俺の球をファールだが距離だけなら間違いなくホームランだ。
「おい、早く次を投げてくれないか」
そう言ってかまえている、こいつバッターボックスに立った時だけ人が変わる、目が本気だ。
その眼だけで、汗が出てきそうだ、間違いないこいつはすごいバッターだ。

だが俺だって負けるわけにはいかない、今度はコースを突いて思いっきり投げる。
完ぺきだ、外角低め、ぎりぎりストライク。
カキーン、また高い音とともにボールは消えて行った。
間違いない今度はホームランだ、130メートルぐらい飛んで行った。

「悪くない、球も早いし、コースも完ぺき、でもそれじゃあ俺は打ちとれないぜ」

完全な敗北、速球には自信があったのに。

「そうそう監督に今日は用事があるから帰ると伝えておいてくれ、じゃあな」

そういって真田は立ち去って行った。

監督に?ということはあいつはうちの野球部員なのか?
でも練習試合の時にはあんなやついなかったぞ。

「ひろちゃん」
そういって春が近づいてくる。

そろそろ練習が始まる時間で、みんな出てきたらしい。

「おい、春、真田って知ってるか?」

「知ってるよ、今日転校してきた転校生だよ、野球部に入ったんだって、さっきクラスの女子と話してた」

転校生、うちの野球部に入るのか、心強いが何か悔しい。
次の勝負は俺が勝つ。

あの練習試合以来監督からも勧誘を受けた。
断る理由もないのでOKしたが、この弱い野球部でどこまで勝ち進んでいけるのだろうか。

2時限目の授業中、そんなことを考えていた。
「ひろちゃん、隣のクラスに転校生が来たらしいよ」
春が楽しそうに言う。

転校生、転校生が珍しいのは解るが、騒ぐほどのものじゃない。

放課後グラウンドに出る、見たことない奴がグラウンドで素振りをしている。
「お前誰だ?」
無視。
「おい」
「名前を聞くときはまず自分からだろう」
もっともな意見だ。
「俺の名前は竹本宏和だ、ピッチャーだ」

「お前がピッチャーか、俺の名前は真田遼だ(さなだ りょう)」
「ちょうどいい、素振りに飽きてきたとこだ、俺に投げろ」
えらそうな奴だ、三振にして黙らせてやる。

真田がバッターボックスに立つ。
俺もマウンドに行く、初球全力で真ん中へ投げる。

カキーン、高い音が鳴りボールは遠くへ飛んでいく。

辛うじてファールになったが、距離は間違いなく場外だ。

「俺がホームランに出来ないなんて、驚きだ」

自信満々の顔、真田遼、こいつはいったい・・・
急遽練習試合に登板することとなった俺、宏和はまた野球を始めることを決意した。

場面は7回の表0アウトランナー1塁、初球全力のストレートを真ん中に投げた。
ストレートには自信がある。

「おい、あれ何キロ出てる、誰かスピードガンで計れ」
相手の監督が指示をしている。

ストレートには自信があるが自分が何キロ出しているかは解らない。

もう一球真ん中にストレート。
「監督140キロです」
「なぁにー、中学生で140だと!」

そんなことを相手が話しているが俺には関係ない、残りのバッターを全員三振すればいいだけだ。

俺は9球で全員を三振にしたが、最終回逆転はできず、結局試合は負けた。

さて俺の役目は終わった、家に帰るか。

「おい、お前名前は?」
うちの野球部の監督が聞いてくる。

「2年の宏和です、それじゃあ」
そうしてグラウンドを後にした。
「ひろちゃんならピッチャーできますよ」
と提案した春。
でも監督は野球部じゃないのに使うわけにはいかないといった。当たり前だ、第一俺はもう投げたくないんだ。

そこへ相手チームの監督が来る、「別にうちは誰が投げてもかまいませんよ、打つだけですから」
自信満々の発言、ここまでやったのに放棄試合になるのが嫌なのだろう。

「私がひろちゃんを説得してきます」
春がこっちへ来る、来ないでくれ、俺はもう野球はしないそう願った。

「あのね、ひろちゃん、私が怪我したの責任感じてるんだよね、野球をもうやりたくないのは解ってるけど、ひろちゃんは野球をしてる時が一番かっこいいよ、この試合だけでもいいの力を貸して」

「力を貸してやりたいけど俺はもう投げない、決めたんだ、だからごめん・・・」
春が残念そうな顔をする、心が痛い。
でもこうするしかないんだ、俺には。

「頼む俺の代わりに投げてくれ」
そう言ってきたのは怪我をしたピッチャー、足から血が出ている。
「野球が好きなんだろ?なんで野球をしないのかは知らないけど、もし野球のせいなら、野球をやって罪を滅ぼせばいいじゃないか」

必死の顔で訴えてくるそいつに心をうたれた、俺の心に何かが起きた。

俺は無言のままマウンドに上がる、ジャージだが投げるのには問題ない。

「ひろちゃん、投げてくれるんだ」
満面の笑みの春、俺が野球をするがそんなに嬉しいのか、むしろ恨まれると思っていた。
そんな笑顔をしてくれるならもっと早く野球をすればよかった。

春のために打たれるわけにはいかない、死んでも抑えてやる。

試合が再び始まる、1球目ど真ん中にストレート、力まず腕を振って、投げる。
ストライク、審判が叫ぶ。

俺はまた今日から野球を始める。
目の前で起きたことにどうすればいいか解らない俺はただ見てるだけだった。
俺があんなボールさえ投げなければ、春はこんなことにはならなかった、野球なんかやらなければ。

自転車の運転手が救急車を呼ぶ、俺は何もできない、病院に運ばれていく春を見ることしか・・・
その後、命に別状はないが骨折と一生消えない傷ができてしまった。
悪いのは春でも、自転車の運転していた人でもない、悪いのはこの俺だ。


そう4年前のその事件以来俺は野球をしなくなった。

春はもう一度俺に野球をやってほしいと頼んだが、それだけはできなかった。
それ以外の願いなら叶えてやっている、それが俺に出来る唯一の罪滅ぼしだから。

中学2年の夏にもなって家に引きこもっている俺、気晴らしに散歩でもしていたらグラウンドで、うちの野球部練習試合をしている。

うちの野球部は弱い、力はあるのにやる気がないと言っていた、なぜそんなことが分かるかといえば、春はうちの野球のマネージャーになったからだ。
あの事件で野球は嫌いになったと思っていたが、まだ野球にかかわっている。

12対0、これほどうちの野球が弱いとは・・
春は一生懸命選手のケアをしている。

しばらく試合を眺めていた時、ファーストにゴロが転がり、ピッチャーがベースカバーに入った時ランナーと足が絡まり、うちの野球部のピッチャーがうずくまっている。

足から出血している、人数ギリギリのうちの野球部でピッチャーが投げられなくなったらもう終わりだろう
だがピッチャーはまだ投げようとしている、他のメンバーは止めているようだが本人はまだ投げたいようだ
でもそんな状態で投げれるわけがない、監督が何か言っている、どうせもう放棄試合にしようとでも言っているのだろう。
ひとつ気に入らないのは相手チームがわざとではないにしても、へらへら笑っているところだ、誤りもしない。

そんな時、春が俺にきずいてしまった。
「監督、ひろちゃんならピッチャーできますよ」

春が提案している、だめだ春、俺はもう野球はしない、これ以上俺を苦しめないでくれ。
頼むから。