語の中で、空冷水冷論争、そしてその後の潔い引退、


それに匹敵する、好きなエピソードのひとつである。



その鈴鹿で、今年もF1日本GPが開催された。



今年は生中継だ。



やはり、スポーツの世界大会は生中継にかぎる。


オリンピックを見ているような、臨場感と興奮がある。



今年の鈴鹿は、F1の中でも指折りのいいレースだった。



特に、王者シューマッハの後ろをあおりたおす、アロンソとハッキネンの姿


そして、130Rでアウトからシューマッハをパスするアロンソ


F1が”代わる”象徴的な出来事でした。



そう言えば昔同じような光景を見たことがある。



ホンダF1第二期の最後、低迷するマクラーレンホンダに乗り、


次の年、レギュレーション変更に乗り遅れ、苦悩するチャンピオンチーム


ウィリアムズルノーのドライバーであったセナを


追い掛け回し苦しめたのは、若きシューマッハだった。



セナの最後の映像も、後ろから追いあげるシューマッハのオンボードだった。



スポーツの世界に限らず、どんなに突出した世界が認めるチャンピオンでも


若き才能に、その地位を譲るときが必ず来る。


今日のような出来事が、大昔から繰り返されてきたのだろう。



レースもさる事ながら、そんな見所いっぱいの鈴鹿でした。



F1史上最強のチャンピオンと言われるシューマッハ。


来週上海行われる最終戦、そして来年以降も


ますます楽しみになってきました。



ボロボロになるまであがくもよし、本田宗一郎のように潔く引退するもよし。



どちらにしても、シューマッハの名が歴史に残るのは、間違いないのですから。

有り余る時間

大学とは、自分の好きな勉強をとことん突き詰めて勉強できるところである。



もちろん、名前で選んだり自分の学力に応じて仕方なくと言うのが大多数であろう。


しかし、それでも大学にいく意味がある。



この時、人生の中で初めて、24時間を自由に使うことが出来るようになる。


この有り余る時間の中で、自分を見つめなおすことが出来る。



私の場合、入学して初めて住んだ所が、


4畳半共同便所共同風呂の安アパートだったのだが、


1階の各部屋の住人5人と妙にうまが合い、毎晩毎晩誰かの部屋に集まっては、


くだらないことから、学者が頭を並べても結論が出ないような難しいことまで、朝まで議論していた。



朝まで議論して、その後ひとりで考える。


これを毎日繰り返していく中で、第二の自我が確立した。



今の自分の思考は、この時確立されたと思っている。



近い将来、入学希望者全員が、入学できるようになるらしい。


そうなったとしても、意にそぐわない大学あるいは学部に行く人は多いであろう。



それでも、4年間の有り余る時間を得る事は、十分意義があると確信している。

甘さ

死と向き合うことは、生きていくうえで大きな分岐店になる。


肉親の死、とりわけ親の死と言うものは、誰にでも来るいちばんの試練であろう。



私の両親は、若いときに結婚しただけにまだまだ元気でその日はまだ遠そうだ。



しかし、私の周りを見ても親の死を乗り切った人とそうでない人は


やはり何か違う。



私自身まだ経験していないので、生きていくうえでどこか甘いところがある。


そう遠くない将来、私にも必ずその日はやってくるのですが、


そろそろ、心の準備だけはしたほうが良いのかも知れません。



肉親に限らず、大切な人がいなくなるというのは、


残された人間にとって、どのようなことなのでしょう。


想像すら出来ません。

秋雨

夏が終わって涼しくなったのはいいのだが、


イマイチすっきりしない日が続いている。


秋雨はチョット物悲しく、新潟に住んでいたときを思い出す。



日本海側の秋の天気も、こんな風にチョット暗い。


海も、太平洋と違って暗い青色をしている。



新潟に住んでびっくりしたのが天気予報だ。



晴れのち曇りのち雨のち雪一時的にひょうに変わる可能性がありますのでご注意してください。



せいぜい晴れのち曇りぐらいしか聞いたことがなかったので、


私の知っている天気が全て並んだ予報にも驚いたが、


その予報があたることにもっとビックリである。



本当に晴れていたと思ったら、曇って雨になり


そうこうする内に雪に変わり、突然バラバラ音がしてひょうが降りだした。



西側にさえぎる山脈がないので、海から直接来る雲が


めまぐるしく天気を変える。



秋から冬にかけての日本海側の天気は、太平洋側で育った私には驚きの連続でした。



そう言えば、太平洋側といっても盆地で育った私は


近くに山があるのは当たり前だったので、山が見えない新潟平野に住むと


妙な不安感を覚えました。



逆に、平野に育った人が盆地に住むと圧迫感を感じるのでしょうか?





かげりのある秋の天気に、つい昔の事を思い出してしまいました。

ないの?

散々悩んでいた、来年のカレンダーは


遅れてきたマイブーム セカチューで、完全にやられてしまった


長澤まさみにすることにした。



決まったら行動は早い!



早速検索しまくるが、一向にヒットしない。


カレンダーを扱っている店に片っ端からアクセスするが


どこにも売ってない。



どうやら無いらしい。



せっかく決まったのに。



日本アカデミー賞の助演女優賞までとっているのに


何で無いの?



まあいいや。



来年も矢田チャンにするか!

いちばんやわらかいところ

このブログに、以下のようなコメントが入った。




■あなたは無理

あなたのような人間には純愛は理解できない、憧れ?それもいい。

人生は楽しいかも。

達人 2005-10-03 21:23:34)




人間はきわめて多面的である。



社会の中で生きていくために見せているのは、


その中の一面であって、それがその人の全てではない。


その誰にでも見せている一面ですら、意識するしないは別として


社会に順応するために、かなりの部分演技している。



この達人(何の達人だろう?まさか恋愛か!)さんは、


その一面を、主観的決めつけで全体像として断定している。



人は皆、その心の奥に大事なものを抱えて生きている。


人によっては表に出しているかもしれませんが


ほとんどの人は、宝物としてしまってあります。



戦争中、自分の伴侶と一度も逢うこともなく出兵し花嫁ひとりで結婚式をした夫婦も、


毎日相手を変え遊び歩いているおにいちゃんも、


校門で、憧れの人を隠れて見つめている学生も、


お金で男性の相手をしているお姉さんも、社会的なひとつの顔であり


その心の奥にある大事なものには違いなどなく、


誰もどれが大事かなど決められません。



自分を達人と呼ぶその神経にも疑問はありますが、


一面を全てのごとく決め付けるその姿勢に


浅い人間性を感じずにはいられません。



少なくとも、人間のいちばんやわらかい大事なものに対して意見するのであれば、


十分気をつけないと、その貧しい人間性を露呈することになってしまいます。

セカチューⅡ

”何か御用でしょうか?”



私からの着信を見た”M”からだ。


相変わらずヤナ感じである。



”また自慢?”


”違うよ!”


”おまえセカチュー見た?”


”前に見たよ。よかったでしょう。”


”よかった!!!”


”白血病物ってのは知ってたんで、とりあえず録画しといて


 思いっきり泣いてストレス解消に使おうと思ってたんだけど、


 ぜんぜんお涙頂戴じゃなくって、スゴクいい作品だった。”


”セカチューはいいのよ!”


”涙なんかぜんぜん出なくて、なんかジーンとしたものが胸に残ってるんだけど。”


”長澤まさみが、とってもいいね!”


”最高!!! ところでテレビはどうだったの?”


”チョットだけ見たんだけど、映画の方がいい。ヤッパリ配役だね。”


”いやあ~、昨日3回見たんだけど今日まだ胸がチョット重い感じなんだよね。”


”今日もまた見ようかなと思って!”



すると、



”だから流行ったとき、いいって言ったじゃない!”


”今頃、セカチューって言われても遅いのよ。”


”完全に時代に乗り遅れてるから!”



鬼の首を取るとはこのことだ。



大体、流行っているものにすぐ飛びつくのはあまり好きではない。


騒ぎが静まった頃に、じっくりいい作品を選んで見るってのがオトナの醍醐味だ。


後からでも、いい作品を見逃さなければそれでイイのである。



散々悪態をついた後、



”録画したの消さないでよ。”


”何で?”


”DVDにして。”


”お前見たんだろう?”


”もう1回見たいと思ってたの!”


”わかった。DVD持って来たら録画してやるよ。”



”えっ?”



”何だよ!”



”撮っておいてくれるんじゃないの?”


”アホか!人に頼むんだからDVDは自分で買ってもってこいよ!”


”相変わらずケチくさいねえ~ わかりました! 持って行きます!!!”


”あったりめえ~だ!!!!!”



別にケチって言ってるわけじゃない。


生DVDを使い切ってしまって、ストックが無くなっているのです。


ストックがあれば、そんなこと私だって言いません。



だからと言って、最初っから撮っておいてくれると思っている”M”にカチンときた事も確か。


だいたい、そう思っていても


”DVD持って行くから録画してくれる?”


ってな具合に頼んでくれれば私だって気持ちよく


”いいよいいよ。撮っといてあげるよ。”


って言えるってモンだ。



前々から言っているが、これがオトナのやり取りだ。


”M”はそこんところがわかってない!


まったく、いつになったら覚えることやら。






それにしても、セカチューはヤバイ!


今日また見たのだが、昨日出なかった涙が今日は溢れてくる。


ボディーブローのように少しずつ、昨日からダメージを受けていたようだ。



そう言えば、今朝起きたら胸が痛かったモンなあ~

セカチュー

先日留守録しておいた、セカチュー(世界の中心で、愛をさけぶ) を見た。



当然話題だったのは知っていたのだが、


なかなか機会がなく、小説・映画・ドラマどれとも接点が無かった。


映画版のテレビ放送があったので、見てみたくなり録画しておいたものだ。



今更と思うかもしれませんが、このパターンが多い。


話題沸騰の旬のときは、あまりかかわらず、後から見て良いと思いはまることが多い。




さすが、いい作品だった。


定番のお涙頂戴物は、個人的にはすきなのだが、これはぜんぜん違っていた。


内容は、それこそ今更なので紹介しませんが(読んでませんけど原作とは違うらしい)、


現在と高校時代が物語の進行上複雑に絡み合っていて、


1回見た後わからない部分があり、もう一度集中して見て


3回目でじっくり楽しんだと言う感じです。


先入観がまったくない分、人より楽しめたと思います。





それにしても、大沢たかお・柴咲コウ主演だと思っていたのだが、


亜紀役、長澤まさみ が絶品でした。


長澤まさみの素晴らしい演技に、見終わった後タダタダ涙ではなく


胸にズシンと何かが響いて、今もちょっと重い感じです。



これは、長澤まさみ主演の映画です。