決意。 | 日々精進~笑う門には福来たる~

日々精進~笑う門には福来たる~

人生、山あり谷あり・・・ぶっちゃけ結構、壮絶な人生。
それでも心だけは潰されず前を向き日々の出来事を中心に嬉しかっ事・悲しかった事・幸せを感じた事・頭に来た事等、
持病のことや大好きな料理にレシピを交えながら、あるがままの本当の私で書き綴ってます。

 
 
 
 
 
 
 
 
少し前にブログにも書いたけど先週の火曜日は大学病院通院で
朝の8:30にお家を出て、どこかお店でご飯をすることもなくヘロヘロになってお家に帰り着いたのが20:00
まぁ、往復ともに道路の混む時間だったから帰り道は3時間弱かかったんだけど。。。
 
 
 
なんで、こんなに時間がかかったかと言うと
午前中から診察を2回入れての検査に次ぐ検査三昧をしたのだった。
普通の身体測定から始まり、30分間大人しく横になってからの採血14本・
呼吸器の検査・X線・骨密度・CT・視力・聴力・あと何したっけかなアセアセ
とにかく、広い大学病院内をあっちの棟に行ったりこっちの棟に行ったり
はたまた、エスカレーターで上ったり下りたり。
 
 
 
 
どうして、こんな人間ドック並みの検査をしたかと言うと
私、治験に参加することに決めたんだ。
治験薬は私のSAPHO症候群のお薬ではないんだけど
大きく分類すると似ている膠原病関係のお薬。
(治験なので詳しくは書けない)
実はそのお話を初めて聞いたのが去年の年初めくらいで
その時はまだ、ハッキリいつから始まるかは分からないけれど去年の夏ころには開始されるんじゃないか。からのスタートが延びに延びてやっと、この3月からのスタートになったんだ。
主治医と2回、お話をして詳しい事、お薬に関するわかりやすく(とは、言っても聞いた事のない薬剤や記号や暗号wみたいなのがいっぱいなんだけどw)纏めてくれた冊子もよく読んで
ちゃんと私なりに理解したうえで臨床研究の材料に私を使ってもらおうと改めて決意したの。
 
 
 
【改めて】と言うのは私は今の病気が確定診断されて12年目。
はじめて聞いたことも無いSAPHO症候群と言う病名で説明を受けたのが
SAPHO症候群は、まだまだ歴史は浅く1987年に疾患概念が提案されたばかりで
当時は100万人に1人と言う稀病。
この病気に特化したお薬が無い事(それは現時点でも同じ)
そして、進行することはあっても治ることは無いこと。
その為、治療ではなく対処療法になるという事。
いつでも今時点の状態を如何に継続させてあげられるようにすることしか現段階では出来ない事。
 
 
それを聞いた当初はとっても悲しくてやりきれなくて、まだ生物学的製剤も始めていなかったから、
こんな我慢しがたい痛みをずっと味わい続けるなら生きている方が辛い。と、どん底で目の前が真っ暗になった。
でも、数種類の痛み止めとリウマチさんに使うお薬を代用しながらリウマチさん用の生物学的製剤を使っていくうちに
我慢しがたく耐えられない痛みが軽減してくれて。
で、まだまだ当時は私も病気やお薬に関して無知だったし、仕事も出来なくなって社会からも離脱して社会貢献も出来なくなって仕事が大好きだったから、とっても惨めで情けなくて。
だから、当時から「もしも私が出来る事、役に立てる事があれば治験でもなんでもやりますから、そんな話があれば私を使って欲しいです。」と主治医にも言っていた。
でも、10数年、そんな話は全く無いまま過ごしてきたけど
やっと役に立てると気が来た。
正直なところ、私の病気、SAPHO症候群はまだまだ患者数が少ない。
だから製薬会社も莫大な費用をかけてお薬を開発した所で患者数が少なければ利益が出ない。
製薬会社だって慈善事業じゃないもん。だからSAPHO症候群のお薬の開発は
この先も見越せないんだよね。
だから私には治験のお話もひとつもこなかった。
 
 
 
でも、今回、他の病気のお薬だけど、もしかしてリウマチさんのお薬を代用しているように
そのお薬がSAPHO症候群にも効くかもしれない。って事で
私に治験協力依頼のお話が来たのだった。
正直なところ、色んな副作用のお話を聞いた時や、あるあるだけど任意書への署名の時、
怖さも過った。
今までは動物でしか実験していなくて人間では最初だもん。
でも、世の中には難病と言われる摩訶不思議な憎き病と闘っている人がいて、
私が先陣を切る事で、今後の医学の役に立てるのだったらこんな誇らしい事は、ないなって思って。
 
 
 
治験の話は誰にも相談もせずに一人で決めた。
もちろん、高齢の福岡の父にも治験をすることは話していない。
だってね、もーーーしも私の大切な人が治験をするか悩んでいたら
私だったら止めると思うんだ。
だって、その治験薬しかもう望みがないのなら仕方ないけれど
治験薬を使わなくても、今現在、とても毎日激痛と闘って苦しんでいる状態でもないなら尚更。やっぱり、何かあったら取り返しつかないし怖いし心配だもん。
だから私は誰にも相談せずに決めた。
 
 
 
その治験が始まったのが3月19日火曜日からで、またしても自己注射になるの。
もちろん、去年12月から始めた生物学的製剤のアダリムマブ(ヒュミラ)は継続して今まで通り2週間に1度、金曜日に打って
今回の治験薬は1週間に1度、水曜日と決めて長いけど、まず1年。最長1年半かけて打って行くことになる。
始めは0.25mgと、ごく少量からはじめて私の体調悪化や著しい副作用が出なければ4週に1度、薬剤を少しずつ増やしていく(もちろん上限は決められている)
大変なのが、治験薬だから2週間に1度、外来で診察してもらい注射も2回分(2週分)しか出してもらえない。
そんなんで、大学病院への通院がこの先、長ければ1年半の間、増えるのはとても大変。
 
 
 
あとは、副作用。
1番懸念されるのは胃腸障害で吐き気、むかつき、下痢、便秘で次に間質性肺炎や急性膵炎、低血糖。
なので、低血糖の症状(目眩、ふらつき等)が出たら、直ぐに甘いジュースを飲めるように甘いジュースを数本、常備しておくようにと。
あとは急性膵炎は目に黄疸が出るらしいから家族等に目が黄色いと言われたら直ぐに病院に連絡するようにと。
但し、私は毎日顔を合わせる家族や仕事場の仲間は居ないから自分で通常の目の写真を撮っておいた。
で、なんか黄色い❓と感じたら、撮っておいた写真と比べようかと。
 
 
 
不安はあるけど、やっぱり夢を叶えることも出来なかったし、このまま何もせず社会にも貢献出来ずに自分が終わっていくのは嫌だ。
もし、この治験薬が認可されなかったとしても、それはそれで役に立つことだとも思うから。
兎にも角にも最後までやり遂げられるといいな。
 
 
 
そんな今日は治験2回目の診察で新たな自己注射を2週間分2本受け取って。
明日の水曜日は3回目の治験自己注射を打つよ。
その後、例の左耳近くの、ほっぺに出来たデキモノ❓イボ❓(説明の用紙には腫瘍と書いてた)の生検手術もしてきたよ。
抜糸は2週間後に又、治験の診察と同じ日。
生検手術の事は、又改めて書きます。
 
 
今、麻酔が切れて痛い。